ヒノ

ひげん

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第二章

こじれる鉱石探しと進む盗賊退治

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大きな槍を持った男はラドさんと俺たちを見て状況を理解したようだった。

「デモスさん!」

「お頭助けてください!」

俺とグッターたちの前に縛られたままで立っている盗賊の二人は縋るように言って、デモスという盗賊の頭に向かって走ろうとした。俺は彼らから伸びている縄を手で引っ張りながら、逃さないようにと思わず後ろから思い切り殴った。動けないようにしようとしただけだったが、二人は気を失って倒れてしまった。盗賊の頭はその光景を見ても特に表情を変えることもなく冷静なままだった。

「おぬしがここ一帯の盗賊頭、デモスという男か?」

ラドさんは腰を深く落とし構えながら言った。

「何者だ、貴様?」

「わしの名はエルモア・ヴォン・ラドガルヴ。ラグナ王国の騎士だ…おぬしからは純粋な武の香がぷんぷんするの」

「ふん、王国の犬が俺を討伐しに来たか?」

「いや、国からの要請でない。個人的な理由でおぬしを倒させていただく。おぬしの部下が仲間を襲ってきたのでな」

「そこで倒れている奴らが貴様たちを襲ったのか?…相手の実力を推し量ることも出来ない情けない連中だ」

デモスは盗賊とは言え自分の仲間である男たちを虫けらでも見るかのように蔑みながら言った。

「おぬしは、こんな辺鄙で盗賊団を結成して、ちまちまとした犯罪を犯すような男には見えんがな。なにか大きな事を起こそうとしているのかね?」

「それは貴様の知るところではない。どちらにしても、そこに転がっている二人を含め、ここからは誰も生きたまま返さないがな」

デモスは大きな槍先を前方の地面すれすれに構え、一気に戦闘態勢に入った。ラドさんもすぐに険しい表情を浮かべながら剣を横に倒し、突きの構えになった。そして、二人の間にはこちらが息苦しくなるほどのひりひりとした空気が流れ始め、デモスはゆっくりとラドさんに向かって前方の槍先を維持したまま距離を縮めた。

そして、二人の距離が大人三人分くらいになった時、デモスは前に屈みながら右足を大きく前に出した。その瞬間、デモスはすでに槍を最大限に前に突き出しており、槍先はラドさんの手前で止まっていた。ラドさんは瞬時に何かを避けるように上体を素早く横に反った。すると、鞭をしなったような大きな破裂音がし、突風が俺たちを通り過ぎた。ラドさんの頬には切られたような傷が入っており、血が垂れ落ちた。デモスはすぐに槍を引き戻し元の構えに戻った。

ラドさんは少し笑みを浮かべながらすり足でじりじりと距離を縮み始めた。そして、先ほど槍先が届いた間合いにラドさんの足が踏み入った。デモスはじっと様子を見ている。ラドさんはさらにゆっくりと距離を縮め続けた。まだまだ剣の間合いに入っていない様に見える。

すると、デモスは一気に態勢を変え、槍を高速で回転させ始めた。槍先とは反対の石突きで地面を削り、えぐりとった破片を回転の勢いにまかせてラドさんに飛ばした。ラドさんは弾丸のような速度で飛んでくる土や小石を肘で目を庇いながら防御した。

デモスは槍の回転で巻き上がった砂埃の中、一気にラドさんに近づき、槍を中段に構えた。そして、一気にラドさんの胸を狙って高速突きの連打を浴びせた。どっどっどっ、という鈍く重い音を出しながらラドさんは剣で全ての槍先を防いでいた。俺はあまりに速い攻防を目で追うことは出来なかった。

ラドさんは激しい槍の連撃を剣で防ぎながら「はあああああ!」という大きな声を発して気合を入れ、強引に踏み込み槍先を大きくはじいた。デモスは横に大きくはじかれた槍先をその勢いのまま後ろに回転させ、石突でラドさんの頭部を狙った。少しだけ後方に上体を反って石突をぎりぎりに躱したラドさんは、すぐ後を追って飛んできた槍先を剣で受け止めた。そして、受け止めた槍先を力技で前に押し込み、そのままデモスに向かってさらに踏み込んだ。強引に自分の間合いに入ったラドさんは、豪快に剣を振って打ちおろした。

デモスは左腕の肘あてでドゴッという鈍い音を立てながら剣を受け止め、右手で持った槍を素早くラドさんの右わき腹に突き刺した。ラドさんは上体を捻りながら後方に飛んだが、槍先が刺さった腹から大量の血が流れ出ていた。それを見た俺の足が本能的に前に出て、デモスに向かって走り出していた。剣を受け止めたデモスの肘あては深くめり込んでいて、左腕は相当なダメージを負ったようだった。デモスは左腕を庇うようにラドさんから距離を取り、右脇に槍を挟みながら片手で構えた。ラドさんはどくどくと血が流れ出る脇腹を抑えながらデモスから距離を取ってお互いににらみ合っていた。

