おてんばプロレスの女神たち・超絶アナザーストーリー ~えっ、嘘でしょ!? あのかわい子ちゃんレスラーが、まさかまさかの男子になったお話です~

ちひろ

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あっと驚きのスーパーヤスオ降臨

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 ヤスオが男子になってから初めてニューおてんば温泉の宴会場を会場に、おてんばプロレスの定例イベントが開催された。この日は十一月十一日。算用数字を並べると「オール1(いち)」ということもあり、シングル、タッグともに、おてんば市でのナンバーワンを決めるべく、スペシャルマッチが組まれた。
 セミファイナルで対戦したのは、プレジデント日奈子 ジャッキー美央 vs 稲辺容子 稲辺隆子(スターライトシスターズ)であった。
 日奈子と美央がおてんば企画の師弟コンビなら、容子と隆子は実の姉妹。最近は「スターライトシスターズ」というコンビ名で人気を博していた。社長の日奈子からは「いっそのこと、ふたりで歌でも歌えば」という提案があったが、「ダメです、それだけは絶対にダメ」と隆子が断固拒否をした。姉の容子は小学校の教員をしているだけあって、音楽は得意だったが、妹の隆子は音楽が不得手というか、超絶音痴として通っていたのである。どれくらい音痴かというと、隆子が大好きな歌-例えばJポップ-を口ずさんでいても、それはお経にしか聞こえないといってもいいほど、激ヤバな歌声だったのだ。
 隆子の歌唱力はともかく、試合そのものは、固い絆で結ばれたタッグチームによる対戦となった。結果はなんと大方の予想に反して、やさぐれ女社長のプレジデント日奈子が、将来性抜群の次期エース・隆子から絵に描いたようなスリーカウントを奪ったのだから、これがまたしびれる。
 「きっと隆子ちゃんは、リングで歌わされると思って動揺したんじゃない?」なんて(日奈子談)。しかも決め技というのが、日奈子の新兵器・ロコモーション式ブレーンバスター。最近は社長業だけでなく、市長としても忙(せわ)しく働く日奈子だったが、それなりにトレーニングだけは積んでいたのであった。
 「七分四十二秒、プレジデント日奈子の勝利」というアナウンスに、「市長」コールが沸き起こった。悔しがる隆子を尻目に、市長で社長でプロレスラーの日奈子は、大手を振ってリングならぬリングに見立てたマットレスをあとにした。図に乗ってばかりいる日奈子は、ある筋の人たちにだけ「いずれは国会議員なるわ」なんていっているらしいが、そんなのは知らないからね(著者談)。
 さーて。メインイベントは、おてんば市のシングル最強を決めるべく、世紀の一戦であった。事前には「X vs XX」としか発表されておらず、正式な対戦カードが発表されたときは、「おおっ」というどよめきが会場全体に渦巻いた。
 メインイベントは、ジャッキー美央 vs ストロングマヤだ。
 美央はセミファイナルに続いてのダブルヘッタ―。マヤにいたっては、小説の枠を飛び越えて、おてんば市仲町商店街を拠点に活動しているなかまちなかまプロレスからの緊急参戦となったのだ(詳しくは著者の『おてんば市仲町商店街 なかまちなかまプロレス』をご覧ください)。
 美央が待つリングに、今や商店街の最強女にまで登りつめた伝説のレスラー・マヤの降臨だ。マヤ文明の赤の女王を思わせるようないで立ちに、会場から「おおっ」というどよめきが起こった。ここぞという場面で神秘の力を発揮するブックカフェの女店員が、なかまちなかまプロレスのエースとして、おてんばプロレスに殴り込みをかけてきたのである。
 しっかり者で商売上手のマヤの発案なのだろう、会場となったニューおてんば温泉の宴会場の壁面には「ブックカフェMAYA」の店名をあしらった掲示物が張り出されていた。オープンしたての頃は、販売不振に頭を痛めていたマヤだったが、レスラー・マヤの知名度があがるにつれて、本業にも活気が出てきているらしい。
 と思ったら、あれっ――な、なんと、よーく見たらマヤの傍らにはヤスオがいるではないか。見るからに悪徳マネージャーという風貌で、音崩れがひどいハンドマイクで何かを叫びながら、魔性の女レスラー・マヤにパワーを吹き込んでいる。
 「ゴー、マヤ、ゴー! ゴー、マヤ、ゴー!」なんて、あちゃ~、やらかしてくれる。女子から男子へ、男子から悪ガキへと変化(へんげ)をとげたヤスオの声が場内に響き渡った。つい一年ほど前までは、赤毛のアン子というリングネームで、オッさん連中のハートを鷲づかみにしていたアン子が、まさかこんなパフォーマンスで脚光を浴びようとは――。
 おてんばプロレス vs なかまちなかまプロレスの最前線での熱き闘い。その旗振り役を担っているのが、ヤスオ(元・アン子)だったのである。
