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朝焼けメダリオン
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氏名・年齢・性別などを聞かれた時には必ず『ひみつ』と答える私。
しかし、この癖って結構めんどいことに気が付いてきた。
例えばつい先ほどの事である。
「こんちわー!」
配達のお兄さんの来訪があった。
「はーい、こんにちわ。ご苦労様です!」
これは内緒の買い物である。届けてくれたお兄さんの元気そうな声を受け、わくわくしながら扉を開ける。
そこでなんかきっちりしたお兄さんは、私に名前を聞いてしまったのだ!
「お間違いありませんか?」
「ひみつです」
「わっかりました! ありがとうございまーす!」
さわやかな笑顔を張り付けたまま、不在者票を渡し、そのまま去りゆくお兄さん。
私の両の手、受け取る姿勢でひらひらしている。
軽く首をひねった。そして顎に指当てしばしの思案を行う。なぜお兄さんは荷物を渡してくれなかったんだろう......?
実はこれ、妹の計略らしいんだよね。どうも私の癖を悪癖と断じた後に、やめさせたい! と一念発起し、各方面へ頼んでいるらしい。
妹は、顔立ちの整った黙っていれば美人さんですからねー、頼られたらそりゃあいろいろ頑張っちゃうだろう!
でもね! あのね! 私が『秘密です』ってのたまう癖には色々と理由があって、その、治すとか治さないとかの話じゃないんですよ?
そこから色々考えて、導き出した答えは現実逃避である。今日はお休みであり、お部屋の片付けをしなきゃと思っていたのだ。
そして私は気合を入れる。
「よし!」
**―――――
......小一時間。読み終えた本を閉じてつぶやく。
「なんで散らかってるんだろ?」
「片付けないからでしょ?」
後ろから声が掛かった。妹である。ぎょっとして振り向き、少し焦った姿を見せながら私は言った。
「お、かえり? あの、あのね、実は、いま、片付けてたんだよ?」
『ただいま』と答えてから妹は、こちらを時取りと睨む。
「本読んでたように見えたんたけど?」
「活字中毒の悲しいサガというものだよ。いつ帰ってきたの?」
言って足の踏み場を何とかしながら、読んでた本を棚へと戻す。
「ついさっきよ。ねえ? 不在者票には気づかなかったの?」
あー、不在者票......そういえば玄関に置いたままだっけ?
「えっと、配達のお兄さんがね、不在者票を渡してくれたんだよ」
妹は眉を持ち上げる。
「なにそれ? ちゃんと荷物受け取ってよ......」
「荷物を渡してくれなかったんだよぉ」
唇を尖らす私に、妹は不機嫌な顔でにらんできた。
「何やらかしたの?」
「え、別になにも......」
「もしかして、人格が顔に出てたとか?」
「そうだね、あの配達員さんは......」
少しだけ、罪悪感を感じながら言葉を続ける。
「さわやかな笑顔に問題があるね」
「お仕事頑張ってる人を悪く言うんだからねー」
妹は腕を組み、壁にもたれかかって続けた。
「酷さ極わまった人の悍ましい顔でもみて、逃げたってかんじかしら?」
いや、その、まあ悪乗りした私もアレだが......むう、どう言い返そうか?
いつもならば舌先三寸煙に巻き、妹の人格を地の底まで落とすのだが、いま、その手にひらひらさせている不在者票が私の負い目となっている。
「むー............」
妹は不在者票に掛かれてある品物を見て不機嫌になっているようだ。
これに関して正当性は妹にあるとは思う。実際、ここ2~3ヶ月の家計がちょびっときびしく、ぎりぎりでなんとかしている状況なのだ。
いつも家計簿(PC)の前で画面を睨み、悲喜こもごもの姿をみせる妹は知っている。芳しくない状況には苦心しているのはわかるのだ。
でもね、先日私がやらかした時のお小遣い没収によって、家計は潤っているはずだよ!?
今回の買い物は、そのときの喪失感によって産みだされ、苦悩と後悔によって育まれたストレスへの対処法なのだ。
そう! 私の無駄遣いは、これからの人生を彩るための、必要投資である!
それは自然の摂理を利用した、セルフケアだと胸を張って言うことはできないだろうか!?
「ねえ、これって......」
あ、不在者票をじっくり見だした。まずい。何とか、なにか、ごまかさなくては!