すると、向かって来る俺に気づいたデモスは一瞬だけ俺の方を見た。ラドさんはそれを見逃さず、一気にデモスとの距離を縮め、片手で突きを繰り出した。デモスは後ろに飛びながら突き出された剣を槍先ではじいた。デモスは完全に防御を主体とした構えをとっており、出血によってラドさんが弱るのを待っているようだった。流れ出ている血の量からして、ラドさんが全力で動ける時間は長くなかった。それを悟ってか短期決戦に持ち込もうとするように、ラドさんはすぐに後ろに飛んだデモスを追った。

俺は横からデモスの間合いに入った。それと同時に、デモスに追いついたラドさんは力任せに剣を振り下ろした。槍先でラドさんの強力な一撃を受け止めたデモスは体ごと吹き飛ばされ、大きくのけ反った。その瞬間に俺は空中に飛び上がり、態勢を崩したデモスの頭を狙って剣を打ちおろした。

しかし、デモスは崩れた態勢で右足を大きく上に蹴り上げ、すね当てで俺の剣を受け止めた。まるで大きな岩が飛んできたような強力な蹴り上げで、剣は大きくはじかれ、その衝撃で俺の体はほんの少しの間空中に留まった。デモスは蹴り上げた足を素早く引き、がら空きになった俺の首の左付け根を狙って槍を上に突き出した。その時、どんどん槍の速度は下がり、時間の感覚が変わった。しかし、自由が利かない空中でバランスを失った俺はうまく体を動かせない。それでも、俺は槍の軌道を避けるように無理矢理に首を曲げた。槍先は俺の鎖骨を切りつけながら上に抜けていった。空中で無理な態勢にしまった俺は落下しながらもはじかれた剣をデモスの方に無理やり向き直した。そして、デモスの槍を持った腕を剣で引っ掛けながら左肩から地面に落ちた。

それと同時にラドさんの突きが俺の上を通り過ぎ、デモスに襲い掛かるのが下から見えた。槍には俺の腕が絡まっており、受け止めることも後ろに飛ぶことも出来ないデモスは胸を貫かれ崩れ落ちた。

「無茶をしおって、一歩間違えればおぬしは死んでおったぞ…だが、まあ、助かったわい…恐ろしく強いやつじゃったな」

と言いながらラドさんはポーションをポケットから取り出して使った。

グッターとロットは倒れたデモスを警戒しながらも、心配そうな表情を浮かべながらこちらに向かって歩いてきている。ラドさんは足でデモスを仰向けにし、息絶えたことを確認した。右腕には鎧兜のような入れ墨があり、首にはやはりミール村の盗賊の頭にはめられたものと同じ首輪があった。

「やはり只者ではなかったな。まさかゾドルの上級戦士だったとはな…」

「ゾドルってなんですか?」

「北西にある小さな国でな。少数精鋭の列強な戦士が多いところじゃ。彼の腕にある入れ墨はその中でもさらに強い部隊長クラスが彫るものなんじゃ」

獣人に次いで、今度は北西の国の戦士…

首輪のことをラドさんに言うべきどうかを悩んでいると、

「この首輪、もしやミール村の盗賊がつけていたものと同じものではないかね、ヒノ?」

とラドさんから聞いて来た。俺が小さく頷くと、ラドさんは傷口を抑えながら考えごとを始めた。傷はまだ回復し切っていないようだった。

俺はデモスが出てきた扉の中に警戒しながら入っていった。中は一人が暮らすのに十分な広さで、様々な物資や樽、武器などが置いてあった。毛布が重ねられた簡素な寝床があり、その近くに光を発する魔道具ゲレルがあった。どうやらデモスはここに一人で住んでいたようだ。

しばらくすると、ラドさんは復活した。そして、俺たちはデモスの持ち物を物色しながら住処の中を調べた。物資の中には地図が何枚か入っていた。デモス自身が作ったと思われるここ一帯の集落や仲間の場所を記したものと、さらに辺境伯爵と王家の領土周辺、そして詳細な王都の地図が入っていた。隣には布袋があり、中には大量の銀貨や金貨が入っていた。それをみたグッターは一瞬目を大きく開けて口元を緩めた。ラドさんは全ての物資は盗賊を倒した俺たちのもので、彼はデモスの槍さえもらえれば、それ以外は全て俺たちがもらっていいと言ってくれた。幼い笑顔をみせながらグッターは大量の金貨と銀貨を全て小さな魔法袋に押し込んだ。ロットは地図だけ取ってリュックに入れた。そして、武器や保存のきく食料だけを選び、残りの物資は運び切れないのでそのまま残すことにした。

俺たちはこんなにすぐ盗賊の頭のアジトを見つけられるとは思っていなかったため、コームさんとの待ち合わせまで二日ほど余ってしまった。すると、グッターはエミリさんの復讐のためか…それとも今回大金を手にすることが出来て少し味をしめたのか、残りの盗賊の退治を提案してきた。

