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第2章 司のあわただしい二週間
第52話 兎、拾いました
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血塗れ兎は宝箱の中でひゅーひゅーと呼吸を繰り返し、瀕死ではあるものの生きていた。服に滲んだ血を見るに、腹部や背中そこかしこに傷があるのだろう。見える部分で一番ひどいのは足。先が熔けるように黒く爛れている。この出血でよく生きてるな。首に下がるタグに僕と同じ物が嵌っているのを確認。
僕の攻撃が命中した訳ではない。木の蓋吹っ飛ばすついでに中身まで破壊するなんて、そんな果実を落とす為に木を揺すってその木を折るような事はしていない。
見つけてしまった物は仕方ない。とりあえず回復させるため神性魔法を速やかに掛ける。これで危機は脱したはずだ。しかし放置していたら襲われて死ぬだけだろうと顔をつんつんつつくが起きない。ほわぁああ! やわらかいぃっ! なにこのもちぷよ感触!!
・・・時間をかけるのはまずい。服を着た巨大兎と中にあった物を回収してトンズラ。ズボンに下着とか収納したくなかったが、仕方ない。話を聞くにせよ何にせよ、まずは安全な場所の確保が先だ。
▽
自分の上半身ほどの大きさはある兎を持って夜の森をダッシュ。毛並みと感触が良くともすごく・・重いです。身体強化なかったらとても走れないぞ。これ背負って高速飛翔は魔力消費が大きいができないことも無い。しかしこの巨体、万一落とした時が怖いからあんまり飛びたくない。自分の体に紐で縛り付ければ・・・兎が目を覚ました時に何て言うか面倒だし止めておこう。
血の匂いはしないだろうが、森を走っていれば魔獣にも遭遇する。狼もアメーバもお呼びじゃない、とっとと帰れ。爆裂花火最大出力で目眩まし。その隙に攻撃を打ち込み、強そうな個体優先に悪臭玉をぶつけて鼻を奪う。キャヒンと哀れな悲鳴が聞こえ、鼻の利く狼はこれを警戒して距離を取る。
木々を蹴って三角跳びしひたすら走り、一路さっきの崖の上を目指す。飛行系が少ないからか、あのぽつんと地から孤立した見晴らしの良い高所はここよりかは魔獣が少ない。腕の中の緑の兎がもぞもぞと動く。でかいから動かれると非常に煩わしい。
「目、覚めました?」
「ひっ?! 誰だ?!!」
「説明は後です。安全な場所まで逃げるのでじっとして・・・」
「離せぇっ!」
キンキンと耳元でうるさい声。暴れ兎の凶悪キックの衝撃はお粗末防御の黒いシャツを容易に貫通。強化しているとはいえ腹部に不意打ちをもらい、ぐうっと声が漏れる。
走りながら落ち着いてと声を掛けるも離せ! この悪党の手先め! 誘拐犯! と謂れの無い暴言と蹴りをげしげしぶつけられるとダメージは無くとも流石に面倒になってくる。これで全力? この階層に来れる冒険者としてこの身体能力は大丈夫なのか?
きっとリリースしても生き延びてくれるよね。ぽーいと兎を放り投げ捨てると、腕の入っていない空っぽの長い袖が翻った。もう知らん。
「じゃあさようなら」
「え? え? もしかして違うの?!」
「何が違うか知りませんけど、善意で助けたのに犯罪者扱いされていい気はしてませんよ。魔獣けっこういますけど頑張ってください」
追跡してくる狼も、ここで止まっていればあと数十秒で追いつくだろう。危険度は増す一方だ。留まる理由も助ける理由も無くなった。さっさとこの場を去ろう。切ない。狼の目がきらりと森の闇の中で光った。うぞうぞと地面をヘルプラントの触手が忍び寄ってくる。
「ひっ!」
「それでは、迷宮神の加護があらんことを」
鳥形態にチェンジ、したところでジャイアントもちぷに巨体が目の前に・・・ふぎゅうっっ!! もちが! もちがぁぁぁ! 立派なマフマフがぁぁ!
