恋愛SP

らいむせいか

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第6話 片思い

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  文化祭当日。外は客を呼ぶ声に溢れていた。屋台も沢山出て、賑わっている。
美絵のクラスは、誠が散々抗議し看板名だけでも変えてもらい普通の喫茶店になった。誠が裏方になる事は、女子がどうしても許してはくれなかった。
「ケーキ3個と紅茶2つお願い」
誠がカーテンで隠された、調理場に声をかける。数名が答えた。客はやはり女子が多めだ。喫茶店だからだろう。
「大変だね~。まぁ男子の客は少ないけど、こういう所は女子が多くて当たり前か」
誠の隣に麗奈が立ち、声を掛けてきた。誠は少し目を向けたが、直ぐに接客をしている美絵に目を向けた。不慣れなせいか、手間取って居るのが新鮮で可愛い。
「何で、執事の服脱いじゃったの?似合ってたのに…」
麗奈がつまんなそうに、呟く。誠は制服に腰にエプロンを着けている、ラフな感じだった。
「堂はすっかりメイド服が、板についた感じだな」
「まーね、これ可愛くって気に入ってるんだ。手直しまでして貰って着ないなんて、可哀想だしさ」
嬉しそうに麗奈は語った。女子の接客全員メイド服で男子は腰にエプロンと感じで、男子が浮いている様に見える。
誠はあんな王子様みたいな衣装より、こっちの方が楽で好きだと思った。

休憩時間、誠は美絵の腕を引いた。
「智瑛梨ちゃんの演劇、見に行かない?」
誘うと、戸惑ったように答えた。
「べっ別に構わんが…」
美絵は軽く上着を羽織ると、引っ張られるように誠と教室を出た。まだ休憩には入れない麗奈は、そんな2人を横目で見つめ睨んだ。

外では色んな人が沢山来てて、賑わっていた。1つのベンチに人集りが出来ていた。
「ありがとー」
可愛らしい声に、集まっていた女子はうっとりしていた。その中心に居た男はカナタだった。机には、沢山の食べ物やら飲み物が置かれている。これら全て、女子が買ってくれたものだ。
「ねえねえ、お姉さん達と回らない?」
年上のグループが声をかけて来た。カナタは目を向けたが、タイプでは無く気が乗らなかった。カナタは綺麗な物が好き、人も物も。
「ダメよ、彼は私達と行くんだから。ねー」
身を乗り出して来た、もう1つのグループの方を見るとカナタはニヤリと笑った。さっきよりこっちの方が綺麗だなと思った。
「じゃあさ、お姉さん。1年C組の演劇観に行こうよ」
カナタの言葉に、女子は騒ついた。行きたかったところが、違って居たからだ。女性達は、もっとカナタと話したいと、思って居たのに演劇なんて行ったら話ができない。
「ダメなら、他の子にたのもーと」
そう、カナタが言うと焦ったかのように言った。
「い、いいわよ。行きましょ」
女性達がカナタの両端を固め、歩き始めた。

「間に合ってよかったー」
誠が息を切らして、空いてた席に座る。美絵も隣に座った。
1年C組、智瑛梨のクラスであり演し物は「眠れる森の美女」の演劇。体育館には大勢の人が椅子に座り、待って居た。
「あっ、始まるみたいだ」
美絵がぼそりと呟くと、照明が薄暗くなりアナウンスが流れた。
「これより、13時から開演の1年C組演劇、「眠れる森の美女」を始めさせて頂きます」
幕が開くと同時に、何人かが入って来た。美絵は隣に座って来た人を、気づいては居たが見向きもして居なかった。

