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第2章 司のあわただしい二週間
第53話 晩餐
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4階層に到着し、ギルドの部屋の壁の方に寄ってシオンさんに抱っこされた兎のサティヤさんを診る。吐き気は止まっているみたいだ。色々あったみたいだし、それもあるのだろう。流れで付いて来てしまったのだが、この後はどうするのだろう。我が家に招待ってどこに行くのか。招かれておいてそれは無いと思うが、移動費用が高い所は嫌だぞとみみっちい発想が浮かぶ。
まぁいいか。最悪途中で脱走したとしても何か損害がある訳でも無し。一人って素晴らしい。ギルドを出て少し歩い所で転移陣の準備を終えたらしくシオンさんがこちらにと僕を招く。魔道具であれ転移魔術であれ、遠方までの移動はスイッチ一つとはいかない。なので魔獣に追いかけまわされている時に即時拠点まで逃げ帰るとかは出来ない。
転移魔術で運ばれた先は、風光明媚な住宅街だった。
▽
転移で飛んできた場所は転移用の場所らしく、吹き曝しかと思ったが上部には神殿の様な屋根があった。シオンさんとサティヤさんはこの場所の衛兵らしき人と話をしている。
二人の後ろを付いていきながら街を観察する。遠くには山々が連ね、石畳が端正に市街地を走る。規則正しく整備された街並みと石造り邸宅。敷地は広く庭園もあり、家はそれぞれ十分に距離を置いて建築されている。
柵さえも用途を満たすためだけに金属の棒が設置されているのではなく材質や意匠が凝っている。きっと昼間だったらこの時期に咲く花々を道からでも鑑賞できたのだろう。
街灯はやや薄暗く、投げかける影は淡い。そんな光景の中には武装した警邏の兵士も見られる。・・・高級住宅街ですね。場所もどこだか分かりません。帰り道は案内してくださいお願いします。
並ぶのも嫌で距離を取って付いて行こうと速度を緩めるとすぐに気づかれ、兎が親の腕から降り駆け寄って僕に抱っこしてくださいと強請る。渋々と抱き上げると服の無い、直に触れる感触にふわぁぁっと鳥肌が立つ。ご、誤魔化されないんだからねっ!! ・・・何一人百面相してるんだろう。
こんな所に住んでいるのだからきっと美味しいものが食べられるはず! そう自分を奮い立たせて鱗の有る尻尾を追いかけた。
数分で着いた邸宅は周囲と比較すると庭も家も二回りは小さかった。それでも二階建ての邸宅は今まで見てきた一般的な家屋よりは大きい。豪勢さは無くともクラシックで蔦の這う煉瓦には洗練された落ち着きがある。この世界のモダンもクラシックも正確には知らないから自分の感覚にはなるが。
探索でこさえた埃を持ち込むのも憚られ白衣だけ収納。マナーがさっぱり分からないから冷や冷やする。どうやって乗り切ろう? とそればかり考える。
玄関で家令と思われるきちんとした詰襟を着た女性が出迎えてくれた。サティヤさんが下ろしてくださいと言ったのでしゃがんで床に下ろした。なんか抱っこだけで目的半分以上達成した気分。もう帰っていいかな。兎はどしどし跳ねて廊下を走っていった。僕たちは室内用のスリッパっぽいものに履き変える。
シオンさんが応接室でお待ちいただけますかと問うたのではいと返事を返す。借りてきた猫より今の僕は大人しい。家令さんに案内され部屋に入る。席次が分からん! 正直に家令さんに座っていい席を尋ねてそこに収まる。
ダークトーンで統一された革張りのカウチやソファは高級感と程よい使用感がある。くつろいでくださいと言わんばかりの配置や家具に照明。本棚もあり、お客様向けの対外的な応接室というより第二のリビング。そう思わせるのが棚に飾られた写真や庭に面した広い窓、どことなく家庭的なテラス。
