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元英雄はインキュバスに愛される
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私の元の名前はイザーク・クライネルト。
もう過去のことであるが若い頃は『英雄』などと呼ばれていた。
今はその名を捨て、イサと名を変えて生活している。
私の生まれは平民だったが、少年の頃から剣技で右に出るものはおらず、17歳で成人するとともにローヴァイン国の騎士団からスカウトされ入団した。
見習いからトントン拍子に昇格し、すぐに功績が認められナイトの称号を得た。
29歳で英雄と呼ばれる頃には「ローヴァイン国の、いや、世界の英雄にでもなろうかという者に爵位がないのは如何なものか」との声があがり一代限りではあったがバロンの爵位を賜った。
この世界は人間族の国と魔族の国が長き歴史に渡って争いを続けていた。
魔族の国がこちらに大々的に何かを仕掛けてくることはなかったが、各地に突如現れる大型の魔獣が人間を襲ったり領地を荒らしたりしてくるので騎士団の出撃要請は途絶えることがなかった。
私はそんな任務を誰よりもこなし、人間族とローヴァイン国の平和のためと戦ってきた。
そんな環境であったため人間族国家間の争いはほとんどなく、如何に魔族や魔獣を制圧・駆除するかという一点で協定が結ばれていた。
私はその当時、周囲からは伝説の勇者の再来ではないかとも騒がれていた。
だが、私は剣技以外に何か特別な能力などは持っていなかったので「そんなはずはない」と言っていた。
それでも私を囲い込みたい上級貴族などが何度も声をかけてきていたがやんわりと断っていたものだった。
私が爵位を賜ってから3年が経った頃、人間族の各国に預言者が現れてまもなく勇者が遣わされると言い、間を置かずに本物の勇者が隣国に産まれた。
その途端、私を勇者なのではないかと騒いでいた者たちが掌を返すように私に対して非難してくるようになった。
挙句、私は「勇者を騙った不届き者」「詐欺師」とまで言われる始末だった。
私の口からは一言もそんなことを言ったことはないのに、だ。
「我が国のイザーク・クライネルトこそ勇者の再来」などと触れ込んで、勝手に取引材料として使っていたのは貴族や商人たちだ。
自国から勇者が出なかったのが残念なのは理解できるが、その不満を私にぶつけるのはいくらなんでも理不尽ではないか。
一部の貴族や商人が私を貶めるように嘘で盛った話をし始め、最初は「そんなことはない、クライネルト様はご自身を勇者だと言ったことはない」と言ってくれていた者の声も次第にかき消されていった。
そして、そんな一部の貴族や商人から始まった非難や嘘の話はまたたく間にローヴァイン国中に広がり、私はどこに行っても敵意をぶつけられるようになったのだった。
騎士団に入ってからそれまで以上に鍛錬を繰り返し、国の為に幾度となく危険な任務にもあたってきて結婚もせずに上を目指してきたのに、私のこの胸に熱く燃えていた剣にかける情熱や国防への想いは消し炭のようになってしまった。
そして、私は居を構えていたローヴァインの王都を追い出されるように去ったのだ。
そのときの私はもう疲れきってしまっていた。
王都を出た私は『人間』に会いたくなくて、1年かけてふらふらと人目を避けて彷徨い、いつの間にか最前線とでもいうような魔族の国との国境近くまでやってきていた。
そこで出会ってしまったのが、ピエタリという魔族だ。
頭には巻いたような角が生えていてサラサラの銀髪、吸い込まれそうなエメラエルドの瞳をしており、青年になりたてにも見えるやたら綺麗な顔をしていた。
最初、魔族と遭遇した私は条件反射で剣を抜いたのだが、この魔族からは敵意も殺意も感じられず、むしろ私を心配してくる始末。
彼は私に「身体のエネルギーはあるのに精神のエネルギーがゼロに近くて今にも死にそうだよ」と言ったのだ。
