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フーディ村編
皆でお出かけ! 前
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「ハル!」
「お姉ちゃん!」
アンギーユ騒動で知り合ったハルとあの川で待ち合わせ。
今回もいつものメンバーとアンギーユ丼のタレを作ってくれた侍女さんと一緒にハルの村(フーディ村って言うらしい。食べ物の村?)に向かって出発!
あの川は相変わらず綺麗で穏やか。とても危険な魔物アンギーユがいるとは思えない。きらきらと光を反射する川と元気なハルを見てほっこりとした後、のんびりとフーディ村へとぞろぞろと移動中。その間は僕よりも侍女さんを守ってほしいなーなんて思ってたけどその侍女さん達に「私達の代わりはおりますがレイジス様の代わりはおりませんので」と言われてしまった。そんな悲しいこと言わないでよー、としょんぼりと肩を落としていたらハーミット先生が「まとめて守ってやるから安心しろ」と言ってくれた。
それに「ぜひお願いします!」と手を組んで言えば「レイジス様…」と侍女さん達が涙ぐんでしまった。
「やっぱりお姉ちゃんは変わってるね」
「そうかな?」
「そうだよ。普通貴族って言ったら僕たちのことなんかただの肉盾としか思ってないんだし」
「肉盾…」
その言葉はどこで覚えたんだい? お兄ちゃんは心配だよ…。
そう言えばさ。ハルの『お姉ちゃん』呼びに誰も反応してないんだよね。侍女さん達も。
いつか訂正してくれるだろうと放置してたけど、誰も訂正しないからハルの『お姉ちゃん』呼びはそのまま。まぁ、僕も特に気にしないけどね!
そんなこんなでわいわいとのんびり歩くこと十五分。
川からほど近い場所にフーディ村はあった。
「ここがフーディ村だよ!」
「はわぁ…」
思わずぽかんと口を開ければ、フリードリヒが静かに下顎を持ち上げ閉じさせてくれた。お手数をおかけします。
村は見渡す限りの畑畑畑!
ただその畑の大きさがすごい。一面小麦だったり、キャベツだったり。
僕もばあちゃん家が農家さんだからこういうのは見慣れてるけどそれでもすごい、の一言に尽きる。
目の前で金色がそよそよと風に揺れている風景は懐かしくてでもどこか切なくて。つん、と鼻の奥が痛くなって喉が熱くなる。泣きたくなるのをぐっと我慢していると、肩をそっと抱いてくれる大きな手。身体を寄せられ、とん、と反対側の肩が制服にぶつかる。顔を確認しなくても、もう匂いで分かってしまう。
「フリードリヒ殿下…」
「感動した?」
「…っ、はい」
にこりと微笑みながら泣きそうになる理由を聞かないフリードリヒに「ありがとう…ございます」と小さく告げれば「気にするな」と言われる。
ああもう! さりげない優しさにきゅんきゅんするじゃないかー!
ちらりと上目遣いでフリードリヒを見ればそこには蕩けそうに微笑む顔があって、ばぼっと顔の熱が一気に上がる。
そういう顔は反則でしょ?!
あわわと慌てて両手で頬を抑えれば「顔が赤いが熱が上がったか?」と心配してくれる。いえ! ただ恥ずかしくなってるだけです!とは言えずに「だ、だいじょぶです」と告げれば「そうか」と優しいパンジー色にまたしても熱を上げれば「おーい、お二人さーん」というハーミット先生の声にハッとする。
先生の声に顔を上げればなぜかほんわかと和んでいるアルシュとノア、そしてソルゾ先生。ちょっとだけ呆れたように見ているのはリーシャとハーミット先生。それから仲良きことはいいことだと言わんばかりにほわほわと僕たちを見ている村の人たち。
「あ、あばば…!」
あまりに恥ずかしすぎてなぜかフリードリヒに抱き付いて顔を隠せば「恥ずかしがってるだけか」とほっとしているフリードリヒ。は、恥ずか死ぬ…!
「レイジスの恥ずかしがりは変わらないな」
「うう~…!」
ははっと笑うフリードリヒに益々顔があげられなくなって制服を掴めば「フリードリヒ殿下」とノアが呼ぶ。そうだよー。いちゃいちゃしに来たんじゃないんだよー。
「レイジス。大丈夫だから、顔を上げて」
「ホントに大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ」
今までフリードリヒが嘘を吐いたことはない。だからその言葉を信じて恐る恐る顔を上げれば、にこりと微笑むフリードリヒ。
「大丈夫かい?」
「はい…」
ううう…。ハルに情けない姿を見せちゃったよー…。周りの視線がちょっとだけ怖くてゆっくりと振り向けば、にこにことしている人たちばかり。
それにほっとすると、ハルも何でもないように僕を見ている。
「お姉ちゃんって本当に殿下が大好きなんだね」
「ふぐぅ?!」
悪意のない言葉が僕の胸にクリティカルヒット。うん。そうだね。フリードリヒのことは大好きだよ。
そんな僕とハルを横目にフリードリヒはまだ若い30代くらいのこの村の代表っぽい人と会話を始めてしまった。あれ? 僕このまま?
「フリードリヒ殿下、わざわざこのような何もない村へとようこそおいでくださいました」
「何もない訳がないだろう。学園の食料を一手に引き受けてくれているんだ」
そういって僕を見るフリードリヒ。あ、そういえば僕この村のこと何も知らないや。だからわざわざ教えてくれたのかな?