話しが中盤に差し掛かった時、隣にいた人が美絵の手を掴んだ。美絵はとっさに、振りほどこうとしたが物凄い力で手首に痛みが走る。顔は暗くてよく見えない。強引に引っ張られると、外に連れてかれた。
体育館から離れた人気がない、自転車置き場に着いた時手が自由になった。
美絵は手首を摩った。後ろ姿を見た瞬間、驚いた。
「大空…カナタ…」
カナタはゆっくり振り向くと、にこりと笑った。
「嬉しいなー、覚えててくれたんですね。それにしても先輩…」
カナタは舌舐めずりして、目線をいやらしく動かした。美絵の顔が青ざめる。
「そんな格好して、歩いてたらどんな男でも変な目で見ますよ」
美絵は、羽織っていたカーディガンを引き寄せる。
「変なって…」
小さく呟くと、カナタの手が素早く動いた。
「こう言う目ですよ!」
カナタの手が美絵の腕を掴もうと、動く。美絵も素早く体勢を低くし、手から逃れ壁に背を付ける。美絵は足を運び、壁から逃げた。
「なーんだ、つまんないの。まぁ先輩の事だから、簡単に行くとは思ってなかったけど」
拗ねた声を出し、美絵を見据え見た。美絵は軽く身構える。
「2年A組って、ミニスカメイド喫茶なんですか?やらしいですね~。そんな事で客取るって、違反ですよ」
「そんなんじゃない。第一皆服が違う。それに客はこんな…」
「確かに先輩は、足綺麗ですけど」
美絵はカナタの動きにほんの僅かだが、出遅れた。カナタの右手が美絵の片胸を鷲掴みした。美絵はカナタの腕を掴む。軽く揉まれ何故だか、体に甘い痺れが走った。
「胸も結構大きいんだから、出せばいいのに。そんないやらしい喫茶店なら」
美絵の腕が震え、顔が赤くなり唇を噛み締めている姿が面白くカナタは胸を触り続けた。
動きが切なくて、力が入らない。美絵は屈辱だった。カナタが近づき耳元で囁いて来た。
「感じてるんですか?切なそうですね、何なら最後までしてあげても良いですよ」
美絵の体が、ビクリと反応する。怒りがこみ上げて来た。
カナタは、美絵の腕を掴む力が微かに強まるのに気づくと、足を引っ掛けコンクリートに叩きつけた。美絵は背中に痛みが走り、顔を歪めた。カナタがポケットから、おもちゃの手錠を取り出すと、美絵の腕を力強く押さえ手錠を掛けた。その腕を背中に持って行く。
「そそりますね~。メイドに手錠とか、しかも気が強い女性が壊れていく様も」
いつも可愛い笑顔を振りまき、人懐っこいカナタがこんな性格だとは思いもしなかった。脚にも手錠が付けられ、美絵は身動きが取れない。
「何が目的だ!」
美絵が声を上げ、睨む。綺麗なカナタの顔が近づいた。
「僕は、綺麗な物が大好きなんですよ。今まで何だって手に入って来た。だから先輩も僕の物になってよ」
カナタは、物欲しそうに語ると美絵の足を掴み上に持ち上げた。下を覗き込む姿を見て、美絵は一気に羞恥心が駆け巡った。
「ばっ、馬鹿。み、見るなぁ……」
「やっぱり、パンツは白。イメージ通りだ。靴下が、ガーターベルトだったらもっとエロいのに残念」
カナタの指が、美絵の可愛いパンツに触れた。秘密の割れ目をそーと撫でる様に、触られ体がビクビク反応する。
「ねぇ、先輩。女性って、みーんな感じる所一緒なんですか?」
カナタが、パンツ越しに少し膨らんだ所を強めに攻めて来た。美絵の体に電気が走ったかの様に、反応し始める。里志によって開発された体は、この快感に抗えない。
「やだ…まこっ…と…」
美絵はいつの間にか、小さい声で違う名前を呟いていた。
ふと、遠くから名前を叫ぶ声が微かに聞こえた。
「美絵ー!」
美絵はハッとし、辺りを見渡したが姿がない。誠の声だ、分かった瞬間美絵は思いっきり声を上げた。情けないがこの状況は、助けがないと無理だ。
「まことー!」
カナタの手が止まり、後ろを振り向く。角から息を切らした誠が見えた。2人の状況を見て、驚いたが誠は怒りを露わにしカナタに向かって来た。
「テメー!俺の女に何しやがる!」
とっさで防げなかったのか、パンチが顔に当たりカナタは地面に叩きつけられた。美絵は見つめながら、息を呑む。殴られた拍子に、カナタのポケットから小さな鍵が飛び出した。カナタが急いで拾おうとしたが、先に誠の手が伸び拾い上げる。
手錠の鍵だと分かると、急いで誠が美絵の腕と足についている手錠を取った。カナタは誠に殴られた頬を、拭いながら立ち上がる。
「ズルいなー、宮島先輩が独り占めなんて。僕にも味見させて下さいよ」
カナタは反省の色を全く見せず、逆に詰め寄ってきた。誠は歯ぎしりを立てた。
「しかし、付き合ってたなんて知りませんでしたけど」
「付き合っては無い!だけど、いつかそうしてみせる!」
その言葉に、カナタは笑い出した。
「すみません。でも無謀な夢ですね」
カナタはこちらに向かって歩いてきた。誠が警戒しながら、睨み美絵の前に立つ。カナタが、少し距離が空いた美絵の横で足を止める。
「だって、絶対美絵先輩他に好きな人いそうですし」
美絵は下を向き押し黙る。カナタは小さく微笑み、2人の横を通り過ぎた。誠はカナタの後ろ姿を睨むと、美絵の腕を引っ張り姿を消した。
カナタは角を曲がり、立ち止まる。
「ちゃんと撮った?」
低いトーンの声、草陰から男が2人出て来た。手にはデジカメ、男は拗ねた声でカナタに話しかけた。
「撮れたけど、ずるいよなー毎回お前ばっか。よりによって今度は鈴風美絵とか、本当命知らずだぜ」
男からデジカメを受け取ると、撮れた写真を確かめる。確認すると、カナタの口元が緩んだ。
「大丈夫だよ、脅しの種が手に入ればお前達にもチャンスやるから。やりたいだろ?」
「当たり前だろ、天下の美絵先輩だぞ。あーたまんなかったなぁ。あの我慢してた顔」
興奮した声を上げ、抑えられない様子だ。カナタはデジカメを返すと、歩き出した。
思い通りにならない所が、難しいがこれが入れば逆らえないはず。勝負なんてしたら、負けるし。ならとことん汚い手でも使って、手に入れるまでだ。

