金色の恋と愛とが降ってくる

鳩かなこ

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1. 美化委員会の新しい後輩

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 鶯原うぐはらあゆたは教室の壁時計をちらっと見やって溜息をついた。


「……やっぱり、来なかった、か……」


 こみ上げてくる軽い失望をごまかすように、手持ち無沙汰にペンの尻で頬を押す。美化委員会が解散してすでに三十分を過ぎようとしていた。その間に宿題はおろか、明日の予習に手を出そうか思案しているところだった。
 あゆたは息を吐いた。
 残念だが、待ち人は来なかった。
 他の委員たちの予想通りの結果になってしまった。


 放課後の家庭科室の作業台にはあゆた一人が座っている。校庭の方からは部活に汗を流す誰かの声が遠く聞こえた。九月半ばを過ぎてもまだ日差しは強くて、開けた窓から吹いてくるそよ風が心地良い。あゆたは開いていたノートを閉じ、その脇の綴じられたプリントに指を這わせた。


 二学期が始まって初めての、美化委員会の定例会議だった。三年生に進級して委員長に就任して以来あゆたが議長を務めている。有志の後輩に手伝ってもらってプリント類もきちんと準備しておいた。
 各学年から三名ずつ、人手が必要な学期末の大掃除などでは生徒会などの他の委員会と連帯するが大所帯ではない。内申書が加点されるぐらいのうまみしかないので、成績のよいアルファの間では黙殺されているのが現状だ。


 一方で勉強の苦手な生徒には美化活動をすることで内申点を加味される、いわゆる救済措置として機能する面もあった。そういう事情から美化委員はオメガの生徒が多かった。
 委員会にアルファがいないことで殺伐とした空気がなく、皆和気あいあいとのんびりした委員の面々に、本当にいい委員会だなとあゆたはほのぼのしている。おかげであゆたが組織してから二年目には、成績のよいオメガの生徒なのに、雰囲気がいいからと敢えて参加してくれた委員も出てきた。
 そんな中、二学期になって編入してきた一年の生徒が新たに加入した。美化委員は人気がないのでいつでも人手不足だ。だから常時委員の募集をしているが、年度途中で入ってくれた試しはない。それが今学期は違う。


 その一年生が、わざわざ参加表明してくれたのに、今日の活動に姿を見せなかったから悪目立ちした。
彼と同じ一年一組には美化委員はいない。隣の二組だという一年生に尋ねると、困ったように『クラスが違うのでわからない』と口を濁していた。たぶんさぼったのだろうな……とその場の誰もが思っていただろう。登校自体はしているらしく、予定のある生徒もいたので皆でその生徒をいつまでも待つことはできず、仕方なく会議を始めて、今学期のスケジュールの調整などの議題を進めた。


 結局、その一年は来ないまま、あゆたの手元に彼の為のプリントだけが残った。彼にとっては初回だし、注意事項や予定など、このプリントがなければ後々困ることは目に見えている。会議が終わって、万が一遅れて顔を出してくれるかもしれないからと、あゆたはもう少しだけ居残ることを決めた。一緒に待とうとしてくれた副委員長の二年生が『きっと来ませんよ』と帰り際に言っていた通り、やはりさぼられてしまったのかもしれない。


 いや、浅慮はよくない。美化委員なんてなり手のない、地味な活動を引き受けてくれただけでもいい子のはずだ。早退したのか、やむにやまれぬ訳があったに違いない。定刻に出席できなくて気後れしてそのまま……ということもありうる。明日にでも、一年の教室まで届けに行ってみよう。


八月一日宮 仁乙ほづみや にお


 彼の名前を早く覚えたくて、プリントの一番上に彼の名前を書いた。


 成績順に組み分けされるこの学園で一組に所属しているので、八月一日宮はたぶんアルファだろう。どんな生徒だろう。ひょろっこい三年の委員長なんて舐められたのだろうか。いや、そんなことはない。アルファだからって偏見は駄目だ……。泡のようにどうでもいいことが思い浮かぶ。


 アルファの多いこの華頂学園の運営は、潤沢な寄付金で賄われている。掃除や校舎のメンテナンスなどは外部に委託して、プロの手が入るので常に美しい。そんな学園で、美化委員会はあってなきがごとき立場にある。
 通ってくる生徒たちは良家の子女ばかり。まれに特待生の庶民出身がいるぐらいだ。そういう生徒層が自らの手を使って、いわば肉体労働に勤しむということは少ないと言っていいだろう。


 美化委員の仕事はちょっとした備品補充、季節行事としての大掃除、花壇の世話、事務室の花瓶の世話などだ。そういった活動をあゆたは気に入っているのだが、そうじゃない者の方が大半である。やりたい人間も限られているので、毎年のように委員の顔ぶれは固定されていた。この学校はお坊ちゃんが多いのだから仕方ない、と諦念とともに飲み込むしかなかった。


 八月一日宮はここに来ての新顔だった。一年の他の委員の話によれば、中学三年間はイギリスの姉妹校の中等部に留学していて、そちらの卒業にあわせての帰国らしい。イギリスは六月が卒業の季節だ。だから九月の二学期からこちらに戻ってきた、という事情らしかった。


 八月一日宮家は世事に疎いあゆたも耳にしたことある、名の通った医薬品会社の創業者の一族だ。しかし古くから続くいわゆるアルファの家系というわけではないらしい。百年ほど前に医療薬品で財を成した、いわば新興の富豪の家などだという。


 庶民のあゆたはその辺りの力関係やお家事情には詳しくない。事情通によると、さかのぼれば華族や皇族にも連なるやんごとなき面々が多いこの学園でも、八月一日宮家の財力は一目置かれているという。噂になっているということは、そこにはいわゆる成り上がりだと多少のやっかみを含むのだろうが。


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