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朝焼けメダリオン
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ケーキの一欠けを口へと運び、幸せを噛みしめている私に対し、妹が小さく首を傾げる。
「あー、んーと、なんか? うーん......ちょっと気になるんだけどさ、お隣さんって、えーっとどうなの?」
「どうってなにが?」
ふんわりした質問なので私も答えにくい。何が知りたいのか促しつつ、コーヒーを頂いて苦みを楽しむ。なにやら腑に落ちない様子の妹は、質問を続けた。
「んー、そのー、違和感? んー、あいつ? あやつ? えっとー、その......」
なにやら引っかかることがありそうだなぁ?
しかし、それが出てこない感じで、もどかしそうに見える。そして、妹は聞いた。
「入院してて、その、大丈夫だったの?」
「......? まあ、検査入院だからねー、元気なもんだったよ」
「......でも入院ってさ、人から聞くと嫌な思い出っぽいんだけど? その、んー、あやつ? 大丈夫なの?」
どうやら、妹は入院には良い印象が無いだろうな? そもそも妹は健康優良児で病院にはほとんど縁がない。『像が踏んでも投げ飛ばすもんね......』といってすっごい睨まれたことを思い出し、くすっとしてしまい、訝しげな眼で見られてしまった。
「えと、あやつが弱気にならなかった? って事かな......」
「まあ、体とか? 大丈夫だった感じ?」
どうなんだろう? お子様だった自分の苦しいばっかで、そういえばお隣さんはどうだったかな? 私は記憶を探る。そして、思い出した。
「......そうだ、あやつの病気はわかんないけど......うん、はりがねさん達が帰る時のこと......印象に残ってる」
「え? 何かあったの?」
「入院って特殊な状況っはさ、やっぱり寂しくなるんだろうなって、思ったよ」
「なによ、自分一人で納得して」
妹が少し唇を尖らせる。
「えっとね、私、一回ね、お別れの様子を目撃したのだよ」
「ほう?」
私はちょっとだけ笑う。
「私としてはあやつには感心したなぁ」
「感心? 何で?」
**―――――
私が知っているあやつは、寂しがりな所があった。もしかしたら本人は恥と思っているかもしれないし、妹に伝えたと怒られるかもしれない。
しかし、あの時の姿は大切な思い出であり、誰かに伝えたいと思ったのだ。もし再会できたら、謝ろうと思う。
「んーんんー~♪」
その日私は調子が良く、一人でさまよいながらも探検遊びをしていたのだ。
「今日はひなたぼっこさんは居るかなぁ?」
ひなたぼっこさん。
この病院の中庭は天井が一部ガラス張りになって日が入って来る。幾本も木が植えられた憩いの広場があり、そこの日当たりのいい場所にはベンチが置かれている。以前、おばあちゃんに猫の話をしてもらったベンチでなく、少し奥にも温かい場所がある。
少し前に、私はそのベンチを決まった時間に座りに来て、本を読んだり、うつらうつらしたりのおばさんを発見し、声を掛けたのだ。
「こんにちわー。今日もおねむなんですか?」
私が話しかけると、おばさんははっと気づいた顔をしたのち、にこーっと笑ってマシンガンの様にお話を始める。
結構長くて楽しいお話を聞いていると、おばさんは途中で気が付き手を打った。
「あらあら、長い事しゃべっちゃったじゃない!? これでも食べる?」
再び柔らかく笑ってから、お菓子をくれた。私はお菓子を受け取りつつ、聞いてみる。
「あのー、ここで何してるんですか?」
「うふふ、ひなたぼっこさんよ」
「ふーん、ひなたぼっこさんなんだ」
「そうよぉ、ひなたぼっこさん!」
そういって、にこーっと笑ってくれた。そんなやりとりがあってから、私はずっとそう呼んでいた。
ちなみに、ひなたぼっこさんのお話はけっこうオトナの艶っぽい話が多い。
「良い? 仲のいい子がいたら、とりあえず押し倒してみるのよー? それで本性がわかるから!」
「押し倒すの? なんで?」
「押し倒したらわかるからねー」
「......??」
こんな感じで、いまいち意味が解らないのだが、話の雰囲気にちょっと引いている。しかし、私は興味津々で聞いていたように思う。
そういった私に構わず、ひなたぼっこさんはガンガン話してくれて、面白いと思っていた。なにより、お菓子を貰えるといった打算もある。
「......んーいないなぁ」
ここ2・3日見ていない気がする。仕方なく売店を冷やかしたり、喫茶店の前でうらやましそうな表情を押さえたりして、うろうろと探検し、夕方近くになっていた。
「あれ、もうこんな時間?」
時計を見て、今日の探索もおしまいがきたと気が付く。
「まあいっか、かーえろ」
そして、自分の病室へ戻ろうとした時に、見知った家族が廊下を歩いている。私は何となく脇の休憩室へと隠れた。いくつかの荷物を抱えて上機嫌なびやだるさんと、バックを小脇に抱えて手をつないでいるはりがねさん。手を引かれているのはあやつであった。
「おや?」
あやつは口をとがらせてふくれっ面。寂しそうな表情をして、その手を離した。
「あら、ここでええの?」
「ええねん......」
「どうしたん?」
エレベーターから少し前で、あやつがへそを曲げた。先を歩いていたびやだるさんたちはもう乗り込んでしまっている。
夕日が差し込む時間となり、あやつの影だけが長々と伸びている。なんで、手を離してしまったのだろう?
