おてんばプロレスの女神たち ~東南アジアきっての天使の都・バンコクで男の娘レスラーとして活躍するジュリーの女子的生活を追ってみた~

ちひろ

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バンコクおてんばプロレス☆男女大戦争

 男子プロレスラーとして表舞台に立ちたいと願っていたトモは、まさに渡りの舟という想いで、元・女子プロレスラーのヤスオの指導を受けながら、本格的なトレーニングを始めた。トモ自身、日中は代理店で働いていたので練習は主に夜だ。ジュリーらの事務所の最寄りの駅であるチャットロム駅から一・五キロほど離れたところにあるルンピニー公園にマットレスを敷き、そこで極秘の特訓を重ねていたのである。
 ときにはジュリーも顔を出し、投げ技や関節技の稽古に励んでいたが、ヤスオの体に折り重って「はぁはぁ」なんてあえぎ声を発しながら汗をかいていたら、男女の営みと勘違いをされ、気がついてみれば多くのギャラリーに囲まれていたこともあった。ギャラリーというのは、もちろんのぞき魔たちのことだ。のぞき魔にもテクニックのようなものがあるのか、パッと見た感じでは樹木と一体化しながら、じっと息をひそめている。それが不気味というか、滑稽というか、ドすけべなオッさん連中というのは、どうやら世界中に巣くっているらしい。
 「んもうっ、純粋に稽古をしたいだけなのにどうなっているのよ」とジュリーは憤慨することしきりであったが、フレッシュな顔ぶれでプロレスの稽古ができることには大きな喜びを感じていた。練習のあとのタイビールが、これまた最高なのであった。
 「バンコクおてんばプロレス☆男女大戦争」と銘打たれた大会が開催されたのは、タイのバンコクで雨季が明けた十月中旬のことである。会場はバンコク外国語大学の敷地内にある体育館。じつはトモの会社の社長が外語大の卒業生で、卒業生という特殊なルートを活かし、会場を仮押さえしてくれていたのだ。会場のキャパシティーは三千人超えというのだから、驚き以外の何ものでもなかった。
 「さ、三千人なんて、おてんばプロレス始まって以来の大会場でしょ」とジュリーがいうように、会社にとっては前代未聞のことだった。事前の広告が功を奏したと見えて、チケットは売れに売れた。地元の利を活かした広告代理店の一員であるトモの発案により、
○交通広告(デジタルサイネージ)でイメージ動画を流しまくったこと
〇タイ在住のインフルエンサーを有効活用したこと
〇地元の人気企業とのコラボレーションによるキャンペーンを打ち出したこと
〇バンコクでは超絶美女の男の娘として人気のジュリーを広告塔に使用したこと
〇史上最凶のヒールレスラーとしてダンプヤスオを売り出したこと
などが成功の要因であった。
 広告費用はかさんだが、それ以上の効果が認められたことはいうまでもないだろう。大会当日はBTSの駅から会場まで、臨時のシャトルバスが出るほどの盛況ぶりであった。
 もちろん日本からは、おてんば企画の代表である日奈子も来タイを果たしていた。日奈子社長いわく、「秘密兵器を連れてくる」という話だったが、告知用のポスターには「ミスターX」としか明かされていなかった。
 この日の試合は三試合。パンフレットを見た限りでは、
〇プレジデント日奈子(女子軍団) vs TAKEOと愉快な仲間たち(男子軍団)
〇稲辺隆子(女子軍団) vs トモ(男子軍団)
〇ジュリー ジャッキー美央(女子軍団) vs ダンプヤスオ ミスターX(男子軍団)
というマッチメイクが写真つきで紹介されていた。
 「TAKEOと愉快な仲間たち」のTAKEO(武雄)というのは、著者の小説第四弾「 ンコクおてんばプロレスの女神たち ~バーニング・スピリット・イン・タイ~」の中で、いい加減ぶりを爆発させた日奈子のお姉さんの旦那さんである。武雄はバンコクでIT企業を経営しており、お祭り好きな若手社員を引き連れての参戦であった。
 稲辺隆子は、おてんば女子大学の元祖・おてんばプロレスの後継者。現役の女子大生で、生まれて初めての海外遠征となった。ジャッキー美央については、今さら多くの説明はいらないだろう。おてんば企画で編集部長を務める元気印のウーマンである。ミスターXに関しては、もちろんクエスチョンマークつきのシルエットが描かれていた。
 さーて。男女とも役者は揃った。
 試合前は、なんと驚いたことに「プチのど自慢」が催され、女装姿の武雄とその部下たちが、日本を代表する女子アイドルグループのヒットメドレーを披露したかと思えば、トモがイケメン風のルックスでK-POPを決めてみせた。これがまたかっこよすぎて、会場のボルテージは一気にアップ。今さらいうまでもないが、K-POPの人気は世界中で渦巻いているのである。