というか学園の食料を一手に引き受けてるってすごくない?! 何百人という生徒や先生方の胃袋を満たしてるんでしょ?! すごーい!
「学園側としても助かっている」
「そういっていただけるとこちらも作りがいがあるというものです」
ほんわかとした空気で会話してるけど、この人の雰囲気、誰かに似てるんだよね…。
「それでそちらが」
「ああ、私の婚約者のレイジスだ」
急に水を向けられてびくりと肩が跳ねた。
「レイジス・ユアソーンと申します」
「噂はかねがね聞いておりますが…。本当に愛らしい方ですね」
「そうだろう?」
にやりと笑うフリードリヒに何言ってるの?!と視線を向けると、そう言えば僕まだ肩を抱かれたままだったことを思い出した。こんな状態であいさつしちゃったよ…!
「えと…なんかすみません」
「いえいえ。お気になさらず」
にこにことしてるその人にほっとしながらも、ちらりとフリードリヒを見ればこちらは満足げだ。なんで。
するとようやく肩を抱いていた手を離してくれたかと思えば、にこりと笑う。うう…僕、その笑顔弱いんだよー…。
「それではさっそく…と言いたいところですが。レイジス」
「はい?」
えっとアンギーユさんの交渉とか僕にはさっぱりだからねー。いてもいなくてもいいならちょっとこの畑を見て回りたいなーとか思ってるんだけど。
そわそわとしているのがばれてるのか、リーシャは肩を竦めている。なんせ僕にとっては久しぶりの畑なんだよ。 こう…土の匂いとか好きなんだー。
「村の中を見て回ってくるかい?」
「いいんですか?!」
フリードリヒの言葉に間髪入れずに食い付けば、くすりと笑われた。たぶんフリードリヒから見て今の僕は、さながらドッグランに連れてきてもらった犬のようだと思う。今の僕に尻尾が付いてたらぶんぶんと左右にちぎれんばかりに振ってるんだろうな。
わくわくしてるのがたぶん周りからもみて分るんだろう。口元が緩んでいる。
「ああ。ただし、誰かを必ず連れていくこと。いいか?」
「分かりました! 誰でもいいんですか?!」
ふんすと鼻息荒く言えば「なら私が行きましょう」とノアが名乗り出てくれた。わあ! 最も来てくれなさそうなノアが来てくれる!
「なら僕も行きます。レイジス様、すぐ変な事しますし」
「引率として私も行きましょうか」
僕は小学生じゃないぞ!とリーシャを見るけど「変な事しないでくださいよ」と見つめ返されてしまった。しないよ! …しないからね?
侍女さんはどうするのかな?と見ていたら「私たちもお供致します」と頭を下げる。彼女たち曰く「身を挺してお守りするのが私たちの任でもありますから」とにこりと笑っていたけど、危ないと思ったら逃げてね? 僕も逃げるから。
そんなこんなで村探索は6人というちょっとした団体になっちゃったけど、僕は楽しそうだから気にしない。むしろ村の人たちが気にしそうだけど。
「案内はハル…頼めるか?」
「えっ?! あ、はい!」
今まで成り行きを見守っていたハルがフリードリヒに名前を呼ばれてびくっと肩を震わした後、ぴしりと背筋を伸ばした。うんうん、分かる。関係ないよなーとぼーっとしたら急に振られるやつ。
「お願いね。ハル」
「任せてよ! お姉ちゃん!」
えへんと胸を張るハルはとても可愛くて、ほわほわとしていると「直ぐにいかれますか?」とノアが聞いてくれる。それに頷き「じゃあお願いします」とハルに改めてそう言えば「じゃあ行こうか」とくるりと背を向けて歩いていく。
その小さな背中を追いかけるように僕はフリードリヒとおじさんに軽く会釈をすると歩き出す。
「それでは行ってまいります」
「ああ。くれぐれもレイジスから目を離さないように」
「承知しております」
そんなやりとりを背後で聞きながら苦笑いを浮かべると、ちらりとハルが僕を見た。どうしたんだい?
「どうしたの?」
「え?! いや…その、レイジス様ってやっぱり貴族っぽくないから…」
「そう?」
まぁ…そうなるか。
そもそもここに転生するまで僕は庶民として生活してたからねー。だから貴族のあれやこれなんて分かんないし。
「レイジス様は高熱が続いて記憶が曖昧になっていますからね。少しずつ覚えていきましょうね」
「…だってさ」
これから勉強らしいよ?とハルに言えば、ぶはっと吹き出して笑う。
「そっか。あ、言葉使い…」
「気にしなくていいよ。むしろ僕はその方が嬉しいし」
「またレイジス様はー」
「ダメですって」と告げるリーシャに対して「いいじゃない」と言えば、何を言っても無駄だと理解しているのか、肩を竦めるだけ。それをノアとソルゾ先生がニコニコと見ている。
「所でハル君」
「何?」
「まずはどこへ?」
ノアがそうハルへと問えば「そうだな」と腕を組んでしまった。僕はどこでもいいよー。畑をぐるっと見るだけで癒されるから。
「まずはキュウリとかの野菜の畑はどうだ?」
「キュウリ…!」
ほわぁと瞳を輝かせれば、ソルゾ先生がくすりと笑った。ええ? そんなにおかしかった?
