おてんばプロレスの女神たち ~卒業後のジュリーとその仲間の闘い~

ちひろ

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ブラック軍団との因縁対決

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 おてんばプロレスの試合を難なくこなし、ほっとひと息つきたいジュリーだったが、二月から三月初めにかけて、ジュリーが勤めている有限会社おてんば企画は、一年の中でもっとも忙しいシーズンに突入しようとしていた。ジュリーが取材・記事を担当している自社媒体の「おてんばだより」のほかに、地元の企業や自治体から広報誌やパンフレット、ホームページの企画・編集を頼まれることが多かったのである。プロレス以上に厳しい地獄の忙しさ。エディトリアル・プランナーを兼任している日奈子社長をはじめ、女性陣を中心とした編集・ライター系のスタッフは、寝る間も惜しんでというより、寝る間も捻出できないまま、自分らの仕事と闘い続けた。十五分一本勝負ならまだしも、五十日百本勝負ぐらいの勢い。
 日によっては、二十時間近くの業務を強いられる中、じつはひとつだけジュリーが頭を痛めていることがあった。あまり大きな声ではいえないのだが、それはヒゲだった。長時間にわたって業務についていると、うっすらとヒゲが伸びてくることがあるのだが、こう見えても一応はレディー(と自分では思っている)のはしくれ、ヒゲが生えている顔だけは、誰にも見られたくなかったのである。
 夜なべ仕事が続いていたある日のこと。たまたま日奈子社長とふたりだけになったことがあり、「ねぇ、ジュリー。たまにはワインでも飲みに行こうか」と誘われ、会社の近くのワインバーでグラスを傾けたことがある。日奈子社長は四十代で独身だったが、女性(いや、男性か)のジュリーから見ても、圧倒的な美しさを誇り、どうして結婚しないんだろうと思ってしまう。そんな日奈子社長が、ふだんからジュリーのことをひとりの女性として扱ってくれるのはありがたかった。
 日奈子社長と出かける直前、慌てふためいてトイレでヒゲを剃ってきたジュリー。大慌てでファンデーションを塗り直したせいか、変な顔になっていないかなぁと心配顔のジュリーに、「ねぇ、将来ジュリーはどうしたいの? 結婚は考えているの」と日奈子社長が聞いてきた。カウンターの明かりの下でワイングラスを揺らしている素振りに、大人の女性の魅力を感じて、ジュリーは胸がときめいた。もちろんときめいたのは、ひとりの男性としてではなく、自分もこういう素敵な女性になりたいという意味でである。
 「あ、はい。今はまだお仕事で精一杯ですけど、私のことを認めてくれる人でいれば、考えてもいいかなと思っています」とジュリー。胸元には自分へのご褒美として、去年の冬のボーナスで買った桜の花びらをかたどったブローチが輝いている。
 「ふーん」といいながら、ジュリーに熱い視線を注いでくる日奈子社長。あら、やだ。私ったら、結婚なんて考えたこともないのに‥‥と照れまくるジュリーに、「じゃ、頑張らないとね。もっと美しい女性になるためには、お肌のお手入れが大切だから。ね、よかったらこれ使ってみて」といい、日奈子社長がハンドバッグからとり出したのは海外ブランドのハンドクリームだった。
 「とっても使い心地がいいの。あまりにもいい感じで、同じものをふたつ買っちゃったから、もらって」といい、日奈子社長がジュリーの手をそっと握りしめてきた。想定外の展開に、ジュリーの胸は破裂しそうだった。
 「あら、ジュリーの手って、こんなにすべすべ。さすが若いわね」とほほ笑む日奈子社長。
 「えっ、こんな高価なものを」といいながら、これはヒゲがどうのなんて悩んでいる場合ではないとジュリーは思っていた。自分のことを女性として扱ってくれている日奈子社長の期待に応えるためには、もっと美しい女性になって、自分自身の未来を輝かせなければ――そういい聞かせると、おのずと身が引き締まる想いだったのである。