私は当たっているな、と可笑しくなって剣を収めた。
仮にそれが私を殺すために油断させる作戦だったとしても、もうどうでもいいと思った。
そうしたら何故か国境を超えてすぐだからと彼の家に誘われたのだ。
私が「人間族は魔族の国の国境の結界を超えられないのでは?」と伝えると、魔族と一緒であれば超えられると言われた。
ここを超えたらもうローヴァイン国の醜い者たちに会わないで済む、と思った瞬間私は頷いていた。
そして彼に着いていって魔族の国へ入ったのだ。
彼は自らをインキュバスのピエタリと名乗った。
まだ魔族としてはかなり若く、人間的な歳の数え方をすれば私より7歳ほど歳下だった。
それにしても、インキュバスと言えば女性の精気を吸う淫魔という種の魔族だったはずで……なるほど、それで私に襲いかかってこなかったのだなとそのときは思っていた。
ピエタリに着いて訪れた魔族の国は私の想像していたものとまるっきり違っていた。
魔族の民は平和に暮らし、人間族のことはそこまで気にしていないようであったが、ただ時々争いを起こしてくる面倒な存在として認知されていた。
そして我々が魔族の手先と思っていた魔獣は彼らとは全く関係なく、魔族も手をこまねいている存在だったのだ。
教えこまれた『常識』というのは恐ろしいものであるとこのとき知った。
そして私は彼の家で私が国から受けた仕打ちや、あの醜い者たちへの不満を延々とこぼした。
ピエタリは私のそんな話を、時に相槌を打ちながらただ静かに聞き、私が落ち着くまでずっと傍にいてくれた。
彼が人間ではないからなのか私も何故か心を乱されることもなく話すことができたのだ。
私はよほど鬱屈したものが溜まっていたのか、ピエタリに全て吐き出すと幾分気持ちが上を向くようだった。
私のことを知らないから当たり前だったのかもしれないが、何も否定せず受け入れられて心が温かくなり、久しぶりに感じる誰かとの触れ合いのようにも感じた。
そうしたら、その夜、私はピエタリに求められたのだ――――身体を。
「インキュバスなのでは?」と問うと、人間族は同性同士では好きにならないのかと尋ねられた。
そうなのか、淫魔でも同性を好む者がいるのか……などと感心していたら何故か答えを急かされて、無理矢理に襲ってくるものでもないのだなと笑ってしまった。
私は、もう人生に希望も持てずローヴァイン国に戻りたいとも思えなかったので、私の心に少しでも寄り添ってくれたこのピエタリになら精気を吸い尽くされて死んでもいいかもしれない、と思って了承した。
その行為は、その、なんというか……すごかった。
もちろん私は男に身体を差し出すのは初めてではあったのだが、ピエタリの種族の特性上というか、苦痛は一切なく只管に快楽を与えられた。
幾度となく絶頂を迎えさせられ、気を失う瞬間――ああこれで死ぬのだな……苦痛なく死ねるのもいいものかもしれない、と思った。
なのに、翌朝しっかりと目が覚めたのだ。
私はこのピエタリに精気を吸い尽くされて死んだのでは?
そう思い尋ねると、「何故一回で食べきってしまわなくてはならないのか」と言われた。
適度に精気をもらってちゃんと残しておけばまた復活するし長く楽しめるのに? とピエタリは首を傾げていたのだ。
『精気を吸い尽くされて殺される』というのも人間族の間違った常識だったようだ。
さらに言えば、ピエタリは気に入ったものを飽きるまで食べ続ける、淫魔としては珍しいタイプだったようだ。
まあ、そんな経緯で何故か私はピエタリの『妻』であり『精気補給源』として彼の家で暮らし、そしていつしか『人間族対策情報源』として魔族たちに認知されるようになっていった。
◇◇◇
あれから10年、私はまだピエタリと暮らしている。
「あっ……ふぅ…………ふ、ああっ……ソコ、いいっ……はぁっ」
「イサ、もう少し奥に入るね」
「ぐっ! ああっ――」
私は既にフェラチオで1回、挿入で1回射精したあとではあるが、珍しくまだ求められていた。
