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らいむせいか

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最終話 想い

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  「会って話したい事があります」
受話器を持ち、真剣な眼差しで重い口を開き話す。美絵は鼓動を抑えながら、答えを待つ。
『いいでしょう。どちらにせよ、こうなる事が無い訳では無かったのですから』
ため息交じりの男の声。真中家に使える執事、律次清高だ。
美絵はもう二度と関わる事ないだろうと思っていた、そんな相手と電話越しに話していた。
こいつを信じて良いのだろうか…。でも里志の事をよく知る人物は、他ならぬこいつしかいない。
日時と時間を決め、受話器を置いた。バックを持つ姿を見て、後ろにいた智瑛梨が声をかけた。
「でっ出かけるの?」
恐る恐る聞く。里志と寄りを戻すと言った頃から、父は口を利かず叔父は距離を置くようになった。母と智瑛梨はいつも通り接するが、何処と無く落ち着かない様子ではいた。美絵はその状況を、受け入れながら胸を痛めていた。
そして里志は逮捕され、それが更に家族に衝撃を与えた。父は再度、忠告したが美絵は破らずには居られなかった。
何とかしないと…。
「ああ、悪いな。遅かったら夕ご飯等は用意しなくて、構わないから」
靴に脚を入れる。立ち上がると同時に、智瑛梨は美絵の袖を引っ張った。
「危険なことはしないでね。みんな心配してるから。みんなお姉ちゃんの事、大好きだから」
智瑛梨の言葉に、美絵は笑みを見せた。がその顔が明らか無理してる、そんな事は智瑛梨にも分かった。

電車に揺られ着いたのは名古屋。2人の中間地点で、会う事になったのだ。ビルの中にある、小さな喫茶店。そこで会った。
「里志様の事ですよね?」
席に着くなり、清高は切り出した。美絵は、真剣な眼差しで答える。
「私は、里志さんと居たいのです。ですからこの状況を、どうにか出来ませんか?」
「言いましたよね?こちらの方が被害者だと」
溜息をつき、清高は腕組みをした。美絵は、顔色1つ変えなかった。
「第1、オレは真中家の執事です。貴方の願いなど、聞きませんよ」
「それは承知の上です。貴方でも、里志さんが居なくなられては困るのではないのですか?」
美絵の言葉に、清高は身を乗り出した。瞳が怪しく光る。
「そうですよ。でもあのような行為を行った以上、罰を与えなければなりません」
清高は身を離した。そして、ポケットから1つのルームキーを取り出すと、美絵の前に散らつかせた。
美絵は唾を飲み込む。
「そうだ。オレを落としてみませんか?そしたら貴方の話、飲んでみましょう」


その頃東京では、誠が血相かいて家から出た。口からは荒い息が出て、心臓は恐ろしいほど高鳴る。その焦りを隠そうともせず、隣の鈴風家のインターホンを鳴らした。
ドアが開くと、智瑛梨が顔を出し誠の顔に驚いた。
「どっどうしたの?誠くん、そんなに焦って!」
誠は答えず、智瑛梨の両肩を掴む。智瑛梨の体がビクッと反応する。
「美絵は!あいつはどこだ!」
「えっあ、お姉ちゃん?今ちょっと、家には居ないけど」
誠は一瞬、悔しそうな顔を浮かべた。智瑛梨は、誠の顔を覗き込む。
「どうしたの?」
誠は落ち着こうと、深呼吸を軽くする。
「奴の判決が出たんだよ!里志のっ…あいつ、死刑だって!」
智瑛梨は動けなくなった。
「何それ…嘘、でしょ…」
「今テレビつけて見ろ!全部のチャンネル、その話で特集組んでやってんだよ!残酷かつ気あまりない、無差別殺人だって!」
誠の脳裏に、里志の痛々しい顔が過ぎる。智瑛梨はその場に、力尽きたように崩れ落ちた。
「なのに、真中家の当主は全部里志に罪なすりつけて、逃げやがった!このままだと、本当に殺されるぞ!」
智瑛梨は頭を抱えて、蹲った。数分後、何かを思い出したかのように顔を上げた。誠は目を見開いた。