部屋はゆったりとしているのだが、少し距離を取って待機する家令さんの視線がどことなく厳しい。気のせいだと思いたいが、こちらからは話しかけづらい。きっと最初の質問でマナー知らずのお馬鹿さんと思われているのだろう・・・ マナーは場所や時代で変わりまくる代物だから粗相したら謝る方針。
異世界人と話しても信じてもらえないだろうし、もとより話す気もない。これはもうこういった場所に不慣れで常識が無いんですごめんなさいと頭を低くしてお目こぼしをいただくしか無かろう。
居心地の悪い沈黙が流れる中、ようやくノックの音が響く。家令さんが扉を開け、家主だと思われるシオンさんがティーセットをワゴンに乗せてやってきた。着替えをしたのかゆったりとしたラベンダーのシャツは柔らかそうで光沢があった。ループタイはイメージ通りと言った感じ。尻尾の関係だろう、下は茶色のロングの巻きスカートみたいな物で、後ろのスリットからちらほらと尻尾が覗く。
二言三言家令さんと言葉を交わし、お待たせしましたとにこにこ配膳をするシオンさん。家令ではなく家主がするのか・・・。僕もお茶会は好きだからなんとなく分かる。
シオンさんが口を付けたのを見、僕も一口。あ、おいしい。素直に口に出てたらしく、それはよかったと微笑まれる。目じりに寄る皺が年を感じさせるが、紳士的で落ち着いた振る舞いは、僕もいつかこうなれたらいいなぁと憧れる物である。コーヒーにも似た香ばしい香り、水色は濃いめ。おかわりあるならミルク入れよう。
食前だからか茶請けは無いが、これだけで十分だ。人に淹れてもらったお茶って美味しい。
一息吐いた所でいくつか質問され、それに答える。といっても、食事の量はいつもどれくらいかとか、お酒は飲めるのかとか、そういった必要な事や他愛もない質問未満の雑談だ。何聞かれるだろうとびくびくしていたが、そういった質問は無かった。
ささやかなお茶会も終わり食卓へと案内される。味、分かるといいなぁ・・・。
エスコートされ席に着く。食卓はそれほど大きくなく、せいぜい6人が座れる程度の大きさだ。テーブルクロスはリネンで清潔感がある。
食卓は配膳の位置や本数が違えども、フォークやスプーンの並ぶ一般的なディナーだった。素手で食べるスタイルや先割れスプーン一つで全てを済ませるスタイルだってあり得たから、多少は見慣れた食器が並んでいてほっとする。
しかし、マナーは相変わらず不明。食器は分かれど、どんな品が出てくるのかも不明。OTLのマナーは現実にとてもよく似ていて、僕はそれを知っている程度。泉の神殿の食堂での食事も、周囲から浮かない様に観察しつつ、マナー違反をしないようにそれっぽく食べていたに過ぎない。
一事が万事そんな感じで気を張っていて、自分の家なら寛げると思いきやそうでもなく。これは自己責任だな。
その家から一時的にエスケープした先で同じどころか割増の緊張を強いられている。あれだ、食器落とさないようにしよう。ゆっくり動作してペース落として、周りの食べる動作コピーしよう。
「お待たせしました」
扉を開け現れた緑のうさ耳を生やした背の低い少女はサティヤさんだろう。背格好からすると耳が大きく見える。年の頃は僕より下。アーモンドの肌に輝く優しい向日葵の瞳と、オレンジのふわふわひらひらした部屋着から放たれるオーラが眩しい。セミロングの緑髪はさらふわと動くたびに揺れ、触り心地がすごく良さそう。見てると色々な意味で目が潰れそうな美少女だ。
「あの兎からは考えられないくらい可愛らしい方ですね」
「兎姿も人姿も両方可愛いって褒めてくれないんですか?」
「むしろ兎の方が良いです」
「わー大胆ですね!」
そう笑いながら僕の対面、シオンさんの右斜めの席に着くサティヤさん。なんかダメな返事が返ってきた気がする。言い直す前に前菜とお酒がサーブされた。タルトっぽい生地におそらくチーズ系とサーモン。ソースは不明。多分匂いから林檎とか柑橘。食べ方が、分かりません! うん、知らない物は知らない。旅の恥は掻き捨てと言うじゃないか。多分違うけど。身を小さくして予防線。
