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第2章 司のあわただしい二週間
第73話 サティヤのシャドウとご対面
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日差しは穏やかになったが、戦闘後の蓮華の花畑はキャタピラの轍が残り、ウインドカッターで切り裂かれたのか所々直線的に地面が露出している。三本の尖塔に囲まれた中庭に二人と鳥が緑の高起動魔導騎士についておりたつ。庭は三角形の木材が敷き詰められ、外周の花壇にはラナンキュラスや黄色のクロッカスが咲き乱れている。目に痛いカラーの外観とは裏腹に落ち着いた温かさと華やかさ感じさせた。
頭上に召喚された時と同じ様に白い魔術陣が展開し、その中央に騎士が飛び込んで行く。送還されるのかと思いきや、5Mほどあった大きさは一瞬で縮み、上下に展開されていた陣は重なって消えた。
小型化した騎士の大きさは50㎝程度だろうか。サティヤの目の前に降りると、脇にあった城内に続く大仰な扉が開き、付いて来いと言わんばかりに騎士は白いマントを翻した。サティヤの口から「懐かしい・・・」と言葉が漏れた。
白い毛氈の敷かれた廊下はホテルの廊下以上に幅が広く、しかし薄暗い。両サイドの燭台からの明かりだけが道をオレンジに照らす。
鳥は司の肩にとまり、きゅいきゅい鳴き、ふんふんと鼻歌を交える。思念通話で内緒のおしゃべりをしながら2人と一匹は並んで進む。魔法少女装備は解除され、サティヤも司も昼の服装だ。
『司さん、用心してくださいよ。いきなり物が飛んできたりとかする可能性もありますから』
『けっこう過激だね。でも豹と鳥の話を聞く限り、そう危害を加えるつもりはなさそうだけど』
『どうだか! 用心のしすぎは無いですから。あと・・・、それと・・・どんな事を言っても、どんな物を見てもボクを軽蔑しないでくれますか?』
『しないよ。・・・もしかして壁中にカラフルなディルド生えてるとか?』
『そ・れ・は・な・い・で・す!!』
『なら安心だね』
『はぁ・・・逆に司さんの交友関係の方が心配になってきました』
『おやおや』
演技じみた仕草で肩をすくめながら司は茶化し、豹からも情報を聞く。どうやらサティヤのシャドウは話ができる程度には落ち着いているそうだ。
正面の両開き扉が開く。一瞬目が眩むほどの輝きが室内から溢れる。飛び込んで消えた機体を目で追うと・・・そこに鰯の頭、正確には大きな鰯の頭を被った、多分サティヤのシャドウが豹を見下ろし仁王立ちしていた。
「これでボクを崇めるんだな?!」
「おおー、すごい! とってもすごい! さすが、サティヤさんは何でも似合う! そんなの被れるのサティヤさんしかいないよっ! 異世界の住人でもその姿を見たら絶対くらっとくるね! 並外れた容貌に恐れおののいて、直視する事も憚られちゃうっ!」
「ふんっ! ボクは何でも似合うんだ! 何故なら美少女だから!」
生臭くは・・・無い。むしろこんがりとした塩焼きの香り。鰯の横顔が二人にこんにちは。天辺の開いた口から緑の兎の耳が飛び出している。高い天井につり下がった豪奢なシャンデリアがメリーゴーラウンドのように緩やかに回転しながら輝きを部屋の隅々までにばら撒き、てら、てら、と否が応に頭部の艶やかさを強調した。
奥にある暖炉、柔らかなラグ、壁の写真に煌びやかな服を着たトルソーも一緒に浮かび上がらせるが、二人の目はサティヤ(鰯)に釘付けだ。
ぶふぅッと吹き出した隣のサティヤ本体は状況が呑み込めていないようで先ほどから停止している。左腕を横に開き、右手は胸に当て称賛に聞き入る鰯。表情は、無い。
『豹さん・・何したの・・・?』
『上げて下げて上げてみた』
『上がってないよ! 大暴落だよ!!』
『見分けが一目でついていいじゃないか』