「お姉ちゃん知ってたのかな。今誰かに会いに行ったの。もしかしたら、あの律次さんかも」
誠は記憶を探った。
確か里志の実家で、見たことがあるはず…。いた、スーツを着た鋭い瞳の青年。あれが律次か…。
「取引か?悪い方向に行くの、見え見えじゃねーか!どこに行ったか知ってるか?」
誠の問いかけに、智瑛梨は首を振った。誠は悔しそうに、歯軋りをした。
深くは知らないが、律次という男は何を求めるのか…。体か命か、どちらにせよ良い話ではない。美絵だったら、普段だったら拒否するが今は飲むかもしれない。

その頃名古屋では、清高の後ろを不安そうな顔で美絵は付いて行っていた。美絵は、恐怖を感じながらも、あの条件に頷いたのだ。
これしか方法があないのであれば…。でもほぼ恋愛など経験ゼロの自分が、男を落とすなど無理な話。どうしたら良いのだろう。
鍵を開ける音を聞き、身が硬くなった。清高が先に部屋に入るのを確認すると、美絵はゆっくりと脚を踏み入れた。中は真ん中にツインのベッドが置かれ、テレビと卓があるシンプルな感じ。奥にはユニットバスがあった。
清高は鍵を机の上に置き、ジャケットを脱ぎ始めた。椅子にかけ、ネクタイを緩めながら美絵の方に体を向けた。
「脱がないのですか?やるんでしょ?」
その言葉を聞き、美絵は顔を赤くした。こんな明るい場所で、男の前で裸を晒したことなどない。ましてや自分で脱ぐなど…。美絵が動かないでいると、清高はため息をつき距離を縮めて来た。美絵はビクッとしたが、それより早く清高が美絵の服に手をかける。清高が、耳に唇を近づけて来た。美絵の服のボタンを丁寧に、片手で取りながら話してくる。
「本気で恋しませんから、大丈夫ですよ。私が興味あるのは、里志様だけですし」
美絵は戸惑い、清高の肩を掴み遠ざけようとしたが清高の手がブラウスの中に入った。冷たくて体が少し震える。ブラの上から、大きさを確かめるように揉みあげた。
「ほぉ、結構ありますね。着痩せするタイプですか?形もよく、感度も良い。あの方がハマる理由も、分かるかもです
ね」
指が美絵の可愛らしい乳首に触れるたび、熱い吐息が漏れる。里志に開花されてしまい、体はすっかり素直になってしまった。その反応を面白がるように、清高は更に強めて来た。
「こんなに勃てて、敏感だな。綺麗なピンクだ」
散々指で胸を愛撫し、次に清高は乳首に吸い付いた。美絵は一生懸命、口から声が漏れないように腕で抑える。好きでもない人に、感じるなんて…。美絵は悔しくて涙が出そうになった。
その顔が、面白いのか試す様に清高は噛み付いた。
「いたっ…やぁっ」
痛みが全身を走り、声を上げる。清高は美絵から少し離れると、彼女の頭を抑えるしゃがませる。美絵は一瞬目を閉じたが、ゆっくり開く。目の前には、ズボンのベルトが見えた。美絵は息を飲んだ。
「この位置、分かるよね?オレのを脱がして、おっきくしてみな」
美絵の顔が更に赤みをます。やった事がなかった。でも前、誠が勝手に美絵の胸を使いイったのを思い出した。
あの行動を今度は、自分からやれと言うのか。
美絵は恥ずかしくて仕方なかった。美絵は震える手を押さえながら、そっとベルトに手をかけた。心臓の音が、大きくなっていく。
簡単な作業なのについ戸惑ってしまう。ズボンに手を掛け、ゆっくりと下ろす。
何をやっているんだろう。何度も自分を責めた。
ふと美絵の耳に、少し生温く硬いものが当たった。それがスマートフォンだと、音が聞こえるまで理解できなかった。
『たった今、真中里志容疑者の判決が下されました。結果は有罪、死刑が決まりました』
スマートフォンから流れる、音声ニュース。リアルタイムの番組だ。女のアナウンサーの、焦る様な声が美絵の耳に入った。
この人は何を言っているんだろう、里志さんが何?し、死刑…。
頭で言葉を理解した瞬間、美絵の手がズボンから自分の頭に移動した。身体中が震える。虚ろな瞳が、清高を映した。清高は、あざ笑うかの様な蔑んだ瞳で美絵を見た。
