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第二章
コームとエミリ
しおりを挟む女性はすぐに角を隠すようにフードをかぶった。
「すみません、人違いだったみたいで。争うつもりはありません」
男は彼女の前に出て言った。柔らかい物腰だが、こちらをかなり警戒しているようだった。
「もしや、後ろにいる女性は魔族ではありませんか?」
ラドさんの突然の一言で目の前の二人は明らかに動揺した。そして、後ろにいるグッターとロットも驚いたような表情をしている。トニーは何がなんだかわからないような顔をしていた。
「こちらに危害を及ぼす気がないなら、わしらもおぬしらと争うつもりはないよ」
と言ってラドさんは剣を納めた。そして
「わしは昔、他の魔族と会ったこともあるから、魔族みんなが人間と敵対しているとは思っておらんよ。恐れなくてもよい」
と笑顔で言った。
「…あ、あんた、彼女の仲間を知っているのか?」
男が言った。後ろの女性は彼の背中を手でぐっとつかんだまま怯えた表情をしている。
「まあ、彼女の仲間というわけではないと思うが、彼女と同じ角を生やした人に会ったことはあるよ」
「…その人の居場所を教えてもらえないだろうか?」
「うむむ、その人はもうどこにいるかわからんよ。かなり昔のことでな…何か切羽詰まっているようじゃな。事情があるんだったら聞かせてもらえないか?」
二人は警戒しながらもラドさんと会話を続けた。その間もグッターとロットはかなり動揺していて、戦えないにも関わらず戦闘態勢を取っていた。
男はコームという名前で、俺たちが通り過ぎた小さな集落の出身だった。常に彼の後ろに引っ付いている女性はエミリという名前で、10後半の美しい容姿をしていた。
「コームさんとエミリさん、わしらはちょうど夕食を取ろうとしていたところなんじゃが、いっしょにどうかな?」
そう言ってラドさんは焚火の近くに座り、俺たちに「ご飯にしよう」と言った。俺とトニーは鞄から人数分の干し肉とパンを取り出した。グッターはまだ警戒しているようで、二人から目を話すことなかった。そして、魔法袋を彼らの前で使いたくないのか、水や他の食料を出すことはなかった。コームとエミリと名乗った二人はお互いを見ながら、俺たちと少しだけ距離を取りながら座った。
緊張感のある雰囲気の中、俺たちは干し肉とパンをかじりながらラドさんと二人の会話を聞いていた。途中でエミリさんは緊張しながらフードを取り、顔を見せた。俺は初めて魔族を見たので、羊のような角を凝視してしまっていた。俺の視線に気づいた彼女はバツが悪そうに顔を背け、少しだけコームという男の後ろに体を寄せた。
というか、俺は魔族ということ言葉をこの世界に来てから初めて聞いた。魔族という種族について知りたくて仕方がなかったが、張り詰めていて質問できる空気ではなかった。それに、彼女の反応から人間とはあまりいい関係ではなさそうだったので安易に聞けなかった。
しばらくすると、コームさんとエミリさんの緊張が解けてきたのか、表情が和らいできた。ラドさんはすごい。彼が醸し出す優しい雰囲気や少々のことなら受け入れてくれそうな懐の深さが二人の警戒を次第に薄めていった。俺たちと違い、ラドさんだけ二人が姿を現してから一切の敵意と警戒を見せていなかった。ラドさんからは深い人生経験と物事の本質を見抜くするどい観察力を感じた。ただ無知な善意と表層的な対応ではなく、真摯な姿勢で二人に向き合っていた。人を束ねる優れた人格者なのだと容易に推測出来た。そのおかげで、コームさんとエミリさんは心を開いていった。話が進むに連れて、二人が置かれている状況が見えてきた。
コームさんの村に正式な名前はないが、普段はボルメア村と呼ばれていた。今日、俺たちに対応してくれた長がボルメアという人物で、彼が作った村だった。そして、コームさんたちに襲われたと言ってきた3人の中のボブヘアの男はボルメアの息子でデミリオという名前だった。コームさんの母は彼が物心つくくらいの時に病気で亡くなってしまい、コームさんは父親に育てられていたが、その父もある時村を出たきり戻ってこなかったという。コームさんは他の村人と同じようにキノコや薬草の採取などをしてなんとか生活してきたらしい。