「そういば、今読んでた懐かしの本なんだけどさ、主人公が......」
露骨に話題を変えようとする私だが、妹の目は据わっている。
「何買ったか言ってくれない?」
うん。やっぱりごまかせなかいようだ......。
私はもう少し粘るべきか、もしくは、事実を捻じ曲げてしまうべきかを検討する。
そして、その後に現われてしまうリアルな痛みが想像できてしまったため、何でもないよう事実を語った。
「星のタコヤキ機、だよ」
「......ほう?」
「あー、そのー、えっと......」
「............」
妹が目で説明を促している。
今回の明らかな無駄遣いは趣味とみてくれないのだろうな。
あの、家計とはちゃんと、分けているんですよ!
この買い物はですね、副業とか、隠し預金とかをこっそり使ってですね、わくわくとスリルを味わえる斬新な『遊び』であり......。
「星のタキヤキって......なに?」
妹に発見されたことによって、『トラブル』となってしまった。
「星の、タコヤキが、焼けるプレート、です」
その言葉を受け、妹のこめかみに血管が浮き出ているように見える。
「言いたい事いっぱいあるけど、まずさ、うちでタコヤキすること、あった?」
「年に1回......するかしないか」
大きく息を吐き、妹は続けた。
「前にレインボーなんちゃらとかで、絵の具付きちょい高プレートの前で正座した事、忘れた?」
「しょ、食紅だからね。絵の具じゃないからね!」
「覚えてるって確認できたわ......」
ぐう、最近手ごわくなってきおった......。
昔は色々言い逃れができていたんだがなぁ......その代わり、壊れないものであったり、スマホ(私の)であったりが飛んでくる被害は減っているのだ。
成長を喜ぶべきか、追及の厳しさに落ち込むべきか......。
「どうせ星の型抜きが入ったプレートじゃないの?」
「そ、そんな訳ないよ!? あの値段で! きっと、隕石が練り込まれたプレートなんだよ!」
その言葉に妹が再び眉を上げた。
「ほお? それって、とおぉっってもお高いんでしょう?」
「そ、そそ、そんなことは、ない、よ! ......普通のよりは、ほんのちょっぴり、値が張るだけだよ!」
口ごもる私を見ずに、妹は不在者票を指ではじいて弄ぶ。まあ、お値段はちょい高程度なのだが、普通の業者じゃ作れないって部分を考えたら適正価格、場合によっては安いまである......と思っているのだ。
だって、役者さんの素敵写真とか、プレートなのになぜか鍛冶職人さんが槌で叩いているモノとかあって、すっごくお得に思えたんですよ!
「ねえ、レインボーの何割増し?」
頭の中で商品解説している私へ、妹の追撃は止まらなかった。
「............」
言いたくない。しかしここで黙ると物理的な何かが起こる。極力、平和裏に話をすすめたい私は、ごまか......せないので敗北を認めた。
「すみません。今回もへそくりから出します」
「うむ。それとは別に、今から部屋を調べるわ」
「ちょ、なしてそんな!?」
私の部屋には隠してない......という言葉が出かかったが飲み込む。
「この前さ、厳しめに差し押さえたつもりだったのよ。それなのに無駄遣いできる資金力に興味があるの」
踞った目でこちらを見つつ、妹はさらに続ける。
「ほっとくと、第二第三のタコヤキプレートが現れてしまうでしょう?」
ぐう......。これは、妹特権による強制徴収っ!? あわよくば隠してあるもの全部、根こそぎ持っていくつもりじゃないの!?
「うむむ......」
ちなみに隠し預金は居間の戸棚の引き出し三段目の裏に隠してある。
ただ、忘れるといけないので、私の机の二段目引き出しに暗号ノートを用意してあるのだ。あれが発見されるとまずい。
「んじゃ御用検めね!」
ずかずかと片付け中の部屋へ入ってくる妹は、眉をしかめてぐるりと見まわし、やはり机へ目を付けた。
「机とかにありそうね」
ぎゃー、没収される! 妹の強制徴収はサディスティックなものが多い。万が一にもあの金額すべてを差し押さえられたら、私、やっぱり落ち込んでしまう!