美絵の顔が半笑いの表情から、顔色が一気に真っ青になった。息が荒くなり、喉がカラカラになった。
「なっ、そんな……。いっいやぁーー!」
美絵は過呼吸になってしまいそうな、勢いの息を吐き叫んだ。頭に触れている指は、頭皮に食い込み痛みが走る。しかし今の美絵には、何にも感じてなかった。
そんな彼女に清高は近づき、ゆっくりとキスをしてきた。
「だから言ったでしょ?貴方の言うことは、聞き入れないと」
含み笑いをし、清高は美絵を部屋に置き出て行った。
美絵は座り込み、鍵を握り締めると唇を服で何度も擦った。
消えない…何でこんな事…。何て汚らわしいんだ自分は。
美絵は歯ぎしりをしながら、泣き崩れた。


 月日は流れ、美絵は高校3年生になった。里志の事でまだ、気持ちの整理は付いていないが少しずつ良くなりつつあった。
誠は1人、職員室に来ていた。担任の先生に呼ばれていたのだ。
「貴方だけよ。進路、どうするの?」
大学に行くか、就職するかの年代。誠はまだ決めかねていた。大学に行こうと思っても、何処に行こうか。将来どうしたいか、実は言うと何も考えていない。
「宮島君の成績なら、基本何処行っても通用するけど…。陸上の推薦も来てるんでしょ?」
「はい、まぁ…」
確かに、陸上の推薦で良いとこのやつは何個か来てる。でもそこまでやりたいかって言われたら、なんか微妙だ。
誠はあまり行きたい気持ちが無いため、敢えて言葉を濁した。
「もう3年生なんだから、自覚持ちなさい。将来についても」
誠は一礼をし、職員室を出た。
考え込みながら、歩いていると後ろから声をかけられた。
「まーことくん」
振り向くと、同級生の麗菜がいた。クラスは一緒になった。生憎、美絵とはクラスは一緒になれなかった…。
「進路の事?なーに、まだ決まってないのー!」
顔を覗き込む麗菜に、めんどくさそうに誠は顔を逸らした。
その行動に、麗菜は頬を膨らませる。
「堂は、何にしたのさ」
興味は無いが、話の流れで聞いてみる。
「私?私は、就職だよ。別に大学まで行って、やりたい事ないし。頭良くないしね」
麗菜は、苦笑いしながら答える。
「誠くんは、頭良いし運動も出来るんだから大学行けば良いじゃん。勿体無いよー」
「美絵は、林礼だよな…」
誠はぼそりと呟く。麗菜は、少しつまらなそうな顔をした。
「当たり前じゃん。剣道界じゃ名の知れた、大学だよ。行かないわけないし…、誠くん美絵の事まだ…」
「別に、違うけど…。なんだかなー」
諦めたとは言ったものの、正直まだモヤモヤしている。
学校が終わり帰り道、誠は1人で歩いて居た。公園の前を通り過ぎようとした時、声を掛けられた。
「まっ誠!」
振り向くと、公園に美絵が居た。さっきまで座って居たのだろう、ブランコが微かに揺れて居た。誠は少しドキッとした。美絵がゆっくり近づいてくる。
「進路決まってないって、あの…クラスの子から聞いて。ちょっと心配で…」
戸惑いながら、美絵は語った。少し照れが、入っているのだろう。誠は慌てた。
「心配なんて、大丈夫だよ。ただほら、まだ将来とか思いつかなくてさ」
すると少し、下を見て居た美絵がいきなり顔を上げた。
「よっ、よかったら一緒に、林礼行かないか?」
誠は唖然とした。まさか大学を誘われるとは…。
「嫌だったら良いんだ。ただ…行っても知り合いいないし、誠が居れば安心するし。なんか、ちょっとなって…」
誠は唾を飲み込んだ。はにかんだ笑顔、少しずつではあるが前を向いて進む美絵に、何故か甘酸っぱい気持ちが蘇って来た。
「美絵、でも俺はっ…」
「私は、お前が良いんだ」
誠が述べようとしたど同時に、美絵は声を上げた。誠は顔を赤くした。美絵も口走り、赤面する。2人の間に沈黙が流れた。
「かっ考えたんだ。やっぱり忘れられないし、まだ心の何処かで期待してる。でももう変えられない、無理だというなら」
美絵は、下を向居た。里志の事まだそう思っている。
「私は、お前の事…真剣に考えようと思う。誠が私にまだ、その様な気持ちがあるなら、私は…それを受け止めようと思ってる」