 「ねぇ、ジュリー。いつか一緒に温泉へ行きましょう。せっかく温泉で有名な街に住んでいるんだから、美肌の湯でもっときれいにならなくちゃ」。
 そんな日奈子社長からの誘いに「あ、はい。喜んで」と即答したジュリーだったが、「あっ、でも、そうか。私、女風呂には入れないです」というと、思わず苦笑いを浮かべるのであった。
 日奈子社長からもらったハンドクリームが引き金となって、ジュリーは自分の中の“女”にさらに磨きをかけるようになった。寝不足は覚悟のうえで、出勤時はこれまでよりも三十分ほど早く起きて入念にメイクを施し、休日は休日でブティックや古着屋を闊歩しまくる始末。お気に入りのワンピースを見つけた日は小躍りしたい気分だった。
 入社したてのころは、どうしても奇異の目で見られることが多かったジュリー。「本当は男性なんです」と明かそうものなら、「それじゃ、あそこはちゃんとついているんだよね」とか「ちょっとだけ胸にさわらせて。男同士だから構わないよね」とか、セクハラまがいの言葉をどれだけ浴びせられたことか。ここだけの話、飲み会の帰りに無理やり怪しげなホテルへ連れ込まれそうになったこともある。同業のディレクターやらプランナーやら、古株の男性陣がすべて狼に見えた。
 あれはいつだったか、とあるクライアントの事務所へおじゃました際、扉の向こうから「結局、あれは変態でしょ」「男のくせにミニスカートだなんて、絶対に無理」というやりとりが聞こえてきたときは、さすがのジュリーも落ち込んでしまった。
 そんな中にあって、いつもジュリーのことをやさしさで包み込んでくれる日奈子社長は、女性としてはもちろん、人間としても尊敬できる存在だった。日奈子社長から「今日のジュリー、とってもきれいよ」といわれようものなら、それだけでハッピーな気持ちになれたのである。
 ジュリーの会社の繁忙期がひと段落し、新たな期を迎えたばかりの四月。おてんばプロレスの容子から「ジュリー先輩、もう一回だけ助けてもらえませんか」という連絡が入った。「もう一回って、一体何があったの?」という問いかけに、容子はあっと驚くような事態を告げてきた。
 「真美ちゃんが、黒ずくめの仲間を引き連れてきて、おてんばプロレスに挑戦状を叩きつけてきたんです。その名もブラック軍団」。
 「えっ、ブラック軍団だなんて、名前がそのまんまじゃん」とジュリーはあきれ返ったが、なんとそのブラック軍団が、首謀の真美を含めて五人にまでふくれあがったと聞いたときは驚愕するしかなかった。キャンパスの片隅で自主トレに励んでいた容子と美恵子を急襲し、「おてんばプロレスを黒の世界に染め抜いてやる」といい放ちながら、大暴れしていったというのだ。しかも美恵子が拉致され、あれよあれよという間に美恵子までがブラック軍団に強制加入させられたとあっては、黙って見過ごすわけにいかない。このままやられっぱなしでは、男というか女がすたるでしょ。
 「だけど、なんで真美ちゃんが反旗をひるがえしたんだろ。それに美恵子までが仲間に加わるなんて、合点がいかないわ」というジュリーに対し、今や孤高の戦士となってしまった容子が教えてくれたのは、なんとも意外な事実だった。
 「ブラック軍団のバックには、おてんばコーポレーションという広告代理店がついていて、おてんばプロレスの乗っとりをビジネスのネタにしようとしているんです。おてんばコーポレーションは、真美ちゃんのアルバイト先。真美ちゃんの美貌とか、スター性とかも考えながら、真美ちゃんたちを利用し、わざと焚きつけて飯の種にしようとしているんだわ。正直いって、大人はずるい、ずるすぎ」。
 ああ、そうなんだと単純に受け流すわけにはいかなかった。ジュリーが勤めている弱小おてんば企画にとって、おてんばコーポレーションは、かけがえのないクライアントのひとつでもあったのである。
 が。
 だが。
 しかし。
 おてんばプロレスの明かりを消すわけにはいかないという想いが先走った。正義感に燃えるジュリーにしてみれば、おてんばコーポレーションは、もはや敵以外の何ものでもなかったのである。学生団体の活動を餌食にするなんて、絶対に許せない。おてんばプロレスのことをなめるんじゃないわよ、とジュリーは心の炎を燃やすのであった。