エミリさんはここから南にある王家の領地の小さな村で生まれた。生まれた時から角が生えており、両親は悩みながらも異端な彼女を一生懸命育てようと努力をした。彼女が魔族と言われる存在だとわかった両親は村を出て、人里離れた森に逃げ延びた。そして、そこでひっそりと隠れるように暮らし始めた。しかし、食料が貧しい土地で食べていくことが出来ず、彼女が5歳の時に母親がなくなり、それを追うように父親もなくなってしまった。最後まで大事に愛し続けてくれた両親を失った幼い彼女はすぐに餓えで動けなくなってしまった。絶望的な状況の中で、心の中で祈るように助けを求め続けると、二匹の子供を連れた大きな鹿が現れ、彼女に森の小動物や果物を取って来てくれた。大きな鹿は彼女を子供のように扱い、いっしょに行動し暮らした。しかしある時、森の中に入って来た冒険者に大きな鹿は狩られてしまった。彼女と二匹の小鹿は傷つきながらも命からがら森の奥へと逃げた。魔物がたくさんいる場所だったが、運よく襲われることはなく森を抜けこの南の山岳地帯にたどり着いた。だが、二匹の小鹿と共に彼女の傷ついた体は限界を迎え倒れてしまった。すると、そこに小さな男の子が現れた。警戒する小鹿たちだったが、男の子は彼女の傷に効く薬草と食べ物を持ってきた。両親に人間からは逃げるように言われていた彼女だったが、助けてくれたコームという小さな少年と友達になった。しばらくして、彼女はコーム少年の村から離れた場所にある洞窟を見つけ、そこで小鹿たちと暮らすようになった。そこで彼女は初めて魔物が自分を襲ってこないことに気づいた。魔物が生息していて、人間が近づくことが出来ない場所は彼女たちに都合がよく、たまにやってくる少年と遊びながら彼女は成長した。
俺たちといっしょにラドさんは時々質問しながらコームさんとエミリさんの話を真剣に聞いていた。グッターは今にも流れ出そうな涙を堪えながら干し肉をかじった。
そして今日、コームさんはいつものように彼女のところに遊びに行った。村のみんなに怪しまれないように一ヶ月に一回満月の日だけ彼女に会いに行っていた。エミリさんが住む洞窟は遠く、徒歩では時間がかかるため、彼女は彼の村の近くまでにやって来ていた。だが、以前からコームさんの行動を怪しんでいた村長の息子デミリオに後をつけられていた。それに気づくことなくコームさんがエミリさんと会っていると、デミリオと彼の友人たちが弓矢で彼女と二匹の鹿を攻撃きたのだった。彼らの弓矢ではびくっともしないほど逞しくなった二匹の鹿は魔法で攻撃し返した。すると、3人は大声を上げながら逃げていった。しかし、彼女と鹿の魔物のことがばれてしまったため、コームさんは村に戻らずにこのままエミリさんたちと遠くに逃げようと決心し東に向かっていた。
そして、俺たちの焚火に気づいた二匹の鹿が追ってきた敵だと思い、襲ってしまったのだ。
コームさんが言うには、最近この地帯に桁外れに強いある男が現れ盗賊団を作りあげ、次々に周辺を力で抑え込み支配しているのだという。彼の村も盗賊団に税金のように物資を献上していて、さらに村長の息子とその友人の二人は進んでその手下になり、悪いことをしているらしいのだ。何かしら後ろめたい過去を持つ人々は外に逃げることもできず、物資やお金を献上するか手下になるかしかなかった。コームさんはこの山の森で生まれたので、罪人でも何でもないのだが、エミリさんのことがあってずっとここに住んでいたのだった。
「…そうか…二人はこれからどこか行く当てでもあるのか?」
と二人の事情を理解したラドさんは言った。
「とりあえず東の森に逃げようと思っています。そこなら魔物も多くて冒険者ですらあまり来ないと聞いたことがあります。エミリがいれば魔物は襲ってこないはずなので…」
「なるほど、それならばこれ以上人間の危険にさらされなくて済むかも知れんな…その鹿はホワイトディアと言って、かなり珍しい魔物じゃからな。それを狙ってくる人も多かろう」
「エミリさんは魔法を使えるのですか?」
もう彼女に対する警戒心は微塵もなくなっていたグッターは口を開いた。
「魔法ですか?え~と、水を少し操るくらいで…それだけです」
エミリさんは両親やコームさん以外と会話したことがなく極度に人見知りだった。おどおどしていて少しだけロットに雰囲気が似ている。他の人と交流して来なかったからなのか、感情が全て顔に現れてしまうようだ。コームさんより少し明るいブラウンの長い髪と魔族だからなのか見たこともないくらい美しい白い肌をしていた。
「魔族はみんな強大な魔力を持っていると習ったんだがな…人間に敵対していないということからも、エミリさんはあたしが魔法書で勉強した魔族とは全然違うのじゃ」
グッターが初めて笑顔になって言った。
「うん、私も驚いた…」
ロットが小さく言った。
「生まれながら人間と敵対する魔族はいないからな。ただ、その性質のせいで人間と敵対してしまう魔族が多いのじゃ。魔族を忌み嫌う文化の地域が多いからの。人間を食料とする魔族もおるから難しい話ではあるがな…それと、エミリさんはおそらくテイマーの資質を持っておるのじゃろう。体の中の魔力の流れがテイマー向きだと物理的な放出やコントールが苦手なことが多いと聞く」
「じゃあ、エミリさんは魔物と話したりできるってこと?」
トニーは我慢できず会話に入ってきた。