何だか恥ずかしくなって頬を熱くすれば「ああ、すみません」とソルゾ先生が慌てて両手と首をぶぶぶと振る。首が取れそうでちょっと怖いなって思う程の振り方だけど大丈夫かな?
「いえ。生き生きとしているレイジス様はその…可愛らしいですから…つい。すみません」
先生が照れながらそう言うと僕もつられて更に頬を熱くする。う、わぁ…。正面切って可愛いって言われるのって結構恥ずかしいー!
ソルゾ先生の言葉になぜか侍女さんが頷いているのを見て両手で熱くなった頬を冷やすように手を当てれば「うん」とノアが頷いた。
その頷きはなんだ?!と確認する間もなく、ノアが「そろそろ行きましょうか」と口を開くと「じゃあ、こっち」とおとなしく待っててくれたハルが案内をしてくれる。ハルはスルースキルが高いなぁ…。
そんな事を思いながら熱いままの頬で先頭を行く背中を見ながら僕たちはのんびりと歩き出した。
「は…わぁ!」
「ここがキュウリ畑」
ハルの案内でやってきたのは見渡すかぎりのキュウリ畑。青々とした葉を太陽に向けて広げている。
こんなにキュウリがなってるの初めて見たー! でもこれだけあると『お化けキュウリ』とかできてそうだけど…。お化けキュウリは葉で見えない下の辺りになっているのが見落とされて立派に成長したキュウリのこと。ばあちゃんはそれを『お化けキュウリ』って呼んでたんだ。そうなると食用というよりも種になるらしい。
「すごいですね…」
「キュウリってこんな風になってるんだ」
ノアとリーシャがそれぞれ感想を告げると、ハルが「ちょっと待って」と僕に声をかけるとキュウリ畑へと突撃していった。キュウリの葉ってギザギザしてるから痛そうだけどそんなのをものともせずに突撃していったなぁ、なんて感心しているとまたがさがさと葉を掻き分けて戻ってきた。その手にはキュウリが乗った籠を抱えて。
「はいお姉ちゃん」
「え?」
ずいっとキュウリの乗った籠を渡されそれを反射的に手にしようとしたら、侍女さんが一足先にそれを手にした。
「ごめんなさいね」
「あ、そっか。気にしないよ」
そのやり取りをほけーっと見ていると「だから素直に受け取らないでください」とリーシャに言われた。あ、そうだった。何かあってもまずは誰かに言わなきゃいけなかった。森でミントを見つけた時にそう言われたんだっけ。
あれ? そいういえばミントって今どうなってるんだろう? あれから見に行ってないからどうなってるのか分かんない。明日位に見に行ってみようかなー。そんなに増えてないと思うけど。
「ハル、これは?」
「ぜひレイジス様にって」
「もらっていいの?」
「うん!」
もぎたてキュウリ食べていいの?!っていう感情が駄々漏れしているからか、リーシャが「食べるならまず僕たちに渡してくださいよ」と言われる。
ええー? もぎたて新鮮なキュウリだよ? 毒とか変なものは入ってないって!
「大丈夫じゃない?」
「レイジス様。大丈夫だと分っていてもまずは私たちに」
「そうですよ」
ううーん…。ノアと侍女さん達にまで言われちゃあしょうがないか。
「じゃあ…。ごめんね、ハル」
「この辺りはきちんとしてて安心した」
ハルがにひひと笑うと、僕もつられて笑う。僕も一言二言言われながらちゃんと成長してるからね! たまに忘れるけど!
侍女さんとノア、リーシャとソルゾ先生がそれぞれ一本ずつ手にしたことはいいけどどうやって食べるのか迷っている姿に苦笑いを浮かべる。貴族だったらキュウリを一本まるかじりとかしないもんね。分かるよ。
そうこう話してる最中にリーシャがさらっと光の浄化魔法+通常の浄化魔法をキュウリに施してる姿を視界の端に捉えたけど、あえて見なかったことにする。
「上の方はその辺に捨ててくれてもいいって」
「捨て…?!」
そんな4人にハルがアドバイスをしたけど、やっぱり困惑している。でもハルのアドバイスよりも先にソルゾ先生が小さく上だけを齧ってその辺りにぷっと吐き出す。うんうん。これぞ夏って感じだよね。
って先生って貴族なのに割とワイルドだよねって思ってたらソルゾ先生がそのまま齧り付いた。おおー!良い齧りっぷり! 僕も早く食べたーい!
でもソルゾ先生を信じられないような目で見ているのはリーシャとノア。侍女さん達もぽかんとしてたけど、僕の「まだかな? まだかな?」の視線に意を決し二人とも齧り付いた。うん!豪快に食べる女性は見てて気持ちがいいね!
そして最後に二人を見れば、お互い顔を見合わせてから齧り付いた。あ、まずはヘタの所を少し齧ってぺってして!
そんな僕の願い虚しくヘタごと食べた二人にハルも苦笑い。うん、別に食べちゃダメなわけじゃないけどね…。
「大丈夫ですね。レイジス様、どうぞ」
リーシャとノアを黙って見守っていたソルゾ先生から「OK」の合図が出て、僕はいそいそと籠からキュウリを一本手に取るとヘタをかじってスイカの種飛ばしみたいに畑の方へと飛ばせば、侍女さんとリーシャとノアが瞳をまるくしている。
多少お行儀悪くても小言は聞かないからね!
