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学園編
慣れないことはするもんじゃない
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「つっかれたぁ~…」
部屋に戻るなりベッドへと倒れこむ。制服がしわになる? そんな些細なことはどうでもいい。よくないけど。
とにかく心身ともに疲弊したからとにかく休みたい。
枕に顎を乗せて突っ伏していると、侍女さん達がカバンを片付けてくれている。
申し訳ない…でももう動きたくない…このまま寝たい…。
あの後普通に授業を受けたが前世とは全く内容が違い、なかなか楽しかった。常に隣と後ろからの視線があって鬱陶しいことこの上なかったが。
それを無視してうきうきと午前中の授業を終えた所でフリードリヒに「一緒に昼食でも?」と声をかけられたがにっこりと笑って「遠慮しておきます」と言って教室から立ち去った。
取り巻きれんちゅ…もとい攻略対象者たちには「殿下のお誘いを断るつもりか」と睨まれたがそんなことは知ったこっちゃない。
なんせ僕は主人公をいじめ倒す悪役令息なのだから!
まぁいじめることはできないから主人公にはちょっとした嫌がらせをしようと思う。
なんせ以下略。
やることは至極簡単。
何もしない。
そして近付かない。
この際フリードリヒが婚約者であろうが関係ない。
あ、先に婚約破棄を言い渡しても面白そうだな。
そういえばユアソーン家ってどうなってるんだ? その辺の詳しいことなんかさっぱりだし。
でもあれこれ考えるのもう辛いー…。
もういいや。
考えるのは明日にして寝ちゃおう。そうしよう。
半分寝ていたようなものだが、そう決めればすとんと意識が落ちた。
■■■
「あー…しんどい…」
翌日。気付いたらきちんと寝間着?に着替えさせられて寝てた。こう…だぼっとしたワンピースみたいなやつ。ネグリジェだっけ? そんな感じのやつ。
もちろんスケスケじゃない。スケスケでも僕の裸なんか見て誰が喜ぶんだよ。
僕は男同士のいちゃいちゃが見たいだけなんだ。
というか寝落ちした後に着替えさせられるとか子供かよ…。でもぶりぶりのフリルがついてるのはなぜなんだ…。女の子用とかじゃないよな?
そんな自分に情けなくて涙が出るが、今は別のことで涙が出そう。
はい。知恵熱出しました。
昨日前世…というよりあれこれを思い出してさらに慣れない学校へも行った。好奇の目で一日見られて思ったより疲れ切っていたらしい。
そして今日はベッドの住人です。
お腹空いたけど何か食べると吐きそうだし…。でも何か食べたい…。
僕の側には常に侍女さんがいるけど、額に載せたタオルを交換するだけ。まぁ…触られるの慣れてないからいいんだけどさ。
それでも慎重に、そして緊張した面持ちでタオルを取るのやめてくれないかな。こっちまで緊張するんだけど。
「あの…」
「は、はい! いかがされましたか?! レイジス様?!」
うん、めっちゃ緊張してるのは伝わってくる。
って、あれ? この侍女さん僕が悲鳴あげた時に一番に来てくれた人だよね?
「お腹…すいた…」
「え?」
「くだものか…なにかない?」
ふうふうと息を吐きながらもそう尋ねればどこか困惑している侍女さん。
え? 食べちゃダメ?