俺たちの鉱石探しの旅は盗賊狩りに変わった。

ラドさんは気絶している二人の盗賊をあとで戻って来て連行すると言って、デモスの住処に縛ったまま放置し、扉を閉めてその上を土や木の枝で覆い隠した。

そして、無邪気に先頭を歩くグッターと共に、デモスの手書きの地図を頼りに残りの盗賊を探すことになった。

それから二日間、俺とラドさんは盗賊たちと戦って退治し、グッターは金品を奪い、ロットは周囲の詳しい地理情報を記しながら山岳地帯を周った。盗賊たちは集落ではなくそれぞれが小さなグループに分かれて住んでいた。デモスと比べて苦戦するほどの手勢はいなく、二日間で15人以上の盗賊を退治した。そして、地図上の場所を全て周り終わって、コームさんに会った待ち合わせの場所に戻った。もちろん、全てロットの案内の下で。

ついこの前、初めての盗賊との戦闘におろおろしていたグッターとロットの姿はもうなかった。小さいから順応が早いのか…すっかり逞しくなり、戦闘こそ参加出来ないものの、盗賊のアジトを荒らしまわり、金品を強奪する荒くれもの集団の一員になっていた。探査魔法で盗賊たちの隠し財産を簡単に見つけ出し、根こそぎ奪い去るグッターの姿に、途中でエミリさんの復讐を忘れ、盗賊たちが金貨に見え始めているのではないかと俺は思ってしまった。

待ち合わせ場所で軽い食事しながら待っていると、コームさんが一人でやって来た。表情からエミリさんが無事なのだとすぐにわかった。

コームさんの案内で半日ほど東に歩き、日が沈みかけた辺りでエミリさんが住んでいる洞窟の近くにたどり着いた。周囲は大きな岩に囲まれており、グッターが目指していた岩山地帯が広がっていた。モームさんは岩山の間を縫って、時には一人しか通れないような細い隙間を抜け、暗くなる頃にエミリさんが住む洞窟の入口に着いた。普通に歩いていては決して見つけることが出来ないような入り組んだ場所にあった。来た道をもう一度辿ろうとしても、俺には無理だろう。

すると、洞窟の入口の手前にいたエミリさんと二匹の鹿フィノとレノ、そしてトニーが出迎えた。エミリさんはもう立って歩けるようになっていた。ラドさんが言ったように魔族の自然回復能力はかなり高いようだった。

ラドさんはもう盗賊が追跡して来ないことを告げると、エミリさんは深くお辞儀してお礼を言った。

コームさんとエミリさんは朝には東の森を目指して出発することを決めていた。エミリさんはまだ万全の状態ではなかったが、移動には支障がないということだった。グッターは持てる限りの食料とお金をエミリさんに渡した。自分たちの食料を一切計算してない量だったが、エミリさんはお礼を言いながら食料を少しだけ受け取り、森で使えないからと言ってお金を全てグッターに返した。

その夜は洞窟の前で焚火しながらみんなで一夜を過ごした。グッターはエミリさんにずっとべったりとくっついていて、エミリさんもとても嬉しそうだった。ロットもその隣に座って可愛い笑顔で遅くまでいっしょに話をしていた。フィノとレノは少しだけ俺たちになついた。

トニーは盗賊退治に参加できなかったことの不満を漏らしていた。

そして、翌朝コームさんはラドさんからもらった、というか盗賊から奪った剣を腰に差し、食料が入った袋と荷物をフィノとレノの背中に乗せて出発した。グッターとロットはいつか絶対に会いに行くと言って、エミリさんに抱き着いて顔をうずめながら名残惜しそうに別れを告げた。そして、彼らが見えなくなるまで手を振り続けていた。

するとラドさんは

「すまんな、みんな。今回の盗賊の一件を至急王都に報告した方良さそうなんじゃ。だが、付き添いを受けた以上は君たちだけでエルンに返すわけにいかん。そこで、悪いが一緒に王都に向かってくれまいか?」

と言った。

今回いろいろとお世話になったラドさんを断れるはずがない上に、デモスという男が獣人襲撃事件と何かしらの関連がある可能性が高いとわかっている俺はそれを了承し、グッターとロットを説得した。グッターは渋々、またいっしょにこの場所に戻ってくるという約束で王都を目指すことを了承した。実はグッターがエミリさんの住んでいた洞窟付近で探査魔法を使用したところ、かなり強い反応があったらしい。

帰りの道中、デモスの住処に寄り、ぎりぎり生きていた二人の盗賊を拾って、来た道を戻り街道を目指した。盗賊の一人デミリオが住んでいる集落を通ると面倒なことになりそうだったため、ロットが示してくれた迂回道を周り、集落を回避した。諸々含めて、王都の判断を仰ぐということになった。

そして、三日目にやっと街道に戻ることが出来た。途中にすれ違った街道警備の兵士何人かに捕らえた盗賊の説明などをしながら、街道を南に一日半ほど歩き、レオルド辺境伯爵と王家の領土との境ある関所に着いた。

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