放課後、なんとか無事に学園祭1日目が終わった。美絵は片付けをしながら、溜息をつき窓の外を見た。誠はその姿に気付き、近より肩に手を乗せる。
「大丈夫?」
美絵は横目で誠を見た。肩に置かれた手を、軽く払い除ける。
「お前に心配される程、落ちぶれていない」
「おねーちゃーん」
ドアの所から、智瑛梨が顔を出し美絵を呼んだ。美絵は妹の方に歩いて行く。
「ねぇねぇ、もう少しで終わる?一緒に帰ろ」
美絵は苦笑いをした。まだ脳裏にカナタの事がこびれ付いている。あんなカナタの事を何も知らず、智瑛梨が好きな相手。気持ち悪い感じが消えない。
「わぁ、鈴風さんの妹さん?かっわい~」
女子がちらほらと、2人をいつの間にか囲んで来た。智瑛梨は褒められて、照れた様な顔をする。
「鈴風さん、もう終わった様なもんだし帰っていいよ」
委員長が割って入り、促す。美絵が躊躇った。
「ですが…」
「いいっていいって。これだけ片付けば。明日もあるし、皆んなも早めに上がってくれて構わないから」
男子が委員長の言葉に、安堵の表情を浮かべた。みなぞろぞろと教室を後にする。
「あっ、美絵さんと智瑛梨ちゃん」
校庭を歩いていると、2人の姿を見つけ駆け寄って来た少女。
「かかや先輩」
智瑛梨が手を振る。海の時以来だ。
「今帰りですか?」
「うん、良いかな?ご一緒しても」
智瑛梨は笑顔で「もちろんです」と言い、かかやも嬉しそうに微笑んだ。

離れた所で誠も声を掛けられた。
「誠、ちょっといいか?」
湖太朗だった。声を少し潜めて、近づく。
「相談なんだが…。まぁ恋愛経験がないお前に、こんなこと言うの変だけど…」
「失礼だなー、恋愛経験くらいはあるよ」
湖太朗の言い方が気に障ったのか、拗ねた声で言う。
「ちげーよ、付き合うとかそう言う方の経験。ないだろ」
誠は押し黙った。確かに、誰かと付き合った事は生まれてこの方無い。
「実はさ俺、初めて告白されたんだよ」
誠は少しビックリした。でも湖太朗は、明るく誰に対しても平均に接したまに、笑いを取る事も出来るいい奴だ。
「誰に?」
誠の質問に、湖太朗は更に距離を縮めた。
「星野さん」
誠は拍子抜けした。かかやの気持ちは知っていたし、でも逆に感心した。あの引っ込み思案のかかやが、告白までするとは。
「答えたの?」
「まだだ。だって俺別に、星野さんの事付き合いたい位好きかって聞かれてもそうじゃ無いし」
湖太朗は言いながら、肩を落とした。考え込みすぎて、荷が重いと言いたげだ。
「でも言われて、日にち相当経ってるとかじゃないんだろ?」
湖太朗が少し震えた指で、人差し指を立てた。誠が首を傾げ、「いち?」と言うと首を振る。湖太朗は小さい声で「1ヶ月…」と言った。間が空く。
「なんだそりゃー!と言うかそこまで待たされて、何も言わない星野さんもある意味すごい…」
「だろ、でもさ流石にまずいと言うか…。部活にも顔出し辛いしさ」
誠は少し考えた。
「友達から始めないかって聞くのは?それかお前、他に好きなやついるのか?」
湖太朗は何故か、誠から距離を置いた。
何やってんだ、益々行動が変だ。
「かっ関係無いだろ。俺のすっす、好きなやつなんて。そうだ、関係ない」
誠は白けた目で、語りながら距離を離して行く湖太朗を見つめる。こいつは図星を言われると直ぐに、顔に出る。あー好きなやついるんだな、そんでもって自分に隠したがる様な人。
「美絵か」
だんまりが2分続いた。湖太朗の顔に汗が流れる。
ほらやっぱりと誠は思い、ため息をついた。美絵は敵性がない奴には、無防備だ。それは俺と話せる様になってからだと、怒って言われた事がある。気になり出したのは、あの海での出来事からだろう。
「そんな訳ない。手が届く訳ない人を好きになって、人生何楽しいんだ」
「俺は、手が届くから好きでいるけど」
湖太朗がそっぽ向き、拗ねた声で喋り出した。
「お前はいいよな。対等に話せるから。俺は取り柄ないし」
「諦めるのか?」
「まぁそのつもり。何だかんだで俺は、優柔不断だなって思うよ」
湖太郎は言いながら、天を仰いだ。人を好きになるのは難しくもない。だが、それが上手くいかない事もある。
「努力するよ。言ってみる、友達からじゃダメかって…」
誠は聞きながら、微笑んだ。