誠は時が止まった様な気がした。まさか諦めようと必死だった事思いが、美絵によって汲み取られるとは。
誠の顔が、嬉しさと感動でくしゃくしゃになった。やっと叶ったんだ。手に入れたいと思い続けて、11年半。彼女を追いかけて、勉強と運動を完璧にこなし。性格もルックスも自分で磨いた。何もかも、少しでも美絵に気づいて欲しくて。それが漸く、報われたのだ。
「今まで辛い思いさせてごめんな…。私時間がっ」
美絵が言い終わる前に、誠は彼女を抱きしめた。泣いていた自分を隠したかったいのと、気持ちが止められなくなったのが同時に行動に出た。
「遅いんだよ!あと少しで、俺…美絵の事本気で諦めようと思ってたのに。馬鹿野郎」
言葉がぐちゃぐちゃだった。
誠は美絵と同じ大学を目指すことになった。

「お姉ちゃん誠君と、付き合うことにしたの?」
家に帰って来て早々、智瑛梨と勉強中びっくりした顔で言ってきた。
「まだそんな仲じゃない。良いから勉強しろ、単位危ないのだろう?」
「でもまぁ、最近お姉ちゃんずーと塞ぎ込んでたから。安心したよ、頑張ってね」
優しくエールを送る妹に、美絵は答えるかの様に笑みを見せた。
「でもさ…あれから随分経つね。あまりニュースでも、騒がれなくなったし。どうしてるんだろう、里志さん」
智瑛梨の呟きに、美絵はまた俯いた。かつては好きだった相手、気にならないはずが無い。
大量殺人で罪に問われ、死刑判決を下されたのにもかかわらずまだ実行されてない。生きていることは嬉しいが、どうしているのかは分からない。
智瑛梨が美絵の事に気付き、話題を変えた。
「あーあ、私も早く相手見つけないと」
「好きな相手はいるんだろう?確か同級生の…」
その言葉に、智瑛梨は顔を真っ赤にして首を振った。
「無理無理、カナタ君は私なんか眼中にないよ。話しかけてくるのは、単に同じクラスで…。って言うか元々はお姉ちゃん目当てで、私に近づいて来た訳だし」
智瑛梨の話によると、2年生になってカナタと同じクラスになったらしい。
「なりたいけどさ…、難しいんだって…」

次の日、3年生として残り僅かの部活。部室でかかやは想いふけっていた。
「後少しか…なんか、寂しいね…」
湖太郎が部室に入って来た。
「そんなもんだって。3年生はさ…、それより就活頑張れよ」
かかやは就職の道を選び、湖太郎は大学に行くと事になった。バラバラになるが、2人は強かった。
「湖太郎くんもね」
「星野さんは就職するの?」
背後から、誠が声をかける。かかやは気付き、笑顔で答える。
「そうなの。行きたいところあって、で湖太郎くんは大学」
「そか、バラバラか」
「お前はどうした?」
湖太郎が聞いてくる。誠は苦笑いをした。
「俺も大学行くよ。林礼」
その学名に、かかやと湖太郎は驚愕した。
「まぁ宮島くんの頭脳なら行けるかもだけど、だってそこ陸上ないよー!」
「美絵と約束したんだ。行くって」
かかやが身を乗り出す。
「それって、鈴風さんとより戻したって事?」
誠は照れながら、嬉しそうに頷く。湖太郎は、びっくりで動けなくなった。
「美絵、俺との事考えるって言ってくれたし。だから頑張ろうって思ってさ」
「まぁ元婚約者が、あれじゃ今後難しいからね…。でもそんなに余裕こいてて、大丈夫なの?」
かかやは誠に、強 詰め寄った。
「確かに宮島くんは頭いいよ。でも今の成績だと、ギリギリだからね。林礼は、うちらのテストで上位10位以下は落ちるよ。絶対に」
誠は苦しそうな顔をした。確かに、今成績では、誠は8位で美絵は3位だ。差がありすぎる。美絵は元々推薦で選ばれており、テストは関係ない。でもそうでない誠は、試験でテストを受けなければならなくなる。落ちる確率は高い。
「あんな辛いことがあったにも関わらず、鈴風さんはちゃんと成績維持してるのに。宮島くんは、ウロウロして落ち気味じゃん。本気で行くなら、責めて5位とかまでに上げないと」
かかやがどんどん課題を挙げて行き、誠は押された。まぁ当たっているから、反論すらできないのだが。
「じゃあ、美絵に教えて貰えば…」