10年前と違って私の体力は徐々に低下してきており、ピエタリは行為の頻度や回数を私に合わせてくれていたのに。
ピエタリは私の反応を見ながらペニスの太さや長さ、形まで変化させて抱いてくる。
彼のペニスは表面にヌルヌルとした粘液を分泌することもできるため、激しい動きも長時間の行為も可能で私はいつも翻弄されているのだ。
「ああっ……それ、いじょ……は、無理……あうぅ!」
「嘘。またイサから甘くなった精気が漂い始めてる」
「……はぅん……あっ。まっ……てっ……てば…………あぁ! あぁぁ……」
「ああ……何回してもいつも通り、イサの精気はとても美味しいね」
ピエタリはうっとりと呟き、緩やかにペニスを出し入れする。
奥の曲がった先、S状結腸まで彼のペニスは入り込み、出し入れされる度にカリ高な亀頭がソコにジュプジュプグポグポと嵌まり込む。
腸壁全体でピエタリのペニスが与えてくる刺激を拾い、射精感とは違う脳が痺れる感覚――メスイキというのだとピエタリは言った――に飲みこまれ何も考えられなくなる。
私の柔らかいままのペニスはピエタリが出入りする度にふるふると揺れている。
「ッ……ひぅ……あぐ…………うぅ……」
「奥、吸い付いてくる。ここ、好きだよね?」
「ふっ、ぐ…………はぅ、んんっ……うっ……はぁん!」
喘ぎ声というよりはうめき声に近い声しか出ないが、ピエタリはそれもまた興奮すると言う。
強すぎる快感に私の腰がガクガクと揺れ、内腿でピエタリを挟み込むが彼の動きは止まらない。
というか、ピエタリは大きく腰を振らなくてもペニスだけを動かすことができるのだから私に止めることなどできないのだ。
それはわかっているのだが、私のアヌスはピエタリのペニスを強く締め上げてしまう。
「イサ、そんなにキツく締めて……気持ちいいんだね。すごく可愛い」
「んっ……ふぅっ……ふぅっ…………イイ、に……決まって、る」
締めたことでよりピエタリのペニスとの摩擦が強くなり、結合部からゾワゾワとした感覚が上がってくる。
私が身体をブルリと震わせると、ピエタリは私のペニスを扱きだし、先程まで私の奥ばかり突いていたのに今度はペニスを反らせて前立腺のあたりをグリグリと押してきた。
数え切れないほどピエタリに教え込まれた私の身体は2回出した後だというのにすぐに反応してペニスを硬くしてしまう。
「そ、こ……はっ」
「イサ……イサ? こっちを見て?」
キツく目を瞑っていたがピエタリにねだられ綺麗なエメラルドの瞳を見つめれば、蕩けそうな笑顔を向けてくれる。
私は既におっさんと化してきているのにピエタリは私と向かい合って行為をするのが好きらしい。
スパイス的に後背位を挟むことはあるが、基本的には正常位や対面座位、騎乗位が多いのだ。
「ピエ、タリっ! あっ……キス……して、くれ…………また、出そう……だ」
「ん、イサ……」
ピエタリは私に唇を寄せると舌先で歯列をなぞり、私の弱い上顎を刺激し舌を絡め取る。
そして舌を強く吸われながら、再び胎内の奥深くまで穿たれて私はまた射精した。
さすがに連続メスイキと射精3回でグッタリとベッドに横たわっていると、ピエタリが私の髪を漉きながら言う。
「……そういえば、人間族の国総出でイサを探しているらしい」
未だに詐欺師だのなんだのと罪を着せようとしているのか。
それとも魔族の国に人間族の情報を漏らしたのが私だとバレたのか? あの当時、私でないとわからないような機密もあったからな。
とはいえ、魔族達は人間族に攻め入られないようにするためだけに情報を使い、あちらに攻撃を仕掛けることはないのだけれども。
全く、これではどちらが悪なのかわかったものじゃない……。
「数年前、預言者が啓示を受けていたそうだよ。勇者は12歳までにローヴァインの英雄イザーク・クライネルトに師事しろと。それが出来なければいくら勇者でもその資質が引き出されないとか?」
なんだって? そんなことになっているとは……。
しかしそんな条件付きの勇者ってありなのだろうか?
