妹と、ちょっとお話しましょうか?

夏夜やもり

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朝焼けメダリオン

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**―――――
「......くるしい」
「どこが?」
「ここ」
「......どうにもなってないわね。お熱はもっかい測ってね。いまのは無しよ」
「あったじゃん、熱」
「うん、もう一回ね」
「んー、ここが痛いの!」
「......みせて、さっきと違うけど、いたいの?」
「どっちも痛い」
「ふーむ、まあ。今日は大丈夫そうよ。お日様に当たるくらいはできるんじゃないかな?」
「......いい」
「そう? まあ、ごはんとっておいで」
「持ってきて」
「それくらいはできるはずよ。うん、お熱はないわね」
「もってきて」
「取りにおいで」
「......苦しいの」
「もう、しょうがない」

 たしか、こんなやりとりが多かった。ほぼ毎日だったんじゃないかな?
 いつも忙しそうにみえるふっちょさんだが、中々先に進まないのだ。彼女の言葉にとげはなかったはずだ。

 え、私たちが品行方正だったのか? ですって!? えっと、私やお隣さんは、その......別の意味でたくさんの迷惑をかけてきたからね、その、えっと......すみませんとしか言えないし、おそらく、この子以上に責められてしまうんですが、それはまたいずれですね......。

 さて、あの子は不満顔をしていた。ふだんは近寄りがたい態度なのだが、たまに話しかけて来る。

「ねえ、あのひと、ムカつく!」
「えー? どこが?」
「言うこと、聞かないじゃん」

 どういうことだろう? 私は疑問に思って聞いてみた。

「言うことって、何かあるの?」
「だって! あたし、入院してるんだよ! もっと、こう、優しくしてほしい!」
「ふっちょさんは、優しいんじゃないかな?」

 少しでも否定的なことをいうと、途端に不機嫌そうな目で睨んでくる。だから、私は苦手なのだ。そこをフォローしてくれたのは、あいつである。この頃にはもう入院していたのだ。あいつは軽い感じで話に参加してくれる。

「せやな。ちょっと厳しいけど、でも、良い人やろ?」

 あいつがふっちょさんをかばうと、あの子の目は吊り上がった。

「えー、あなた、いっつも目をつけられてんじゃん」
「んー? そうやっけ?」
「そりゃ、当然じゃん! 廊下とか屋上とか走りまわるって......ダメでしょ?」
「あー、せやなぁ......」

 あいつは、検査入院で元気が有り余っているのだろう。いつも、行動的だしナースの皆様からしたら危なっかしいと思う。というか、私から見ても危なっかしいと思っていた。
 そうだ、あいつばっかり責めれない。懺悔ざんげを追加するならば、私がとっても調子が良い時には一緒になって走り周るのに挑戦して、大変な目にあってしまう。
 そして、きびしく怒られることもあった。......それも何度か。その時のふっちょんさんの恐ろしさは、あまり思い出したくない。

「でもさ、君は仕方ないじゃん! なんだっけ、運動しないと駄目なんでしょ?」
「そんなこと無いんよ? ただ、ひまだったやん! つい、動きたくなるんや」

 それから私をちらと見て、少し不服そうな顔をする。

「まあ、話し相手も寝とるもんな」
「あー、そういえば私、最近寝込んでたもんねぇ」
「はよ元気になりいや」
「うぅ......」

 私が話に入ると、その子はむっつりと口を閉じて、頬をふくらます。

「でも、私ふっちょさん好きだよ」
「せやなー、ちょっとうるさいけど、患者のためにっての、わかるわ!」
「......ふぅん、そうなんだ」



 そして何日かあと、ナースステーションの辺りで騒がしい。
 喧噪けんそうに釣られて私はその姿を見た。そこにはあの子のご両親がやってきて、なにやら抗議をしている。よくよく聞いてみるとふっちょさんへのものらしい。

 しかし、ご両親の話を聞いていたのはしかめっ面の白衣のおじさんだった。そうだ、あのとき、ふっちょさんはいなかった。狙ったのか、たまたまお休みだったのかはわからない。

「つまり、娘がここの看護師長さんにちゃんと見てもらっていないと訴えています」
「ふむ、本人が不在なので確認を取ろうと思いますが、どのような内容でしょうか?」
「どうも、本人の感覚と診ている感想が違うとか?」
「ふむ......しかし」
「医学的なことは良いのです。娘が不信感を持つような人が看護師長というのはどういうことでしょうか?」
「いえ、彼女はとても優秀で、私たちも助かって......」
「それでは、なぜ娘が不信感をもつのでしょう?」

 声が大きかった。もっと、なのやら言っていたはずなのだ。それも、ふっちょさんの人格を疑っている感じの、である。そういった部分は覚えることができなかった。あの子は、ばつの悪そうな顔でもしてるかと盗み見るが、薄く笑っている。その顔が気持ち悪かった。