「そんじゃ、またね」
「......また」
小さなやりとりの後に、軽く手を振ってから下を向いている。はりがねさんも手を振った後は振り返らない。
「あれ......? えと?」
あの表情を私は知っている。あやつは心の中で『振り返って』と訴えているのだ。
似たような景色が私のさらに幼い記憶を刺激する。入院という特殊な状況で、時に起こる感覚があり、何かの拍子にとても大きな不安に襲われてしまったのだ。
「............」
私にも、ある。もっとちっちゃな頃に、闇色の廊下でナース服の膝下を握り込んでいた時の、古い記憶だ。見送っている小さな自分に生まれた、何とも言えない感情の渦と言えない言葉の葛藤である。
あの姿を、私は知っている。あやつは、自分がしていたであろう表情を見せているのだ。
「......」
びやだるさんとはりがねさんが、エレベータに乗った。その扉が閉まって行く。あやつの表情が崩れた。隠れていたはずの私は、たまらなくなって駆け寄り、後ろからその手を握りしめた。
「だいじょうぶ」
「っ!?」
びくんと体を震えさせてこちらを見た後、握られた手をみた。驚いている様だ。
「だいじょうぶ。うん、だいじょうぶ」
その顔は見ずに長くなった影を見つめて、私はつぶやいた。
「............あ、あんた......? え、と......?
「あのね、えっと、その、だいじょうぶ、また来てくれるからね」
その時、あやつはなんだか複雑な表情を見せた。
「あり、がとう」
その声がとても上ずっていて、しかし涙を流さない様にこらえている姿が、子供の時ながら私はとても格好よく思った。
「だいじょうぶだよ。だいじょうぶ」
この手のぬくもりは、昔の私が欲しかったものなのだが、今はあやつの手の温もりである。
「............うん、だいじょうぶ、やね」
私たちは暫く誰もいない廊下で自分たちの影を見ながら、暫くその場で手を繋いでいた。
**―――――
「そっか......」
妹が少し息を吐いた。
「あたしは解らないけど......辛いかったんだね」
私が伝えた何とも言えない感情を、少しは思い当たる事もあるのだろう。
「いじらしく泣かないって、頑張ってたんだよ? すごいなって思ったのが印象に残ってる」
「でもさ、何で手を握ったの?」
「んー、特に考えてないかな? とっさに手を取ったのさ。まあ、私が世話になったときのお返しだよ」
「ふーん? びっくりされなかった?」
少し眉を上げて、疑問を言葉にする妹に、私は首を振って否定を示す。
「私たち、ほんと仲が良かったからね。考える前に行動に出て、許されてた。お互いにだよ」
ただ、行動の動機はちょっと違う。私はさらに昔の自分を重ねて、自分がしてほしかった事をしようと、思わず動いてしまったのだ。暫く......いや、ずっと言えないと思うが。
「でもさ、少しだけお返しできたんじゃない?」
妹が笑う。私は少し首をかしげてから、何事か考えた後、言った。
「んー、そうかもね」
「なによ、含みのある言い方だね」
記憶にはもうちょっと続きがあるのだ。ただ、妹には黙ってようと思う。
**―――――
「あんなぁ......かもしれん」
ぽつんと言った言葉は、私には聞こえず聞き返す。
「え、何?」
あやつは言ってしまった言葉を、後悔した様に首を振る。
「あんたな、なんでやってほしい事をしてくれるん? って思ったんや!」
「なにかもしれないの?」
「え、えと......」
何故か焦っている姿に違和感を感じた。
「その、エスパーかもしれんって言ったんや! ありがと。その、ありがとう!」
「いいよ! 私もね、同じようなことがあったんだもん!」
何故か胸を張る私に、あやつは少し眉をあげる。
「そう? 見えへんなあ」
手はつないだままで言う。
「よく言われる。何考えてるか解んないって!」
「どうせ、何も考えてないんやろ?」
「先に行われちゃ何も言えない」
「ふふっ、まあええやん」
夕日の時間は思ったより短い。暗くなっているのを感じて、私は言った。