私が理解できないといったような顔をしていたらピエタリは続けて言った。
「恐らく、もともと全ては決まっていたんだろうね……。後に勇者を迎えるためにイサが遣わされて、英雄として先に道を切り拓いていたんじゃないかと俺は思う。ローヴァイン国は勇者に優るとも劣らない価値のあるイサを手放してしまったんだね」
「しかし……私が姿を消したのは10年以上も前だ。さすがにもう生きているとは思わないのでは?」
私は当然の疑問を口にする。
「それがどうやら、英雄が生きているということだけは今も示されているそうだよ? 最初の啓示があった当時、他国の貴族はもちろん英雄はローヴァイン国にいると思っていたから当たり前だと思っていて不思議に思わなかったんだって。で、ローヴァイン国の貴族はイサはあれから田舎町にでも引っ込んでいたのだろうと思って安堵し、隣国と勇者に恩を売れると歓喜したのにイサを探しても見つからない。民は民で任務でどこかを転々としているのだろうと思っていたようで誰もイサの行方を知らず、今度は真っ青になってずっと探しているとか」
「何を今更……。城下を追い出しておいて人をなんだと思っているんだ?」
あまりのご都合主義に呆れ果てて開いた口が塞がらない。
「捜索隊まで結成して遠方にまで捜索の手を伸ばしたことで、英雄イザーク・クライネルトを詐欺師呼ばわりして追い出していたことが他国に大々的に知られてローヴァイン国は相当叩かれているんだって。その勇者とやらが12歳になるまであと1年でしょ? イサは生きているはずなのに見つからない、と相当焦っているようだよ」
あんな扱いをされて追い出されたのに、見つけられたとして私が「はいはい」と勇者育成に手を貸すとでも思っているのだろうか。
だとしたらあの者たちは相当おめでたい頭をしている。
でもそうか、他国から叩かれているのか……わが祖国ながら、それを思うと笑ってしまうな。
「イサは……あちらへ帰りたい?」
少しだけいつもと声色の違うピエタリに、先程珍しく何回も致したのは私が「帰りたい」と言うかもしれない不安からだったのかと合点がいく。
もしかしたら、かなり以前より勇者の件を知っていたのに私に隠していたのかもしれない。
それでも私が「帰る」と言うかもしれないとギリギリになって私の気持ちを尊重しようとしてくれたのか。
そう思ったらピエタリに今まで以上に愛おしさが湧いてくる。
「帰る? 何故? かつての英雄イザーク・クライネルトはもういない。ここにいる私はお前を愛しているただのイサだ。私が帰る場所はピエタリの元だけだ」
人間族の国で勇者を育成したいのは魔族の国に攻め入るためだ。
魔族の国が平和な世界であることを知った今、すでにピエタリに嫁いでいるも同然の私に手を貸す義理もない。
「それに私はもう10年も剣を握っていないしな」
「確かにイサを拾った頃は剣を握り続けてできた胼胝があったのに今は柔らかくなってしまったね。胼胝のある手でペニスを擦られるのも気持ちよかったけど……。でもこの柔らかい手の平も俺は好きだな」
と、ピエタリは私の手を取って手の平に何度もキスをしてくる。
そうだな、手の平から胼胝がすっかりなくなるくらいの長い期間、私はピエタリと過ごしてきた。
私も40歳を超えて少しばかり額も広がったし、彼と出会った当時バキバキに割れていた腹筋は表面に脂肪が乗り多少だらしない体型のおっさんになってきている。
だが、ピエタリに数日と空けず愛されている今の自分は嫌いではない。
あの日ピエタリに出会わなかったら私はどうなっていただろうか……。
魔族の国の本来の姿を知らずに、人間を信じることができなくなってもあの者たちに確保されて勇者の育成に従事させられていたかもしれない。
そうなれば、いつか覚醒した勇者によってこの魔族の国が戦禍に飲まれたかもしれないのだ。
『イザーク・クライネルト』が魔族の国の敵にならないで済んで本当に良かったと、10年暮らした今なら心からそう思える。
私の燃え尽きて病んだ心を見抜き、家に連れ帰ってくれたピエタリには感謝しかない。
だいぶおっさんになった私と違って、ピエタリは魔族で寿命が長いからか出会ってから5年ほどで見た目の成長はほぼ止まり、ここ数年でもともと歳上であった私との見た目に差がではじめている。