「すみません、こういった事に不慣れで、マナーとか全然分からないんです・・・ 不快な思いをさせてしまったらごめんなさい。食べ方を教えていただけたらその通り食べますから」
「あはは、大丈夫です。訓練でも無いんですから家庭で一々マナーを小うるさく言ったりしません。そんなに構えてたら味なんか分かりませんよ」
「そうおっしゃるのであれば、本当に酷い時は申し上げます。サティヤの言う通り、美味しく食べていただくのが一番です」
そう言ってサティヤさんは手づかみでぱくり。二口で前菜が消えた。そしておかわりを家令さんに要求している。体調が戻ったのは安心したが、中々の食べっぷり。まだ成人してないのかもしれない。
家令の女性は予想通りなのか次にサティヤさんの前に出されたお皿には同じ物が5個並んでいた。時折手を拭いつつワインを水のように空けている。勢いはあるが、品は保たれている。うーん、これは参考にして良いものなのか。
視線をを右に移しシオンさんを見ると、口髭の紳士はゆっくりとワインを味わっている。手づかみオッケーなら気楽に考えよう。飲み物に関しては静かにしてればそこまでうるさく言われないだろう。白ワインを飲む前に香りからこれ好みだと分かる。口に含むと青りんごとミネラル、ほのかな金属っぽい味。繊細で優雅、酸味と甘みのバランスが良くて飲みやすい。
「気に入っていただけましたか?」
「すっごく美味しいです」
「そのワインはこの地方の特産品なんですよ」
「へー」
シオンさんからこの街の事を聞く。ここは水質の良い温泉の湧く保養地で、周囲は山の麓までブドウ畑が連なっているそうだ。風土や気候、文化に風習。そういった事を人から聞くのは楽しい。
僕も目の前でぱくぱく食べるサティヤさんに倣って前菜を口にする。食べた物はちゃんと人が丁寧に作った温かな味がした。・・・一人他人の家で美味しいもの食べるちりりとした罪悪感には蓋をして、目の前の食卓に集中した。サティヤさんは元気よく幸せそうに食べる。それを眺めていると僕のマナーとかが些細な問題に見えてくるから不思議だ。ほろ酔いが口も心も軽くする。シオンさんも博識で話を聞くのに夢中になってしまい、さりげない気遣いが心憎い。
「ところで」
「?」
「そろそろ、お名前を教えていただけますか?」
メインのステーキを切る手が止まる。沢山言い訳やら考えてたけど、正解がどれか分からない。教えないのも失礼だし、教えて身元が割れるのも避けたい。しかし嘘も嫌。
「実は僕今家出してるんです」
「おや」
「なので名前は秘密って事じゃダメですか?」
首を傾げ、人差し指を唇に当てて内緒の仕草。自分も本当は言いたい、けど言えない。申し訳なく思っているとアピール。訳ありは隠さず、しかしその内容は濁す。ミスリードを誘って嘘は言わない。誠実では無いが偶然助けた恩でご馳走になっているだけだ。
「しかし名前が無ければ私達も呼びにくい。どうです? こちらの好きな名前で呼ばせて頂いてもよろしいですか?」
「変な名前でなければいいですよ」
ぽちとかタマとかクマ吉とか。
「ではガルデニヤと」
梔子、口無し。他意は無いだろうが日本語を母国語とする僕からすればそれはかなりの皮肉だった。同じ物かもしれないし、違うものかもしれない。自動翻訳さんは最近慣れてきたからなのか、文字も訳を目に映すのではなく脳内で勝手に翻訳してくるようになった。そんな風にまた変わっていく。
「母さん」
「良いではないですか。この時ばかりの戯れです」
親子間でしか通じない会話。咎める目をシオンさんは受け止めずワインを飲みながら躱す。矛先が僕に移り、そして家出を理由に使ってしまった事でお泊りが発生した。宿を取っているのかと言われ、ダンジョンでの会話も有り嘘も吐けず。情報収集も何の苦労も無くふかふかのベッドで眠れるのだと前向きに捉えよう。
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