「ごめんなさい! ごめんなさい!! 勘違いしました!! だから、ボクを助けてください! ここダンジョンのどこなんですか?! 逃げるってどっち行けばいいんですか?!」
「とりあえず、僕の上からどいてくれません?」
「見捨てないでくださいね!? 逃げたら絶対祟られますよ!?」
飛び退く兎に後悔が湧く。なんで拾っちゃったんだろう?
「はぁ・・・背中に乗ってください」
ぽふんと羊になってたのを見て目を白黒させる兎をさっさと乗ると急かす。もう抱き上げたくないから変身したが、この輝かしき毛並みを触らせて乗せたこの世界の第一号が見知らぬ兎になったよ。成り行きとはいえ溜息が出る。
▽
二匹してさっきの崖の上に戻る。背中に兎を乗っけたまま空を飛んだから早いもんだ。星の海を背に羊の背に乗る緑の巨大兎。メルヘンチックな光景だろうが、僕の心情は地上寄りにやや荒み気味。口調が多少ぞんざいになるのは仕方ない。
さっきと同様にテーブルと自分用のクッション、結界を設置。お茶は出さん。
兎はテーブルの上に手を揃えて置き、どっしりと座っている。みっともなく裂けた衣類は収納したようだ。僕は人に戻って対面に座る。
「これ、お返しします」
神性魔法でついでに綺麗になった衣類と、宝箱の中にあった物を机の上に出した。
「ありがとうございます。助けてもらったのに勘違いしてごめんなさい、実は・・・」
「あ、そういうのいいですから」
「え?!」
「込み入った事情に首突っ込む気は無いって事です」
誘拐犯とか悪党とか面倒事の匂いがぷんぷんする。助けました、蹴られました、騒動に巻き込まれましたって割に合わない。これ以上巻き込まないでくれないか。
「通りすがりのヒーラーが偶然瀕死の冒険者を助けました。それだけです」
善意で辻ヒールした。僕の事は忘れてくれたって構わない。事情説明も特に要求しない。え、でも・・と言い募る兎を遮って現在の位置を説明する。50階層の廃墟と言ったら多分真っ青になっていた。
「ボク、もっと浅い所をお母さんと探索していたんですけど、そこで転移踏んじゃって・・。真っ暗で、フラッシュを出したら密林アメーバの群れの中にいるって気づいて、逃げようとしたんですけど数が多くて・・。ボクの光程度だとアメーバは逃げないしあれに攻撃が通らないし、むしろ光に魔獣が寄ってくるし・・・」
「どうにか逃げて宝箱に隠れたと」
「はい、あそこに無かったら死んでいたと思います。人の姿だと狭かったから獣態になろうと思ったところまでは覚えています」
「回復薬とか補助の道具は?」
「使い切っちゃいました。装備もぼろぼろ、武器も無くすし散々です・・・」
「それは、ご愁傷様です・・・」
職業は知らないが武器ロストはきつい。すんすんと鳴かれると思わず同情してしまう。
宝箱の中身が何故無事か? それは魔獣が宝箱に手を出さないから。これはダンジョンのルール。だから空けても中身を抜かなければ一時的なセーフゾーンになる。その上宝箱の中なら僕が見つけたように、発見してもらえる確率が高くなる。
中身を抜いたり、移動させたり、破壊する、加工する等の手を加えると魔獣避け効果は消滅する。その効果も、ダンジョンの宝箱に入るのを見られるともちろんアウト。最初に開けた時から時間経過で効果は薄れる。どれくらい持つかはケースバイケース。材質も形も一定では無い。
宝箱はランクの低い物は、茶色や灰色の地味な色。後は緑が黄緑になって黄色、青系から紫になって、赤系に近くなると価値が高くなると言われているが、あくまでダンジョン基準なので釣り合わない物が出て肩透かしをくらう事もある。硬貨の色はここから来ている。
中身より箱の方が価値が高いじゃん! と持ち帰ろうとすると、魔獣に囲まれまくって死んで所持品ロストの憂き目に遭う。収納しても同じ事が起こるので、これもダンジョンのルール。
収納の亜空間魔術は死んだら空間が破れて中身が飛び散る。死んだとき恥ずかしい目に遭いたくなければ、そっちには人に見せたくないものは入れない方がいい。魔道具の収納も、魔力が切れたら同じ事が起こる。