それからがぶりと思いっきりキュウリに齧り付くと「ああ、これはフリードリヒ殿下に見せてはいけないやつですね」と侍女さんがしみじみと言葉をこぼした。なんでー?
むっむっと口を動かしてしゃきしゃきのキュウリを味わっているとふとある料理を思い出した。
棒棒鶏が食べたい…と。
ゴマドレで簡単に作れる棒棒鶏。それに浅漬け。
どっちも白米に合うおかず。もちろんただのキュウリだけでも美味しんだけどね! 塩振ってもぐもぐしたーい!
「レイジス様って本当に貴族…なんですよね?」
「ほうらよ」
「レイジス様。しゃべるか食べるかどちらかにしてください。流石にお行儀が悪いです」
ソルゾ先生にイエローカード一枚を出されて「ふぁーい」ともぐもぐしながら言えば、侍女さんが困ったように笑う。うん、ごめんね。お腹空いてたからさ。
「えと…お兄ちゃんたちは、おいしくなかった、ですか?」
「レイジス様に敬語を外してるなら僕たちにも敬語はいらないよ」
「え…でも…じゃなかった。ですが…」
「レイジス様は我々よりも立場が上ですからね。その方に敬語ではないのなら我々にも不要ですよ」
ハルはリーシャとノアに慣れない敬語で話しかけてて可愛いなぁとほんわかしながら見てるけど、そうなんだよね。立場上は僕の方が上になるから話し方もそうなっちゃうか。
ごくん、とキュウリを飲み込むと「ハル」と声をかける。それに不安そうにしていたハルが振り向くと、僕はにこりと笑う。
「ハルの好きなようにしていいんだよ?」
「え?」
「僕は気にしないからって言ったけどハルが気になるなら話し方は好きにしてね。リーシャもノアも怒らないけど、ソルゾ先生にだけは敬語の方がいいかな?」
「ね?」と首を傾げれば、不安そうな表情からぱぁっと明るくなった。うんうん。可愛いなぁ。とハルを見ていたらリーシャからびしびしと鋭い視線が突き刺さる。いいじゃないかー。
「それよりさ、塩ないかな?」
「塩? あるよ?」
そう言うとキュウリ畑に向かってハルが叫んだ。
「塩、借りるよー!」
その声量に僕もみんなもびっくり。けど「いいよー! 使いなー!」と返ってきた声量にもびっくり。
「そこの…えっと、休憩所に置いてある塩ならいいよ」
ハルがそう言って笑う。びっくりしたけどこういうやり取りって懐かしいなぁってちょっと思う。ばあちゃん元気かな?
ハルの後を付いて近くにあった休憩所までくると塩を出してくれた。休憩所はちょっとした小屋みたいな感じで、煮炊きもできるように薪も鍋も用意してあった。こういう所で煮っ転がしとか作って食べたら最高だよねー。
「ありがとう」
「どういたしまして。んでそれをどうするんだ?」
なぜか興味津々なハルに僕はちょっとだけ笑うと「まな板と包丁借りるよー」と断りを入れる。そしてノアとリーシャ、侍女さんのキュウリを回収。齧ったところは勿論切って食べてもらったけど。ソルゾ先生は既に食べ終えてたし僕も全部おいしくいただいた。
だからちょっとした塩もみでいただこうと思うんだ。
すると慌てて侍女さんが飛んできて僕をその場所から移動させる。場所を奪われた僕はそのままノアへとぽいっとされた。うん。力強いね!
そのままノアへと預けられると侍女さんが指示を待ってた。現場監督の出番ですね。分かります。
現場監督再びな僕の指示の元、出来上がった塩もみキュウリをみんなで食べる。切ったからか、味が付いたからか両方なのかは分らないけどリーシャがもりもりと食べていた。美味しいよねー。
ここに塩ふき昆布とかあればもっといいんだけど海は来月だからね。今はこれで我慢しておくれ。
塩もみキュウリを食べ終えてごちそうさま。お皿を侍女さんが洗って休憩所を出て次の畑へと移動していると道端に見慣れないものが生えていた。なんだろう?と近付けば「ちょっとレイジス様!」とリーシャに怒られた。
「何してるんですか!」
「ん? これ、なんだろうと思って」
オクラに似てるけど短いよね? でもオクラみたいに膨らんでる。なんだこれ?
「あー…それな。その辺に、にょきにょき生えてくるから困ってんだよ」
「ふぅーん…そうなんだ」
「あ! レイジス様!」
つんつん、とそれを突っつけばノアが有無を言わさず僕の腋に手を入れ持ち上げる。そしてそのまま離れた場所にとさりと降ろされるとハルが「それにさ」と何でもないように言葉を続けた。
「その中身、種がぎっしり詰まってて気持ち悪いんだよ」
「種?」
「おう。こう…白い種がぎっしり。でも燃やすとスッゲーいい匂いするんだ」
「うーん、なんだろう? 気になるー」
燃やすといい匂いがする植物。なんだろう。そう思ってちらりとリーシャを見れば「分かってますよ!」とぷりぷりと怒りながらも謎の植物を引きちぎって持ってきてくれた。そして火魔法でそれを熱すれば嗅いだことのあるもの。香ばしくてとても食欲をそそる匂い。
それは先程あればいいなと思ってたそれで。
「ゴマだー!」
僕のその魂の叫びは辺りに響き渡っていたと後に知らされた。
「お姉ちゃん!」
アンギーユ騒動で知り合ったハルとあの川で待ち合わせ。
今回もいつものメンバーとアンギーユ丼のタレを作ってくれた侍女さんと一緒にハルの村(フーディ村って言うらしい。食べ物の村?)に向かって出発!