 それから数日後の土曜日。ジュリーは後輩の容子を呼び出し、ナポリタンがおいしいという昭和系のレトロなレストランで落ち合っていた。おてんば市で一番背高のっぽのビルの二十一階にあるレストランの眼下には、おてんば市の美しい街並みと、その向こうに広がる蔵王山麓が、まるで一枚のパノラマのような景観を見せつけていた。
 開口一番、「大変だったね」というジュリーに対し、「まさか広告代理店が真美ちゃんのことを焚きつけていたなんて、ちょっと社会の裏側を見たような気がします。まぁ、いずれ就活をするときに、きっと役立ちそうな経験かなと思うようにはしていますが‥‥」と切り出す容子には、やや疲労の色が見え隠れしていた。でも、ま、そこは若さというか、おいしそうな匂いが店内に充満すると、「へへ、おかながすいちゃった。何を食べようかなぁ」なんて、しきりにメニューブックのページをめくり始めた。
 お店自慢の“昭和の味をもう一度ナポリタン”というメニューを味わいながら、「悩んでいても仕方ないよね」というのが、ふたりの結論だった。ブラック軍団だろうがなんだろうが、とりあえず受けて立つしかないということ。ただ戦力的に釣り合いがとれないので、カー子をはじめ、かつてのおてんばプロレスの関係者にも協力を求めること。そしておてんばコーポレーションという企業を相手にするからには、有限会社おてんば企画の日奈子社長にも相談するしかないだろうということ。その三点だけは確認することができた。
 「なんとか明るく乗りきりたいですよね、ジュリー先輩」。
 「ピンチをチャンスに。それこそがおてんば魂よ」。
 容子の前向きな姿勢に、ジュリー自身、闘志が湧いてきた。おてんばプロレスの未来のために、涼子先輩や浅子先輩から伝承したファイティングスピリットを、後輩たちにつなぐのは自分の役目だとジュリーは思っていた。
 その翌日、ジュリーはさっそく、ことの顛末を日奈子社長に報告した。日奈子社長の力をもってしても、おてんばコーポレーションという地元の大手代理店をギャフンといわせるのは至難の業だったが、「地域の活性化のためにも、ひと肌脱ぐしかないようね」というのが結論。おてんばプロレスに救いの手をさしのべるだけでなく、おてんばコーポレーションのことを懲らしめつつ、有限会社おてんば企画のジャンプアップにつなげようというのが日奈子社長の思惑だった。
 「敵は五人か。となると、総力戦で闘うしかないわね」といい、軽く腕組をしながら考えていた日奈子社長が何かをひらめいたらしく、「名づけてツー・ワン・ツー作戦かな」と口にした。小学校時代、ミニバスのクラブに所属していたジュリーは、とっさに「ワン・スリー・ワンじゃなくてですか」と尋ねてみたが、日奈子社長いわく、ワン・スリー・ワンでは勝てないという。ツー・ワン・ツーもワン・スリー・ワンも、バスケットボールのディフェンス態勢のことだったが、どうやらディフェンスのことを指しているわけではないようだ。日奈子社長は「まぁ、見てて」とだけいうと、なぜかプロレスラーの決めポーズをまねて、ニヤリという意味深な笑みを浮かべた。
 おてんば市のある南東北にも梅雨入り宣言が出された六月の中旬。ニューおてんば温泉の宴会場を会場に、「おてんばプロレス vs ブラック軍団」の一大決戦が組まれた。各チームの代表がのべ五人出て、一勝したら二点、引き分けで一点、負けたら〇点という換算で合計点数を競い合うルールだった。
 が、ブラック軍団は(拉致された美恵子を含めて)五人。それに対して、おてんばプロレスの正規軍は容子とジュリーのふたりだけ。これはまずいと思い、ジュリーが頼み込んで、カー子やらエプロン翼さんやら、以前の仲間たちに声をかけてみたのだが、あいにく都合がつかなかった。ていうか、カー子は青森だし、エプロン翼さんは埼玉。みんな遠すぎる。
