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7. ハロハロおh「言わせねぇからな!」

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「ふいー…」
「ふふっ」

ちゃぷん、という水の音とお兄さんの笑い声が響く。
お兄さんとあれこれした後、汗と唾液、それにお兄さんの白濁を綺麗にするために、緊急用ログハウスのお風呂に入ってる。ここはちょっとこだわってヒノキにしてみたんだ。
ふわっと香る匂いが好きでさ。ついでに桶も椅子もヒノキにして魔法で防水加工を施した。それでも香りが損なわれないんだから魔法ってやっぱりすごい。

「おっさんくさいな、とか思った?」
「歳に合わないから」

そう言いながらちゃぷん、と肩にお湯をかけてくれる。温かい。
あの後、浄化魔法で綺麗にしようかな、なんて思ったんだけど僕の魔力がヤバいことに気付いていたお兄さんがストップをかけた。でも色々綺麗にしなきゃならないからってことで、緊急用のログハウスのお風呂にお世話になっている。
ちなみに僕は今、お兄さんに後ろから抱き締められてます。ちょっと魔力が足りないみたいで気を抜くとずるずると沈んでいくからね。お風呂だから最悪そのまま沈んじゃうからさ。しっかりとお腹に腕を回されホールド中。

「んっ、お兄さんそれ以上魔力渡したらダメだって、ばぁ…っ」
「気持ちよくなっちゃうから?」
「そ…ぁん!」

腹に回された腕が少し動き、ツンと勃った突起をきゅうと摘まむから腰がびくびくしちゃう。それに魔力を流されてるから気持ちよくてあんあん声が出る。
それが浴室に響いて恥ずかしい。

「おにい、さ…」
「キスなら、いい?」

いいよ、という僕の言葉を吸い取り、ちゅ、ちゅぷとお風呂の水音とは違う水音が重なった場所から聞こえる。
舌を絡め、お互いの唾液を啜りあう。

「んっ、ふ…ぅ」

お兄さんに唾液をすっかりと吸われると代わりに唾液を送られる。それを僕はこくこくと飲めば、頭がぼーっとしてきた。

「逆上せる前に上がるか」
「ぅん…」

額にキスをされ、ざばっとお兄さんに抱きかかえられて浴槽からあがると脱衣所まで運ばれる。どうやって身体を拭こうかな、なんて思ってたけど色々面倒くさくなって風魔法でささっと乾かしてしまう。

「こら、魔力が少ないんだから使うな」
「これくらいならだいじょぶ。おにいさんにまりょくもらったから」

ふわふわとする頭でそう言えばお兄さんの肩が竦められた。それからお兄さんに綺麗に浄化した服を着させてもらって、そのままキッチンダイニングへと抱きかかえられたまま移動する。熱々の身体を少し冷やしたくて冷蔵庫へとお兄さんを誘う。
一人用冷蔵庫の前に立ったお兄さんの瞳が丸くなったけど、僕はふわふわしたままだから気付かなかった。

「そこから冷たいお水出して飲もう」
「…どうやって開けるんだ?」

そこでお兄さんが冷蔵庫の使い方を知らないことを知った僕は、冷蔵庫の取っ手を掴むと「むむ」と小さく気合を入れて引っ張る。ふわふわしてるから力があんまり入らないんだよ…。するとお兄さんが力を貸してくれると、ぱこっと開いた。ひんやりとした冷気が気持ちいい。
ドアポケットの部分に瓶が二~三本置いてある。これ、誰がここに来てもいいように置いてあるもの。毎日僕が替えてるから安心だね!