「しかし…その…よろしいのですか?」
「何が?」
「決められた時間以外にお食事など…」
「はい?」
おどおどとしながらもきちんと答えてくれる侍女さん。
何? 以前の僕、決まった時間にしか食べないの? 規則正しい生活してたのね。
でも昨日夕食抜きだったからさー。お腹空いてるんだよー。
「いいよ…別に」
「で、でしたらすぐにご用意をさせていただきますね」
そう言って寝室を出ていく彼女の後姿をぼんやりと眺めていると、ふと今何時なのかが気になった。
起きて直ぐに頭が痛いことに気付いて妙齢の女性―ジョセフィーヌさんが医者を呼んでくれた。そして寝ていれば大丈夫という診断を貰って横になっているけど、うつらうつらとしていたり知らずに眠っている時間が長かったから時刻がさっぱりだ。
ベッドのカーテンも閉められてるから真っ暗に近いし。
時折汗を拭いてくれたり、着ている物を替えてくれたりと至れり尽くせりだけど力抜けた人間は重いからなー…。女性の細腕に全体重を預けてしまうことに申し訳なさを感じながらも熱でまともに動かない身体はどうすることもできないのだ。
ふう、と息を吐き、瞳を閉じているとなんだか部屋の外が騒がしい。
なんだよー。もー。
「お待ちください! フリードリヒ殿下!」
「レイジス様はお休みになっておられますので!」
「仮にも婚約者の私が見舞いに来てはいけないのか?」
「そうではありません! ですが今日のところはお引き取りください!」
んんんー?
カーテンの外では侍女さん達とフリードリヒの言葉の攻防が続いている。
朝よりはましになったけど、一日中寝てたから誰にも会いたくないなー。てか昨日風呂も入ってないんじゃ…?
なら、なおさら会いたくないな! うん!
「ならば命だ。レイジスに会わせろ」
「―――…っつ?!」
おーおー。傲慢な王子様だな。おい。
こっちは体調崩してるっていうのに。
「入るぞ」
って言うか言う前からカーテン開けるのやめてもらってもいいですかね?
眩しいんだけど。
「なんだ、本当に具合が悪いようだな」
「…………」
意外だ、というように眉を持ち上げるフリードリヒに、僕は返す言葉が見つからない。
なるほど? 以前のレイジスは仮病を使いまくってたのか。
「フリードリヒ殿下!」
するとジョセフィーヌさんの少しだけ焦りが含まれた声が耳に届く。
おー、カッコいいなー。
熱でぼんやりとしているからフリードリヒがどんな顔をしているか分らない。けど、僕の体調が崩れていることの真偽を見定めているようにも見える。
失礼な。と思ったけど、まぁ仮病使いまくりなら仕方ないか。
はふはふと息を吐きながらゆっくりとフリードリヒへと顔を向ければ眉が寄った。
「なにか…きゅうよう、ですか?」
舌が回らないのは許してくれ。こっちも好きでこうなっているわけじゃないからな!
するとフリードリヒの瞳が丸くなり黙ってしまった。
いや、黙られても困るんだけど。こっちは腹が減ってるわ熱いわ身体は重いわで大変なんですよ。
用事がないならさっさと帰ってくれないかな…。
「レイジス」
「んぅ?」
ひたりと頬に伸ばされた手が思いの外冷たくてふっと肩の力を抜く。
ああ、また熱が上がってるな。明日までに治るかな…。
その冷たさが気持ちよくて瞳を閉じればフリードリヒが息を飲む音が聞こえた。それに、やけに部屋が静まり返っているのはなんでだろう?