 一時は「私も試合に出るから心配しないで」なんて、日奈子社長がその気になっていたのだが、まさか素人の社長を引っ張り込むわけにはいかない(おてんばプロレスやブラック軍団も、素人の集団ではあったが‥‥)。年も年だし、経営者が大ケガでもした日には、会社が大変なことになってしまう。
 ところが日奈子社長が提唱したツー・ワン・ツー作戦を実行に移すためには、どうしても日奈子社長自身、出場するしかないという。「ツー・ワン・ツーの“ワン”が私なのよね、あはは」だなんて。何ごとも前向きにとらえて、あまり深く考え込まない性分、それが日奈子社長のよさでもあった。
 「おてんばプロレス vs ブラック軍団」の全面対決は抽選の結果、次の五試合が組まれることになった。
〇稲辺容子 vs ブラック軍団二号
〇ジュリー vs ブラック軍団三号
〇プレジデント日奈子 vs ザ・グレート・サタケ
〇ジュリー vs ブラック軍団一号
〇稲辺容子 vs ファイヤー松本
 容子とジュリーは、ともにダブルヘッダーになってしまったが、事実上、三対五で闘うしかないのだから仕方ないだろう。プレジデント日奈子というのは、日奈子社長のリングネームである。そのまんまというか、コスチュームについても“社長ルック”で出るといい張ってきかなかった。これがデビュー戦となる日奈子社長の相手が、いきなりブラック軍団のボスでもあるザ・グレート・サタケというのは、ちょっと無理があるようにも思えたが、「その点はまかせて。こっちの思うツボよ」と日奈子社長は自信をのぞかせていた。
 ブラック軍団の一号、二号、三号は、三人とも没個性化されたマスクウーマンで、司令塔でもあるサタケの合図に合わせ、まるでマシンのような動きを見せていた。自分の意思では、決して言葉を発することのない黒ずくめの操り人形。正体が何者なのかは完全に謎だった。
 ファイヤー松本にいたっては、まるで飼い犬のごとくロープでしばられ、むごいことに顔には漆黒のペイントが施されていた。「私のいうことを聞け」といわんばかりの女帝・サタケ。松本の持ち味でもある天性の明るさは、すっかり闇にかき消されていたのである。
 「おてんばプロレスの正規軍 vs 最凶パワーで増殖を続けるブラック軍団の五対五決戦。チームメイトのファイヤー松本を拉致されたおてんばプロレスは、果たして仲間を救い出すことができるのか。最後に笑うのどっちだ!」というニューおてんば温泉の社長の前口上で火ぶたを切った因縁の対決。両チームの選手らがマットに登場すると、これがまた狭いのなんのって。闘う女(約一名は♂)の匂いをプンプンさせながら、総勢八名のローカルレスラーたちがにらみ合った。
 日奈子社長がサタケに食ってかかり、一触即発のムードに包まれたが、素人の日奈子社長にケガをさせるわけにはいかないという想いが働いたのか、とっさに容子が止めにかかった。「なんだよ、止めるんじゃねーよ」といいながら、味方の容子に対してまで激しい剣幕をのぞかせる日奈子社長。おーっ、どこからどう見ても本物の女子プロレスラーもどき。会場からは早くも「日奈子」コールが沸き起こった。
 第一試合は、稲辺容子 vs ブラック軍団二号。おてんばプロレスの生みの親でもある涼子先輩にならって、紫のコスチュームに身を包んだ容子は、持ち前のスピードで短期決戦に打って出た。あいさつ代わりの張り手をかましたあとは、すぐさまバックをとって、いきなりの投げっぱなしジャーマン。後頭部を押さえながら、ふらふらと立ちあがった二号の手をとったかと思えば、超高速のレインメーカーでスリーカウントを奪ったのである。時間にしてわずか四十七秒。格の違いを見せつけるような勝利だった。
 ジュリーが「やったわね」と声をかけると、容子は余裕しゃくしゃくの笑みを浮かべながら「あざーっす」と答えた。おてんばプロレスならではの明るく楽しく可憐な闘いぶり、その伝統は脈々と受け継がれているようだ。