誠が苦し紛れに、言うと黙っていた湖太郎が口を開いた。
「忙しいんじゃないの?ほら剣道部、3年生最後の大会がそろそろ始まるし」
「おっ、俺らだって忙しいじゃん。ほら確か後1ヶ月後の大会…」
湖太郎とかかやが、白けた目で誠を見る。やがて怒った顔で、かかやが言った。
「何言ってんの!ついこの間やった、予選でだーれのせいで落ちたと思ってんの!」
「誠がコース間違えて、予選落ちしただろう」
誠は思い出し、落ち込んだ。そうだあの時、まだ蟠りが残ってて集中出来ずアクシデントを起こしたのだ。
「よって、うちら3年の陸上部大会ともに予選も無し!ただ後輩の指導して、あっけなく終わって行くのよ!」
「ただって、それも立派な先輩としての仕事だよ…」
湖太郎がボソリとフォロー入れても、かかやは問答無用だった。
「そんなんじゃ、鈴風さんが可哀想でしょー」
「分かったから、ちゃんとするし。怒るなって」
部活終わり、誠は着替えると学校の道場に向かった。ドアをそーと開ける。掛け声と同時に、竹刀が振り下ろされる音。真剣な眼差しが、声を掛けづらい。ふと1人の女子が誠に気が付いた。
「もっもしかして、宮島誠先輩ですか?」
どうやら1年のようだ。初々しい姿が、可愛らしい。その子は目を輝かせて、声を上げた。
「えー!嘘、どこどこ?」
「誠先輩が見れるなんて、感動です。カッコいい~」
その声につられて、女子が黄色い声を出した。そんな姿を呆れた様子で見ていた美絵に、誠は苦笑いして手を振った。麗菜は手を叩き、注意する。
「はーい。1年2年、集中して。侵入者はほっといて、練習しなさい」
後輩がテンション低めに返事をすると、誠の前から離れていった。美絵が近づいてくる。
「で?何の用だ」
美絵は少々怒っているようだ。誠も顔で気まずくなった。
「あっえっと、部活まだ?」
美絵はちらりと時計を見た。
「後30分くらいで、終わりにするつもりだ。今日は顧問がいないのでな」
躊躇う誠に、美絵はキョトンとした。
「いやー、ちょっと買い物付き合って欲しいなって思ってさ…」
照れ笑いをしながら言うと、美絵はため息をついた。
「終わるまで、待ってろ。違うところでな」
そう言うと、部室から出て行けと言わんばかりに手を振った。部外者が居ると、集中できないのだろう。誠は従い、図書室に向かった。
ご無沙汰に来た。静かで夕日が差し込んでいて、眠くなってしまいそうだ。数名、勉強したり本を読んだりして居る。
「あれ?珍しいですね、先輩」
横から声をかけて来たのは、カナタだった。誠は分からず少々首を傾げた。
「えっと、確か2年の……。ごっごめん、名前がちょっと…」
頭の中を探ったが、出てこない。しかしカナタは嫌な顔1つせず、答えた。
「はじめまして先輩。オレは大空カナタです」
名前を聞き、誠は思い出したかのように声を出した。
「思い出した。確か智瑛梨ちゃんと同じクラスの」
話は聞いた事ある。カナタはニッコリと微笑み、頷いた。
女子が騒ぐのも無理がない、可愛い顔している。
「と言うかここ、英語の本ばっかですよ。あっもしかして、受験勉強ですか?」
誠はバツが悪そうな顔をした。英語は苦手だ。
「よく知ってるね~」
苦笑いし目を逸らしながら、誠は言った。カナタは余裕な顔で答える。
「ええ、図書委員ですから。英語、苦手なんですか?オレ得意ですよー」
数秒の間が空く。カナタは、相変わらずニコニコしている。からかっているのか、何を思っているのか…。
「良かったら、オレが」
「いや、良い。むしろ辞めてくれ」
誠は次に出てくる言葉が予想できたのか、被せて言う。
カナタは口を押さえ、笑いを堪える。
「ですよね。いくらピンチでも、まさか後輩に教えてもらう程落ちてないですよね」
痛いところ突かれ、胸が痛む。するといきなり、カナタの目が鋭くなった。
「所で、オレ噂で聞いたんですけど。美絵先輩とより戻したそうですね」
誠は距離を置いた、本音はそっちかと。
「オレ、美絵先輩の事狙ってるんですけど。誠先輩は未練がましいですよ」