「あの…?」
「いい、眠いなら寝ろ」
「はい…?」
冷たいものが増えたおかげか、瞼がとろりと落ちてくる。そのまま瞼を閉じれば「おやすみ、レイジス」とやけに優しい声が聞こえた後、再び意識が落ちた。
■■■
すう、と呼吸が穏やかになり一定のリズムで肩が動くのを見てから、側に控えていた侍女が「フリードリヒ殿下」と硬い声色で呼びかけてきた。
それに返事をする事もなく、ただただ静かに眠るレイジスを私は不思議な感覚で見つめていた。
「レイジス様に近付かれてはあぶのうございます」
「今日は危なくなかったがな」
「…今日は体調をお崩しになっておられるからでしょう。普段なら何をされるか分らないのですよ?」
レイジス付きの侍女にそう言われ、苦笑いを浮かべる。
「確かにな」
「笑い事では済まされないのです。殿下の御身に何かあればレイジス様だけではなくユアソーン家に関わります」
侍女の話を聞きながら白くまろい頬を撫でれば「んむぅ」とむずがる子供のような声がレイジスから漏れた。その声につい頬が緩み耳まで掌を滑らせる。そのまま長い髪を梳きさらさらと流せば光が反射しとても美しい。
「これは昨日から様子がおかしいが…発作か何かか?」
熱がまだ高いのか、頬も唇も赤い。ぷっくりとした唇に触れようとして起きてしまったらまた癇癪を起こすのが面倒で思いとどまった。
「いえ。昨日レイジス様が「なぜレイジス・ユアソーンになっているのか」と叫ばれてからです。そうですね?」
「…はい」
聞こえたのは若い声。この侍女もレイジスの癇癪に巻き込まれた一人だろう。声色が硬い。
「それから学園へ行くと申されまして」
「ああ。それは私も驚いた。あの癇癪持ちが来たのだからね。学園側も相当ピリピリしていたよ」
「左様でございますか」
学園内で問題を起こされては困ると昨日一日レイジスが寮へ戻るまで教室の後ろで教師が一人監視をしていた。
まぁ、突然癇癪を起こし他の生徒を傷付けるのを避けたかったのだろう。生徒たちもどことなく落ち着きがなく授業を受けた気にならなかった。
「これは昨日一日癇癪を起さなかった。このようなことは?」
「一日たりともございませんでした。私たちでさえ近付けば物を投げ、酷いときには魔法が飛んできました」
「…なるほど」
国一番の美貌を持つ少年がある日を境に豹変した。
それは私との婚約が決まってすぐだった。
穏やかだった性格が激情に変わり何かと「俺はなんでこの世界にいるんだ!」と叫んでは侍女や使用人、はては両親にまで敵意を向けた。特に男に対しては物を投げるなんてことはまだ可愛い方。常に攻撃魔法が飛んでくるのだ。
まるで怯える獣が威嚇するように。
そのあまりの変わり様に「悪魔付き」とまで言われたくらいだ。教会の人間をやっても本人が嫌がり果てには「俺はこの世界の人間じゃない! 違うんだ!」と髪を振り乱し錯乱した。
その手の付けようがない息子に悲観したユアソーン夫妻はそれでも突き放すことはしなかった。
もちろん私も父上に「婚約破棄をしなさい」と言われたが、首を左右に振った。レイジスのまだ穏やかだった子供の頃を知っているからかもしれないが。
それでも歳を重ねるごとに投げる物は重く、魔法は威力が高いものを飛ばし一人部屋に閉じこもる。家庭教師が近付けばすぐさま物が飛び怯えさせた。それは世話をしようとした者達も同じだった。
それ以来レイジスは恐怖の対象になった。
なまじ魔力が多いだけに魔法の威力は高い。幸い死者は出ていないが重傷者は多数。
結果、ユアソーン家は腫れものを触るような立場へと落ち、夜会に夫人は次第に出なくなっていった。それでも婚約者なのだからと私はレイジスの元を訪ねては物を投げられる。その瞳には確かに憎悪があった。
「なんで俺はこの世界にいるんだ!」
錯乱した時それがレイジスが必ず吐き出す言葉だった。
絶望に似た慟哭。
その言葉を吐き出すたびにレイジスは唇を噛みここではないどこかを夢見ているような瞳で空を見上げる。癇癪や錯乱が終われば使用人たちは滅茶苦茶になったものを無言で片付けていく。
だがレイジスの癇癪に耐え切れず一人、また一人と辞めていき残ったのは長年ユアソーン家に仕えていたこの侍女と執事だけだった。
それでもユアソーン夫婦は息子を愛した。いや、愛そうとした。
けれど12歳になった時、学園からの通知が来たのだ。
この国の貴族たちは13歳になればセントアリュウス学園へと入学することが決まっている。例え本人に問題があっても。