 第二試合は、ジュリー vs ブラック軍団三号。三号というと、一番格下のレスラーと思いがちだが、いざふたを開けてみたら、なかなかのくせ者だった。黒ずくめのコスチュームに覆われているので、見た目的にはよくわからなかったが、筋骨隆々で女子とは思えないような怒涛の怪力の持ち主だったのである。ジュリーの命綱ともいうべき、スピードや飛び道具がまったく通用せず、終始ジュリーは劣勢に立たされた。どちらかというと細身のジュリーが、豪快なカナディアン・バックブリーカーで抱え込まれたときは、場内のあちこちから悲鳴があがった。パッと見た感じでは、黒ずくめの悪党が、か弱きレディーをいたぶっているようにしか見えなかったのである。
 このまま屈するわけにはいかないと思ったジュリーは、必死の形相で体をくねらせながら、バックブリーカー地獄から脱出すると、そのままテコの原理で巨漢の三号をなぎ倒した。「チャンスは今しかない」とばかりに、ジュリーがひそかに鍛錬を重ねてきた秘密兵器の腕ひしぎ逆十字をくり出すと、三号はたまらずギブアップを告げた。
 「カンカンカンカン」と響き渡るゴングの音。十分を超える長丁場の試合に、ジュリーは息も絶えだえだったが、これでどうにかおてんばプロレスが二勝。あとひとつ勝ち星を拾えれば、五対五マッチを制圧できる。そう考えていたジュリーと容子に、そっと耳打ちをしてきたのは日奈子社長だった。
 「もう勝たなくてもいいの。次の試合、私は負けるに決まっているから、その次の試合とそのまた次の試合で、あなたたちはふたりとも引き分けに持ち込んで。そうすれば二勝一敗一引き分けで勝てるから」と。
 そう、それこそがツー・ワン・ツー作戦だった(なんとも安直な作戦)。日奈子社長の思惑通り、第三試合のプレジデント日奈子 vs ザ・グレート・サタケは、日奈子社長が逃げまくり、相手の攻撃を受けることなく、いともあっさりとリングアウト負けを喫した。「あっかんべー」という人をおちょくったような日奈子社長の態度に、怒り心頭のサタケは、「なんだよ!」と大絶叫しながら、レフェリーやらセコンドやら、だれかれの区別なく当たり散らして退散していった。
 第四試合のジュリー vs ブラック軍団一号は、ジュリーにとって、またしても予想外の展開となった。ジュリー自身、まだ体力が回復しておらず、ブラック軍団一号なる伏兵の猛攻撃に、防戦一方となってしまったのだ。
 一号の身長は、じつに百七十二センチ。それこそブラックタワーとでも呼べばいいのか、お手製のマットにそびえ立つ黒ずくめの大女は、しぶといとしかいいようがなかった。
 「ここで自分が負けるわけにはいかない」と思っていたジュリーだったが、信じられないような人間ロケット砲(大女による高速ミサイルキックだった)を連発で浴びせられ、最後は自在に巨体を操ったラウンディングボディプレスにより万事休すとなってしまった。五分十四秒、まさかのジュリー敗戦。
 「ご、ごめんなさい、日奈子社長。ツー・ワン・ツーじゃなくて、ツー・ツーになっちゃった‥‥」。
 苦痛にゆがんだ表情を浮かべながら、ジュリーがあえぐように、これで二勝二敗。もはや五戦目は勝つ以外になくなってしまった。
 第五試合は、稲辺容子 vs ファイヤー松本。幸いなことに、容子は一試合目をわずか四十七秒で仕とめているので、体力的にはなんら問題がなかった。「よっしゃ~っ! いくらでもかかってこい」という容子の雄たけびならぬ雌たけびに、客席の子どもたちから「ヨーコ~」という黄色い声援が飛んだ。
 一方の松本が現れたとき、会場からは悲鳴にも似た声があがった。全身黒ずくめの格好をさせられたばかりか、顔は黒い血で染め抜かれ、背中には十字架(もちろん発泡スチロールでつくられた模造品)を背負わされていた。女帝・サタケによる、あまりにもむごすぎる演出。相変わらず飼い犬のようにロープでしばられ、ブラック軍団一号、二号、三号の魔界戦士三人が、そのロープを引いていた。
 「松本を返してほしければ、今すぐ降参しろ、お前ら」といい、容子のことを挑発しまくるサタケ。松本のファイヤー(炎)を守らなければ――という一心で、容子は自分のすべて、おてんばプロレスのスピリットのすべてを賭けるつもりだった。