これからどんどんこの差が顕著になっていくのだろう。
ひとりおっさんになっていくのはなかなかに悲しいものがある。
いつかヨレヨレになった私に嫌気が差すときが来るのだろうか……今更ピエタリの元を追い出されても行く宛もないし、私はもうピエタリ以外を愛することはできないだろう。
だから、そのときは私のすべての精気を吸い尽くしてあの世に送ってもらいたい。
私がそう小さく呟くと、「最期まで傍にいる。1分1秒でもイサと共にいたいから」とピエタリは言う。
その言葉に私の胸がジワリと熱くなる。
ほら、沈みかけた私の心に火を灯して燃え上がらせてくれるのはいつだってピエタリだけなのだ。
「そうか」
私はそう言ってピエタリを引き寄せるとキスをした。
【END】
もう過去のことであるが若い頃は『英雄』などと呼ばれていた。
今はその名を捨て、イサと名を変えて生活している。
私の生まれは平民だったが、少年の頃から剣技で右に出るものはおらず、17歳で成人するとともにローヴァイン国の騎士団からスカウトされ入団した。
見習いからトントン拍子に昇格し、すぐに功績が認められナイトの称号を得た。
29歳で英雄と呼ばれる頃には「ローヴァイン国の、いや、世界の英雄にでもなろうかという者に爵位がないのは如何なものか」との声があがり一代限りではあったがバロンの爵位を賜った。
この世界は人間族の国と魔族の国が長き歴史に渡って争いを続けていた。
魔族の国がこちらに大々的に何かを仕掛けてくることはなかったが、各地に突如現れる大型の魔獣が人間を襲ったり領地を荒らしたりしてくるので騎士団の出撃要請は途絶えることがなかった。
私はそんな任務を誰よりもこなし、人間族とローヴァイン国の平和のためと戦ってきた。
そんな環境であったため人間族国家間の争いはほとんどなく、如何に魔族や魔獣を制圧・駆除するかという一点で協定が結ばれていた。
私はその当時、周囲からは伝説の勇者の再来ではないかとも騒がれていた。
だが、私は剣技以外に何か特別な能力などは持っていなかったので「そんなはずはない」と言っていた。
それでも私を囲い込みたい上級貴族などが何度も声をかけてきていたがやんわりと断っていたものだった。
私が爵位を賜ってから3年が経った頃、人間族の各国に預言者が現れてまもなく勇者が遣わされると言い、間を置かずに本物の勇者が隣国に産まれた。
その途端、私を勇者なのではないかと騒いでいた者たちが掌を返すように私に対して非難してくるようになった。
挙句、私は「勇者を騙った不届き者」「詐欺師」とまで言われる始末だった。
私の口からは一言もそんなことを言ったことはないのに、だ。
「我が国のイザーク・クライネルトこそ勇者の再来」などと触れ込んで、勝手に取引材料として使っていたのは貴族や商人たちだ。
自国から勇者が出なかったのが残念なのは理解できるが、その不満を私にぶつけるのはいくらなんでも理不尽ではないか。
一部の貴族や商人が私を貶めるように嘘で盛った話をし始め、最初は「そんなことはない、クライネルト様はご自身を勇者だと言ったことはない」と言ってくれていた者の声も次第にかき消されていった。
そして、そんな一部の貴族や商人から始まった非難や嘘の話はまたたく間にローヴァイン国中に広がり、私はどこに行っても敵意をぶつけられるようになったのだった。
騎士団に入ってからそれまで以上に鍛錬を繰り返し、国の為に幾度となく危険な任務にもあたってきて結婚もせずに上を目指してきたのに、私のこの胸に熱く燃えていた剣にかける情熱や国防への想いは消し炭のようになってしまった。
そして、私は居を構えていたローヴァインの王都を追い出されるように去ったのだ。
そのときの私はもう疲れきってしまっていた。
王都を出た私は『人間』に会いたくなくて、1年かけてふらふらと人目を避けて彷徨い、いつの間にか最前線とでもいうような魔族の国との国境近くまでやってきていた。
そこで出会ってしまったのが、ピエタリという魔族だ。