「えっ?友達…から?」
次の日、文化祭の休憩時間。湖太郎は外を歩いていると、偶然かかやと遭遇した。裏庭に呼び出すと、湖太郎はかかやに答えを切り出した。
かかやは少し残念そうな顔をした。
「ごめん。相当待たせて、こんな答えで」
かかやは直ぐに顔を上げ、無理に笑った。
「きっ気にしないで。それが…答えなんだもん、別にいいよ」
「俺さ、部活以外で星野さんと話した事ないだろ。だから正直言ってそんな知らないし、君の事」
湖太郎もかかやの方を向く。彼女は目が合い、顔を微かに赤らめた。
「だから、友達になって知って行けば良いかなって」
「そうだね、私も急かしてゴメンね。じゃあ、友達からよろしく」

美絵は仕事中、窓の外を見るとその2人が見えた。
「言えたんだな、あいつ」
声に気付き振り向くと、誠も同じ所を見て居た。美絵の目線に気付き、誠が近寄って来た。
「あいつさ、星野さんに告られて迷ってたんだよ」
美絵はまた窓の外に、目をやる。2人が別れて姿を消した。
「好きなやつが居たんだと。湖太郎に」
美絵がゆっくりと誠を見た。誠も美絵を見つめている。
「いつからだよ、美絵。なんで変わっちまったんだ」
「誠?」
美絵の顔はまるで、何を言っているか分からないと言いたげだった。誠は怒ってるのか、悲しんでるのかどっちでも取れる表情をしている。
「昔はもっと、気高かったろ。なのに、今は…。俺がやっぱ変えたのか?前言ったよな?俺のせいだって」
美絵は動けなかった。客も珍しく居ない喫茶店、誠の声がはっきりと耳に残る。
「美絵と対等に話せるようになって8年くらいたった。俺はその前から美絵を見て来た。だから、分かるんだ」
「はーいそこ、ちゃんと客呼んでよね」
厨房の方から、委員長が2人を見て声をかけた。美絵はこの空気から逃げる様に、廊下に出た。誠はやるせない気持ちで、いっぱいになった。

智瑛梨は友達と店を回っていた。
「ねぇ智瑛梨、カナタ君のクラスたい焼き屋さんなんだって。行ってみる?」
智瑛梨は少し迷った。前、姉の事で迫られたことがあってから好きだが怖いが出てくる様になったのだ。
答えない智瑛梨をよそに、友達が腕を引っ張りもう1人が背中を押した。3人は目当ての店に到着した。見ると、並びが出来ている。表には出てないが後ろの方で、カナタが材料を作っていた。たまにチラリと彼が見えると、女性の客が「可愛い」と騒ついた。
「相変わらずだねー。まぁ私は大空君より、宮島先輩派だから分からないけど」
「うそ、麻実子ってかっこいい系好きなんだー」
会話している2人の友達の横で、智瑛梨はどんどん近く自分の番にドキドキしていた。後二列と思ったら、目が開けられずグッと目を閉じた。
「いらっしゃい、なんの味にする?」
声を掛けられ、智瑛梨は急いで顔を上げるともう自分の番で焼いている人が笑顔で聞いてきた。智瑛梨は味を決めておらず、あたふたしてると後ろから2人が声をあげた。
「クリーム2つと…、智瑛梨何にする?」
「智瑛梨ちゃんは苺味とかどう?」
メニュー表を見ていたら、名前を呼ばれ気づくと前にカナタが笑顔で立っていた。智瑛梨の顔が真っ赤になる。
「もしかして、苺嫌い?」
「ちっち、違うけど。な、何で?」
一生懸命首を振り、つっかえながらも否定する。
「いや、給食にたまーに出てくる苺のムース愛しそうに食べてるの見たことあるからつい」
智瑛梨の顔が更に赤く染まる。平常心で居られなくなる位に、心臓が高鳴った。
「…じゃあ、それで…」
智瑛梨は下を向き、顔を隠し小さい声で言った。
友達2人の分のお金を貰うと、カナタは奥に引っ込んだ。智瑛梨が慌てる。
「あっあの、私もお金を…」
差し出すと、カナタがまた表に出てきて智瑛梨の手を掴むと微笑んだ。
「お金は良いよ。この前酷い事して、泣かしちゃったし…。その詫びって事で」
カナタは小声で言ったが、聞こえてたみたいで焼いている人が「勝手なことするなよ、カナタ!」と叫んで居た。
「あ…ありがと」
照れ笑いを智瑛梨が浮かべ、カナタは手を振った。
近くのベンチで3人は、買ったたい焼きにかぶりついた。
「何よ、良い感じじゃない。智瑛梨ったら、いつの間にカナタくんと仲良くなってるのよ」
突かれ、苦笑いをした。本当は自分ではなく、姉目当てのカナタにただ利用されてるかもしれない自分なのに…。もし姉の存在が無かったら、声なんてかけられる事まず無い。でもなんか複雑…。
「今年も文化祭終わりだねー。あーあ最後に宮島先輩のお店、行きたかったなー」
空は夕焼け空、時間は5時を指して居た。全部のお店、イベントが幕を閉める時間。智瑛梨はそんな空を眺めながら、想いを馳せた。