「そうかもしれないな、でもそんな俺でも美絵は受け入れてくれた。関係ないだろ」
誠も負けじと言い返す。カナタは本棚に、背中を軽く付けた。
「そうですね。もしかして美絵先輩は、情けで受け入れたんじゃないんですか?それか、身代わりとか」
もしかしたらそうなのかもしれないと、思ってなかったわけではない。
でも美絵は、時間はかかるが自分を受け入れると言ってくれた。身代わりなんかじゃない。
誠はカナタを睨み返した。
「美絵はそんなっ」
「誠?」
女の声、振り返ると不思議そうな顔をした美絵がいた。それを見ると、カナタは軽く会釈をしてその場を離れた。誠は振り切るように、首を振ると美絵の腕を引っ張った。
美絵は尚もよく分からないと言いたげな表情で、誠の背中を見つめた。
帰り道の間もずっと、誠は美絵の手を引っ張り続けた。美絵は次第に腕が痛くなり、誠の手を振り解いた。
「どうした、変だ誠」
誠も立ち止まり、美絵の方に体を向けた。
「俺は、あいつの…あいつのっ。身代わり何かじゃないよな?」
誠は美絵の両肩に手を置き、問い詰める。目は辛そうだった。1番そうであるのが、嫌な立場。
「俺、成績最近落ちたし。馬鹿やって、部活の奴ら信頼無くすし。情けないの分かってる。けど、そんな俺でも美絵は良いんだよな?」
「そんなの、大丈夫。誠だから…いいんだ…」
美絵は恥ずかしそうに呟いた。誠の顔が少し晴れた。ふと、美絵の声が低くなった。
「誠、今…成績落ちたとか言わなかったか?どの位?」
「えっ…あの、えっと…今8位だけど…」
恐る恐る言うと、美絵の顔が怒り寸前だった。
「何だその順位は!明らか、林礼は無理だ!お前、前まで5位とかにいただろう!」
かかやにも言われたが、美絵に言われるともっと傷つく。誠は身を離した。
「それで良く、私と同じ大学行くからと言えたな!私はお前が今のままでいたと思ってたから、言ったのに!」
「じっじゃあ、諦めて星野さんと湖太郎みたいにバラバラになるのかよ。俺は絶対にやだ」
情けない声に、美絵はため息を漏らした。
「もう遅い、進路の提出日も明日だ。お前が騒いで、もう林礼行くと噂にもなっている。今辞めたら、お前のプライドもあるだろう」
「どうするの?」
「私は、大会が近いから時間の合間をぬって教えてやる。後は、手が有るから頼んでみるか」
そう言うと、美絵は自分の家に入っていった。誠は恥ずかしくて、顔を上げられず肩を落とし家に入った。

次の日、昼休み。誠は、美絵に図書室で待つように言われた。落ち着かない様子で、待っていると美絵がやって来た。
「悪い、遅れて。行くぞ」
それだけ言うと、早歩きで図書室の中を歩き始めた。誠はまだ分からない様な顔をして、付いて行く。やがて美絵が足を止めた。
「ちょっといいか?話があるんだが…」
美絵が話している相手を見て、誠の顔が青ざめた。そこにいるのは、2年の大空カナタだった。カナタは手を止め、美絵達を見つめる。
「智瑛梨から聞いたんだが、成績は優秀らしいな」
誠は唾を飲み込みながら、2人の会話を息を殺して聞く。
「まぁ、はい」
「そこでお願いがあるんだが、誠に英語と生物を教えてもらえるか?もう時間がなくてな」
誠はその言葉に、正気を保てなかった。まさか勉強のことで、後輩に世話になるとは。しかも相手は恋のライバル。カナタが美絵の事好きという事は、彼女は知らない。
カナタは、笑いを必死になって堪えた。
「本当に、追い込まれていたんですね。まさかとは思いましたが…」
「忙しいか?」
美絵がカナタに詰め寄ると、カナタは柔らかく微笑んだ。
「いいですよ。他ならぬ、美絵先輩の頼みですから。時間がある時は教えます」
「悪いな、手間をかけさせて」
誠は美絵の肩を、軽く叩いた。美絵は顔だけ、誠に向けた。
「俺にだって、プライドって物があるんだけど…」
「もう悠長な事言ってられない。勉強習うとなると、頭いいやつの方が手っ取り早いだろう。仕方なかろう。私だって知り合いだと、大空君しかいないからな」
誠は死にたくなった。カナタと目が合うと、カナタは誠を小馬鹿にした様な顔でみる。