しかしレイジスのことは貴族内では既に知れ渡っており、来られないようにしてくれと要望があった。だがそんなことはできない。
学園内では身分などあってないようなものなのだから。だがそこにも例外はあり王族、または王族に連なる者は寮で勉強ができる。それは安全面を考えた結果だろう。
私は婚約者という立場を利用し、それをレイジスに施し一応学園に通っている体を保った。それでも勉強どころではなかったようだが。
「殿下」
「…なんだ」
「そろそろお時間です」
そう護衛―アルシュ・ブラウンに言われもうそんな時間だったかと振り返る。その目は鋭く「早く戻りますよ」という空気が漂っている。それはレイジス付きの侍女たちもそうだろう。
万が一、私を害したとすれば自分たちの首も危ないのだから。
だが。
「アルシュ」
「はい」
「今日はここに泊まる。外泊許可を出しておいてくれ」
「なっ?!」
さらりと髪を流し、再び赤い頬に触れながら寝顔を見つめる。こんなにも穏やかな表情を見せたのはいつぶりだろうか。
それに肌に触れるのはこれが初めてだ。吸い付いてくる肌を離すなんてもったいないと思ってしまう。
「殿下! レイジス…様は危険でございます!」
「ブラウン様の仰る通りでございます! 殿下はお部屋に…!」
アルシュと侍女に戻るように言われるが、私は戻る気などない。
少しでもレイジスの―婚約者の側にいたいと思うのはわがままなのだろうか。
「聞こえていなかったのか? 外泊許可を出して来い」
「―――っ!」
「それと、私が怪我をしてもそなたたちのせいではない」
「しかし…!」
それでも止めようとするのはひとえに私に危害が及ばないように。
そして先程触れられなかった唇へ指を伸ばしそっとなぞる。触れた瞬間、熱さと柔らかなその感触にぞわりとした。
久々の感覚にはっ、と息を吐けばまだ何か言いたそうな二人を見やる。
「…起きて元に戻ってもいい。それまでは触れさせてはくれないか?」
「殿下…」
視線をレイジスへと戻し唇から指を移動させ親指で唇とは違う柔い頬を優しく撫でる。
先程の言葉は本心だ。
二日ほどの短い夢でもいい。こうやって穏やかに二人が過ごせるのならば。
「…承知いたしました。何かあればお呼びください」
「助かる」
「いえ」
一礼をして下がる侍女を、唇を噛んで見ているだろうアルシュはどうするだろうか。
「…分かりました。ですが」
「お前もここにいるんだろう? ならリーシャに伝言を頼む」
「はっ」
不承不承、と言ったところだろうが私としてもこのように触れることなど二度とないのだ。
「レイジス…私の婚約者」
しんとした部屋に二人きり。誰もいない事は明白。
だから、だろうか。
引かれるようにまろい頬に唇を落としてしまったのは。
「レイジス。君が婚約破棄を望むなら私は…」
そこまで言葉にしてぐっと続きを飲み込む。
父上からも言われていた私とレイジスとの婚約。
“レイジスから婚約破棄の申し出があった場合、それを了承すること”
それが、性格が豹変したレイジスとの婚約の約束。
父上からの最大の譲歩。
だから私はレイジス―君に会うことがなかなかできなかったんだ。
そんな小さな懺悔をしながら額に載っている邪魔なタオルを退けると唇を押し当てる。発熱しているそこは熱かったが、私の耳もレイジスと同じように熱くなる。
そして閉じられた瞼に頬に耳に唇を落とし最後に耳元に囁く。
「早く、熱が下がるようまじないだ」
ちゅ、と耳にも唇を落とした後、前髪を指で払う。そして退けたタオルを掴むと、心と身体を冷やす為に水へとそれと指を入れた。
部屋に戻るなりベッドへと倒れこむ。制服がしわになる? そんな些細なことはどうでもいい。よくないけど。
とにかく心身ともに疲弊したからとにかく休みたい。
枕に顎を乗せて突っ伏していると、侍女さん達がカバンを片付けてくれている。
申し訳ない…でももう動きたくない…このまま寝たい…。
あの後普通に授業を受けたが前世とは全く内容が違い、なかなか楽しかった。常に隣と後ろからの視線があって鬱陶しいことこの上なかったが。
それを無視してうきうきと午前中の授業を終えた所でフリードリヒに「一緒に昼食でも?」と声をかけられたがにっこりと笑って「遠慮しておきます」と言って教室から立ち去った。
取り巻きれんちゅ…もとい攻略対象者たちには「殿下のお誘いを断るつもりか」と睨まれたがそんなことは知ったこっちゃない。
なんせ僕は主人公をいじめ倒す悪役令息なのだから!