 のど自慢の締めは、もちろんプレジデント日奈子だ。若かりし頃は歌手に憧れていたというだけあって、これがまた美声なのである。著者の近著をお読みの方はご存じかもしれないが、最近は自称・演歌歌手としてデビューを果たした日奈子。会場全体を手のひらのうえに乗せる歌いっぷりは、さすがとしかいいようがなかった。歌による前座の男女大戦争は、女子の勝ちというよりも、日奈子のひとり勝ちといってもよかったのである。
 第一試合は、そのプレジデント日奈子が、急造レスラーに変身をとげたTAKEOと愉快な仲間たちを迎える一戦であった。リングならぬマットレスのうえに立ちはだかる日奈子のもとへ現れたのは、なんと青森のねぶた祭りを再現したTAKEOと愉快な仲間たちだった。
 「ラッセラーラッセラー」なんて、威勢のいいかけ声を発しながら、ハネトの恰好をした武雄らがなだれ込んでくると、場内に「ワーッ」という歓声が沸き起こった。TAKEOの部下は総勢五名。ひょっとして本物のねぶたの登場かと思いきや、あらかじめ設置されたスクリーンに、実際のねぶた祭りのワンシーンが大映しにされ、それはそれで大いに盛りあがった。お祭り男・武雄ならではの演出に、「スッヨー(すごい)」という声があちこちから聞かれたのは、いうまでもないだろう。
 試合開始を告げるゴングならぬ太鼓の音(日本らしさを打ち出すために、今回から太鼓が用いられるようになったのである)が鳴り響くと、一気に期待が高まったと見えて、耳をつんざくような大「TAKAO」コールがとどろいた。
 ところが、どっこい。世の中というか、プロレスなんて、そう甘くはなかった。開始早々、日奈子が豪快なボディースラムを決めると、いきなりカウントスリーが入ってしまったのだ。弱い。弱すぎ。
 わずか十八秒で撃沈した武雄だったが、すぐさま立ちあがると、これがまたどういうわけか再び「ラッセラー」という奇声を発し、ハネト気分で踊りまくりながら、何ごともなかったかのように会場をあとにしていったのである。これがまた大受けで、ただでさえも暑さにまみれた会場が、さらにヒートアップしていった。
 第二試合は、おてんばプロレス期待のホープである稲辺隆子に、初陣のトモが挑むという注目の一戦である。
 トモがタイの国旗をあしらったガウンを脱ぎ捨てると、「おおっ」という歓声が沸き起こった。相当鍛えあげたと見えて、まるでボディービルダーを思わせるようなマッチョな体型だったのである。一応はおなべさんなので、もちろん胸出しなしのコスチュームであったが、あれっ、よく見ると、局部がちょっとだけ盛りあがっているようにも見える。きっと金的サポーターでも装着しているのだろうか。誰がどう見ても、男子の肉体にしか見えないプロレスラー・トモの雄姿には度肝を抜かれた。
 「さぁ、こい」といい、気合いを入れる隆子に対し、トモが奇襲攻撃を仕かけた。ゴングが鳴る前に、いきなり先制のドロップキックを放ったのだ。その場に倒れ込んだ隆子に、キックの雨あられ。これがプロレス初デビューとは思えない老獪なファイトスタイルで、女子大生プロレスのエース格である隆子を痛ぶったのだから、なんともたまらない。
 日本ではクリーンなファイトを売りにしている隆子だったが、ここまでやられて黙っているわけにいかない。「なめんなよー」と怒号をあげると、一転してラフな攻撃に打って出た。異国の地・バンコクを舞台に、ダーク隆子が生まれた瞬間である。あっと驚きのナックルパンチをくり出すと、これまた意表を突くような十字チョップを炸裂。その後は禁じ手のチョーク攻撃で、新進気鋭のトモを堕(お)としにかかった。
 「ワン、ツ―、スリー、フォー‥‥」。
 レフェリーのファイブカウント寸前で反則をゆるめ、ニヤリと笑う隆子。これまで見たこともないような悪の化身、隆子が顔をもたげた。くしくも沸き起こる「トモ」コール。それに呼応するかのように「隆子」コールも唸りをあげた。
 「五分経過」というアナウンスが流れると、隆子が勝負に出た。低空のブレーンバスターを連発させると、「仕あげだ」とばかりに、バックブリーカーの体勢から、そのまま勢いよく相手をマットに叩きつける変形パワーボムを大爆発させたのである。
 カウントは「ワン、ツ―、ス‥‥」。スリー。いや、惜しくも二・九九といったところか。
 「なんなんだよ、くそーっ」と雄叫びならぬ雌たけびをあげる隆子に、トモが最後の力を振りしぼって賭けに出た。「もう一丁」といい、再び変形パワーボムに打って出ようとする隆子の体に吸いつき、こともあろう、スモールパッケージホールドを決めてみせたのだ。
 「ワン、ツ―、スリー」。