 現在はプロとして活躍中の浅子先輩のお父さんのはからいで、かつてのおてんばプロレスの名シーンが映像で流された。涼子先輩ことRKクイーンの芸術的なムーンサルトプレス、緊張感がみなぎる浅子先輩ことスーパーアサコのパワフルラリアット‥‥。在学中のジュリーやカー子の初々しい姿も放映された。
 「おてんばプロレス vs ブラック軍団の決戦も二対二の同点。最強軍団を決める第五試合は、時間無制限一本勝負とさせていただきます」というアナウンスに場内が沸いた。
 助っ人のジュリーやプレジデント日奈子を除くと、おてんばプロレスの正規軍は、実質的に容子のみ。ジュリーや日奈子社長が、心配そうに見つめる中、決戦の火ぶたが切っておろされた。
 同じ釜の飯を食べていた者同士、ひとつひとつの動きを確かめながら、序盤戦は相手の出方をうかがうような静かな試合運びに。容子が手をとると、松本も手をとる。松本がキックを放つと、容子もキックを放つ。まるで合わせ鏡のような展開に、おてんばプロレス直属の先輩であるジュリーも息を呑んだ。
 まるで洗脳でもしているつもりなのか、やたらリングサイドから指示を出し、こと細かな動きを命じるサタケ。軍団という名がついている以上、絆で結ばれた集合体のように思えるが、どうやらそんなことはない。サタケが操るロボットのような軍団、それがブラック軍団の正体なのだ。なんとも悲しい現実ではあるが、一号、二号、三号に続いて、松本はブラック軍団四号のごとく調教されていた。
 「こんちくしょー、美恵子を‥‥ファイヤー松本を返しやがれ」と叫びながら、容子が渾身のラリアットを放った。今やブラック松本と化した松本は、リング上にのけぞりながらも、すぐさま立ち上がり、「ああー」と絶叫しながら、至近距離からのラリアットを返してきた。一進一退の攻防とは、まさにこのこと。おてんばプロレスの現役・二枚看板による闘いは壮絶をきわめた。
 「十分経過」を告げるアナウンス。それでもどうにか自分のリズムをつかんだ容子は、残り五分で一気に勝負に出た。へそで投げるバックドロップから伝家の宝刀・延髄斬りで松本の動きを止めると、滞空時間の長い垂直落下式のパイルドライバーで体固めへ。「よし、これで決まり」とジュリーらが勝利を確信し、ワン、ツー、スリ‥‥とカウントが入りかけたところで、こともあろう、サタケが乱入してきた。
 「あっ、なんなのよ」とジュリー。もちろん場内はブーイングの嵐だ。
 「ふざけるんじゃないわよ」といいながら、日奈子社長がリングに駆けあがると、ボス格のサタケの指示で、ブラック軍団一号、二号、三号が寄ってたかって、素人の日奈子社長を袋だたきにした。「ブラック軍団の反則負けでしょ」とわめき立てながら、ジュリーも加勢にくわわったが、没個性化された一号、二号、三号の機械的な動きを止めるのは不可能に近かった。
 容子とサタケがとっくみ合い、ジュリー、日奈子社長と一号、二号、三号がやり合う中、「わ~~~っ」という金切り声をあげながら、敵味方の区別なく、リング上にいる全員にラリアットをぶちかましたのはファイヤー松本だった。怒りの炎にまみれた松本は手の施しようがなく、まさに松本活火山の大爆発といってもよかった。
 最後はサタケの全身にストンピングの嵐を浴びせ、いきなりマイクを鷲づかみにすると、「おいっ、サタケ。ブラック軍団かなんか知らないけど、おてんばプロレスの魂まで黒く染めあげることはできないんだよ」とぶちまけた。「はぁはぁ」という激しい息づかい。
 「いいか、よく聞け。ザ・グレート・サタケというレスラー‥‥かつてのおてんばプロレスの仲間だった佐竹真美に、何があったかは知らないけど、どんなにポンコツでもいい、私たちはおてんばプロレスの灯を消したりしないから。それだけはたしかだから。こうなったら、お前ら全員を叩きつぶしてやる。私はなー、おてんばプロレスのファイヤー松本だ~っ!!」。
 そういい放つと、松本はマイクをリング上にぶん投げた。場内はやんややんやの大騒ぎ。今や学生プロレスのメッカでもあるおてんば市に、ニューヒロインが誕生した瞬間だった。
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