まぁいじめることはできないから主人公にはちょっとした嫌がらせをしようと思う。
なんせ以下略。
やることは至極簡単。
何もしない。
そして近付かない。
この際フリードリヒが婚約者であろうが関係ない。
あ、先に婚約破棄を言い渡しても面白そうだな。
そういえばユアソーン家ってどうなってるんだ? その辺の詳しいことなんかさっぱりだし。
でもあれこれ考えるのもう辛いー…。
もういいや。
考えるのは明日にして寝ちゃおう。そうしよう。
半分寝ていたようなものだが、そう決めればすとんと意識が落ちた。
■■■
「あー…しんどい…」
翌日。気付いたらきちんと寝間着?に着替えさせられて寝てた。こう…だぼっとしたワンピースみたいなやつ。ネグリジェだっけ? そんな感じのやつ。
もちろんスケスケじゃない。スケスケでも僕の裸なんか見て誰が喜ぶんだよ。
僕は男同士のいちゃいちゃが見たいだけなんだ。
というか寝落ちした後に着替えさせられるとか子供かよ…。でもぶりぶりのフリルがついてるのはなぜなんだ…。女の子用とかじゃないよな?
そんな自分に情けなくて涙が出るが、今は別のことで涙が出そう。
はい。知恵熱出しました。
昨日前世…というよりあれこれを思い出してさらに慣れない学校へも行った。好奇の目で一日見られて思ったより疲れ切っていたらしい。
そして今日はベッドの住人です。
お腹空いたけど何か食べると吐きそうだし…。でも何か食べたい…。
僕の側には常に侍女さんがいるけど、額に載せたタオルを交換するだけ。まぁ…触られるの慣れてないからいいんだけどさ。
それでも慎重に、そして緊張した面持ちでタオルを取るのやめてくれないかな。こっちまで緊張するんだけど。
「あの…」
「は、はい! いかがされましたか?! レイジス様?!」
うん、めっちゃ緊張してるのは伝わってくる。
って、あれ? この侍女さん僕が悲鳴あげた時に一番に来てくれた人だよね?
「お腹…すいた…」
「え?」
「くだものか…なにかない?」
ふうふうと息を吐きながらもそう尋ねればどこか困惑している侍女さん。
え? 食べちゃダメ?
「しかし…その…よろしいのですか?」
「何が?」
「決められた時間以外にお食事など…」
「はい?」
おどおどとしながらもきちんと答えてくれる侍女さん。
何? 以前の僕、決まった時間にしか食べないの? 規則正しい生活してたのね。
でも昨日夕食抜きだったからさー。お腹空いてるんだよー。
「いいよ…別に」
「で、でしたらすぐにご用意をさせていただきますね」
そう言って寝室を出ていく彼女の後姿をぼんやりと眺めていると、ふと今何時なのかが気になった。
起きて直ぐに頭が痛いことに気付いて妙齢の女性―ジョセフィーヌさんが医者を呼んでくれた。そして寝ていれば大丈夫という診断を貰って横になっているけど、うつらうつらとしていたり知らずに眠っている時間が長かったから時刻がさっぱりだ。
ベッドのカーテンも閉められてるから真っ暗に近いし。
時折汗を拭いてくれたり、着ている物を替えてくれたりと至れり尽くせりだけど力抜けた人間は重いからなー…。女性の細腕に全体重を預けてしまうことに申し訳なさを感じながらも熱でまともに動かない身体はどうすることもできないのだ。
ふう、と息を吐き、瞳を閉じているとなんだか部屋の外が騒がしい。
なんだよー。もー。
「お待ちください! フリードリヒ殿下!」
「レイジス様はお休みになっておられますので!」
「仮にも婚約者の私が見舞いに来てはいけないのか?」
「そうではありません! ですが今日のところはお引き取りください!」
んんんー?