「これでいいのか?」
「うん、ありがと」

冷蔵庫から冷えっ冷えの瓶を一本手に取り僕に渡してくれるお兄さんにお礼を言って「ソファに座ろう?」と言えば、そこまで運んでくれた。そのままお兄さんが座るから、僕はいまお兄さんの膝の上に座っている。

「貸して」
「ん?」

お兄さんに言われてはい、と渡すと、器用に僕の身体を腕で支えながらきゅぽんとコルクを抜いてくれた。

「ありがと」
「どういたしまして」

はい、と戻ってきた瓶を口につけごくごくと喉を鳴らして半分ほどまで飲み干すと「ぷはー!」と息を吐く。またしてもお兄さんが「ぷっ」と笑う。
風呂上がりには冷えたビールがよかったんだけど、それはまた明日かな。

「お兄さんも飲む?」
「もらおうか」

冷えた瓶をお兄さんに渡すと、直ぐに口を付けた。ごくごくと喉仏が上下に動くのがなんだか色っぽい。そしてどんどんとなくなっていく水をじっと見つめる。

「すごく冷たいな」

やっぱり素晴らしい飲みっぷりで「ぷは」と水を飲みきったお兄さんが、口に溜まった水を腕で拭う前に僕の唇を押し当てその水を吸い取り、ちゅっと軽く唇を触れさせると「ごちそうさま」と悪戯っぽく笑う。
するとお兄さんの「やってくれたな」との言葉と共に唇を塞がれた。
少しひんやりとした湿った舌が口腔を舐め、しっかりと唇を塞いでから離れていった。

「ふふっ」
「どうした?」
「お兄さんとのキス、やっぱり気持ちがいいなって」

こてん、とお兄さんの方に頭を預ければ横髪をさらさらと流しては遊んでいる。その指先も気持ちよくて瞳を閉じれば、ちゅと額にキスを落とされた。

「そういえば…母ちゃんからおやつもらったんだ…けど…?」
「これか?」

そう言ってお兄さんが包みをテーブルの上に置く。でもちょっと待った。なんか包みが丸いんだけど。

「お兄さん、ゆっくりそれ開けてもらってもいい?」
「? ああ」

僕の言葉に不思議そうに頷くお兄さんが、包みをゆっくりと丁寧に開いてく。そしてその中には…。

「あぁ…やっぱり…」
「っふ」

パウンドケーキを食べつくし、カスを身体中にくっつけたまま腹を向けてぷうぷう寝ている白蛇様がいて。その姿に呆れる僕と、くつくつと笑うお兄さん。
そっかお兄さん、白蛇様がこうなった姿を見るの初めてか。さっきはそんな余裕なかったし。
くっくっ、と肩を小さく上下に動かし笑っているお兄さんを見て、僕もなんだかおかしくなって。二人で笑っていると「うるさい」と言わんばかりにのそりと起きた白蛇様が「フシャー!」と口を開けたけどそれが可愛くてまた二人で笑った。


◆◆◆


「おかえり!」
「ただいま!」

あれから水筒に入っていたお茶を飲んで、まったりしていると星が辺りを埋め尽くした。そんな時間になってようやく「帰ろっか」と呟いた僕に「…そうだな」ってお兄さんから返ってきた。
二人手を繋いで“飛んで”帰ってきた僕たちを出迎えてくれたのは母ちゃんだった。そっと手を離し、僕が母ちゃんに抱き付いて「ただいま」ってもう一度言えば、頭を撫でられながら「おかえり」って言ってくれる。そっと離れると母ちゃんがお兄さんに近付いていく。
そしてぽんぽん、と頭を軽く撫でると「あんたも、おかえり」って母ちゃんが言うと、お兄さんは少しだけ泣きそうな顔をして「ただいま、戻りました」ってちょっと震える声で返してた。うん、じゃあここがお兄さんの家になるんだね。そうくふくふ笑っていると「夕飯の前に手を洗っといで」と言われて二人で返事をすれば「後はあんたたち待ちだよ」と母ちゃんが爆弾を落としてくれた。

「お待たせ!」
「待ったぞ。あと5分もしたら食おうって言ってた。ライの分まで」
「うわああぁぁ…よかったぁ…」
「そんなことするわけがないだろう? ライが構ってくれないから不貞腐れてるんだよ、ユリウスは」
「バジルてめぇ…!」
「んふふふ」

手を洗って、食堂に行けば父ちゃんも兄ちゃんずも待っててくれて。軽く言い合う兄ちゃんずにふふっと笑ってからお兄さんの席はどうするんだろう、と思っていたら席順が変わっていた。
僕の隣にお兄さんの席がセットされ、兄ちゃんずは父ちゃんの横に。母ちゃんはキッチンに近い席で変わってないけど。