注意をそらそうと考えている間に、奴は机に手をかけた。
「んー?」
......一段目を開けようとして、カギがかかっている事に気が付いたらしい。
「カギは?」
目だけで渡せと言っている。ここは、ちょっと困るなあ。価値とかは解らないけど、思い入れの深い大切なものが入っていて、あまり見られたくはないのだ。
正直に話して没収を受け入れるか、ここを見せてしまうか少し悩む。
「ねえ、カギは?」
威圧に屈した私は、財布からカギを取り出して渡した。
「......はい、開ける時には気を付けてね」
「何かあったら盾にするから大丈夫よ」
何も仕掛けてなくてよかったと思いつつ、一歩下がろうとする私を、妹は腕をつかんで引きとめた。
**―――――
引き出しには、思い出たちが詰まっている。
「ぐっちゃぐちゃだねぇ。お金はないの?」
いらいらと言う妹の事を失敬で野蛮な人間性だと思いつつ、中身を探る姿をぼんやり見ている。
妹は、目についたものがあったらしい。
「んー、なにこれ?」
山吹色のハンカチに包んだ、手のひらくらい大きさがある何かだ。
「えーっと、なんだっけ?」
「解んないの? 開いていい?」
「良いよ」
開けてみると、銅製のメダリオンが出てきた。
その姿を一目見るだけで、昔の記憶が蘇ってくる。当時のちょっと困った話や、知り合った人たち、そんな長い時間ではなかったけれど、濃密な思い出なのだ。
「ああ、そうだ......これは......」
「なあに? なんか、大切そうだけど......」
「これ、えっとね」
古い記憶を少しずつ手繰りながら私は言う。
「あの時もらったやつだね。私が小さい頃に仲良くなった......目と髪と、顔立ちが北欧風で独特なしゃべり方の......」
そのフレーズに、妹が目を丸くする。
「何その話? 聞いたことないわね」
「まあ私が小さかった時だからね」
「ふむ......」
「懐かしいなぁ、今何してるんだろう?」
少しだけ懐かしんだ私の表情を見て、妹が言った。
「ねえ、教えてくれる?」
私は少し考える。当時のさまざまな出来事が一気に蘇ってきて、誰かに聞かせたいような気持ちも出てきている。
「うん......ちょっと長くなるんだけど、時間ある?」
妹は少し考えてから、頷いた。
「いいわよ。じゃあ、徴収は話聞いてからにしましょ。コーヒー淹れるから」
「それじゃ、まあ、何から話すかなぁ」
そしてメダリオンだけ持ち出して引き出しに鍵をかけ、居間へ向かう私たち。
隠し預金は保留とできたのだが、結局今日も部屋の片づけができなかったと気付くのは、もうちょっと後のことである。
しかし、この癖って結構めんどいことに気が付いてきた。
例えばつい先ほどの事である。
「こんちわー!」
配達のお兄さんの来訪があった。
「はーい、こんにちわ。ご苦労様です!」
これは内緒の買い物である。届けてくれたお兄さんの元気そうな声を受け、わくわくしながら扉を開ける。
そこでなんかきっちりしたお兄さんは、私に名前を聞いてしまったのだ!
「お間違いありませんか?」
「ひみつです」
「わっかりました! ありがとうございまーす!」
さわやかな笑顔を張り付けたまま、不在者票を渡し、そのまま去りゆくお兄さん。
私の両の手、受け取る姿勢でひらひらしている。
軽く首をひねった。そして顎に指当てしばしの思案を行う。なぜお兄さんは荷物を渡してくれなかったんだろう......?
実はこれ、妹の計略らしいんだよね。どうも私の癖を悪癖と断じた後に、やめさせたい! と一念発起し、各方面へ頼んでいるらしい。
妹は、顔立ちの整った黙っていれば美人さんですからねー、頼られたらそりゃあいろいろ頑張っちゃうだろう!
でもね! あのね! 私が『秘密です』ってのたまう癖には色々と理由があって、その、治すとか治さないとかの話じゃないんですよ?
そこから色々考えて、導き出した答えは現実逃避である。今日はお休みであり、お部屋の片付けをしなきゃと思っていたのだ。
そして私は気合を入れる。
「よし!」
**―――――
......小一時間。読み終えた本を閉じてつぶやく。
「なんで散らかってるんだろ?」
「片付けないからでしょ?」
後ろから声が掛かった。妹である。ぎょっとして振り向き、少し焦った姿を見せながら私は言った。
「お、かえり? あの、あのね、実は、いま、片付けてたんだよ?」
『ただいま』と答えてから妹は、こちらを時取りと睨む。
「本読んでたように見えたんたけど?」
「活字中毒の悲しいサガというものだよ。いつ帰ってきたの?」
言って足の踏み場を何とかしながら、読んでた本を棚へと戻す。
「ついさっきよ。ねえ? 不在者票には気づかなかったの?」
あー、不在者票......そういえば玄関に置いたままだっけ?