苦労して持って帰っても宝箱はダンジョンの外に出すと変質するから、宝石付きだからといって期待すると地上で酷いことになる。
それでも人は逞しく、魔獣寄せ目的に使う猛者もいた。むしろそのスリルと当たった(変質しても価値があった)時の快感がたまらないと窃盗を繰り返すユーザーには〈トレジャーボックスハンター〉〈宝箱返せ〉〈宝箱逃げて〉等々の不名誉な称号が与えられた。どうやら中身はともかく宝箱はダンジョンにとって大事な物らしい。きっと宝箱(ガワ)は再利用する前提の製造・運用費用が掛けられているのだろう・・・。しかし不思議と破壊は特にお咎めが無い。
勝手に愚痴を言い始めた兎の話を適当に相槌を打って聞き流す。
「ボク、サティヤって言います。あなたの名前は何ですか?」
「名乗るほどの者ではありませんから」
「ちゃんとお礼がしたいんです。冒険者規定の範囲になりますけど、現金での謝礼もします」
「いや、そういうのいいですから」
「お願いします! このままだとボクの気が収まらないんです!」
押し問答が繰り返され、兎は一歩も引かず。適当な要求出して、それで納得してもらおう。
「お金とか謝罪とかいいので、撫でさせてください」
全身が弾力のあるモチに最高の化粧筆が生えてる様な魅惑のボディとマフマフをモフれるならお礼として十分だ。
「助けてくれた方を断る訳ないですよ! ボクも気持ちいいですし!」
じゃあモフって転移陣まで送るかと思ったところで新しい来訪者が転移で突然やってきた。
「サティヤ! 本当に無事で良かった!」
「大丈夫だって言ったよ、お母さん」
「見て確認するまで安心できないのが親心です」
「もう初生じゃないのに・・・・」
しゅんと溜息を吐く兎はやってきた人を僕に紹介した。
「ボクの母のシオンです」
「我が子を助けて下さってなんとお礼を申し上げれば良いか。サティヤが助けていただいたにも係わらず大変失礼な事をしたそうで、慚愧の念に堪えません。きちんと謝罪とお礼をさせていただきたいのですが・・」
そう申し訳なさそうに言いながら兎の隣に腰を下ろす初老の男性。撫でつけた薄桃色の髪の隙間から黒い角がガゼルの様に後ろ向きに生えていたから獣人かと思ったが、ちらっと鱗の有る太い尻尾が見えたので魔人だと推測。
「成り行きで助けただけで謝礼とかはいいです」
「謝礼金は受け取ってもらえそうにないし、代わりにボクを撫でたいって」
「サティヤはそれでいいんですか?」
「命を助けてもらったお礼には安いよ。酷いことする人には見えないし」
「それもそうですね」
母親の特徴的な猫目がこっちを見る。思念通話で前もって話してたんだろうなー。
「なら猶の事我が家にお招きしたく思います。この後のご予定は?」
「ダンジョン探索で徹夜以外特に予定は無いです」
一日家出を敢行中の家主とは僕の事だ。
「何か急ぎの依頼でも受けていらっしゃいますか?」
「受けてないですよ。今受けてるのは例のマッピングくらいです」
「お連れの方は?」
「一人です。いいじゃないですか、ぼっちでも探索はできます。ダンジョンには気晴らしに来ただけです」
「この階層を探索できる冒険者であれば、一人で探索する危険は分かっていらっしゃるとは思います。ダンジョンの中で一人で徹夜など。・・・差し出がましい事を申しました。しかし命の恩人をこのままお返しするのは余りにも不義理。どうか私のたちの饗応を受けていただけませんか?」
「本当に大したことはしてないです。別に撫でるだけならここで・・・」
言い募る人は礼儀正しく、すごく断りにくい。自分の子供が助けてもらっておいてその相手蹴って暴言吐きまくったなら親としてこうもなるか。
「安心したら気持ち悪くなってきた・・・」
うげぇと兎がゲロった。この階層の魔力が合わなかったらしい。その場しのぎの魔法をかけ、帰還しましょうというシオンさんの言葉にうっかり頷く。諦めて道具を収納し、範囲で発動した転移によって階層移動の転移陣まで飛び階層移動。そこから更に転移をしてギルド設置の転移陣にたどり着き、4階層まで帰還した。
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