 白衣のおじさんは一回だけ頭を下げて、その後何か言っていた。親御さんはなんか狼狽えていたと思う。発言は一言二言だけだったが、その白衣おじさん眼鏡がきらりと光って、隠れてみていた私たちに向いた気がして、ちょっと怖かった。

「......」

 言葉数は少ないようだが、視線に強い感情が生まれている。あの子の親御さんはさらに言葉をぶつけている。ふっちょさんがいたらなぁ、本人がいればやり返すのに! 私はとても悔しく思って見ていた。

「ぱぱったら、あたしが大好きなの」

 あの子の言葉が耳に残る。私はそのぱぱを見る。なぜか腕を組んで、白衣の人の斜め上の方を見ながら詰め寄っていた。なぜか私は背筋が寒くなった。


**―――――
「親御さんの物言いもそうだけど、あの子の言い方がね、ちょっと気味が悪かった」
「嫌だよね。うん。あたしはそういうの嫌い」

 妹がめずらしく私への同意の言葉。ふと、妙な事に気がつく。

「......?」

 そうだ。これって私のトラウマになってたんじゃないかな? あまり人には言わないが、私は昔から腕を組んでいるひとが苦手なのだ。自分では努めてやらない。
 いつのころだったか、マナー講習を受けた際、講師のお姉さまが腕組のポーズを見せて『これってガードポジションですから、失礼に当たる場合もあります』と教えてくれたとき、あのおじさんの顔が浮かんで、なるほどなぁと思ったものだ。

「どうしたの?」
「うん、ちょっとね......」

 話の中から自分の行動理由を見つけて驚いたのだ。そんな私に、妹から言葉が掛かる。

「ねえ、ふっちょさんは大丈夫だったの?」

 そこで話に戻った。そして私は少し首をひねる。何をもって大丈夫というのだろうか?

「ん、どうだろう?」
「音沙汰無し?」
「まあ、今はあの病院にはいないんだけどね」
「ちょっと!? 大丈夫だったの!?」

 そう。退院から結構時間が経った後に行く機会があり、私は懐かしい方々とお話できた。しかし、ふっちょさんはいない。少し慌ててお聞きした。
 その時は妹と同じように思って、何か良くないことがおきたんじゃないかと焦ったものである。だが......よくよく聞くと実際には良い形での退職だったらしい。

「ま、大丈夫だよ。なんと、話に出てきた白衣おじさんが個人で開業したらしくてさ、そこで働いてるっていってたよ」

 妹は目を丸くする。

「え、そうなの? ふっちょさん大丈夫? 威圧感がすごい人だって言ってたじゃない?」

 あれ、そこまで厳しい感じって言ったっけな?

「んんー? たぶん、それは私の印象だからだとおもうよ?」
「え、でも眼鏡がキラキラしてたんでしょ?」

 なんだろう、その表現? それじゃ気味の悪い人になっちゃうじゃん。

「まあ、機嫌の悪い時にはそんなかんじ? でも、悪さしなきゃそもそも怒らないからね」
「おや? ってことは......何度か見たことのある人って悪さしたのよね? つまり......」

 おっと、これ以上推理されると変な被害を受けそうだ。私は言葉を遮り眼鏡の人をほめたたえることにした。

「実は優しい人なんだよ? あのキラキラ眼鏡も、可愛いものを見るときに、表情を隠してる感じだったし」
「カワイイ? だれが? お隣さん以外にいないでしょ?」

 おや? えっと、え? 目の前に居るヒトも、イチオウ、入院しておりましたよ?

「まあ、たしかに可愛いんだけどねー、でも、他にもかわいい子はいたけどなぁ?」
「はっ、それでさ、白衣のおじさんの優しい要素はそれだけなの?」

 あのね、鼻で笑われるとぉ、それはそれは傷つくって知ってるかなぁ? 妹さん?

「あのおじさんは、えーっと」

 心に受けた傷を見せないように、私は白衣おじさんの思い浮かべた。
 この目で確かに見た例もあるし、伝え聞いたこともいくつかある。だけどなぁ、ピシッとしてるんだけど、シャツが片方出てるってのは、私も見つけた。
 それに悩むと髪を掻きあげるくせがあって、ときどきぼさぼさになっている姿を、あやつに指摘されている。
 そうだ、思い出してみるとけっこうアレな要素が多くて、あのおじさんの名誉のためにも私は話さない。あと、話の流れ的に妹を不安にさせてしまうだろう。

「まあ、ふっちょさんがしっかりしてるからさ、大丈夫だよ」
「盛大にごまかしたわね? まあ、ふっちょさんにとっては良いとこそうなの?」
「......たぶん、大丈夫だと思うよ?」
「本当?」
「たぶんとしかいえないけどね。だってさ、職場の人がとってもうれしそうに教えてくれたんだよ」

 小さく笑って私は言った。

「退職後の職場に、良い言われ方してるんだからさ、うん、ふっちょさんたちは大丈夫!」
「......そっか、よかった」

 二人して軽く息を吐き、同じような動作でぬるくなったコーヒーを一口頂いた。

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