『いや服も違うし性格も違ってそうだし、そんな配慮いらないから!』
サティヤ(本体)は繊細なレースが縫い付けられたふわもこの生成りのワンピース、サティヤ(こんがり臭)はコーラルピンクの長袖のチャイナ風の服、下には同じ生地の短パンを着ている。チャイナ服というには生地がしっかりした厚手で、しかしてろんとした優雅な皺が美しい不思議な材質。司はなんとなくあの素材で織り方はアレかなと見当をつける。
「あ、お前ら来たな!! ボクに言う事はないのか?!」
「とりあえずお静まり下さい・・・っ!」
二人に向いたサティヤ()。鰯の鰓が良く見える。手を合わせ拝む司。腕を組み、満更そうでない相手の要望に合わせ賛美の言葉を連ね、ご機嫌を取る。どうにか事態を収拾させるようと頭を回転させる。いつの間にか鳥は肩からいなくなり、どこに行ったかと思うと、回転シャンデリアに乗って遊んでいる。
「はっ・・・! お、おまえっ、それ脱げよ!」
「はぁっ? ボクの言う事なんてなんで聞いてやらないといけないんだよ!」
「落ち着いてサティヤさん!」
『声を荒げたら言い争いになっちゃうよ。とにかくゆっくり話せる状況を作らないと。目的思い出して』
「ぐっ・・・でも、あんなのって無いよ・・・っ!」
再起動したかと思うと鰯頭につかみかかろうとするサティヤを司が羽交い絞めにして押しとどめる。
「サティヤさん、その被り物脱げます?」
「なんで? この頭が信仰の対象なんでしょ? コレを被ればすごいんでしょ? ・・・もしかして、違うの? ボクをだまし・・」
「違う違う。ね、サティヤさん」
『サティヤさん、ちゃんと顔見て話したいって言ってあげて』
『うぅ・・・背に腹は代えられない・・・』
サティヤも自分が言う必要があると分かっている。諍いに、喧嘩。拗れた感情は二人から増々話し合う機会を奪った。自分では言えない事でも、司に言わされていると思えば言えそうだった。解かれる腕から抜け、向き直る。
弱さも狡さも、今は見逃して欲しいと腹に押し込めて、伝えられた言葉を自分なりに変えて紡ぐ。
沈黙する鰯。口から生えた兎の耳がぴくぴくと動く。
『もう一押し。ボクはボクが好きだから、被り物なんか無くても、そのままの姿で十分だ、かな』
「飾りも、被り物もいらない。ボクね・・・ちゃんと顔見て話したいくらいボクが好きなんだ。君に逢う為にここに来たんだ。ついでなんかじゃない」
鰯の頭がゆっくり外され、床に投げ捨てられた。香ばしい塩焼きの香りだけ残して、転がった鰯の頭は透明に薄れて消えた。
※
「・・・ふんっ、殊勝な心掛け結構結構! で、話って何? 散々ボクの事放置してお母さんの所とか、他人の所ばっかり行って!」
出るわ出るわ、不満の嵐。一方的なマシンガントーク。まぁまぁと司が仲裁に入る。「できれば座ってゆっくり話したい」と言うと「それもそうか」とシャドウが同意する。ラグの上にクッションと小さな丸いローテーブルが現れ、緑の騎士と赤い騎士が紅茶と茶菓子の給仕をする。豹はシャドウに撫でられ、ごろごろと喉を鳴らす。
「懐かしいな・・・大好きだった。もうどこにあるかもわからない・・・」
「お前が忘れても無くしても、ここにはあるんだよ」
輝きが紅茶の赤を弾く。僅かに、ようやく見える湯気。司は上質な紅茶に舌鼓を打つ。昔の思い出話に花が咲く。本人たちしにか分からない、立ち入りようが無い、過ぎ去った時間の記憶。
幼少期から段々と話題が現在へと近づくにつれ、それぞれの口調が険しくなってくる。
「だからさー! アイドルするならアイドルでいいだろ! 目立って、金稼いで! みんなに注目されて気持ちよくなって!」
「もうあそこには戻りたくない!」
「セックスは愛じゃないっていい加減分かっただろ! 初生で魔術せっかく覚えたのに、獣人になって落ち込んで、アイドルで失敗して! 冒険者に戻るっても腕力も無い! 魔術も下手くそ! 力の使い道も! 人にばっか使って!」