放課後、美絵は部活でいない為カナタと誠は2人で図書室にいた。誠はなるべく誰にも見えない、奥の席を選び座る。座るやいなや、誠は頭を抱えた。カナタは横の席に座ると、持っていた本を机に置く。
「なんだよ、それ」
目だけ動かし、誠は問うとカナタは一冊の本を手にした。かなり分厚い。
「これですか?英語の専門書です。まずはどこから分からないのか、チェクしないと教えられませんから」
誠は本を渡されると、パラパラとめくる。見てて怒りが込み上げてきた。
「これ、中学レベルの奴じゃないか。俺はな、3年の全員の中で8位だぞ。馬鹿にするな」
声をあげたかったが、図書室なので出来るだけ抑える。TOP10に入っているとなると、そこまで馬鹿じゃない事くらいカナタは分かっていた。只、からかってるだけだ。
「そんなの知ってますよ。有名ですから、まぁオレは因みに2年の中だと4位ですけど」
誠は恥ずかしくなった。自分は自慢げに言ったが、カナタはさらりと言ってのけた。それに自分より順位も上。まぁ2年と3年では勉強内容は異なるが…。後輩でしかも自分より、順位が上の奴に教えられる屈辱。誠は耐えられなかった。
美絵を傷つけまいと、堪えて勉強する。教えるのも上手く、難問が解けていく。正直カナタを少し尊敬してしまった。2年なのに何でこんなに、3年の勉強が出来るのか。
「お前、塾とか行ってこうなったのか?」
誠はペンを止め、カナタに尋ねた。するとカナタは、ニコリとし答えた。
「いいえ、塾は行ってません。問題を解く達成感が楽しくて、気付いたらこうなつてました」
誠の顔が引き攣る。誠は美絵に近づこうと、小学生の頃塾に通い必死になって身につけたのに。
「でも宮島先輩、やれば出来るじゃないですか。何で下がったんですか?」
「良いだろ別に。色々あったんだよ」
ぶすっとした顔で、言い返す。カナタは時計を見ると、片付けをし始めた。
「そろそろ用事あるので、終わりにしましょう。どうやら先輩は引っ掛け問題が、苦手なようですね」
1時間だが大分進んだ。誠も、帰り支度をする。
「でも真面目にやれば、ちゃんと簡単に上がれますよ。今の感じなら」
後輩に励まされても、対して嬉しくないのだが…。誠は複雑だった。

試験日当日。皆が慌ただしく家から出て行く中、刑務所の方で動きがあった。
真中里志は囚人服で、腕には手鎖。前と後ろに警察官を配置され、1つの部屋に移動して居た。眼鏡は外しており、方まであった髪をバッサリ切りツーブロックくらいにしている。
部屋に入ると、パイプ椅子に座らされた。目の前には長官らしき、偉い人が座っている。里志とその人以外は、部屋から出て行く。ドアが閉められ、鍵がかかった事を確認すると長官が声を潜めた。
「お前、確か世界ランキング上位の剣道の跡取りだったな。腕は確かか?」
何故そのような事を聞くのか分からなかったが、里志は「はい」と答えた。すると、長官はニヤリと笑い詰め寄った。
「1つやって貰いたい仕事があるんだが、やるか?」
里志は目だけ動かし、見た。
「ある組織を、潰して欲しい。指揮官は捕獲し、他の奴らは殺しても構わん」
「それやったら、何か俺に利益あるんですか?」
「お前さんの死刑を無しにしてやってもいい。それくらい重要な任務だ」
里志の目が大きく開く。
「違法ではない、国家組織がお前の力を必要としてる。勿論、さっきの条件は約束する。後、条件がもう1つ。律次清高も同行させる様に」
「何で、律次も?」
長官は里志から身を離し、椅子に寄りかかった。
「知らなかったのか。奴は幼少期の頃から、人を殺す為に作られた修道院で育てられた子供だと。だから人を狩ることに、感情移入しない」
初めて聞かされた。両親は、知って居たのだろう。連れて来たのだから。
「どうだ?やってみるか?」
里志は間を開け、考える。ゆっくり口を開いた。
「…いいですよ、詳しく教えて下さい」



恋愛SP エージェントに続く
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