「戻ろうか」
「せやな」
「カラスさんの大群、来ないね」
「......あんな」
あやつは小さく息をのんで、私を見る。
「うん、なになに?」
軽く聞き返した私に、小さくはにかむ。
「............カラス、なんでさんづけなん?」
「なんでだろうね?」
「え? 自分の事やん」
「私は、行動した後に意味を考える人だよ?」
「つまり?」
「なんとなくって事だよ」
「んー......? ............うん、わかったわ」
「でしょ!」
「うん! よーわかった!!」
ようやく、あやつ普通に笑ったのだ。
**―――――
「どうしたの?」
「んーちょっと記憶が曖昧だからね。思い出してるの」
これは甘いものが必要だなぁ。私はチョコレートケーキをもう一つ崩し、小さく大事に口へと運ぶ。
「ちゃんと思い出してよね」
「大丈夫。思い出せなくてもねつ造するから」
「もう! ねつ造しないでってば!!」
「じゃあ創造する」
「それをねつ造って言うんでしょうが」
「あーいえばこーいう」
「金属バットで打ち返すわよ。その口ごとね」
おやおや、それはちょっといただけないなぁ。
「やだねぇ暴力的」
「あたしの攻撃対象はこの世に一人だけだよ」
「あっはっは、口封じされたら続きは言えないよ」
「む、じゃあ仕方ない。黙らせるのは最後にしたげる」
何処かで聞いたことのある様な悪役セリフを放って、妹もケーキを小さく切り取り口へ運んだ。
「あー、んーと、なんか? うーん......ちょっと気になるんだけどさ、お隣さんって、えーっとどうなの?」
「どうってなにが?」
ふんわりした質問なので私も答えにくい。何が知りたいのか促しつつ、コーヒーを頂いて苦みを楽しむ。なにやら腑に落ちない様子の妹は、質問を続けた。
「んー、そのー、違和感? んー、あいつ? あやつ? えっとー、その......」
なにやら引っかかることがありそうだなぁ?
しかし、それが出てこない感じで、もどかしそうに見える。そして、妹は聞いた。
「入院してて、その、大丈夫だったの?」
「......? まあ、検査入院だからねー、元気なもんだったよ」
「......でも入院ってさ、人から聞くと嫌な思い出っぽいんだけど? その、んー、あやつ? 大丈夫なの?」
どうやら、妹は入院には良い印象が無いだろうな? そもそも妹は健康優良児で病院にはほとんど縁がない。『像が踏んでも投げ飛ばすもんね......』といってすっごい睨まれたことを思い出し、くすっとしてしまい、訝しげな眼で見られてしまった。
「えと、あやつが弱気にならなかった? って事かな......」
「まあ、体とか? 大丈夫だった感じ?」
どうなんだろう? お子様だった自分の苦しいばっかで、そういえばお隣さんはどうだったかな? 私は記憶を探る。そして、思い出した。
「......そうだ、あやつの病気はわかんないけど......うん、はりがねさん達が帰る時のこと......印象に残ってる」
「え? 何かあったの?」
「入院って特殊な状況っはさ、やっぱり寂しくなるんだろうなって、思ったよ」
「なによ、自分一人で納得して」
妹が少し唇を尖らせる。
「えっとね、私、一回ね、お別れの様子を目撃したのだよ」
「ほう?」
私はちょっとだけ笑う。
「私としてはあやつには感心したなぁ」
「感心? 何で?」
**―――――
私が知っているあやつは、寂しがりな所があった。もしかしたら本人は恥と思っているかもしれないし、妹に伝えたと怒られるかもしれない。
しかし、あの時の姿は大切な思い出であり、誰かに伝えたいと思ったのだ。もし再会できたら、謝ろうと思う。
「んーんんー~♪」
その日私は調子が良く、一人でさまよいながらも探検遊びをしていたのだ。
「今日はひなたぼっこさんは居るかなぁ?」
ひなたぼっこさん。
この病院の中庭は天井が一部ガラス張りになって日が入って来る。幾本も木が植えられた憩いの広場があり、そこの日当たりのいい場所にはベンチが置かれている。以前、おばあちゃんに猫の話をしてもらったベンチでなく、少し奥にも温かい場所がある。