頭には巻いたような角が生えていてサラサラの銀髪、吸い込まれそうなエメラエルドの瞳をしており、青年になりたてにも見えるやたら綺麗な顔をしていた。
最初、魔族と遭遇した私は条件反射で剣を抜いたのだが、この魔族からは敵意も殺意も感じられず、むしろ私を心配してくる始末。
彼は私に「身体のエネルギーはあるのに精神のエネルギーがゼロに近くて今にも死にそうだよ」と言ったのだ。
私は当たっているな、と可笑しくなって剣を収めた。
仮にそれが私を殺すために油断させる作戦だったとしても、もうどうでもいいと思った。
そうしたら何故か国境を超えてすぐだからと彼の家に誘われたのだ。
私が「人間族は魔族の国の国境の結界を超えられないのでは?」と伝えると、魔族と一緒であれば超えられると言われた。
ここを超えたらもうローヴァイン国の醜い者たちに会わないで済む、と思った瞬間私は頷いていた。
そして彼に着いていって魔族の国へ入ったのだ。
彼は自らをインキュバスのピエタリと名乗った。
まだ魔族としてはかなり若く、人間的な歳の数え方をすれば私より7歳ほど歳下だった。
それにしても、インキュバスと言えば女性の精気を吸う淫魔という種の魔族だったはずで……なるほど、それで私に襲いかかってこなかったのだなとそのときは思っていた。
ピエタリに着いて訪れた魔族の国は私の想像していたものとまるっきり違っていた。
魔族の民は平和に暮らし、人間族のことはそこまで気にしていないようであったが、ただ時々争いを起こしてくる面倒な存在として認知されていた。
そして我々が魔族の手先と思っていた魔獣は彼らとは全く関係なく、魔族も手をこまねいている存在だったのだ。
教えこまれた『常識』というのは恐ろしいものであるとこのとき知った。
そして私は彼の家で私が国から受けた仕打ちや、あの醜い者たちへの不満を延々とこぼした。
ピエタリは私のそんな話を、時に相槌を打ちながらただ静かに聞き、私が落ち着くまでずっと傍にいてくれた。
彼が人間ではないからなのか私も何故か心を乱されることもなく話すことができたのだ。
私はよほど鬱屈したものが溜まっていたのか、ピエタリに全て吐き出すと幾分気持ちが上を向くようだった。
私のことを知らないから当たり前だったのかもしれないが、何も否定せず受け入れられて心が温かくなり、久しぶりに感じる誰かとの触れ合いのようにも感じた。
そうしたら、その夜、私はピエタリに求められたのだ――――身体を。
「インキュバスなのでは?」と問うと、人間族は同性同士では好きにならないのかと尋ねられた。
そうなのか、淫魔でも同性を好む者がいるのか……などと感心していたら何故か答えを急かされて、無理矢理に襲ってくるものでもないのだなと笑ってしまった。
私は、もう人生に希望も持てずローヴァイン国に戻りたいとも思えなかったので、私の心に少しでも寄り添ってくれたこのピエタリになら精気を吸い尽くされて死んでもいいかもしれない、と思って了承した。
その行為は、その、なんというか……すごかった。
もちろん私は男に身体を差し出すのは初めてではあったのだが、ピエタリの種族の特性上というか、苦痛は一切なく只管に快楽を与えられた。
幾度となく絶頂を迎えさせられ、気を失う瞬間――ああこれで死ぬのだな……苦痛なく死ねるのもいいものかもしれない、と思った。
なのに、翌朝しっかりと目が覚めたのだ。
私はこのピエタリに精気を吸い尽くされて死んだのでは?
そう思い尋ねると、「何故一回で食べきってしまわなくてはならないのか」と言われた。
適度に精気をもらってちゃんと残しておけばまた復活するし長く楽しめるのに? とピエタリは首を傾げていたのだ。
『精気を吸い尽くされて殺される』というのも人間族の間違った常識だったようだ。
さらに言えば、ピエタリは気に入ったものを飽きるまで食べ続ける、淫魔としては珍しいタイプだったようだ。
まあ、そんな経緯で何故か私はピエタリの『妻』であり『精気補給源』として彼の家で暮らし、そしていつしか『人間族対策情報源』として魔族たちに認知されるようになっていった。
◇◇◇
あれから10年、私はまだピエタリと暮らしている。
「あっ……ふぅ…………ふ、ああっ……ソコ、いいっ……はぁっ」