カーテンの外では侍女さん達とフリードリヒの言葉の攻防が続いている。
朝よりはましになったけど、一日中寝てたから誰にも会いたくないなー。てか昨日風呂も入ってないんじゃ…?
なら、なおさら会いたくないな! うん!
「ならば命だ。レイジスに会わせろ」
「―――…っつ?!」
おーおー。傲慢な王子様だな。おい。
こっちは体調崩してるっていうのに。
「入るぞ」
って言うか言う前からカーテン開けるのやめてもらってもいいですかね?
眩しいんだけど。
「なんだ、本当に具合が悪いようだな」
「…………」
意外だ、というように眉を持ち上げるフリードリヒに、僕は返す言葉が見つからない。
なるほど? 以前のレイジスは仮病を使いまくってたのか。
「フリードリヒ殿下!」
するとジョセフィーヌさんの少しだけ焦りが含まれた声が耳に届く。
おー、カッコいいなー。
熱でぼんやりとしているからフリードリヒがどんな顔をしているか分らない。けど、僕の体調が崩れていることの真偽を見定めているようにも見える。
失礼な。と思ったけど、まぁ仮病使いまくりなら仕方ないか。
はふはふと息を吐きながらゆっくりとフリードリヒへと顔を向ければ眉が寄った。
「なにか…きゅうよう、ですか?」
舌が回らないのは許してくれ。こっちも好きでこうなっているわけじゃないからな!
するとフリードリヒの瞳が丸くなり黙ってしまった。
いや、黙られても困るんだけど。こっちは腹が減ってるわ熱いわ身体は重いわで大変なんですよ。
用事がないならさっさと帰ってくれないかな…。
「レイジス」
「んぅ?」
ひたりと頬に伸ばされた手が思いの外冷たくてふっと肩の力を抜く。
ああ、また熱が上がってるな。明日までに治るかな…。
その冷たさが気持ちよくて瞳を閉じればフリードリヒが息を飲む音が聞こえた。それに、やけに部屋が静まり返っているのはなんでだろう?
「あの…?」
「いい、眠いなら寝ろ」
「はい…?」
冷たいものが増えたおかげか、瞼がとろりと落ちてくる。そのまま瞼を閉じれば「おやすみ、レイジス」とやけに優しい声が聞こえた後、再び意識が落ちた。
■■■
すう、と呼吸が穏やかになり一定のリズムで肩が動くのを見てから、側に控えていた侍女が「フリードリヒ殿下」と硬い声色で呼びかけてきた。
それに返事をする事もなく、ただただ静かに眠るレイジスを私は不思議な感覚で見つめていた。
「レイジス様に近付かれてはあぶのうございます」
「今日は危なくなかったがな」
「…今日は体調をお崩しになっておられるからでしょう。普段なら何をされるか分らないのですよ?」
レイジス付きの侍女にそう言われ、苦笑いを浮かべる。
「確かにな」
「笑い事では済まされないのです。殿下の御身に何かあればレイジス様だけではなくユアソーン家に関わります」
侍女の話を聞きながら白くまろい頬を撫でれば「んむぅ」とむずがる子供のような声がレイジスから漏れた。その声につい頬が緩み耳まで掌を滑らせる。そのまま長い髪を梳きさらさらと流せば光が反射しとても美しい。
「これは昨日から様子がおかしいが…発作か何かか?」
熱がまだ高いのか、頬も唇も赤い。ぷっくりとした唇に触れようとして起きてしまったらまた癇癪を起こすのが面倒で思いとどまった。
「いえ。昨日レイジス様が「なぜレイジス・ユアソーンになっているのか」と叫ばれてからです。そうですね?」
「…はい」
聞こえたのは若い声。この侍女もレイジスの癇癪に巻き込まれた一人だろう。声色が硬い。
「それから学園へ行くと申されまして」
「ああ。それは私も驚いた。あの癇癪持ちが来たのだからね。学園側も相当ピリピリしていたよ」
「左様でございますか」