「えっと、配達のお兄さんがね、不在者票を渡してくれたんだよ」
妹は眉を持ち上げる。
「なにそれ? ちゃんと荷物受け取ってよ......」
「荷物を渡してくれなかったんだよぉ」
唇を尖らす私に、妹は不機嫌な顔でにらんできた。
「何やらかしたの?」
「え、別になにも......」
「もしかして、人格が顔に出てたとか?」
「そうだね、あの配達員さんは......」
少しだけ、罪悪感を感じながら言葉を続ける。
「さわやかな笑顔に問題があるね」
「お仕事頑張ってる人を悪く言うんだからねー」
妹は腕を組み、壁にもたれかかって続けた。
「酷さ極わまった人の悍ましい顔でもみて、逃げたってかんじかしら?」
いや、その、まあ悪乗りした私もアレだが......むう、どう言い返そうか?
いつもならば舌先三寸煙に巻き、妹の人格を地の底まで落とすのだが、いま、その手にひらひらさせている不在者票が私の負い目となっている。
「むー............」
妹は不在者票に掛かれてある品物を見て不機嫌になっているようだ。
これに関して正当性は妹にあるとは思う。実際、ここ2~3ヶ月の家計がちょびっときびしく、ぎりぎりでなんとかしている状況なのだ。
いつも家計簿(PC)の前で画面を睨み、悲喜こもごもの姿をみせる妹は知っている。芳しくない状況には苦心しているのはわかるのだ。
でもね、先日私がやらかした時のお小遣い没収によって、家計は潤っているはずだよ!?
今回の買い物は、そのときの喪失感によって産みだされ、苦悩と後悔によって育まれたストレスへの対処法なのだ。
そう! 私の無駄遣いは、これからの人生を彩るための、必要投資である!
それは自然の摂理を利用した、セルフケアだと胸を張って言うことはできないだろうか!?
「ねえ、これって......」
あ、不在者票をじっくり見だした。まずい。何とか、なにか、ごまかさなくては!
「そういば、今読んでた懐かしの本なんだけどさ、主人公が......」
露骨に話題を変えようとする私だが、妹の目は据わっている。
「何買ったか言ってくれない?」
うん。やっぱりごまかせなかいようだ......。
私はもう少し粘るべきか、もしくは、事実を捻じ曲げてしまうべきかを検討する。
そして、その後に現われてしまうリアルな痛みが想像できてしまったため、何でもないよう事実を語った。
「星のタコヤキ機、だよ」
「......ほう?」
「あー、そのー、えっと......」
「............」
妹が目で説明を促している。
今回の明らかな無駄遣いは趣味とみてくれないのだろうな。
あの、家計とはちゃんと、分けているんですよ!
この買い物はですね、副業とか、隠し預金とかをこっそり使ってですね、わくわくとスリルを味わえる斬新な『遊び』であり......。
「星のタキヤキって......なに?」
妹に発見されたことによって、『トラブル』となってしまった。
「星の、タコヤキが、焼けるプレート、です」
その言葉を受け、妹のこめかみに血管が浮き出ているように見える。
「言いたい事いっぱいあるけど、まずさ、うちでタコヤキすること、あった?」
「年に1回......するかしないか」
大きく息を吐き、妹は続けた。
「前にレインボーなんちゃらとかで、絵の具付きちょい高プレートの前で正座した事、忘れた?」
「しょ、食紅だからね。絵の具じゃないからね!」
「覚えてるって確認できたわ......」
ぐう、最近手ごわくなってきおった......。
昔は色々言い逃れができていたんだがなぁ......その代わり、壊れないものであったり、スマホ(私の)であったりが飛んでくる被害は減っているのだ。
成長を喜ぶべきか、追及の厳しさに落ち込むべきか......。
「どうせ星の型抜きが入ったプレートじゃないの?」
「そ、そんな訳ないよ!? あの値段で! きっと、隕石が練り込まれたプレートなんだよ!」
その言葉に妹が再び眉を上げた。
「ほお? それって、とおぉっってもお高いんでしょう?」
「そ、そそ、そんなことは、ない、よ! ......普通のよりは、ほんのちょっぴり、値が張るだけだよ!」
口ごもる私を見ずに、妹は不在者票を指ではじいて弄ぶ。まあ、お値段はちょい高程度なのだが、普通の業者じゃ作れないって部分を考えたら適正価格、場合によっては安いまである......と思っているのだ。
だって、役者さんの素敵写真とか、プレートなのになぜか鍛冶職人さんが槌で叩いているモノとかあって、すっごくお得に思えたんですよ!