「イサ、もう少し奥に入るね」
「ぐっ! ああっ――」
私は既にフェラチオで1回、挿入で1回射精したあとではあるが、珍しくまだ求められていた。
10年前と違って私の体力は徐々に低下してきており、ピエタリは行為の頻度や回数を私に合わせてくれていたのに。
ピエタリは私の反応を見ながらペニスの太さや長さ、形まで変化させて抱いてくる。
彼のペニスは表面にヌルヌルとした粘液を分泌することもできるため、激しい動きも長時間の行為も可能で私はいつも翻弄されているのだ。
「ああっ……それ、いじょ……は、無理……あうぅ!」
「嘘。またイサから甘くなった精気が漂い始めてる」
「……はぅん……あっ。まっ……てっ……てば…………あぁ! あぁぁ……」
「ああ……何回してもいつも通り、イサの精気はとても美味しいね」
ピエタリはうっとりと呟き、緩やかにペニスを出し入れする。
奥の曲がった先、S状結腸まで彼のペニスは入り込み、出し入れされる度にカリ高な亀頭がソコにジュプジュプグポグポと嵌まり込む。
腸壁全体でピエタリのペニスが与えてくる刺激を拾い、射精感とは違う脳が痺れる感覚――メスイキというのだとピエタリは言った――に飲みこまれ何も考えられなくなる。
私の柔らかいままのペニスはピエタリが出入りする度にふるふると揺れている。
「ッ……ひぅ……あぐ…………うぅ……」
「奥、吸い付いてくる。ここ、好きだよね?」
「ふっ、ぐ…………はぅ、んんっ……うっ……はぁん!」
喘ぎ声というよりはうめき声に近い声しか出ないが、ピエタリはそれもまた興奮すると言う。
強すぎる快感に私の腰がガクガクと揺れ、内腿でピエタリを挟み込むが彼の動きは止まらない。
というか、ピエタリは大きく腰を振らなくてもペニスだけを動かすことができるのだから私に止めることなどできないのだ。
それはわかっているのだが、私のアヌスはピエタリのペニスを強く締め上げてしまう。
「イサ、そんなにキツく締めて……気持ちいいんだね。すごく可愛い」
「んっ……ふぅっ……ふぅっ…………イイ、に……決まって、る」
締めたことでよりピエタリのペニスとの摩擦が強くなり、結合部からゾワゾワとした感覚が上がってくる。
私が身体をブルリと震わせると、ピエタリは私のペニスを扱きだし、先程まで私の奥ばかり突いていたのに今度はペニスを反らせて前立腺のあたりをグリグリと押してきた。
数え切れないほどピエタリに教え込まれた私の身体は2回出した後だというのにすぐに反応してペニスを硬くしてしまう。
「そ、こ……はっ」
「イサ……イサ? こっちを見て?」
キツく目を瞑っていたがピエタリにねだられ綺麗なエメラルドの瞳を見つめれば、蕩けそうな笑顔を向けてくれる。
私は既におっさんと化してきているのにピエタリは私と向かい合って行為をするのが好きらしい。
スパイス的に後背位を挟むことはあるが、基本的には正常位や対面座位、騎乗位が多いのだ。
「ピエ、タリっ! あっ……キス……して、くれ…………また、出そう……だ」
「ん、イサ……」
ピエタリは私に唇を寄せると舌先で歯列をなぞり、私の弱い上顎を刺激し舌を絡め取る。
そして舌を強く吸われながら、再び胎内の奥深くまで穿たれて私はまた射精した。
さすがに連続メスイキと射精3回でグッタリとベッドに横たわっていると、ピエタリが私の髪を漉きながら言う。
「……そういえば、人間族の国総出でイサを探しているらしい」
未だに詐欺師だのなんだのと罪を着せようとしているのか。
それとも魔族の国に人間族の情報を漏らしたのが私だとバレたのか? あの当時、私でないとわからないような機密もあったからな。
とはいえ、魔族達は人間族に攻め入られないようにするためだけに情報を使い、あちらに攻撃を仕掛けることはないのだけれども。
全く、これではどちらが悪なのかわかったものじゃない……。
「数年前、預言者が啓示を受けていたそうだよ。勇者は12歳までにローヴァインの英雄イザーク・クライネルトに師事しろと。それが出来なければいくら勇者でもその資質が引き出されないとか?」
なんだって? そんなことになっているとは……。
しかしそんな条件付きの勇者ってありなのだろうか?