あの川は相変わらず綺麗で穏やか。とても危険な魔物アンギーユがいるとは思えない。きらきらと光を反射する川と元気なハルを見てほっこりとした後、のんびりとフーディ村へとぞろぞろと移動中。その間は僕よりも侍女さんを守ってほしいなーなんて思ってたけどその侍女さん達に「私達の代わりはおりますがレイジス様の代わりはおりませんので」と言われてしまった。そんな悲しいこと言わないでよー、としょんぼりと肩を落としていたらハーミット先生が「まとめて守ってやるから安心しろ」と言ってくれた。
それに「ぜひお願いします!」と手を組んで言えば「レイジス様…」と侍女さん達が涙ぐんでしまった。
「やっぱりお姉ちゃんは変わってるね」
「そうかな?」
「そうだよ。普通貴族って言ったら僕たちのことなんかただの肉盾としか思ってないんだし」
「肉盾…」
その言葉はどこで覚えたんだい? お兄ちゃんは心配だよ…。
そう言えばさ。ハルの『お姉ちゃん』呼びに誰も反応してないんだよね。侍女さん達も。
いつか訂正してくれるだろうと放置してたけど、誰も訂正しないからハルの『お姉ちゃん』呼びはそのまま。まぁ、僕も特に気にしないけどね!
そんなこんなでわいわいとのんびり歩くこと十五分。
川からほど近い場所にフーディ村はあった。
「ここがフーディ村だよ!」
「はわぁ…」
思わずぽかんと口を開ければ、フリードリヒが静かに下顎を持ち上げ閉じさせてくれた。お手数をおかけします。
村は見渡す限りの畑畑畑!
ただその畑の大きさがすごい。一面小麦だったり、キャベツだったり。
僕もばあちゃん家が農家さんだからこういうのは見慣れてるけどそれでもすごい、の一言に尽きる。
目の前で金色がそよそよと風に揺れている風景は懐かしくてでもどこか切なくて。つん、と鼻の奥が痛くなって喉が熱くなる。泣きたくなるのをぐっと我慢していると、肩をそっと抱いてくれる大きな手。身体を寄せられ、とん、と反対側の肩が制服にぶつかる。顔を確認しなくても、もう匂いで分かってしまう。
「フリードリヒ殿下…」
「感動した?」
「…っ、はい」
にこりと微笑みながら泣きそうになる理由を聞かないフリードリヒに「ありがとう…ございます」と小さく告げれば「気にするな」と言われる。
ああもう! さりげない優しさにきゅんきゅんするじゃないかー!
ちらりと上目遣いでフリードリヒを見ればそこには蕩けそうに微笑む顔があって、ばぼっと顔の熱が一気に上がる。
そういう顔は反則でしょ?!
あわわと慌てて両手で頬を抑えれば「顔が赤いが熱が上がったか?」と心配してくれる。いえ! ただ恥ずかしくなってるだけです!とは言えずに「だ、だいじょぶです」と告げれば「そうか」と優しいパンジー色にまたしても熱を上げれば「おーい、お二人さーん」というハーミット先生の声にハッとする。
先生の声に顔を上げればなぜかほんわかと和んでいるアルシュとノア、そしてソルゾ先生。ちょっとだけ呆れたように見ているのはリーシャとハーミット先生。それから仲良きことはいいことだと言わんばかりにほわほわと僕たちを見ている村の人たち。
「あ、あばば…!」
あまりに恥ずかしすぎてなぜかフリードリヒに抱き付いて顔を隠せば「恥ずかしがってるだけか」とほっとしているフリードリヒ。は、恥ずか死ぬ…!
「レイジスの恥ずかしがりは変わらないな」
「うう~…!」
ははっと笑うフリードリヒに益々顔があげられなくなって制服を掴めば「フリードリヒ殿下」とノアが呼ぶ。そうだよー。いちゃいちゃしに来たんじゃないんだよー。
「レイジス。大丈夫だから、顔を上げて」
「ホントに大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ」
今までフリードリヒが嘘を吐いたことはない。だからその言葉を信じて恐る恐る顔を上げれば、にこりと微笑むフリードリヒ。
「大丈夫かい?」
「はい…」
ううう…。ハルに情けない姿を見せちゃったよー…。周りの視線がちょっとだけ怖くてゆっくりと振り向けば、にこにことしている人たちばかり。
それにほっとすると、ハルも何でもないように僕を見ている。
「お姉ちゃんって本当に殿下が大好きなんだね」
「ふぐぅ?!」
悪意のない言葉が僕の胸にクリティカルヒット。うん。そうだね。フリードリヒのことは大好きだよ。
そんな僕とハルを横目にフリードリヒはまだ若い30代くらいのこの村の代表っぽい人と会話を始めてしまった。あれ? 僕このまま?
「フリードリヒ殿下、わざわざこのような何もない村へとようこそおいでくださいました」
「何もない訳がないだろう。学園の食料を一手に引き受けてくれているんだ」
そういって僕を見るフリードリヒ。あ、そういえば僕この村のこと何も知らないや。だからわざわざ教えてくれたのかな?
というか学園の食料を一手に引き受けてるってすごくない?! 何百人という生徒や先生方の胃袋を満たしてるんでしょ?! すごーい!
「学園側としても助かっている」
「そういっていただけるとこちらも作りがいがあるというものです」
ほんわかとした空気で会話してるけど、この人の雰囲気、誰かに似てるんだよね…。
「それでそちらが」
「ああ、私の婚約者のレイジスだ」
急に水を向けられてびくりと肩が跳ねた。
「レイジス・ユアソーンと申します」
「噂はかねがね聞いておりますが…。本当に愛らしい方ですね」
「そうだろう?」
にやりと笑うフリードリヒに何言ってるの?!と視線を向けると、そう言えば僕まだ肩を抱かれたままだったことを思い出した。こんな状態であいさつしちゃったよ…!
「えと…なんかすみません」
「いえいえ。お気になさらず」
にこにことしてるその人にほっとしながらも、ちらりとフリードリヒを見ればこちらは満足げだ。なんで。
するとようやく肩を抱いていた手を離してくれたかと思えば、にこりと笑う。うう…僕、その笑顔弱いんだよー…。
「それではさっそく…と言いたいところですが。レイジス」
「はい?」
えっとアンギーユさんの交渉とか僕にはさっぱりだからねー。いてもいなくてもいいならちょっとこの畑を見て回りたいなーとか思ってるんだけど。
そわそわとしているのがばれてるのか、リーシャは肩を竦めている。なんせ僕にとっては久しぶりの畑なんだよ。 こう…土の匂いとか好きなんだー。
「村の中を見て回ってくるかい?」
「いいんですか?!」
フリードリヒの言葉に間髪入れずに食い付けば、くすりと笑われた。たぶんフリードリヒから見て今の僕は、さながらドッグランに連れてきてもらった犬のようだと思う。今の僕に尻尾が付いてたらぶんぶんと左右にちぎれんばかりに振ってるんだろうな。
わくわくしてるのがたぶん周りからもみて分るんだろう。口元が緩んでいる。
「ああ。ただし、誰かを必ず連れていくこと。いいか?」
「分かりました! 誰でもいいんですか?!」
ふんすと鼻息荒く言えば「なら私が行きましょう」とノアが名乗り出てくれた。わあ! 最も来てくれなさそうなノアが来てくれる!
「なら僕も行きます。レイジス様、すぐ変な事しますし」
「引率として私も行きましょうか」
僕は小学生じゃないぞ!とリーシャを見るけど「変な事しないでくださいよ」と見つめ返されてしまった。しないよ! …しないからね?
侍女さんはどうするのかな?と見ていたら「私たちもお供致します」と頭を下げる。彼女たち曰く「身を挺してお守りするのが私たちの任でもありますから」とにこりと笑っていたけど、危ないと思ったら逃げてね? 僕も逃げるから。
そんなこんなで村探索は6人というちょっとした団体になっちゃったけど、僕は楽しそうだから気にしない。むしろ村の人たちが気にしそうだけど。
「案内はハル…頼めるか?」
「えっ?! あ、はい!」
今まで成り行きを見守っていたハルがフリードリヒに名前を呼ばれてびくっと肩を震わした後、ぴしりと背筋を伸ばした。うんうん、分かる。関係ないよなーとぼーっとしたら急に振られるやつ。
「お願いね。ハル」
「任せてよ! お姉ちゃん!」
えへんと胸を張るハルはとても可愛くて、ほわほわとしていると「直ぐにいかれますか?」とノアが聞いてくれる。それに頷き「じゃあお願いします」とハルに改めてそう言えば「じゃあ行こうか」とくるりと背を向けて歩いていく。
その小さな背中を追いかけるように僕はフリードリヒとおじさんに軽く会釈をすると歩き出す。
「それでは行ってまいります」
「ああ。くれぐれもレイジスから目を離さないように」
「承知しております」
そんなやりとりを背後で聞きながら苦笑いを浮かべると、ちらりとハルが僕を見た。どうしたんだい?
「どうしたの?」
「え?! いや…その、レイジス様ってやっぱり貴族っぽくないから…」
「そう?」
まぁ…そうなるか。
そもそもここに転生するまで僕は庶民として生活してたからねー。だから貴族のあれやこれなんて分かんないし。
「レイジス様は高熱が続いて記憶が曖昧になっていますからね。少しずつ覚えていきましょうね」
「…だってさ」
これから勉強らしいよ?とハルに言えば、ぶはっと吹き出して笑う。
「そっか。あ、言葉使い…」
「気にしなくていいよ。むしろ僕はその方が嬉しいし」
「またレイジス様はー」
「ダメですって」と告げるリーシャに対して「いいじゃない」と言えば、何を言っても無駄だと理解しているのか、肩を竦めるだけ。それをノアとソルゾ先生がニコニコと見ている。
「所でハル君」
「何?」
「まずはどこへ?」
ノアがそうハルへと問えば「そうだな」と腕を組んでしまった。僕はどこでもいいよー。畑をぐるっと見るだけで癒されるから。
「まずはキュウリとかの野菜の畑はどうだ?」
「キュウリ…!」
ほわぁと瞳を輝かせれば、ソルゾ先生がくすりと笑った。ええ? そんなにおかしかった?
何だか恥ずかしくなって頬を熱くすれば「ああ、すみません」とソルゾ先生が慌てて両手と首をぶぶぶと振る。首が取れそうでちょっと怖いなって思う程の振り方だけど大丈夫かな?
「いえ。生き生きとしているレイジス様はその…可愛らしいですから…つい。すみません」
先生が照れながらそう言うと僕もつられて更に頬を熱くする。う、わぁ…。正面切って可愛いって言われるのって結構恥ずかしいー!
ソルゾ先生の言葉になぜか侍女さんが頷いているのを見て両手で熱くなった頬を冷やすように手を当てれば「うん」とノアが頷いた。
その頷きはなんだ?!と確認する間もなく、ノアが「そろそろ行きましょうか」と口を開くと「じゃあ、こっち」とおとなしく待っててくれたハルが案内をしてくれる。ハルはスルースキルが高いなぁ…。
そんな事を思いながら熱いままの頬で先頭を行く背中を見ながら僕たちはのんびりと歩き出した。
「は…わぁ!」
「ここがキュウリ畑」
ハルの案内でやってきたのは見渡すかぎりのキュウリ畑。青々とした葉を太陽に向けて広げている。
こんなにキュウリがなってるの初めて見たー! でもこれだけあると『お化けキュウリ』とかできてそうだけど…。お化けキュウリは葉で見えない下の辺りになっているのが見落とされて立派に成長したキュウリのこと。ばあちゃんはそれを『お化けキュウリ』って呼んでたんだ。そうなると食用というよりも種になるらしい。
「すごいですね…」
「キュウリってこんな風になってるんだ」
ノアとリーシャがそれぞれ感想を告げると、ハルが「ちょっと待って」と僕に声をかけるとキュウリ畑へと突撃していった。キュウリの葉ってギザギザしてるから痛そうだけどそんなのをものともせずに突撃していったなぁ、なんて感心しているとまたがさがさと葉を掻き分けて戻ってきた。その手にはキュウリが乗った籠を抱えて。
「はいお姉ちゃん」
「え?」
ずいっとキュウリの乗った籠を渡されそれを反射的に手にしようとしたら、侍女さんが一足先にそれを手にした。
「ごめんなさいね」
「あ、そっか。気にしないよ」
そのやり取りをほけーっと見ていると「だから素直に受け取らないでください」とリーシャに言われた。あ、そうだった。何かあってもまずは誰かに言わなきゃいけなかった。森でミントを見つけた時にそう言われたんだっけ。
あれ? そいういえばミントって今どうなってるんだろう? あれから見に行ってないからどうなってるのか分かんない。明日位に見に行ってみようかなー。そんなに増えてないと思うけど。
「ハル、これは?」
「ぜひレイジス様にって」
「もらっていいの?」
「うん!」
もぎたてキュウリ食べていいの?!っていう感情が駄々漏れしているからか、リーシャが「食べるならまず僕たちに渡してくださいよ」と言われる。
ええー? もぎたて新鮮なキュウリだよ? 毒とか変なものは入ってないって!
「大丈夫じゃない?」
「レイジス様。大丈夫だと分っていてもまずは私たちに」
「そうですよ」
ううーん…。ノアと侍女さん達にまで言われちゃあしょうがないか。
「じゃあ…。ごめんね、ハル」
「この辺りはきちんとしてて安心した」
ハルがにひひと笑うと、僕もつられて笑う。僕も一言二言言われながらちゃんと成長してるからね! たまに忘れるけど!
侍女さんとノア、リーシャとソルゾ先生がそれぞれ一本ずつ手にしたことはいいけどどうやって食べるのか迷っている姿に苦笑いを浮かべる。貴族だったらキュウリを一本まるかじりとかしないもんね。分かるよ。
そうこう話してる最中にリーシャがさらっと光の浄化魔法+通常の浄化魔法をキュウリに施してる姿を視界の端に捉えたけど、あえて見なかったことにする。
「上の方はその辺に捨ててくれてもいいって」
「捨て…?!」
そんな4人にハルがアドバイスをしたけど、やっぱり困惑している。でもハルのアドバイスよりも先にソルゾ先生が小さく上だけを齧ってその辺りにぷっと吐き出す。うんうん。これぞ夏って感じだよね。
って先生って貴族なのに割とワイルドだよねって思ってたらソルゾ先生がそのまま齧り付いた。おおー!良い齧りっぷり! 僕も早く食べたーい!
でもソルゾ先生を信じられないような目で見ているのはリーシャとノア。侍女さん達もぽかんとしてたけど、僕の「まだかな? まだかな?」の視線に意を決し二人とも齧り付いた。うん!豪快に食べる女性は見てて気持ちがいいね!
そして最後に二人を見れば、お互い顔を見合わせてから齧り付いた。あ、まずはヘタの所を少し齧ってぺってして!
そんな僕の願い虚しくヘタごと食べた二人にハルも苦笑い。うん、別に食べちゃダメなわけじゃないけどね…。
「大丈夫ですね。レイジス様、どうぞ」
リーシャとノアを黙って見守っていたソルゾ先生から「OK」の合図が出て、僕はいそいそと籠からキュウリを一本手に取るとヘタをかじってスイカの種飛ばしみたいに畑の方へと飛ばせば、侍女さんとリーシャとノアが瞳をまるくしている。
多少お行儀悪くても小言は聞かないからね!
それからがぶりと思いっきりキュウリに齧り付くと「ああ、これはフリードリヒ殿下に見せてはいけないやつですね」と侍女さんがしみじみと言葉をこぼした。なんでー?
むっむっと口を動かしてしゃきしゃきのキュウリを味わっているとふとある料理を思い出した。
棒棒鶏が食べたい…と。
ゴマドレで簡単に作れる棒棒鶏。それに浅漬け。
どっちも白米に合うおかず。もちろんただのキュウリだけでも美味しんだけどね! 塩振ってもぐもぐしたーい!
「レイジス様って本当に貴族…なんですよね?」
「ほうらよ」
「レイジス様。しゃべるか食べるかどちらかにしてください。流石にお行儀が悪いです」
ソルゾ先生にイエローカード一枚を出されて「ふぁーい」ともぐもぐしながら言えば、侍女さんが困ったように笑う。うん、ごめんね。お腹空いてたからさ。
「えと…お兄ちゃんたちは、おいしくなかった、ですか?」
「レイジス様に敬語を外してるなら僕たちにも敬語はいらないよ」
「え…でも…じゃなかった。ですが…」
「レイジス様は我々よりも立場が上ですからね。その方に敬語ではないのなら我々にも不要ですよ」
ハルはリーシャとノアに慣れない敬語で話しかけてて可愛いなぁとほんわかしながら見てるけど、そうなんだよね。立場上は僕の方が上になるから話し方もそうなっちゃうか。
ごくん、とキュウリを飲み込むと「ハル」と声をかける。それに不安そうにしていたハルが振り向くと、僕はにこりと笑う。
「ハルの好きなようにしていいんだよ?」
「え?」
「僕は気にしないからって言ったけどハルが気になるなら話し方は好きにしてね。リーシャもノアも怒らないけど、ソルゾ先生にだけは敬語の方がいいかな?」
「ね?」と首を傾げれば、不安そうな表情からぱぁっと明るくなった。うんうん。可愛いなぁ。とハルを見ていたらリーシャからびしびしと鋭い視線が突き刺さる。いいじゃないかー。
「それよりさ、塩ないかな?」
「塩? あるよ?」
そう言うとキュウリ畑に向かってハルが叫んだ。
「塩、借りるよー!」
その声量に僕もみんなもびっくり。けど「いいよー! 使いなー!」と返ってきた声量にもびっくり。
「そこの…えっと、休憩所に置いてある塩ならいいよ」
ハルがそう言って笑う。びっくりしたけどこういうやり取りって懐かしいなぁってちょっと思う。ばあちゃん元気かな?
ハルの後を付いて近くにあった休憩所までくると塩を出してくれた。休憩所はちょっとした小屋みたいな感じで、煮炊きもできるように薪も鍋も用意してあった。こういう所で煮っ転がしとか作って食べたら最高だよねー。
「ありがとう」
「どういたしまして。んでそれをどうするんだ?」
なぜか興味津々なハルに僕はちょっとだけ笑うと「まな板と包丁借りるよー」と断りを入れる。そしてノアとリーシャ、侍女さんのキュウリを回収。齧ったところは勿論切って食べてもらったけど。ソルゾ先生は既に食べ終えてたし僕も全部おいしくいただいた。
だからちょっとした塩もみでいただこうと思うんだ。
すると慌てて侍女さんが飛んできて僕をその場所から移動させる。場所を奪われた僕はそのままノアへとぽいっとされた。うん。力強いね!
そのままノアへと預けられると侍女さんが指示を待ってた。現場監督の出番ですね。分かります。
現場監督再びな僕の指示の元、出来上がった塩もみキュウリをみんなで食べる。切ったからか、味が付いたからか両方なのかは分らないけどリーシャがもりもりと食べていた。美味しいよねー。
ここに塩ふき昆布とかあればもっといいんだけど海は来月だからね。今はこれで我慢しておくれ。
塩もみキュウリを食べ終えてごちそうさま。お皿を侍女さんが洗って休憩所を出て次の畑へと移動していると道端に見慣れないものが生えていた。なんだろう?と近付けば「ちょっとレイジス様!」とリーシャに怒られた。
「何してるんですか!」
「ん? これ、なんだろうと思って」
オクラに似てるけど短いよね? でもオクラみたいに膨らんでる。なんだこれ?
「あー…それな。その辺に、にょきにょき生えてくるから困ってんだよ」
「ふぅーん…そうなんだ」
「あ! レイジス様!」
つんつん、とそれを突っつけばノアが有無を言わさず僕の腋に手を入れ持ち上げる。そしてそのまま離れた場所にとさりと降ろされるとハルが「それにさ」と何でもないように言葉を続けた。
「その中身、種がぎっしり詰まってて気持ち悪いんだよ」
「種?」
「おう。こう…白い種がぎっしり。でも燃やすとスッゲーいい匂いするんだ」
「うーん、なんだろう? 気になるー」
燃やすといい匂いがする植物。なんだろう。そう思ってちらりとリーシャを見れば「分かってますよ!」とぷりぷりと怒りながらも謎の植物を引きちぎって持ってきてくれた。そして火魔法でそれを熱すれば嗅いだことのあるもの。香ばしくてとても食欲をそそる匂い。
それは先程あればいいなと思ってたそれで。
「ゴマだー!」
僕のその魂の叫びは辺りに響き渡っていたと後に知らされた。
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