学園内で問題を起こされては困ると昨日一日レイジスが寮へ戻るまで教室の後ろで教師が一人監視をしていた。
まぁ、突然癇癪を起こし他の生徒を傷付けるのを避けたかったのだろう。生徒たちもどことなく落ち着きがなく授業を受けた気にならなかった。
「これは昨日一日癇癪を起さなかった。このようなことは?」
「一日たりともございませんでした。私たちでさえ近付けば物を投げ、酷いときには魔法が飛んできました」
「…なるほど」
国一番の美貌を持つ少年がある日を境に豹変した。
それは私との婚約が決まってすぐだった。
穏やかだった性格が激情に変わり何かと「俺はなんでこの世界にいるんだ!」と叫んでは侍女や使用人、はては両親にまで敵意を向けた。特に男に対しては物を投げるなんてことはまだ可愛い方。常に攻撃魔法が飛んでくるのだ。
まるで怯える獣が威嚇するように。
そのあまりの変わり様に「悪魔付き」とまで言われたくらいだ。教会の人間をやっても本人が嫌がり果てには「俺はこの世界の人間じゃない! 違うんだ!」と髪を振り乱し錯乱した。
その手の付けようがない息子に悲観したユアソーン夫妻はそれでも突き放すことはしなかった。
もちろん私も父上に「婚約破棄をしなさい」と言われたが、首を左右に振った。レイジスのまだ穏やかだった子供の頃を知っているからかもしれないが。
それでも歳を重ねるごとに投げる物は重く、魔法は威力が高いものを飛ばし一人部屋に閉じこもる。家庭教師が近付けばすぐさま物が飛び怯えさせた。それは世話をしようとした者達も同じだった。
それ以来レイジスは恐怖の対象になった。
なまじ魔力が多いだけに魔法の威力は高い。幸い死者は出ていないが重傷者は多数。
結果、ユアソーン家は腫れものを触るような立場へと落ち、夜会に夫人は次第に出なくなっていった。それでも婚約者なのだからと私はレイジスの元を訪ねては物を投げられる。その瞳には確かに憎悪があった。
「なんで俺はこの世界にいるんだ!」
錯乱した時それがレイジスが必ず吐き出す言葉だった。
絶望に似た慟哭。
その言葉を吐き出すたびにレイジスは唇を噛みここではないどこかを夢見ているような瞳で空を見上げる。癇癪や錯乱が終われば使用人たちは滅茶苦茶になったものを無言で片付けていく。
だがレイジスの癇癪に耐え切れず一人、また一人と辞めていき残ったのは長年ユアソーン家に仕えていたこの侍女と執事だけだった。
それでもユアソーン夫婦は息子を愛した。いや、愛そうとした。
けれど12歳になった時、学園からの通知が来たのだ。
この国の貴族たちは13歳になればセントアリュウス学園へと入学することが決まっている。例え本人に問題があっても。
しかしレイジスのことは貴族内では既に知れ渡っており、来られないようにしてくれと要望があった。だがそんなことはできない。
学園内では身分などあってないようなものなのだから。だがそこにも例外はあり王族、または王族に連なる者は寮で勉強ができる。それは安全面を考えた結果だろう。
私は婚約者という立場を利用し、それをレイジスに施し一応学園に通っている体を保った。それでも勉強どころではなかったようだが。
「殿下」
「…なんだ」
「そろそろお時間です」
そう護衛―アルシュ・ブラウンに言われもうそんな時間だったかと振り返る。その目は鋭く「早く戻りますよ」という空気が漂っている。それはレイジス付きの侍女たちもそうだろう。
万が一、私を害したとすれば自分たちの首も危ないのだから。
だが。
「アルシュ」
「はい」
「今日はここに泊まる。外泊許可を出しておいてくれ」
「なっ?!」
さらりと髪を流し、再び赤い頬に触れながら寝顔を見つめる。こんなにも穏やかな表情を見せたのはいつぶりだろうか。