「ねえ、レインボーの何割増し?」
頭の中で商品解説している私へ、妹の追撃は止まらなかった。
「............」
言いたくない。しかしここで黙ると物理的な何かが起こる。極力、平和裏に話をすすめたい私は、ごまか......せないので敗北を認めた。
「すみません。今回もへそくりから出します」
「うむ。それとは別に、今から部屋を調べるわ」
「ちょ、なしてそんな!?」
私の部屋には隠してない......という言葉が出かかったが飲み込む。
「この前さ、厳しめに差し押さえたつもりだったのよ。それなのに無駄遣いできる資金力に興味があるの」
踞った目でこちらを見つつ、妹はさらに続ける。
「ほっとくと、第二第三のタコヤキプレートが現れてしまうでしょう?」
ぐう......。これは、妹特権による強制徴収っ!? あわよくば隠してあるもの全部、根こそぎ持っていくつもりじゃないの!?
「うむむ......」
ちなみに隠し預金は居間の戸棚の引き出し三段目の裏に隠してある。
ただ、忘れるといけないので、私の机の二段目引き出しに暗号ノートを用意してあるのだ。あれが発見されるとまずい。
「んじゃ御用検めね!」
ずかずかと片付け中の部屋へ入ってくる妹は、眉をしかめてぐるりと見まわし、やはり机へ目を付けた。
「机とかにありそうね」
ぎゃー、没収される! 妹の強制徴収はサディスティックなものが多い。万が一にもあの金額すべてを差し押さえられたら、私、やっぱり落ち込んでしまう!
注意をそらそうと考えている間に、奴は机に手をかけた。
「んー?」
......一段目を開けようとして、カギがかかっている事に気が付いたらしい。
「カギは?」
目だけで渡せと言っている。ここは、ちょっと困るなあ。価値とかは解らないけど、思い入れの深い大切なものが入っていて、あまり見られたくはないのだ。
正直に話して没収を受け入れるか、ここを見せてしまうか少し悩む。
「ねえ、カギは?」
威圧に屈した私は、財布からカギを取り出して渡した。
「......はい、開ける時には気を付けてね」
「何かあったら盾にするから大丈夫よ」
何も仕掛けてなくてよかったと思いつつ、一歩下がろうとする私を、妹は腕をつかんで引きとめた。
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引き出しには、思い出たちが詰まっている。
「ぐっちゃぐちゃだねぇ。お金はないの?」
いらいらと言う妹の事を失敬で野蛮な人間性だと思いつつ、中身を探る姿をぼんやり見ている。
妹は、目についたものがあったらしい。
「んー、なにこれ?」
山吹色のハンカチに包んだ、手のひらくらい大きさがある何かだ。
「えーっと、なんだっけ?」
「解んないの? 開いていい?」
「良いよ」
開けてみると、銅製のメダリオンが出てきた。
その姿を一目見るだけで、昔の記憶が蘇ってくる。当時のちょっと困った話や、知り合った人たち、そんな長い時間ではなかったけれど、濃密な思い出なのだ。
「ああ、そうだ......これは......」
「なあに? なんか、大切そうだけど......」
「これ、えっとね」
古い記憶を少しずつ手繰りながら私は言う。
「あの時もらったやつだね。私が小さい頃に仲良くなった......目と髪と、顔立ちが北欧風で独特なしゃべり方の......」
そのフレーズに、妹が目を丸くする。
「何その話? 聞いたことないわね」
「まあ私が小さかった時だからね」
「ふむ......」
「懐かしいなぁ、今何してるんだろう?」
少しだけ懐かしんだ私の表情を見て、妹が言った。
「ねえ、教えてくれる?」
私は少し考える。当時のさまざまな出来事が一気に蘇ってきて、誰かに聞かせたいような気持ちも出てきている。
「うん......ちょっと長くなるんだけど、時間ある?」
妹は少し考えてから、頷いた。
「いいわよ。じゃあ、徴収は話聞いてからにしましょ。コーヒー淹れるから」
「それじゃ、まあ、何から話すかなぁ」
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