最初はサティヤも今までの反省から相手の話を聞くように努めていた。あちらこちらに飛ぶ話は、もう相手への非難の気持ちで吐き出される物になっている。落ち着くよう司が別の話題や疑問を挟み冷却させるが、それも一時しのぎ。
散りばめられたワードを解析して、分類して繋ぐ。対立する重大な要素。”母”に”家族”、そして”番”に”性”。お互いに大事な事だから言い争う。自分だからよくわかる。失敗も目の前に付きつけられると反射的に拒絶してしまう。それを解決しようと足掻いて、結局駄目だったら猶更。
「お前はもっとちゃんと考えろ! お母さんにしてきた事、本当に望んでいた事! しっかり考えろ!」
そうして話し合いはまた喧嘩別れ。全員司の夢に強制送還された。
※
よじよじとクッションの巣に入る司と豹と鳥。すっかり寛ぎモードになっている。ひょっこりと顔を出し、サティヤを「おいで」と誘う。
「だめですよ・・・」
「何が?」
「だって、結局目的も果たせなくて・・・」
「? 僕はサティヤさんのシャドウ見せてって言っただけだよ」
「でも・・・」
立ちつくし、その両の拳はぎゅっとスカートを握る。輪の中に入りたかった、見せてと言われた、だから見せた。
でも、誘われても今その中に入っていいととても思えなかった。
「はぁ・・、じゃあ僕も見せるよ」
暗転。星が消え、薄気味悪いほど大きな満月が白々しく嗤う。暗く時化た海。失せる大地、足場。大波と恐ろしい静けさ。荒れているのに波の音がしない。一瞬で海に引き込まれ、海面に出ると襲う波。
浮かぶクリーム色の板にようやく捕まる。はっと空を見ると司はそれを見下ろし悠々と宙に浮かんでいた。近くで鳥がくるくると弄ばれる流木の上にとまりながら胸の羽毛を引き抜いている。遠くの海面に青く小さな光が浮かんでいる。
「こんなものでいいか」と口が動き、気が付いたらぺしゃんと芝生の上にしゃがみこんでいた。髪の毛一筋たりとも濡れていない。先ほどの光景は夢の中で見る悪夢だったのだろうかとサティヤは思った。肌だけがたった数秒の冷たさを記憶し、今のこの環境こそがはかない幻に感じられた。
何事も無かったかのように司は巣の中から言う。
「あれが、僕の、この空間の初期状態だったと思っていいよ。この子たちと仲良くなってようやくここまで来たって感じかな」
どうやら、司なりの励ましだったらしい。ふらふらと、温かさや安らぎを求める本能に従って誘われるままに輪に入る。豹の隣にごろんと司は寝転び、豹を挟んで反対にサティヤも転がり枕に頭を預ける。
ランタンの光が届かない底で、もふもふを挟んで交わされる小さな音が渦の中で篭る。
「どうして、僕にここまで良くしてくれるんですか?」
「僕には僕なりの理由があってやってる事。すぐ分かるよ。でもこれだけは信用してほしい。僕はサティヤさんをつぎはぎのコラージュにする気も、自分の脚本で踊る演者にする気も無い」
「全然意味が分かりません・・・」
「鰯の頭に言われっぱなしも癪じゃない?」
「だめだ、思い出したら笑える・・・」
「大丈夫、問題に気づいて、誰かに協力してもらって、また新しい問題に気づいた。今日はチャレンジして、相手から課題を貰った。ものすごい速度で前進してる。だから、もう今日はお休み・・・」
腹を抱えてくすくすと笑うサティヤ。高く抑揚が無い声は軽やかな羽毛に包まれている気分にさせ、髪を梳く手は優しく、抗えない。すぐにうつらうつらしてくる。思考は解け、ぼんやりとした、溶けて行くような意識の中、また同じ声を聞く。
「夢の中でみる夢は、せめて幸いなものでありますように」
2匹と2人、クッションの巣に身を寄せ合って一塊。そしてランタンも星も消え、全て闇に沈んだ。
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