それに肌に触れるのはこれが初めてだ。吸い付いてくる肌を離すなんてもったいないと思ってしまう。
「殿下! レイジス…様は危険でございます!」
「ブラウン様の仰る通りでございます! 殿下はお部屋に…!」
アルシュと侍女に戻るように言われるが、私は戻る気などない。
少しでもレイジスの―婚約者の側にいたいと思うのはわがままなのだろうか。
「聞こえていなかったのか? 外泊許可を出して来い」
「―――っ!」
「それと、私が怪我をしてもそなたたちのせいではない」
「しかし…!」
それでも止めようとするのはひとえに私に危害が及ばないように。
そして先程触れられなかった唇へ指を伸ばしそっとなぞる。触れた瞬間、熱さと柔らかなその感触にぞわりとした。
久々の感覚にはっ、と息を吐けばまだ何か言いたそうな二人を見やる。
「…起きて元に戻ってもいい。それまでは触れさせてはくれないか?」
「殿下…」
視線をレイジスへと戻し唇から指を移動させ親指で唇とは違う柔い頬を優しく撫でる。
先程の言葉は本心だ。
二日ほどの短い夢でもいい。こうやって穏やかに二人が過ごせるのならば。
「…承知いたしました。何かあればお呼びください」
「助かる」
「いえ」
一礼をして下がる侍女を、唇を噛んで見ているだろうアルシュはどうするだろうか。
「…分かりました。ですが」
「お前もここにいるんだろう? ならリーシャに伝言を頼む」
「はっ」
不承不承、と言ったところだろうが私としてもこのように触れることなど二度とないのだ。
「レイジス…私の婚約者」
しんとした部屋に二人きり。誰もいない事は明白。
だから、だろうか。
引かれるようにまろい頬に唇を落としてしまったのは。
「レイジス。君が婚約破棄を望むなら私は…」
そこまで言葉にしてぐっと続きを飲み込む。
父上からも言われていた私とレイジスとの婚約。
“レイジスから婚約破棄の申し出があった場合、それを了承すること”
それが、性格が豹変したレイジスとの婚約の約束。
父上からの最大の譲歩。
だから私はレイジス―君に会うことがなかなかできなかったんだ。
そんな小さな懺悔をしながら額に載っている邪魔なタオルを退けると唇を押し当てる。発熱しているそこは熱かったが、私の耳もレイジスと同じように熱くなる。
そして閉じられた瞼に頬に耳に唇を落とし最後に耳元に囁く。
「早く、熱が下がるようまじないだ」
ちゅ、と耳にも唇を落とした後、前髪を指で払う。そして退けたタオルを掴むと、心と身体を冷やす為に水へとそれと指を入れた。
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プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。
藤原遊
BL
乙女ゲームの悪役令息に転生したアラン。
妹リリィが「悪役令嬢として断罪される」未来を変えるため、
彼は決意する――ヒロインを先に口説けば、妹は破滅しない、と。
だがその“奇行”を見ていた王太子シリウスが、
なぜかアラン本人に興味を持ち始める。
「君は、なぜそこまで必死なんだ?」
「妹のためです!」
……噛み合わないはずの会話が、少しずつ心を動かしていく。
妹は完璧令嬢、でも内心は隠れ腐女子。
ヒロインは巻き込まれて腐女子覚醒。
そして王子と悪役令息は、誰も知らない“仮面の恋”へ――。
断罪回避から始まる勘違い転生BL×宮廷ラブストーリー。
誰も不幸にならない、偽りと真実のハッピーエンド。
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
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