「お兄さん僕の隣なの?」
「嫌なら変えるぞ?」
「そんなこと言ってないでしょ?!」
「ユリウス、大人げない」
「バジルてめぇ…っ!」
「さっきと同じセリフ。脳筋はこれだから…」
「嫌味しか言えないお前よりはましだろう」

ばちばちと父ちゃんを挟んで言い合ってる兄ちゃんずはやっぱりすごい。ほけーっと席の前で突っ立ってると夕飯を持ってきてくれた母ちゃんの「ほら、さっさと座りな!」と言う一言でお兄さんと一緒に席につく。
ことりと僕の前に置いてくれたのはボアの生姜焼き。
食欲をそそる生姜の香りを胸いっぱい吸い込めば「ぎゅるるる」と僕のお腹の怪獣が鳴いた。それに母ちゃんが大笑いすると、恥ずかしさのあまり僕は身を小さくする。
これ二回目じゃん!
あうあうと俯きながら両手で顔を覆っていると、ぽん、と肩を叩かれた。それにそっと手を離してお兄さんを見れば微笑んでた。

「腹が減ることはいいことだ」
「…それ、誉めてるの?」
「もちろん」

その綺麗な空色の瞳はからかっている様子もなく、兄ちゃんずも何も言わない。もしかしたら本当にお腹がすくのって大切なことなんじゃないかな。なんて思ってたら目の前にお椀が置かれた。

「今日は味噌汁もあるからね!たくさんお食べ!」
「わぁーい! お味噌汁ー!」

やったー!と両手を上げれば流石に父ちゃんに「行儀が悪い」と言われてしまった。…テンション上がりすぎた。
母ちゃんがご飯をたくさん盛ってくれて全員が席に着くと、手を合わせてみんなでいただきます。最初は戸惑っていた父ちゃんも母ちゃんも兄ちゃんずも今ではすっかりこれに慣れてしまった。毎食だからね。
お兄さんは若干戸惑いながら小さく「い、イタダキマス?」と言っていた。なんか可愛い。
すると僕の身体とテーブルの隙間からにゅる!っと出てきた白蛇様に僕は驚き、椅子ごと後ろにひっくり返りそうになったけどお兄さんがそれを支えてくれた。兄ちゃんずも既に席を立ち僕の側まで来ていたから、兄ちゃんずの瞬発力すごいなー。
がたっとそのまま戻されてお兄さんに「ありがとう」とお礼を言う。そしてふうと息を吐いていると、しゅるしゅると舌を動かす白蛇様。さっきパウンドケーキをしこたま食べてたけどまだ食べるの?それとも口の中が甘いからしょっぱいの食べたくなっちゃった?

「…食べますか?」
「フシュルルル」

とりあえずそう聞いてみれば、チロチロと舌を動かす白蛇様。うーん…生姜とか大丈夫なのかな? ちょびっとだけお肉を噛みきって白蛇様へと与えてみることにする。大丈夫そうなら母ちゃんに言ってみよう。
僕の噛み切った小さな肉を器用に舌に乗せそのまま、ぱくり。ごくん、と丸飲みした白蛇様からぱあぁぁと花が咲いた。これはもちろんイメージだけど、そんな感じ。紅い瞳がキラキラと輝いて「もっと、もっとくれ!」と僕を見つめてくる。

「おやおや、白蛇様は気にいっちゃったんだね。なら白蛇様にも用意しようか」

そういって笑いながら母ちゃんが立ち上がる。味噌汁とか飲むのかな? なんて思いながら指に味噌汁を少しつけて白蛇様へと指を伸ばせば、チロチロとその指を舐め始めた。え、味噌も大丈夫なんですか?!