私が理解できないといったような顔をしていたらピエタリは続けて言った。
「恐らく、もともと全ては決まっていたんだろうね……。後に勇者を迎えるためにイサが遣わされて、英雄として先に道を切り拓いていたんじゃないかと俺は思う。ローヴァイン国は勇者に優るとも劣らない価値のあるイサを手放してしまったんだね」
「しかし……私が姿を消したのは10年以上も前だ。さすがにもう生きているとは思わないのでは?」
私は当然の疑問を口にする。
「それがどうやら、英雄が生きているということだけは今も示されているそうだよ? 最初の啓示があった当時、他国の貴族はもちろん英雄はローヴァイン国にいると思っていたから当たり前だと思っていて不思議に思わなかったんだって。で、ローヴァイン国の貴族はイサはあれから田舎町にでも引っ込んでいたのだろうと思って安堵し、隣国と勇者に恩を売れると歓喜したのにイサを探しても見つからない。民は民で任務でどこかを転々としているのだろうと思っていたようで誰もイサの行方を知らず、今度は真っ青になってずっと探しているとか」
「何を今更……。城下を追い出しておいて人をなんだと思っているんだ?」
あまりのご都合主義に呆れ果てて開いた口が塞がらない。
「捜索隊まで結成して遠方にまで捜索の手を伸ばしたことで、英雄イザーク・クライネルトを詐欺師呼ばわりして追い出していたことが他国に大々的に知られてローヴァイン国は相当叩かれているんだって。その勇者とやらが12歳になるまであと1年でしょ? イサは生きているはずなのに見つからない、と相当焦っているようだよ」
あんな扱いをされて追い出されたのに、見つけられたとして私が「はいはい」と勇者育成に手を貸すとでも思っているのだろうか。
だとしたらあの者たちは相当おめでたい頭をしている。
でもそうか、他国から叩かれているのか……わが祖国ながら、それを思うと笑ってしまうな。
「イサは……あちらへ帰りたい?」
少しだけいつもと声色の違うピエタリに、先程珍しく何回も致したのは私が「帰りたい」と言うかもしれない不安からだったのかと合点がいく。
もしかしたら、かなり以前より勇者の件を知っていたのに私に隠していたのかもしれない。
それでも私が「帰る」と言うかもしれないとギリギリになって私の気持ちを尊重しようとしてくれたのか。
そう思ったらピエタリに今まで以上に愛おしさが湧いてくる。
「帰る? 何故? かつての英雄イザーク・クライネルトはもういない。ここにいる私はお前を愛しているただのイサだ。私が帰る場所はピエタリの元だけだ」
人間族の国で勇者を育成したいのは魔族の国に攻め入るためだ。
魔族の国が平和な世界であることを知った今、すでにピエタリに嫁いでいるも同然の私に手を貸す義理もない。
「それに私はもう10年も剣を握っていないしな」
「確かにイサを拾った頃は剣を握り続けてできた胼胝があったのに今は柔らかくなってしまったね。胼胝のある手でペニスを擦られるのも気持ちよかったけど……。でもこの柔らかい手の平も俺は好きだな」
と、ピエタリは私の手を取って手の平に何度もキスをしてくる。
そうだな、手の平から胼胝がすっかりなくなるくらいの長い期間、私はピエタリと過ごしてきた。
私も40歳を超えて少しばかり額も広がったし、彼と出会った当時バキバキに割れていた腹筋は表面に脂肪が乗り多少だらしない体型のおっさんになってきている。
だが、ピエタリに数日と空けず愛されている今の自分は嫌いではない。
あの日ピエタリに出会わなかったら私はどうなっていただろうか……。
魔族の国の本来の姿を知らずに、人間を信じることができなくなってもあの者たちに確保されて勇者の育成に従事させられていたかもしれない。
そうなれば、いつか覚醒した勇者によってこの魔族の国が戦禍に飲まれたかもしれないのだ。
『イザーク・クライネルト』が魔族の国の敵にならないで済んで本当に良かったと、10年暮らした今なら心からそう思える。
私の燃え尽きて病んだ心を見抜き、家に連れ帰ってくれたピエタリには感謝しかない。
だいぶおっさんになった私と違って、ピエタリは魔族で寿命が長いからか出会ってから5年ほどで見た目の成長はほぼ止まり、ここ数年でもともと歳上であった私との見た目に差がではじめている。
これからどんどんこの差が顕著になっていくのだろう。
ひとりおっさんになっていくのはなかなかに悲しいものがある。
いつかヨレヨレになった私に嫌気が差すときが来るのだろうか……今更ピエタリの元を追い出されても行く宛もないし、私はもうピエタリ以外を愛することはできないだろう。
だから、そのときは私のすべての精気を吸い尽くしてあの世に送ってもらいたい。
私がそう小さく呟くと、「最期まで傍にいる。1分1秒でもイサと共にいたいから」とピエタリは言う。
その言葉に私の胸がジワリと熱くなる。
ほら、沈みかけた私の心に火を灯して燃え上がらせてくれるのはいつだってピエタリだけなのだ。
「そうか」
私はそう言ってピエタリを引き寄せるとキスをした。
【END】
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