夜の9時、ため息をつきながら美絵が家に着いた。靴を脱ぎ居間を通りこそうとすると、明かりがついているのに気づき中を覗いた。
「智瑛梨、まだ起きてたのか?」
ボーと座り、頰杖ついている妹に姉は少々驚いた。
「あっ、おかえり。お姉ちゃん」
ため息をつく、智瑛梨に何と無く不思議に思えた。
「どうした?」
「お姉ちゃん…片思いって、楽じゃないね…」

「帰るのちょっと待ってくれないか。明日、東京の方へ行って欲しいんだが…」
とある会社、1人の男性は社長に呼ばれ帰り支度を途中で止めた。
「東京ですか?」
「ああ。この前会ったクライアントの人が、お前を気に入ったみたいで話したいと言うんだ」
男性は少し困った顔をした。
「でも明日までには、完成させないといけない資料ありますし…」
社長が肩を叩いた。
「それは一緒に組んでる、雨宮に頼めば良い。大丈夫、宿賃と交通費やらはこっちで負担するから」
社長が近づき耳打ちをしてきた。
「お得意様なんだ。頼んだぞ」
社長が離れると、奥に姿を消した。男性はため息を吐き苦い顔をした。
「東京か、1番避けたい場所だな…」
「先輩、どうしたんですか?」
後ろに、プロジェクトを一緒に組んでる雨宮が立って居た。
「あ、雨宮悪いがその…」
「あー資料の件ですか。良いですよ、むしろ俺が先輩に任せっきりにしてましたし。やらせて下さい」
にこにこしながら雨宮が、得意げに語った。ますます断り辛くなる。
「でも凄いなー。あそこに気に入られるなんて。頑固で有名じゃないですか、もしかしたら格上に繰り上がるかも知れないですよ」
羨ましそうに喋る後輩の横で、落ち込むのが精一杯の里志だった。

昼休みになったばかりの時間。廊下でばったりと誠と美絵が会った。2人は目線を外す。
「…ごめんな、俺変なこと言って」
文化祭での事、誠はずっと気がかりだった。
「別に、気にしてないから」
美絵は、階段を上っていく。誠は追うように付いていく。
突然美絵が振り向いた。顔は少々怒っているようだ。
「どこまで付いて来る気だ?」
誠はキョトンとしたが、横を見ると女子トイレの前だった。誠は苦笑いした。
「あっえっと、ごめん」
そそくさと誠は階段を降りた。その後ろ姿を美絵は、ため息をつきながら見つめた。
美絵がトイレから出ると、剣道部の部長の麻木律斗に会った。
「ちょうど良かった。鈴風さん、話があるんだけど今いいかな?」
「はい」
2人は部室に向かった。中に入ると律斗が「座るか?」と聞いて来たが、「いえ」と美絵は言ったので立ったまま話をすることになった。
「実はな顧問の先生から聞いたんだが、お前に凛礼大学の推薦が来ていると言うんだ」
「推薦?まだ私は高校2年生ですが…」
まだ早いような…美絵は不思議に思った。
「まぁ欲しいから、早めに言っているんだろう。凛礼と言えば、剣道では名の知れた有名大学だ。この大学から何人もの選手が卒業している」
律斗は美絵の前に来た。美絵の肩に両手を軽く置く。
「そこでだ。ここの高校の宣伝として、凛礼に入って見ないか?2年といってもあと少しで3年、受験生になるからな」
「宣伝としてですか?先輩はそこは受けないんですか?」
その言葉を聞いて、律斗は苦笑いをし頭を掻いた。
「いや、残念ながら学力で無理だった。でも鈴風さんは頭脳明細だし、行けると思うよ」
律斗が時計を見た。後少しで、昼休みが終わる。
「何にせよ、考えて見て」
別れ際、律斗は凛礼大学のパンフレットと美絵に渡し部室を後にした。

下校時間。みんなが友達と固まり話しながら教室を出て行く。美絵は荷物を整理をしながら、昼間もらったパンフレットを見つめる。
「鈴風さん、そこ受けるの?」
クラスメイトが何気なく、美絵の方を覗き込む。美絵は慌ててカバンに詰め込む。
「まだ決めてはいないが…」
「そうだよねー、うちらまだ2年だし…。って言ってるそばから、後6ヶ月でうちら受験生か…」
その子は肩をガクリと落としながら、美絵に手を振った。美絵は苦笑いを返した。
誠は何と無く2人の会話を、盗み聞きして見つめていた。
帰り道美絵は1人パンフを見ながら歩いていると、誰かにぶつかった。その拍子に手に持っていたものが落ちる。
「すみません」
落ちたものを拾おうとしたら、ぶつかった相手が先に手に取った。まじまじとパンフを見つめる。
「こっちこそ、悪かったね。それにしても、何かを見ながら歩くとは全くお前らしくないな」
声を聞いて、美絵は急いで顔を上げた。前を見た瞬間、泣きたくなった。と同時に胸も苦しく、熱く熱を帯びた。体が震え上がる。
「さ、里志さん…」
「2ヶ月ぶりだな、美絵」
そこには思い人が美絵に優しい笑みを浮かべていた。

