2 / 18
本編
2.動物病院へ
しおりを挟む
翌朝もいつもと同じように目覚ましで叩き起こされる。なかなか開かないまぶたを擦りながら熱いシャワーを浴びて「いつもの一日が始まる……」と憂鬱になる。
ただひとついつもと違うのは、今日は仕事の帰りに動物病院に猫を引き取りに行かなくてはいけないということ。いつもより残業できないから、もしかしたら上司から嫌味の一つでも言われるかもしれない。そう思うとより憂鬱になりそうになるが、それは考えないようにして、ざっと床に散らばった物を片付けて家を出た。
基本的に村瀬は自炊はしない。自分のために手間をかけてやろうという考えはないし、倒れない程度に腹を満たせればいいのだからコンビニでおにぎりでも買えばいいのだ。
身体にあまり良くないだろうとは思いつつ、忙しい毎日が余裕を与えてくれない。
仕事が始まれば何故か便利屋のごとく他部署からも業務を寄越され、自分の仕事がギリギリになるものだから多方から怒られる。そんなサンドバッグの村瀬を憐れむような目で見る者もいるが、巻き込まれたくはないようで手を差し伸べてくれるような同僚はいなかった。
前に村瀬に忠告してくれた同期が唯一かばってくれた人間だったかもしれない。消極的な村瀬はそんな同期にも連絡することなくなってしまったのだが。
「ああ、面倒くさい……」
そう、何もかもが面倒くさかった。
押し付けられる仕事をやんわりと断るのも、それで相手が不機嫌になるのも、ご機嫌を取るのも、仕事を受けたら受けたで何故自分の業務でないものをしなきゃいけないのかも、それに対してちゃんと反論できない自分にも……。
ストレスは貯まる一方なのに発散する場がない。そしてこの環境から抜け出そうとすることすら面倒くさいと思ってしまう末期の村瀬だ。
いつもなら23時近くになっても残業している村瀬は、周りに頭を下げながら、というかカバンを抱えて俯いて逃げるように20時前に退社した。
あの動物病院ならきっと遅くに連絡をいれても対応してくれるかもしれないが、いい先生だからこそ自分なんかが迷惑かけたくないと思ってしまうのはしょうがない。
いつもなら職場から電車に乗って最寄り駅に出ると、少し迂回してコンビニと公園に寄るところだが、動物病院に行くので全然違うルートで歩き出す。時間帯も早くて村瀬にとっては少しばかり新鮮な光景に映った。
「明るい……人も多い……数時間違うだけでこんな違うのか……」
いつもの時間なら、シャッターの閉まっている店も多い駅前の商店街をキョロキョロと見回しながら通り過ぎ、早足に動物病院のある住宅街へと向かう。
一応お金は多めに下ろしてきたとはいえ、保険適用外の動物の治療費はいかばかりかと村瀬は緊張していた。
「……こんばんはー?」
「ああ、村瀬さん、お仕事早く終われたんですか?」
「……はは。終わってはないですけど、終わらせてきたとでも言いますか、ね」
「気にしなくても良かったのに」
「昨日も遅くに開けていただいたんで、申し訳ないですから」
昨夜と同じように感じのいい動物病院の先生は「ちょっと待ってて下さいねー」と奥に入っていった。そして一つケージを抱えて戻ってくる。
村瀬がケージを覗き込むと昨夜の野良猫が角に丸くなっていた。
「一応怪我の処置と、化膿止の薬ですね。この子環境変わっても暴れたり怯えたりあまりしませんでしたね。薬もちゃんと口にしてくれるし、肝が座ってるのかな。さすがにカラーは嫌がりましたけど、舐めちゃうといけないからしばらくは取らないで下さいね」
先生の話を聞きながら、そこまで徹底的に注意しなければいけないわけではなさそうで村瀬は少し安心していた。
朝のうちに大家の老夫婦にも怪我をした猫を一時的に保護する許可を得ていたし、元気になるまで少し世話をするだけなのだから。と言っても不安がない訳ではない。自宅で動物を飼うのは人生初だったのでメモを片手に村瀬は先生に質問をしまくる始末だ。
「それはそうと、村瀬さんが里親探しされるということでしたけど、大変そうなら……うちと提携している保護団体もありますから声かけて下さいね。ケージやグッズは一旦お貸ししますから」
本当に何から何まで気にしてくれるいい先生だな、などと思いながらケージを揺らさないように抱えて村瀬は歩く。今、このケージの中で猫はどんなことを考えているんだろうなどと思いながら。