少し前に、私はそのベンチを決まった時間に座りに来て、本を読んだり、うつらうつらしたりのおばさんを発見し、声を掛けたのだ。
「こんにちわー。今日もおねむなんですか?」
私が話しかけると、おばさんははっと気づいた顔をしたのち、にこーっと笑ってマシンガンの様にお話を始める。
結構長くて楽しいお話を聞いていると、おばさんは途中で気が付き手を打った。
「あらあら、長い事しゃべっちゃったじゃない!? これでも食べる?」
再び柔らかく笑ってから、お菓子をくれた。私はお菓子を受け取りつつ、聞いてみる。
「あのー、ここで何してるんですか?」
「うふふ、ひなたぼっこさんよ」
「ふーん、ひなたぼっこさんなんだ」
「そうよぉ、ひなたぼっこさん!」
そういって、にこーっと笑ってくれた。そんなやりとりがあってから、私はずっとそう呼んでいた。
ちなみに、ひなたぼっこさんのお話はけっこうオトナの艶っぽい話が多い。
「良い? 仲のいい子がいたら、とりあえず押し倒してみるのよー? それで本性がわかるから!」
「押し倒すの? なんで?」
「押し倒したらわかるからねー」
「......??」
こんな感じで、いまいち意味が解らないのだが、話の雰囲気にちょっと引いている。しかし、私は興味津々で聞いていたように思う。
そういった私に構わず、ひなたぼっこさんはガンガン話してくれて、面白いと思っていた。なにより、お菓子を貰えるといった打算もある。
「......んーいないなぁ」
ここ2・3日見ていない気がする。仕方なく売店を冷やかしたり、喫茶店の前でうらやましそうな表情を押さえたりして、うろうろと探検し、夕方近くになっていた。
「あれ、もうこんな時間?」
時計を見て、今日の探索もおしまいがきたと気が付く。
「まあいっか、かーえろ」
そして、自分の病室へ戻ろうとした時に、見知った家族が廊下を歩いている。私は何となく脇の休憩室へと隠れた。いくつかの荷物を抱えて上機嫌なびやだるさんと、バックを小脇に抱えて手をつないでいるはりがねさん。手を引かれているのはあやつであった。
「おや?」
あやつは口をとがらせてふくれっ面。寂しそうな表情をして、その手を離した。
「あら、ここでええの?」
「ええねん......」
「どうしたん?」
エレベーターから少し前で、あやつがへそを曲げた。先を歩いていたびやだるさんたちはもう乗り込んでしまっている。
夕日が差し込む時間となり、あやつの影だけが長々と伸びている。なんで、手を離してしまったのだろう?
「そんじゃ、またね」
「......また」
小さなやりとりの後に、軽く手を振ってから下を向いている。はりがねさんも手を振った後は振り返らない。
「あれ......? えと?」
あの表情を私は知っている。あやつは心の中で『振り返って』と訴えているのだ。
似たような景色が私のさらに幼い記憶を刺激する。入院という特殊な状況で、時に起こる感覚があり、何かの拍子にとても大きな不安に襲われてしまったのだ。
「............」
私にも、ある。もっとちっちゃな頃に、闇色の廊下でナース服の膝下を握り込んでいた時の、古い記憶だ。見送っている小さな自分に生まれた、何とも言えない感情の渦と言えない言葉の葛藤である。
あの姿を、私は知っている。あやつは、自分がしていたであろう表情を見せているのだ。
「......」
びやだるさんとはりがねさんが、エレベータに乗った。その扉が閉まって行く。あやつの表情が崩れた。隠れていたはずの私は、たまらなくなって駆け寄り、後ろからその手を握りしめた。
「だいじょうぶ」
「っ!?」
びくんと体を震えさせてこちらを見た後、握られた手をみた。驚いている様だ。
「だいじょうぶ。うん、だいじょうぶ」
その顔は見ずに長くなった影を見つめて、私はつぶやいた。
「............あ、あんた......? え、と......?
「あのね、えっと、その、だいじょうぶ、また来てくれるからね」
その時、あやつはなんだか複雑な表情を見せた。
「あり、がとう」
その声がとても上ずっていて、しかし涙を流さない様にこらえている姿が、子供の時ながら私はとても格好よく思った。
「だいじょうぶだよ。だいじょうぶ」
この手のぬくもりは、昔の私が欲しかったものなのだが、今はあやつの手の温もりである。
「............うん、だいじょうぶ、やね」
私たちは暫く誰もいない廊下で自分たちの影を見ながら、暫くその場で手を繋いでいた。
**―――――
「そっか......」
妹が少し息を吐いた。
「あたしは解らないけど......辛いかったんだね」
私が伝えた何とも言えない感情を、少しは思い当たる事もあるのだろう。
「いじらしく泣かないって、頑張ってたんだよ? すごいなって思ったのが印象に残ってる」
「でもさ、何で手を握ったの?」
「んー、特に考えてないかな? とっさに手を取ったのさ。まあ、私が世話になったときのお返しだよ」
「ふーん? びっくりされなかった?」
少し眉を上げて、疑問を言葉にする妹に、私は首を振って否定を示す。
「私たち、ほんと仲が良かったからね。考える前に行動に出て、許されてた。お互いにだよ」
ただ、行動の動機はちょっと違う。私はさらに昔の自分を重ねて、自分がしてほしかった事をしようと、思わず動いてしまったのだ。暫く......いや、ずっと言えないと思うが。
「でもさ、少しだけお返しできたんじゃない?」
妹が笑う。私は少し首をかしげてから、何事か考えた後、言った。
「んー、そうかもね」
「なによ、含みのある言い方だね」
記憶にはもうちょっと続きがあるのだ。ただ、妹には黙ってようと思う。
**―――――
「あんなぁ......かもしれん」
ぽつんと言った言葉は、私には聞こえず聞き返す。
「え、何?」
あやつは言ってしまった言葉を、後悔した様に首を振る。
「あんたな、なんでやってほしい事をしてくれるん? って思ったんや!」
「なにかもしれないの?」
「え、えと......」
何故か焦っている姿に違和感を感じた。
「その、エスパーかもしれんって言ったんや! ありがと。その、ありがとう!」
「いいよ! 私もね、同じようなことがあったんだもん!」
何故か胸を張る私に、あやつは少し眉をあげる。
「そう? 見えへんなあ」
手はつないだままで言う。
「よく言われる。何考えてるか解んないって!」
「どうせ、何も考えてないんやろ?」
「先に行われちゃ何も言えない」
「ふふっ、まあええやん」
夕日の時間は思ったより短い。暗くなっているのを感じて、私は言った。
「戻ろうか」
「せやな」
「カラスさんの大群、来ないね」
「......あんな」
あやつは小さく息をのんで、私を見る。
「うん、なになに?」
軽く聞き返した私に、小さくはにかむ。
「............カラス、なんでさんづけなん?」
「なんでだろうね?」
「え? 自分の事やん」
「私は、行動した後に意味を考える人だよ?」
「つまり?」
「なんとなくって事だよ」
「んー......? ............うん、わかったわ」
「でしょ!」
「うん! よーわかった!!」
ようやく、あやつ普通に笑ったのだ。
**―――――
「どうしたの?」
「んーちょっと記憶が曖昧だからね。思い出してるの」
これは甘いものが必要だなぁ。私はチョコレートケーキをもう一つ崩し、小さく大事に口へと運ぶ。
「ちゃんと思い出してよね」
「大丈夫。思い出せなくてもねつ造するから」
「もう! ねつ造しないでってば!!」
「じゃあ創造する」
「それをねつ造って言うんでしょうが」
「あーいえばこーいう」
「金属バットで打ち返すわよ。その口ごとね」
おやおや、それはちょっといただけないなぁ。
「やだねぇ暴力的」
「あたしの攻撃対象はこの世に一人だけだよ」
「あっはっは、口封じされたら続きは言えないよ」
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