「え~と、フィノとレノはとても頭いい子たちで、簡単な言葉は理解してくれます。だけど、会話とかは出来ないです」
エミリさんは今まで魔法の練習とかあまりしたことがなく、テイマーという言葉も初めて知ったみたいだ。
「エミリさん、体のどこかに模様のようなものがあったりするかの?」
「…はい、背中にあるみたいです」
と言って恥ずかしそうにコームさんの方を見た。
「なるほどのお。エミリさんは間違いなく魔族じゃな。人間の中で極まれに魔族として生まれてくる子がおるのじゃ」
「魔族なら強大な魔力を持っているはずじゃ、これからの事も考えてちゃんと自分の能力を把握して伸ばした方がいいと思うのじゃ」
グッターがエミリさんに言った。
「はぁ…今まであまり考えたことなかったです…」
「練習やテイムのやり方はテイマーによって違うし絶対数が少ないからよくわかってないんじゃ。だけど、テイマーなら魔物と仲良くなったり飼いならしたり出来るはずだから、それをちゃんと意識するだけでも違うはずなのじゃ」
「ありがとうございます。グッターさん」
「あたしのことはグッターでいいのじゃ」
グッターはいつもの調子で言った。
「…ありがとう…グッター」
エミリさんは嬉しそうに言った。それを見たグッターも優しい笑顔を見せていた。いつの間にかエミリさんはコームさんの後ろではなく横に座っていた。
「どうじゃ、わしらといっしょに行くか?わしらは東の岩山をめざしておるから、途中までは同じ方向じゃろう」
ラドさんの言葉にエミリさんは好意的な表情をしながら、コームさんの方を見た。
「ええ、もしよっ「武器を構えろ!」」
コームさんが言葉を発した瞬間、ラドさんはいきなり立ち上がって剣を抜き、声を荒げながら言った。俺とトニーはその力強い言葉に動かされたかのように反射的に立ち上がって剣を抜き、ラドさんが見ている方向に目をやった。
「ヒノとトニー以外は後ろに下がれ!だが、あまり離れるな!」
何が起きたのかが飲み込めずにいたが、コームさんたちとグッターたちはラドさんに従い後ろに移動した。フィノとレノはエミリさんの近くでラドさんが見る方を警戒している。
すると暗闇の中から、10人以上の男たちが現れた。ガラの悪そうな連中で、全員が剣や槍を持っている。その中に今日すれ違った村長の息子デミリオとその友人たちの3人もいた。盗賊の仲間を引き連れて、俺たちかコームさんたちを追って来たようだ。
「お前ら!昼間の…なんでコームといっしょにいるんだ?…まあ、どうでもいい…大人しく持ち物と、その女と鹿をよこせ」
デミリオは俺たちに驚きながらも、開き直って言った。どうやらコームさんたちを追っていたようだ。
「デミリオ!同じ村の仲間を襲うのか!彼らは知り合いなんだ。だから頼むからここは引いてくれ。もう村は出ていくから、お前らに迷惑はかけない」
「黙れ!元々お前なんか嫌いだったんだよ。一人だけ善人ぶった顔しやがって。それに仲間なんかじゃないよ。あの村は俺の物になるんだ。だからお前は俺の物なんだ。その女と鹿は俺がもらう」
コームさんに対してかなり感情的になっていた。昔から何があったかは分からないが、溜まりに溜まった不満が憎しみとなって爆発したように感じ取れた。
デミリオとコームさんが話している間、盗賊たちは横に広がりながら俺たちの様子を伺っていた。
「あああああ!てめ~ら!」
盗賊たちの一人が俺たちに気づいて叫んだ。なにやら凄まじい憎しみが籠っている。どう反応していいのか分からず無視していると、
「おい!てめ~ら、まさか、俺たちの顔忘れたわけじゃないよな。ここで会ったが百年目、この前のお返しと兄貴の仇だ!」
「あっ、この前襲ってきた盗賊だ!」
とロットが気づいた。そう、俺たちが木に縛り付けて放置した盗賊だった。おそらくそのはずだ…顔は思い出せないが、話の流れからするとそうだ…トニーも思い出せず微妙な表情をしている。
それにしても、世の中は狭いな…
と思いながら少し油断した瞬間、「ヒノ、後ろから来るぞ」という前方のラドさんの声と共に、「うっ」という声が後ろから聞こえた。慌てて振り返ると、コームさんの左肩に矢が刺さっていた。そして、さらに弓矢が何本も暗闇から飛んできた。しまったと思いながら手の届く距離にいたグッターとロットを掴んで横に飛ばした。鹿のフィノとレノは飛んできた矢の半数を角で叩き折った。しかし、二本の矢がフィノとレノの角の間を通り過ぎ、コームさんの横腹とエミリさんの胸に刺さった。
フィノとレノは憤怒して姿勢を低くし後方の盗賊に向かって咆哮した。そして、美しく白いつやのある毛並みがとげとげしくなり、角が光りはじめた。
俺は怒りが沸いてくるのを感じ、矢が飛んできた方向に向かって走り出した。
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