商店街を歩いていると、麗奈は美絵を見つけた。喫茶店に入って行く姿が珍しく、凝視していると里志がいるのも見えた。
元婚約者がなんで…。麗奈は気になり気付かれない様に、店に入り2人の死角になる席に座った。店員にコーヒーを頼むと、聞き耳をたてる。
美絵の顔は少し赤みを帯びていた。里志の顔は至って冷静。
「大分、落ち着いている様だな。済まなかった色々と」
「そんな事ないです」
美絵は少し下を向いていた。少々緊張してるみたいだ、そわそわしている。
「大学行くのか?凛礼に」
店員が2人のテーブルに立つと、オレンジジュースとコーヒーを置いた。一礼をし奥に姿を消す。それを待っていたかの様に、美絵は口を開いた。
「まだ、今日渡されたのでパンフレットを。推薦で選ばれたと」
「凄いじゃないか。そこの大学に行けるのは本当スポーツに優れた人しか入れない、有名なとこだ」
美絵だって名前は聞いたことある。ふと里志が真剣な顔になった。
「美絵、お前はまだ俺の事好きでいるのか?」
その言葉に美絵は、弾かれた様に里志を見た。麗奈も驚いた顔で2人を見つめる。美絵は答えられないでいた。
「俺がもし、もう一度やり直そうといったらお前はどうする?」
美絵の目が大きく開かれる。胸が大きく高鳴った。
「それってどういう意味ですか?」
「俺がお前が大学行って卒業するまでに、実家と蹴りを付けてくる。でもそうなったら、幸せになれるかは約束できない。それでもいいなら頷け」
美絵は黙った。もちろん今でも里志の事は好き、でも…。自分を突き放した人が何で、こんな事言ってくるのか理解出来なかった。
強張った表情を見て、里志は席を立つと身を乗り出し美絵の耳元に顔を近づけた。
「好きだから、離したくないんだ。美絵の事、お前が初恋なんだ」
囁いた本人の顔は若干照れていた。美絵は恥ずかしさが込み上げ、顔を真っ赤にした。そんな姿を見て、里志はひと息つくとメモを机の上に置いた。
「まぁ直ぐには答え無理だよな。ごめん、俺ここに居るから1週間。返事出来たらして」
里志は伝票を持つと、飲み物代を払い店を出た。美絵はゆっくりと片手を耳に当てる。まだ里志の息の熱が残って居るみたいで、嬉しさを噛みしめるように撫でた。
麗奈は美絵に気付かれない様に、店を出ると携帯を取り出し電話をかけた。
3回コールし相手が出た。
『もしもし、どうした?珍しいじゃん』
「里志って言う人、こっち来てるよ」
麗奈は低いトーンで語った。相手が黙り込む。
「こうなる事予想して無かったとでも?」
『なっ何であいつ、今更!』
電話の相手、誠は声をあげた。怒ってる表情が、見えなくても想像できる。
『あいつ、俺に美絵を頼むって言ったくせに!』
「押さえきれなかったんじゃない?まぁ私はそうなってくれた方が、嬉しいけど」
麗奈はそう言ったが、途中で電話は切れていた。麗奈は携帯の画面を見つめ、ため息を吐いた。

誠は急いで家を飛び出した。鈴風家のチャイムを鳴らす。玄関から、智瑛梨が顔を出した。
「どうしたの?誠君、血相変えて」
誠は焦った顔で、智瑛梨に詰め寄り両腕を掴んだ。
「あいつ、来たのか?」
「あいつって?」
驚いた顔をした智瑛梨が、誠の言葉に首を傾げた。
「奴しかいないだろう!真中里志だ!」
「来てないよー。それに里志さんは、今京都でしょ?」
「来てんだよ、東京に!とにかく見たら連絡して」
誠はそれを言うと、その場から走り出した。一瞬足を止め、まだ玄関にいた智瑛梨に叫ぶ。
「後、美絵も!帰って来たら話したいから、言って!」
叫ぶと走って行ってしまった。智瑛梨は姿が見えなくなったのを確認すると、ドアを閉めて廊下を歩いた。偶然、二階から降りて来た姉と出くわす。
「これで良かったの?」
智瑛梨の言葉に、美絵は頷いた。誠と話したくないそれが今の美絵の本音だった。