 会場からは「ヤスオ」コールと「アン子」コールの二重唱。ヤスオいわく、「僕の名前はダンプヤスオ。これからは『なかまちなかまプロレス』の陰の首領(ドン)として、暴れまくってやるからなー。覚悟しろよ、おい」だなんて。女子から男子へと性転換を果たしたヤスオが勝ちとったポジション、それは商店街プロレスの悪徳マネージャーの座だった。
 アン子が野郎へと生まれ変わったことは、おてんば市民もよく知っていて、お客さんからは「アン子、お帰り」という温かな声援がはじけ飛んだ。一部の酔っ払いからは「アン子がアン(兄)ちゃんかよー。今度、俺(おら)と一緒に男子風呂さ入っぺ」という声が聞かれ、その周辺から笑い声が起こった。これはもうセクハラといいたいところだが、オッさんが男子をからかっているだけといえば、それまでであった。
 半ば宴会のような雰囲気の中、リングならぬマットレスの上で「あのなー、今日の主役は私なんだよ。おてんばプロレスのレベルの高さを思い知らせてやるからな」とアピールする美央。それに対し、マヤは涼しげな表情で場内を見渡すだけだった。
 カ~~~ンというゴングの音が鳴った瞬間、マヤが先制攻撃を仕かけた。カモシカのように長い足を活かしてのドロップキックから、ハイスピードでのセントーン。すかさず美央の顎をかきむしると、キャメルクラッチでぐいぐいと締めあげた。
 「あんたとは格が違うんだよ」といわんばかりに、ギブアップを迫るマヤ。「ギブアップなんかしねえからな」といい、苦悶の表情を浮かべる美央に対し、テクニシャンのマヤは態勢を入れ替え、ドラゴンスリーパー式キャメルクラッチで攻め立てた。
 あぎゃ~‥‥。悲鳴にも似た美央の声に、「美央」コールが爆発した。もがき苦しむ美央の両の手が、不規則な円を描きながら宙を乱舞している。
 「つ、強い」という声が、場内のあちこちで聞かれた。ただの古本屋の女店主と思うなかれ。今やストロングマヤは、サイボーグのごとく完成されつくした女戦士へと生まれ変わっていたのだ。
 その後も劣勢に立たされ続けた美央だったが、ひょんなことからくり出した一発の技が突破口になり、試合の流れが百八十度変わった。その技は――ヘッドバットだった。いわゆる頭突き。おてんばプロレスのリングにあがるようになってから、頭突きなんて一度も使ったことがなかったのに、「私って案外、石頭だったのね」と改めて思う美央なのであった。
 「これならどうだ」といわんばかりにくり出した一本足頭突きに、不死身のマヤが崩れ落ちた。その光景は、まるで電池切れに見舞われたおもちゃのロボットのようでもあった。
 「よし、勝負あった」と思った美央は、すかさずフォールの態勢に入ったが、なんとここでヤスオが横やりを入れてきた。いきなりリングにあがってきて、キックの雨あられを美央に浴びせたのである。職場では上司の美央に対し、容赦なくキックを浴びせるヤスオ。あまりの卑劣な攻撃にたまりかねたのか、スターライトシスターズの容子や隆子もリングインし、おてんばプロレスとなかまちなかまプロレスの両軍が入り乱れての抗争に、会場は興奮のるつぼと化した。
 「やれやれ、ヤスオ」「男子のパワーを見せてやれ」。
 「マヤが負けるはずはない」「宇宙一強い女戦士・マヤを見くびるなよ」。
 そんな声が飛び交う中、カンンカンカンというゴングの音が、けたたましく鳴り響いた。「目には目を」ということで、容子や隆子までがラフな攻撃でダンプヤスオを止めにかかったが、暴走するダンプは、もはやブレーキの利かない重戦車と化していたのである。
 「危険です。近寄らないでください」というアナウンスが流れた。危険です、危険です。おてんばプロレス史上最凶のデンジャラスマネージャー。ダンプヤスオを誰か止めてくれぇ。
 カンカンカンカン、カンカンカンカン。ノーコンテスト(無効試合)を告げるゴングが場内に響き渡った。
 「あのなー、何をやっているんだよ。やめろやめろ」といい、マイクをつかんだのは御大の日奈子であった。「同じおてんば市内のプロレスなんだから、せめて仲よくしようぜ」という日奈子のひとことに場内が沸いた。
 この日の観客の四割ほどは、ストロングマヤがエースを務める「なかなまちなかまプロレス」のファンと見えて、「そうだ、そうだ」という声が聞かれた。マヤの幼馴染みで、なかまちなかまプロレスの運営を手伝っている翔君という幼馴染みの男性も盛んに拍手を送っている。
 あっ、そういえば思い出した。この翔君とかいう男性も、たしか著者の小説の中で悪徳マネージャーを演じ、やたらハンドマイクをがなり立てていたような――。このハンドマイクというのが泣かせるわ。ほんとうは気が優しくて、悪徳マネージャーには向いていない翔君に代わり、今日はヤスオが嫌われ役を買って出たというわけね。設定としては、まさにTHE昭和のプロレス。