「…白蛇様って何でも食べるんだね」
「そんなわけがないだろう」

僕の呟きにずず、と味噌汁をすすっていた父ちゃんがずばっと言う。父ちゃん、味噌汁好きだよね。僕も好きだけど。

「じゃあこの白蛇様が特別ってこと?」
「そうなるな。妙にお前たちに懐いている」

お前たち、という父ちゃんの言葉に席について食事を始めていた兄ちゃんずがぴくりと反応したけどその前に母ちゃんが小さく切った生姜焼きのお皿を僕の前に置いてくれた。

「食事が気に入ってくれたのなら嬉しいね。どうぞ」

母ちゃんの「どうぞ」の言葉に嬉しそうにぱくりと生姜焼きを丸飲みしていく白蛇様。可愛い。
そんな白蛇様を見ながら、僕も生姜焼きに手を付ける。ボアの脂っこさがまたたまらない。それを生姜がさっぱりとさせてくれて、そのままご飯を食べて味噌汁を飲む。
幸せ。
むぐむぐと頬いっぱいに詰め込んで食べていると、なぜかでれっと鼻の下が伸びてるユリウス兄ちゃん。父ちゃんは黙々と食べて、バジル兄ちゃんも時折僕と目が合うたびににこりと笑う。お兄さんは大丈夫かな、なんて横目でちらりと見ればなんかすごい感動してる。母ちゃんのご飯美味しいからね。分かる。

僕たちはお箸だけどお兄さんはナイフとフォーク。父ちゃんの箸使いがすっごく綺麗。兄ちゃんずも父ちゃんに教わってたからか綺麗。母ちゃんも「あら、便利ね」と言って自己流に使いやすいスタイルを見つけたらしい。いいと思うよ。お兄さんはすっごい優雅にナイフとフォークを使ってる。でも味噌汁飲むときフォークで具を食べる姿は面白い。

しゃきしゃきキャベツをお肉で巻いて、もぐっと食べていると、白蛇様も食べたくなったのかぺしぺしと尻尾で僕の太腿を叩いてくる。

「んぐ、白蛇様もキャベツ巻いて食べます?」
「シャー! シャー!」

んふふふ。すっごい興奮してる。大きな口を開けて「早くしろ」という白蛇様のお肉に少しのキャベツを巻いて「あーん」と言いながらそれを口へと放り込めば、んぐんぐと丸飲みしていく。
その間に父ちゃんと兄ちゃんず、お兄さんがおかわりをしている。早い。僕だって頑張って食べてるのにまだ半分しか減ってない。すると白蛇様が「次! 次! はよ!」とびたんびたんと尻尾を動かす。痛いよ、白蛇様。

父ちゃんは3回、兄ちゃんずとお兄さんは4回、僕は2回お代わりして夕飯は終了。お腹いっぱい。白蛇様も3回目のお腹を上にしてごろりタイム。げふ、と言ってるから満足したんだなー。
お茶を飲みながら食後のデザート、と言わんばかりに母ちゃんがプリンを出してくれた。ぷるんぷるんだから今日はゼラチン入りのプリンだ。蒸した硬いプリンも好きだけどね。これだとつるっと口の中に入るのがいいんだ。
白蛇様も食べるかな?なんて思ったけど、コロコロで動けないみたいだから白蛇様は明日かな?
鼻歌を歌いながらプリンを食べると、お兄さんもそれを食べ始める。
父ちゃんも兄ちゃんずもそれを部屋に持っていったからそこで食べるんだろう。忙しそうだなぁ…。
村のことはさっぱりだから父ちゃんや兄ちゃんずに任せっきり。僕はただメンテナンスや不便がないか聞くだけだし。

「それにしても」
「うん?」

ぷるんぷるんのプリンを掬いながらお兄さんがぽつりと呟く。
どうしたの?

「今まで食べたことのないものばかりだ」
「そうなの?」
「ああ、昼に食べたはんばーがー?も手で食べることも初めてだ」
「そうなんだ」

前はそうでもなかったけど、やっぱりこっちだと手掴みで食べるなんてほとんどしないんだね。父ちゃんも母ちゃんもそうだっけ。
おにぎりでさえフォーク使ってたし。

「明日、村の中歩いてみる?」
「いいのか?」
「もちろん。もうお兄さんも村の人だし」
「…そうか。そうだな」

かちゃり、とスプーンを置いて、視線を落とすお兄さん。まぁこの村にいるということは『訳あり』になっちゃったわけだし。嬉しくもない、かな。

「それにさ、白蛇様のお社作りたいし」
「ああ、そういえばそんなこと言っていたな」
「でもなんかそこに住まないような気がする。ご飯とか」
「ああ、そう言えば白蛇はここの飯が相当気にいったみたいだったな」
「そう…だね」