次の日、美絵は3年の校舎にいた。変に緊張する。律斗のクラスに着くと覗き込んだ。辺りを見渡していると、1人の男子生徒が近づいてきた。
「もしかして、鈴風美絵?どうしたの?」
その声に反応し、美絵の方をクラスの人たちが見た。美絵は焦った顔をした。男子が「マジ可愛いー」と騒つく。
「あの、麻木律斗先輩はいらっしゃいますか?」
「あー部活の事?りつー、鈴風さんが呼んでるぞー」
奥の席で本を読んでいた、律斗がドアの方へ歩いてきた。
「どうかした?」
「えっと、昨日の件ですが…」
律斗は察すると、騒がしい教室を出て、廊下に来た。
「そんな急がなくてもいいのに」
「いえ、急いだつもりではありません。私、受けたいと思います」
美絵は強く訴えた。ふと律斗の口元が緩んだ。片手が伸びると、美絵の頬に触れた。美絵の表情が凍り付く。
「ありがとう、幸運を祈るよ」
それだけ言うと、体を離しクラスへと向かって行った。美絵は律斗の表情と触れた感触に、吐き気を覚えた気がした。
部活の時間、美絵が道着に着替えていると麗奈が近づいてきた。
「あんたさ、誠君の存在利用してたでしょ?」
美絵の手が止まる。明るい麗奈からは聞きなれない、暗く低い声。殺気が伝わってくるような瞳。
「寂しかったからって、あんたの事好きで追っかけていた純粋な男の子。道具みたいに扱うなんて、最低」
「麗奈?なに、言って…」
心臓がドクっと大きく波打った。麗奈の距離がさらに縮まる。
「美人でなーんも知らない。だから男が言いよって、しかも相手は全員美味しいとこ揃い」
小馬鹿にしたように鼻で笑い、語り出す麗奈。次の瞬間、彼女は容赦ない言葉を口にした。
「やめてくれない?そうやって振り回すの。私の物にする、誠君の事。あんたはもう元婚約者のところでも行けば?まー行くんでしょ?」
麗奈は美絵から離れると、自分のロッカーの前に立ち着替え始める。
「何でも知ってて、リードしてくれるなおかつエリート。絶対裏切る事なんてしない、何でも言うこと聞いてくれそうな男をとったんでしょう」
「そんな理由で、里志さんを選んだつもりじゃない。でも誠を好きになれなかったのは本当」
「じゃあ何で体は許したの?何、ご褒美?今までごめんねって言う哀れな気持ち?冗談じゃない」
麗奈は着替え終わると、立てかけてあった竹刀を取り美絵の顔の前に振り下ろした。剣先を彼女の顔の前で止める。
「人の気持ちを、簡単に考えるのはいい加減にして!誠君が可哀想だよ」
麗奈の瞳から涙が溢れ、声は掠れた。麗奈が更衣室を出て行く。美絵は虚ろな顔で、椅子に座り込んだ。
それから、20分くらいしてようやく我に返った。美絵はハッとして顔を上げる。道着に着替えておらず、ワイシャツの第2ボタンまで外れてスカートを履いたまま。着替え途中、口論になってその時のままの格好だった。
美絵は道場から聞こえる女子と男子の声に、少々遅れて気づいた。早く向かわなければ、美絵は立ち上がり服に手をかけた。ふと、更衣室のドアが開く音がし振り向いた。美絵の瞳が大きく開かれ、手がまた止まった。
「遅いから、悪いとは思ったけど呼びに来たよ。鈴風さん」
ドアには、笑顔で律斗が道着姿で立っていた。美絵は胸元を押さえ、焦り出す。
「すみません、直ぐに向かいますから」
女子の更衣室に何で顔を覗かせたのか、美絵は分からなかった。出て行くのかと思いきや、律斗はドアを閉め中に入って来た。美絵はその行動に驚く。これでは着替えられない。
「先輩、どうしたんですか?あの…着替えたいので…」
「みんなは大丈夫だよ、練習に集中してるから」
美絵の言葉とは逆に、どんどん距離を詰めてくる。美絵は何かを感じ、床に転がってる竹刀を取ろうとした。しかし律斗が足で制する。
「辞めようか、戦っても互角なんだし。それか俺が負けるかもだけどね」
律斗の手が伸びてき、美絵は顔を腕でガードした。一瞬にして腕を取られ、口を手で塞がれる。
「嬉しいな、凛礼受けてくれるなら。俺たちずーと一緒だ」
何を言っているのだろう、先輩は受けないって言ったのに…。
「実はさ、俺もう推薦で通ったんだよ。しかも剣道の次期主将候補として」
確かに律斗の腕は良い。美絵とも互角に戦える、学校では唯一の存在だ。
「主将から言われたんだ。腕買うのは当たり前だけど、広告塔として鈴風美絵が欲しいって」
顔が近づいた瞬間、美絵はとっさに律斗の頬を叩いた。美絵は自由になる。律斗が叩かれた頬を摩った。
「まぁ、いいさ。嫌でも一緒なんだからな」
深み笑いをすると、律斗は更衣室をあとにした。美絵は唇を固く閉めると、直ぐに着替え出した。