 正統派のローカル女子プロレスラーとして根強いファンがいるマヤに対し、「マヤさん、マヤさん」と女社長が呼びかけた。
 「マヤさん、せっかくおてんばプロレスのリングにあがってもらったのに、今日はこんなことになってごめんなさい。実力派のマヤさんには、やっぱりチャンピオンベルトがよく似合うわ。だから、この次はそうね、おてんばプロレスヘビー級チャンピオンのベルトに挑戦してもらうということで、どうでしょうか?」という日奈子の提案に、ワーッという大歓声が降って沸いたことはいうまでもないだろう。
 おてんばプロレスヘビー級チャンピオン。現段階では向かうところ敵なしのジャッキー美央が保持する、おてんばプロレスにとっては虎の子ともいうべき特大級のベルトを賭けようというのだ。こっくりと頷くマヤに対し、笑顔で応じる日奈子。
 「そして問題はダンプヤスオかしらね。やい、ヤスオ。お前は男子なんだから女子の試合にちょっかいを出しちゃいけないんだよ」という言葉に、「そうだ、そうだ」という声や「それじゃ、ジュリーはどうなるんだ」という声が飛び散った。
 会場が会場-なんといっても日帰り温浴施設の宴会場である-だけに、観客の三割ぐらいは生ビールを飲みまくっている。「ジュリーなんて、いまだにチン〇コがあっぺ!?」という言葉に、客席の一部からドッという笑いが起こった。下品な笑いを温かな笑いに変えるあたりは、おてんばプロレスのなせる業といえるだろう。
 「そうそう。『ジュリーはどうなるんだ』と思うのよね、私自身も(笑)。でもねー、ジュリーは『女子になりたい』と思っているわけだから、れっきとした女子なの。そして『男子になりたい』と思って男子になったヤスオは、やっぱり男子なのよ。
 だけど、特例で一回だけ認めてあげるわ。次の大会では、ジュリー vs ダンプヤスオのスペシャルマッチをやるからね。負けた方は頭を丸刈りにするという条件では、どうかしら? ていうか、必ずやりましょう。男と女の命である髪の毛を賭けた丸刈りデスマッチ。どうか皆さんお楽しみに」。
 そういってのけた日奈子に、特大の「日奈子」コールが渦巻いた。さすが団体の代表、もっといえば市のトップでもある日奈子は、酔っ払いだろうが何だろうが、観客を手のひらの上に乗せるのが巧かった。
 「何が丸坊主だ。ふん、勝手に決めやがって」と口にすると、「どけ、どけ」といいながら、花道を引き返すヤスオ。それに追随するかのように、仲町商店街の女帝・マヤが無言のまま引きあげていった。
 一方でリングを見やると、ヤスオの攻撃で痛めた腰をさすりながら、「それにつけても――」と思っていたのが美央である。
 「正統派のマヤさんと、荒くれ男子のヤスオちゃんが組むなんて、一体何が起きたっていうのよ。スタイル的には、完全に水と油じゃん」。
 そういい放つと、髪の毛をかきむしりながら、美央もリングならぬマットレスを積み重ねただけの四角いジャングルをあとにするのであった。
 もともとヤスオとマヤの間に、これといった接点はなかったのだが、業界の噂によると、どうやら影の首領(ドン)として水面下で波紋を広げているジョニー大友の策略により、ヤスオ&マヤという異色のコンビが誕生したらしい。マヤのレスラーとしての才能に、いち早く気づいたのがジョニー大友その人だったのである。
 かつては女子プロレスのメジャー団体をも揺り動かしたプロレス仕かけ人のジョニーさん。一時は世界のジョニーとして名を馳せたこともあったが、今は生まれ故郷であるおてんば市で隠遁生活を送っていると聞いているが、その道(未知)の向こうには、新たな可能性という名のフィールドが広がっていることはいうまでもないだろう。
 謎のベールに包まれたジョニーさんのことは、いずれそうねー。じっとりと彼の半生記でも書こうかしら(著者談)。激動の人生を歩んできたでしょうから、きっと全十巻ぐらいになりそうだわ。
 それにしても元・赤毛のアン子ことダンプヤスオは、やっぱり手強い。いつの日かイケメンプロレスの男子たちと対戦させるのもありかなぁ。な・ん・て・ね。
 さぁ、ますます目が離せなくなってきたわよ。元・女子の編集スタッフで、元・女子プロレスラーで、今は男子悪徳マネージャー(男子プロレスラーとしてもやれる?)のダンプヤスオという生き方。気合い(愛)だ、気合いだ、人間ダンプカーのヤスオだ。
 「これからは僕が、この小説の主役だ!」というヤスオの心の叫びに、「おいおい、それはないからね」と著者は苦笑いをする以外になかったのである。
 青コーナー、女子から男子へと大変身。今は荒くれ男子として、ますます元気なダンプヤスオ~っ!(大々歓声)。
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