 結果は八分十四秒。トモの大逆転勝利であった。一瞬だけ「えっ、ほんとうに」という表情を浮かべたトモだったが、スリーカウントが決まったことがわかると、嬉し涙を浮かべながら両手でガッツポーズをとってみせた。タイ人レスラーの勝利をたたえる大歓声。憧れのプロレスラー、しかも男子としてのデビュー戦を初勝利で飾れたことは、その後のトモの人生にプラスの作用をもたらしたことはいうまでもないだろう。
 控室のモニターに向かって「トモちゃん、おめでとう」というと、ジュリーはこの日の試合のために来タイを果たしたジャッキー美央と気合いを入れ直した。
 「よーし、次は私たちの番よ。絶対に勝つからね」。
 メインイベントは、ジュリー&ジャッキー美央組とダンプヤスオ&ミスターX組のタッグマッチである。軽快なテーマ曲に合わせて、ジュリーと美央の美女コンビが入場を果たすと、会場はやんややんやの大熱狂に包まれた。どうやらふたりで示し合わせたらしく、お揃いのピンクのコスチュームには「ナーラック(かわいい)」という言葉がはじけ飛んだ。バンコク在住のジュリーはもちろん、その同僚である美央の人気もたいしたもので、来場者の中には「WE LOVE MIO」とあしらわれたタオルを手にしているファンもいた。SNSや動画サイトが、今や全世界をつないでいるのだ。
 さぁ。女子から男子へと生まれ変わったダンプヤスオだけでなく、タッグパートナーであるミスターXが誰なのかということにも注目が集まるメインイベント。ハードロック調の曲に合わせて、ダンプヤスオがトモを連れ立って会場に姿を見せると、「おおっ」というどよめきが起こった。ヤスオときたら一体いつの間に染めたのか、髪をオール金髪にして、手には竹刀を携えているではないか。
 「誰の挑戦でも受けてやる。かかってきやがれー」とかなんとか、日本語で騒ぎ立てながら、ついにバンコクへと殴り込みをかけてきたのである。おてんばプロレスのミスター悪役・ヤスオの登場に、場内は興奮のるつぼと化した。「いいぞ、やれやれー」という意味のタイ語が、会場でとぐろを巻いた。
 どーれ。次はミスターXの入場というタイミングで、場内の明かりがすべて落ちた。「えーっ」という悲鳴にも似た声が響き渡ると、不意におどろおどろしい音楽が鳴り出し、何が始まるんだろう――と思いきや、なんと驚いたことに暴走族風のバイクが出現したではないか。
 ブルンブルン。ブルンブルンなんて。もちろん場内の安全には万全を期したうえでの登場だが、バイクに乗っているのは、ミリタリールックの男子だ。
 「危険です。近寄らないでください」というタイ語のアナウンスに従うまでもなく、花道の近くにいた観客らが大移動を始めた。「キャー、キャー」という悲鳴。バイクを降りると、軍人風の男子が鞭(むち)のようなものをビシッビシッと打ちつけながら、四角いジャングルに仁王立ちをした。顔にも迷彩色のペインティングを施しているため、その表情をうかがい知ることはできなかったが、大きな目をぎらつかせながら会場を見渡している。背丈は日奈子と同じぐらいか。髪型も日奈子の髪をザンバラにした感じ。ゆるゆるの軍服を着けているため、体型はわからずじまいだが、よーく見ると胸のふくらみがあるようなないような――。
 ていうか、「この軍服男子って、きっと日奈子社長じゃ」と思ったジュリーは、そっと美央に耳打ちをすると、いきなりマイクを借りて「お前は日奈子だろう」とやり出したのだから、なんともわけがわからない。日奈子と思(おぼ)しき男子は、「俺はミリタリー日奈だ」とわめき立てながら、ジュリーに襲いかかってきた。
 同時に「カ~~~ン」というゴングが打ち鳴らされると、ジュリーとミリタリー日奈、美央とヤスオがやり合った。ミリタリー日奈の正体は、もちろん日奈子である。ジュリーが日奈子のボディーに、ローリングソバットをぶっ放したと思ったら、なんと日奈子の口から毒霧が噴射された。
 「ギャーッ」という声をあげて、その場に崩れ落ち、マットレスの上をのたうちまわるジュリー。すぐさま美央が介抱しにかかったが、今度はその美央に対して、再び日奈子の毒霧が放たれた。
 毒色に染まるジュリミオコンビ。いくらなんでもひどすぎる――と思った隆子が急きょ駆けつけたが、ジュリーと美央を助け出す前に、ヤスオが竹刀で襲いかかってきた。ふと気がつくと、ヤスオの攻撃にトモも加勢し、ついには隆子までもが大の字に伸びてしまったのであった。
 めったうちにされた女子軍団(ジュリー、美央、隆子)と、してやったりの表情を浮かべる男子軍団(日奈子、ヤスオ、トモ)。薄れゆく意識の中で「あれ、でも待ってよ、日奈子社長は女子軍団でしょ」とあきれるジュリーの耳の鼓膜では、「カンカンカンカン」という反則裁定のゴングだけが響き渡っていた。
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