陸上部が終わり、誠は1人水道で顔を洗っていた。
「美絵、受けるって」
ふと女の声が、上から聞こえ顔を上げる。道着姿の麗奈が冷たい目線を誠に向けながら、顔を覗かせていた。
「受けるって、何?」
「知らないの?もう噂は一部で広まってるよ」
麗奈は誠の目の前まで、歩み寄ってきた。2人の間に、水道から水が流れる音が響く。
「凛礼大学。知らないわけないでしょ?運動部に力を入れている、その中でも剣道は指折りクラス。頭脳明晰、スポーツ万能の奴らがこぞって行く大学」
麗奈が手を伸ばし、蛇口をひねり水を止める。
「美絵はそこに推薦で、選ばれたのよ」
誠の頭にはハテナが浮かび上がった。その顔を見て、麗奈は青ざめた。
「何それ、どっちを分からないの?」
「大学の方、知らないなーって」
麗奈は頭を抱えて、「あーそう言えば、凛礼には陸上部なかったけっね」と呟いた。
「何で大学を選んだかわかる?」
誠はまた首を振る。麗奈はため息しか出なかった。
「喫茶店で言ってたのよ。美絵が大学行ってる間、家族と終わりにするからやり直そうって。あの男が」
誠の手から、タオルが落ちた。
「なにがあったか知らないけど、美絵が大学選んだって事はそういう事でしょう」
誠が走り出そうとした。麗奈が、手を伸ばし誠の腕を取る。
「美絵のとこ行くつもりでしょ。どこまで馬鹿なの?」
誠は思いっきり、麗奈の手を振りほどいた。
「馬鹿で結構だ!そんくらい、美絵の事好きなんだよ!」
誠が遠くなっていく。麗奈は崩れ落ちそうな体を、水道場の台に手をつき支えた。
「人のこと言えない…。私だってとことん馬鹿じゃない」

校庭の所まで走り、誠は足を止めた。辺りを見渡す。制服姿の美絵を見つけると、急いで近づいた。
それに気づき美絵が振り向いた。誠の足が固まる。美絵の目が冷めていたからだ。誠は、ゆっくりと唾を飲み込む。
「何で、あいつのところ行くんだよ。あいつは美絵のおじっ」
「好きだから、そんなのもうどうでもいい」
誠の言葉を遮り、美絵は淡々と言葉を口にした。
「何だよ、それ…。どうでもいいわけないじゃん」
「里志さんが、実家と縁を切るって約束してくれた。だからどうでもいい、あの事は」
眼の色をかけず、語る美絵に誠は恐怖を覚えた。
何で何だ、自分の家族を殺そうと企んでた奴に何でもう簡単に心を許すんだ。縁を切ろうが、その考えを示した男と切っても切れない血で繋がっているのに。
「家族に、反対されるに決まってるだろう!」
誠は喉の奥から絞り出した声で、言う。
「そんな事、誠に言われなくとも分かってる」
美絵は誠の真横を、足早に通り過ぎた。誠は動けずまた、何も返す言葉も見つからず焦った。
美絵はもう里志しか見えていない。そう自分に、叩き付けられた感じだった。
「本当、バカだよ」
麗奈が呆れた声で言い、動けないでいた誠に近づく。彼の前に立った。顔をそっと覗き込むと、唇を噛み締めているのが見えた。
麗奈は手を伸ばし、誠を自分に引き寄せた。それに気づき、誠の体がビクリと反応する。
「行き場所がない恋心、こっちおいで。私が慰めてあげる」
甘ったるい声で耳に囁き、優しく頭を撫でた。誠は辛すぎて頭が働かず、ぼうっとしていた。麗奈は手を頬に移動させ、包み込むように優しく唇を重ねた。しばらくすると誠は意識を取り戻した。唇に温かい感触、麗奈が触れているのに気づいた。目を大きく開き、麗奈を引き離そうと肩を掴む。
一瞬唇同士が離れる。焦った顔で、誠は声を出した。
「堂、何やって…っ!」
言い終わる前に、麗奈はまた誠の首に腕を回した。
「何って、私が慰めてあげるって言ってるの。ほら…あったかいでしょ?」
確かに暖かかった。心の何かが、じわっと溶けていくような感じもした。何かとは多分傷ついた物。誠の両手がだらりとしたに下がる。
もう何もかも疲れた。楽になりたい。ずっとそう、6歳の頃からずっと好きで大好きな子。幼馴染という関係が鬱陶しかった。壁を抜けたくて仕方なかった11年間。等々抜けられず、また一枚厚い壁が追加された。
あの笑顔が好きだった。鋭い目つきも、キツイ言葉遣いも、免疫が無くて照れる顔も、性格全部。一緒にいるとドキドキして、緊張して理性さえも失いそうになった。嫌いなとこなんて1つもない。そんな一方的な片思い。
疲れたよ、もう美絵…俺は美絵にとってどんな存在だったんだろう。友達以上恋人未満の存在だった?だとしたら少しは希望、持てたのかな…。
ねぇ美絵、俺は美絵の何でいたら君は幸せでどうしたら俺を見てくれたんだろう。ああ、でももうどうでもいいや。もう手に入らないのは事実だと、叩き付けられたのだから。もう、誰でもいいや。

麗奈は動かなくなった誠を更に抱きしめ、口元を微かに緩ませた。
そして、小さく呟いた。
「ようこそ、誠くん」
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