ただひとついつもと違うのは、今日は仕事の帰りに動物病院に猫を引き取りに行かなくてはいけないということ。いつもより残業できないから、もしかしたら上司から嫌味の一つでも言われるかもしれない。そう思うとより憂鬱になりそうになるが、それは考えないようにして、ざっと床に散らばった物を片付けて家を出た。
基本的に村瀬は自炊はしない。自分のために手間をかけてやろうという考えはないし、倒れない程度に腹を満たせればいいのだからコンビニでおにぎりでも買えばいいのだ。
身体にあまり良くないだろうとは思いつつ、忙しい毎日が余裕を与えてくれない。
仕事が始まれば何故か便利屋のごとく他部署からも業務を寄越され、自分の仕事がギリギリになるものだから多方から怒られる。そんなサンドバッグの村瀬を憐れむような目で見る者もいるが、巻き込まれたくはないようで手を差し伸べてくれるような同僚はいなかった。
前に村瀬に忠告してくれた同期が唯一かばってくれた人間だったかもしれない。消極的な村瀬はそんな同期にも連絡することなくなってしまったのだが。
「ああ、面倒くさい……」
そう、何もかもが面倒くさかった。
押し付けられる仕事をやんわりと断るのも、それで相手が不機嫌になるのも、ご機嫌を取るのも、仕事を受けたら受けたで何故自分の業務でないものをしなきゃいけないのかも、それに対してちゃんと反論できない自分にも……。
ストレスは貯まる一方なのに発散する場がない。そしてこの環境から抜け出そうとすることすら面倒くさいと思ってしまう末期の村瀬だ。
いつもなら23時近くになっても残業している村瀬は、周りに頭を下げながら、というかカバンを抱えて俯いて逃げるように20時前に退社した。
あの動物病院ならきっと遅くに連絡をいれても対応してくれるかもしれないが、いい先生だからこそ自分なんかが迷惑かけたくないと思ってしまうのはしょうがない。
いつもなら職場から電車に乗って最寄り駅に出ると、少し迂回してコンビニと公園に寄るところだが、動物病院に行くので全然違うルートで歩き出す。時間帯も早くて村瀬にとっては少しばかり新鮮な光景に映った。
「明るい……人も多い……数時間違うだけでこんな違うのか……」
いつもの時間なら、シャッターの閉まっている店も多い駅前の商店街をキョロキョロと見回しながら通り過ぎ、早足に動物病院のある住宅街へと向かう。
一応お金は多めに下ろしてきたとはいえ、保険適用外の動物の治療費はいかばかりかと村瀬は緊張していた。
「……こんばんはー?」
「ああ、村瀬さん、お仕事早く終われたんですか?」
「……はは。終わってはないですけど、終わらせてきたとでも言いますか、ね」
「気にしなくても良かったのに」
「昨日も遅くに開けていただいたんで、申し訳ないですから」
昨夜と同じように感じのいい動物病院の先生は「ちょっと待ってて下さいねー」と奥に入っていった。そして一つケージを抱えて戻ってくる。
村瀬がケージを覗き込むと昨夜の野良猫が角に丸くなっていた。
「一応怪我の処置と、化膿止の薬ですね。この子環境変わっても暴れたり怯えたりあまりしませんでしたね。薬もちゃんと口にしてくれるし、肝が座ってるのかな。さすがにカラーは嫌がりましたけど、舐めちゃうといけないからしばらくは取らないで下さいね」
先生の話を聞きながら、そこまで徹底的に注意しなければいけないわけではなさそうで村瀬は少し安心していた。
朝のうちに大家の老夫婦にも怪我をした猫を一時的に保護する許可を得ていたし、元気になるまで少し世話をするだけなのだから。と言っても不安がない訳ではない。自宅で動物を飼うのは人生初だったのでメモを片手に村瀬は先生に質問をしまくる始末だ。
「それはそうと、村瀬さんが里親探しされるということでしたけど、大変そうなら……うちと提携している保護団体もありますから声かけて下さいね。ケージやグッズは一旦お貸ししますから」
本当に何から何まで気にしてくれるいい先生だな、などと思いながらケージを揺らさないように抱えて村瀬は歩く。今、このケージの中で猫はどんなことを考えているんだろうなどと思いながら。
10
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない
こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる