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3. 巨大獣闘争勃発のち赤い実弾けた

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暗闇の戦闘というものはなかなか大変なもので。
特にこういった遮蔽物が多いとうっかり木にぶつかったり、ちょっとした木の根っこに躓くだけで死ぬ確率が上がる。
だから暗闇に目を慣らさなきゃいけないんだけど、こうして急襲されるとまだ目が慣れていない事がある。
剣をベヒモスに向けて間合いを取るお兄さんだけど僕、魔法使えるからね?!
でもお兄さんに見せたのは治癒魔法と風魔法だけか。それしか使えないと思ってるみたいだし、いい人そうだけど胡散臭いし手の内を見せるのもなぁ…。
なんてのんびり思っていたら、後ろから白蛇様がにゅるりと僕たちの前に現れた。
気配もなく現れるものだからびくっと肩が震えちゃったよ…。お兄さんもちょっとだけ肩が震えたから驚いたみたいだ。
ずるりと頭を擡げ、シュー、シューと威嚇してるからもしかして…。

ベヒモスと戦う気ですか?!

でも白蛇様、危ないですよ?!
いや、僕らも危ないんだけどね。お兄さんの剣捌きはなんとなくだけど見てるし、僕の最上級魔法でどっかん!ってやっちゃってもいいんだぞ。
でも最上級魔法使うと、お兄さんと白蛇様の安全を確保してから使わないとこの辺の木々がなくなるか、地面にクレーターみたいに穴空くからさ。
最悪火魔法使ってここら辺を焼け野原にしても、植物をにょきにょきさせる魔法があるから一日で元には戻ると思うけど、父ちゃんにめっちゃ怒られそうで怖い。

「下がるぞ」
「ちょ、ちょっとなんで後ずさりしてるの?!」

剣を構えたまま、ざりざりと後ろに下がってくる広い背中に文句を言う。けれどお兄さんは止まらず、ついにはドンと顔に背中が当った。

「おい! 下がれ!」
「ヤダ! 僕も参戦したい!」
「わがままを言うな!」
「僕だって戦えるもん!」

というかベヒモスと戦ってみたい。というのが本音である。

だってSSS級の魔物だよ?!
こんなところで会えるはずのない魔物だもん! ぜひぜひ戦ってみたいじゃないか!

「バカ言うな! そんな風魔法だけで戦える相手じゃない!」

お兄さんの言葉に「おや?」と瞳を瞬かせる。
やっぱり風魔法だけしか使えない、って思ってるみたいだけど、その次の言葉はこの魔物の強さとか知っている口調だ。

「お兄さんベヒモスと戦ったことあるの?」
「…一度な」

興味でそう聞いてみたけど、返ってきたのは一言。
その口調からして犠牲者が出たことは明白。

「だから…」

お兄さんの言葉を遮るようにベヒモスが「ブルオォォォォン!」と咆哮したかたと思えば、地面が揺れた。
白蛇様と同じか少し小さい、それでも僕らに比べれば十分な巨体が動くのだ。一駆けする度に木がなぎ倒され、地面が揺れ土煙が上がる。
ずずん、ずずん、と縦に小刻みに揺れる地面に耐え切れなかったのは僕の方だった。

「うわっ?!」
「危ない!」

足の踏ん張りが利かず、膝がかくりと折れる。思わず目の前にあったお兄さんの服を掴み耐えようとしたが、その前に逞しい腕が僕の背中に回され抱き締められた。
抱き締められたその勢いに強かに鼻を打ち付けたのは厚い胸板だった。痛い、と声を上げようとしたが、ぎゅうと肩を強く抱かれ身体をお兄さんの方へと押し付けられれば、自然に頬も胸板に当たるわけで。
均整の取れたその筋肉に思わず両手をぺたりと胸へと伸ばすと、お兄さんが驚いた表情で僕を見た。

くう…羨ましい…!

兄ちゃんずも筋肉はもりもりって訳じゃないけど、細マッチョなんだよな。
僕もそのうち細マッチョになってやる…!

「お前…」

上から降ってくる言葉は困惑していて。
まぁ当然か。急に胸板をぺたぺた触られるんだから。ごめんね。
でも本当羨ましいな。この筋肉。

暗がりと意図しない抱擁でちょびっとばかり箍が外れたけど、今はベヒモスと白蛇様だよ。
ずずん、ずん、と大きくなる揺れに耐えていると「フシャアァ!」とまるで猫が喧嘩する時に威嚇する声をあげながら、白蛇様がその巨体をうねらせながらベヒモスに突進していく。
途端に舞い上がる土埃と木が折れ、なぎ倒される音が辺りに響く。

「ちょ?!」
「お前はこっちだ」
「うぇ?!」

僕の身体をお兄さんがひょい、とそのまま持ち上げると走り出す。

「ちょ、卵! 卵ーっ!」

割れないとは思うけどそんなに離れないでほしいんだよ!
なんて僕の叫びは、巨体をくねらせベヒモスの身体に巻き付こうとしている白蛇様と、それを阻止しつつ攻撃をするベヒモス、更に木々のなぎ倒されていく音でかき消され…。
「シャアアアァァッ!」という白蛇様に対し「ブモォオオオオオオ!」という怒りに満ちたベヒモスの声にどちらが優勢かは察しが付く。
けれども二匹の巨体が暴れまわる度に、土煙が上がり風に乗ってこちらへと迫ってくる。
それをお兄さんごと包んだ僕の風魔法がはじき返すけど、暗闇と土埃で何も見えない。でもまだ二匹が戦っている音が聞こえてくるから決着はまだついていないのだろう。

これ、絶対村にも響いてるよね…。

明日帰ったらこれを説明するのか、と思うと憂鬱になる。
ある程度距離を取り、地面に下ろしてくれたお兄さんがその場に僕もろともしゃがみ込む。大きな手で頭を肩に押し当てて、抱き締めるように僕を守ってくれているお兄さんの説明もしなきゃならないし。

というか、このお兄さん本当に何者なんだろう?

ただの冒険者じゃないことは分ってるけど。

大体ただの冒険者がベヒモスと戦うこと自体ないのだから。
冒険者ランクSである僕も、ベヒモスと出会うことなんてないのだ。
だから戦ってみたかったんだけどさ。

ギャオオオォン! ブモオォオ!という咆哮にも似た音が森に響き渡る度に僕は昔見た映画を思い出していた。
そう、あの恐竜の映画だ。
新しいのもいいけど古いものもいいものだ。
インドア派である僕は休みになると家に引きこもる。なんで休みの日まで外に出なきゃならんのだ。
その時の強い味方がネット配信の映画だったりドラマだったり。
時にはアニメを見て一日中まったりするのが好きだった。

まぁ今、その恐竜映画さながらの現場にいるんだけどね。

そんなことを思っていたら、いつの間にか周りが静かになりつつあった。木がなぎ倒される音も、二匹がもつれ合うたびに揺れていた地面も土煙も治まってさっきの騒ぎが嘘のようだ。
ただ「ギュオオオォォ…ン」という鳴き声とも思われる音が響くと、シン…と静寂が途端に降りてくる。
それがなんだか不気味で、ぎゅっとお兄さんの服を握れば「大丈夫だから」と頭を撫でてくれた。
お兄さんに頭撫でられるの気持ちいなぁ、なんて思いながら大きな手を堪能していると、ずるずるという音が聞こえてきた。
これは白蛇様だろうな、と頭を撫でられながら思っていると最後にぽんぽんと軽く叩かれ、手が離れていった。

うーん、もうちょっとお兄さんの手で撫でられたかった…。

「立てるか?」
「ん、平気。ありがと」

伸ばされた手を取って立ち上がると、ぱんぱんと尻の汚れを取るように軽く叩かれびくっと肩が跳ねた。

「な、なに?!」
「ああ、悪い」

悪いとも思っていないだろう口調で言われ僕は眉を寄せていたが、ずるずるとその巨体をうねらせながら近付いてくる白蛇様が気になりそちらへと意識を向けた。
そこで僕は光魔法でうすぼんやりと光るように調整した光を掌に作ると、それを空に向かって投げる。するとそれは木の高さよりも少しだけ低い位置で止まり、白蛇様の姿が露わになった。
ちろちろと舌を出したり引っ込めたりしている白蛇様の全身は所々赤く染まっていた。

「白蛇様!」
「フシュルルルル」

叫び、僕はお兄さんの手を離すと白蛇様に治癒魔法をかける。よくよく見ればざっくりと裂かれた傷から、穴が開いてしまっているものもあった。
真っ白な綺麗な身体は傷だらけで、僕は泣きそうになる。
くっと唇を噛み締め、両手で傷付いた白蛇様の柔らかな腹に手を当てて全身を治していく。淡い緑色の光が白蛇様を包み、小さな傷がゆっくり塞がっていくのを僕はじっと見つめる。
それから少し魔力を多く込めると今度は裂かれた傷が、穴が開いてしまっている傷は血は止まったがまだ塞がり切らずに痛々しい。それらが塞がるのを見て更に魔力を込めると、その穴がみるみる塞がっていく。
内臓もやられているかもしれないと、治癒魔法をかけ続けているとしゅるりと長い舌が頬をぺろりと舐めた。
それにはっとすれば、紅い瞳が「もう大丈夫」だと言わんばかりに僕をじっと見つめていた。

「よかった…。あの、卵とベヒモスは…?」

恐る恐るそう尋ねれば、うにゅにゅと尻尾の方を引き寄せた。

「あ!」

その尻尾の辺りに巻かれた卵にほっとしたのもつかの間。卵が巻かれた部分から鮮血が飛び散っている。

「ごめんなさい! すぐ消しますから!」

言うなり、風魔法を消し切り裂かれたそこを治療するため駆け寄る。そして傷に治癒魔法をかけ白蛇様の身体を治すと、卵の様子をざっと見る。

「よかった。無事だ…」
「それはよかった」

言いながらがさがさと茂みを掻き分け近付いてきたお兄さんに僕はこくりと首を傾げた。

「どこに行ってたんですか?」
「ベヒモスの様子を見に行ってきた」
「うわ! 僕も見たかったのに!」
「…それは後でな」

どことなくベヒモスの死体を見せたくないような言い方にむっとして唇を尖らせると、ぺろりとまたもや舌で頬を舐められた。
慰めてくれてるのかな?なんて思いながら白蛇様を見れば、ちろちろと舌を動かしている。

やっぱり可愛いな。白蛇様。

でもこれでどうしてこの辺りでは見ない白蛇様がこんなところにいるのかが分った。
この白蛇様が住んでたところにベヒモスが現れて卵を狙われたんだろう。奇しくもこのお兄さんと同じように。
これはますますギルドマスターに報告しなければ、と考えていると「卵はいいのか?」というお兄さんの言葉にハッとする。

「そうだ! 卵!」

さっきは外側を確認しただけだから中身は分らない。

ベヒモス戦の風圧とか地震にも似た揺れのせいで転がって傷付いてないよね?!

大事そうに抱え込まれている卵に近付くには白蛇様の身体をよじ登らねばならない。なんせ白蛇様の身体は肉厚だからな。
だだっと走って卵の近くまで行くと勢いよく飛びつき、手足を使ってよじよじと白蛇様の身体によじ登る。

だが…。

「…………」
「………ッ! ッ!」
「シュルル…」

案の定、途中で力尽き、ずるるーと滑り地面に転がるようにおかえりなさいをする。
それを見たお兄さんが口元を抑え横を向き、肩を上下に小刻みに震わせている。白蛇様は何をしているんだと言わんばかりに赤い瞳が半眼しているようにも見えた。
白蛇様はイメージだけどな。

うわーん!
どうせ体力はないよー!

前世の記憶はあるものの、今は15歳として生きているからな。感情が追いつかんのだ。
転がったまま両手で顔を覆いさめざめと泣く真似をしていたら、ひょいと身体を持ち上げられた。そしてそのまま立ち上がらせるとぱんぱんと汚れを払われ、髪をくしゃりとかき混ぜられた。

「っふふ、うん。頑張ったな」
「うるさい!」

もう笑うことを隠すのをやめたお兄さんが笑いながら、いいこいいこと頭を撫でてくれる。慰めてくれてるんだろうけど、なんか素直に喜べない。
覆っていた手を離して、頭一つくらい違うお兄さんを下からじろりと睨めばにこりと笑われた。

くそう…。

そのうちもっと背が伸びて細マッチョになってやるんだからな! 待ってろよ!
そんな決意をしながらお兄さんを睨みながらぐるぐる威嚇していると、卵が目の前にそっと置かれた。
きっと見かねた白蛇様が置いてくれたんだろうな…。

体力無くてすみません。お手数かけます。

白蛇様の優しさに「ありがとうございます」と告げると「シュルルル」と舌をチロチロさせたから「気にするな」って言われた気分になる。
頭を撫でていたお兄さんの手も離れていき、目の前に置かれた卵をぎゅっと両手で抱き締めると魔力を卵に流す。即席エコーのようなもので卵の内部を探っていくと、白蛇様も心配なのかじっと僕を見つめている。

もぞり。

魔力が動き、僕はほっとする。それが白蛇様にも伝わったのだろう。嬉しそうにシュルルと舌を上下に動かしている。

「でもまだ弱ってるからやっぱり治癒魔法はかけないと…」
「そうか…」

僕の言葉にきっと一番ほっとしたのはお兄さんだろう。
安堵の息を吐き、白蛇様を見つめる。白蛇様もお兄さんを見つめていて、不意に舌がしゅるりと伸びお兄さんの頬をぺろりと舐めた。

「白蛇…」
「フシュルル」

許したわけではなさそうだけど、とりあえず攻撃はしないよという意思表示なのかもしれない。お兄さんも「悪かった」と謝っていた。

「とにかく僕は治癒魔法かけるから、後はお願いしても?」
「ああ、任せてくれ」
「シュルルル」
「あ、え?! どこ行くの?!」

突然、白蛇様がその身をくねらせ頭を木々の間に突っ込んだ。
ええ…と、とお兄さんと顔を見合わせていると、直ぐに白蛇様の顔が僕たちの背後から、ぬうっと現れた。それにびくりと二人で肩を震わせると、そこに何か実の付いた細い木が置かれていた。
既に白蛇様の顔は元の位置に戻っていて、そこには細い木が置いてあるだけ。
「俺が先に行く」というお兄さんに甘えるように頷くと、恐る恐るそれに近付く。そしてお兄さんががさがさと青々と茂る葉を掻き分けると、赤い実がたくさん実っていた。

「これは?」

お兄さんが一つその実をちぎり僕に渡してくれる。それを受け取り、まじまじと見ると「これって…」と呟く。

「これ、炒るだけで食べられる実だ」
「へぇ…そうなのか」
「白蛇様に感謝しなきゃね」
「そうだな」

お兄さんと笑い合って白蛇様に向き直ると、二人で「ありがとうございます」と頭を下げる。それに白蛇様は「シュルルル」と返してくれた。
とりあえず取れる分だけ取っておく。これ朝食にもなりそうだし。
赤い実を食べるために消してしまった火を起こそうとして、お兄さんが再び拳で倒れた木を小さくしていく。
あれ拳に魔力を纏わせてぶっ叩いてるよなー、と倒木を薪の大きさに変えていくお兄さんの背中を見つめる。

「薪はできたが…」
「あ、魔石がなくてもいいよ。僕がつけるから」
「…そうか、助かる」

お兄さんが持ってた魔石は置いてきちゃったからね。明日、明るくなったら回収しに行こう。あの場所が無事なら、だけど。
てきぱきと薪が組まれて後は着火するだけなんだけど、なんかお兄さんの視線が突き刺さるんだよね。
「本当にできるのか?」って心配されてる感じ。

こう見えて最上級魔法まで使えるからね! 使ったら後がすごいけど!

人差し指をくるくると回して炎をイメージすれば、すぐに炎が指先に現れた。そのまま薪へとその炎を移せば、勢いよく燃え始める。
うんうん。こういった森だと火魔法って気を使うからね。
ちょっとの火種が火災へと繋がるから怖い。

「へぇ、火魔法まで使えるのか」
「まぁね」

勢いよく燃えている火を見ながらお兄さんが感心したように呟く。それにふふん、と胸を張れば「そうか」と小さく呟いて黙ってしまった。
あれ?なんか思ってた反応と違う。
まぁいっか、と光魔法を消せば、たき火の光だけが僕たちを映し出す。
さっそく赤い実をたき火の中へとざばーと投入すると、お兄さんが慌てて僕を見た。

「大丈夫なのか?!」
「平気、だと思う」
「…思う?」

すっと視線を逸らしたのがばれたのだろう。
半眼でじっと見つめてくるお兄さんがちょっと怖い。

「いつもはフライパンで炒るから…。あ、でも」
「でも?」

そう言えばこの実、フライパンで炒ってるときはパキパキって殻が割れたら取り出してたけど、直接たき火に突っ込んだことないな。
そんなことを考えていたその時だった。

パァン!

突如響いた破裂音に僕はビックリしてお兄さんに抱き付く。お兄さんもビックリしたのか瞬きを繰り返している。
何が起きたのか分らないまま、僕たちが固まっているとパァン! パァン!と次々と破裂音がたき火から放たれる。

「な、なんだ?!」

いち早くお兄さんが動き、僕を後ろから抱き締める。そのままお兄さんがたき火から離れると、くるりと後ろを向いた。見えなくなったたき火からはまるで爆竹を放り投げたような音がしている。

え、これ、こんな風になるの?!

実を言えばこれを炒るときは絶対に僕一人じゃやらせてはくれなかった。兄ちゃんずか、父ちゃんか母ちゃんがいるとき以外は絶対に近付くなって言われてた理由がよく分った。
バババババと連続で鳴る音に耳を塞ぐと、お兄さんが「これはすごいな」と感心している。いや、それどころじゃないと思うんだけど。やった僕が言えたことじゃないけど。
すると、ぬうっと頭を僕の方へと向けた白蛇様が呆れたように、ふんっと息を吐いた。
すみません。
白蛇様に謝りながら音が治まるのを待ち、パチン、という音が聞こえたのち静かになった。
それにほっとしながらお兄さんを見上げれば、その横顔にドキリとした。僕の視線に気付いたのか、お兄さんが僕へと視線を向けると「凄かったな」と笑う。

「う、うん。凄かったね」
「あんなに弾けるとは思わなかった」
「…そ、だね」

すいっと視線を逸らして頷けば「どうした?」と聞かれた。
どうしたって言われてもどう答えていいのか分らず、もごもごと口で言葉を紡いでは飲み込む。

そうだ、あれはビックリしただけ。そうそう、ビックリしただけだから。

まるで自分に言い聞かせるようにそう結論付けるとお兄さんに「大丈夫だから」と告げる。その言葉にお兄さんの眉間にしわが寄るけどなんとか身体を離してもらい、何となく視線がお兄さんに向けなくて足元を移せばそこには、ほこほこと湯気をたてている木の実が転がっていた。
それを摘まみあげるとお兄さんが「それか?」と聞いてくるから頷くと、風魔法を使いそれらを回収することにした。
とりあえず周囲の物を浮かせ、それっぽい物を引き寄せる。そして木の実だけを選別し、さらに風魔法で汚れを落とす。

「風魔法ってやつは便利なんだな」
「使い勝手はいいよ。空も飛べるし」
「え?」
「ん?」

あれ? 僕なんか変なこと言った?
お兄さんがぽかんとしてるけど。
こくりと首を傾げてお兄さんを見れば、ハッとしたように「そうか」と笑った。

…ヤバイ。僕は村の中の常識しか知らないから他のところは違うのかな?

「ああ、そうだ。忘れてた」
「?」

話題を逸らすようにお兄さんがごそごそとウエストポーチを漁る。そのウエストポーチの中身が非常に気になるんだけど見せてくれるかなー? 無理だろうなー。

「はいどうぞ」
「あ、ありがとう」

そう言って目の前にぶら下げられたのは小さな革の袋。塩を振って食べるとおいしいという僕の言葉から、きっと塩を渡してくれたんだろう。

「使っていいの?」
「もちろん」

塩はこの国では貴重なものだ。
お兄さんはこの国の人じゃない説が浮かび上がったけど、やっぱり違うような気がする。
まぁいいや。そういうことは村についてからにしよう。
結び目を解こうとして両手が木の実でいっぱいだったことを思い出し「ごめん。このままかけてくれる?」とお願いをすれば「ああ、分った」と了承し、結び目を解き塩を振りかけてくれた。

「ちょっと茶色いんだね」
「? 普通じゃないのか?」

おっと、また失言だった。
君のところは違うの?という視線を受けながら「ああ、うん。まぁ」と言葉を濁せば、やっぱり少し瞳を伏せられた。

あ。これあれだ。
魔石を見たことがない発言と、塩が茶色い発言でお兄さんは僕がすごく貧しいと思っているんだな。

でも普通はそう考えるか。
こんな辺鄙な所に住んでるんだから。

僕はここに来てからあの村しか知らないから何とも言えないけど、他の町はもっと発展しているんだろうと想像はついている。
けれど、日本の都市とよばれるあの街並みより発展しているとは到底思えないのだ。
ということは…。お兄さんは少なくとも町ではない、もっと発展している所、王都に住んでいるのではないかという予想はつく。

王都は何となく想像がつくけどそれが正しいかは分からないんだけど。

なんだか可哀相な子を見るような視線にむっとすると、ぷいっと顔を背ける。それに慌てたのがお兄さん。

「す、すまない。そういう意味で言ったわけでは…!」

おろおろとするお兄さんがなんだか可愛く見えて、ぷっと笑えばお兄さんもほっとしたのか眉が下がった。

「僕、村から出たことないから」
「そうか。すまなかった」

謝るお兄さんに「もういいから、これ食べてみてよ」と、塩を振った木の実をずずいと顔の近くへと持っていく。
僕に言われるままお兄さんが木の実を一つ摘まむと口へとぽいっと放り込まず、カリッという音を立て半分ほど齧った。コリコリといい音を立てて咀嚼するお兄さんが一瞬止まり、半分を口に含むと口を動かす。
分かる。木の実、美味しいんだよね。
父ちゃんはよくこれをビールのつまみにしてたな。たぶん前世の僕も父ちゃんと同じように、これをつまみにビールを飲んでる。

「うまい」

咀嚼し、飲み込んだお兄さんがそう呟くと「もっと食べなよ」と手を持ち上げれば、お兄さんが食べ始める。
うん、いい食べっぷりだ。
けどさ。

「あの、僕も食べたいんだけど」
「すまない、俺ばかり食べていたな」

そこで気付きました、というお兄さんに苦笑いを浮かべるとどうやって食べようかな、と考える。
まず両手がまだ塞がっている。すっかりと忘れていたけど僕のかばんは卵の近くに置いたはずだから無事…だといいな。帰りに確認しに行こう。
お兄さん小さな袋か何か持ってないかな。

「え…」
「ほら、口あけて」

なんて思ってたらお兄さんが木の実を僕の方に向けている。
これってあーんってこと? 15歳にもなってあーん、で食べろと?
思わずぴしりと固まったらお兄さんが「恥ずかしがらずに」なんて言うから「恥ずかしくない!」と叫べば、その隙にぽいっと口の中に木の実を放り込まれた。
それに驚きはしたものの、口に入ったものをもぐもぐと咀嚼する。どんぐりみたいな渋味がなく、胡桃に似た味。

んまい。

んふーとつい頬を緩ませながら口を動かせば、ぷっと笑われた。けどそんなことはどうでもよくなった。
やっぱりこの木の実、美味しい。
思ったよりもお腹が空いていたらしく、お兄さんに食べさせてもらっていたら「まるで親鳥になった気分だ」と言われ、ノリで「ぴよ」と返せば瞳を丸くされたがすぐにくつくつと笑い出した。

「可愛いな、君は」
「…可愛いとか嬉しくない」

くっくっと肩を震わせて笑うお兄さんになんだかドキドキしながら、両手いっぱいあった木の実は半分食べて残りは明日の朝にしようと残すことにした。
けど包むものがなくて困っていたらいつの間にか一枚の葉っぱが置かれていて、それに木の実を入れて包んだ。
水も僕の水魔法で喉を潤し腹ごなしも済んだところで、卵の治癒にかかる。
すると今まで卵を守っていた白蛇様がのそりと動くと、僕とお兄さんを囲むようにその身体を巻き付けた。
まるで、僕たちを守るように。

「ありがとうございます。白蛇様」

感謝を述べ、ついその身体を撫でれば「フシュルル」と紅い瞳が細まったような気がした。
卵の治癒が終わったらいっぱい撫でていいか聞いてみよう、と決めて卵の前に座ろうとした所でお兄さんが「ちょっと待て」と制止をかけた。
なんだろうと首を傾げると、卵の前にお兄さんが座った。

「あの…?」

意味が分からない、と告げればお兄さんが胡座をかいた膝をぽんぽんと叩いた。

「君はここに座って」
「すみません。本当に意味が分かりません」

素直にそう言えば「座りっぱなしだとお尻痛くなるだろう?」と言うお兄さんに頭が痛くなったような気がしたけど、たぶん僕のことを考えてくれたことだと思おう。
いや、卵の前だし。そこに座らないと卵の治癒できないし、と自分に言い訳をしながらお兄さんの膝に座ると「ちょっとごついけどね」と笑うお兄さんの顔が思いの外近くて俯く。
たぶん顔は真っ赤だと思う。前向いててよかった。
ドキドキと煩い心臓に気付かれないだけマシだと卵を両手で抱え、治癒魔法をかけ始める。
その間は殆ど無心だから、お兄さんの腕が僕のお腹に回ってしっかりと抱きかかえられている事に気付くことはなかった。


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