未だお腹をまん丸にしてころころとしている白蛇様を見ながら苦笑いを浮かべながらプリンを食べる。あ、さくらんぼ美味しい。
そこでふとあることを思いたち、茎が付いたままのさくらんぼを口に放り込む。それを見たお兄さんが一瞬瞳を見開かせると「何をしているんだ」という表情を浮かべる。
そんなお兄さんを気にしないことにしてもごもごと口を動かす。んん…難しい、けどなんかいけそう。

「ライ?」
「もうひょっとらから」

話しかけないで、と告げると、眉を寄せもごもごと口を動かす。無言で僕を見守るお兄さんを放置して数分。

「れきた!」
「何が?」

掌を口の前に持っていき、ぺっとそれを出すと唾液まみれのさくらんぼの茎。ただそれは結ばれていて。

「へぇ、すごいな。ライ」
「ん、結構難しかった」
「俺もちょっとやってみようかな」

顎と頬が痛い。けどお兄さんが僕をマネしてぽいっとさくらんぼを口の中へと放り込んだ。そして僕と同じようにもごもごとしている。あ、結構見てると面白いな。僕もこんな感じだったのか。ちょっと恥ずかしいね。
お兄さんならすぐにできそう、なんて思いながら残りのプリンを二回口に運ぶと「できた」とお兄さんが告げた。

「うっそ! 早い!」
「ほら」

僕と同じように掌の上に結ばれたそれが出されると「ほえー」と間の抜けた声を出してしまった。

「ライの言った通りちょっと難しかったな」
「ちょっとじゃないよ…結構だよ…」

簡単にやってしまったお兄さんに唇を尖らせていると「これには何の意味が?」と聞かれたから「結べたらキスがうまいらしいよ」とぶっきらぼうに言えば後ろから手が伸びてきてそのまま顎を掬われる。
そしてちゅっと触れるだけのキスをされると、にこりと笑う。それにぽかんとしていると「あ、でも」とお兄さんが何かに気付いた。

「これだとうまいかどうか分からないな」

「もう一度する? 今度は深いやつ」と言われたけど「また今度!」と叫んだ。
プリンを食べてお皿を洗って魔法で乾かせば、風呂上がりのユリウス兄ちゃんがキッチンに来ていた。

「ライ。どうした」
「プリン食べたから」
「ああ、皿を洗ったのか。えらいな」

そう言ってわしわしと大きな手で頭を撫でてくれる。それに僕がうふふと笑うと、上機嫌に離れていった。そして冷蔵庫をがぱりと開けると、黒い液体が入った瓶を取り出す。

「じゃあ、僕たちもう寝るね?」
「風呂は…っと、まぁ好きにしなさい」

おっと失言、とでもいうかのように口を手で塞ぐと、そそくさとキッチンから出ていった。
ユリウス兄ちゃんの言葉に僕とお兄さんがぽかんとしてお互いの顔を見合わせる。そして兄ちゃんが言っていた意味を理解するとぼひゅっと顔から火を出した。

お兄さんの部屋は僕の隣だった。兄ちゃんずのそれぞれの部屋は父ちゃんを間に挟んでいる。不思議。
「おやすみ」といってそれぞれの部屋に入れば、一人きりになる。それが当たり前だったのに、ちょっとだけ今日は寂しい。ずっとお兄さんと一緒だったからかもしれない。
でももう成人するんだから「寂しい」なんて言ってられないよね。それに、家の中に人がいるだけで幸せなのに。
のろのろと夜着に着替えると、ばふん、とベッドにダイブする。今日もなかなかに濃い一日だったな。そう思いながら、猫のぬいぐるみの頭をユリウス兄ちゃんと同じようにわしわしと撫でる。
すると眠気が急に襲ってきたことに僕は「まさか」と思うよりも先に、意識がすとんと落ちた。


◆◆◆


『…ロ…、ハ…ー。ハロー、ハロー』

ああ、やっぱり。
『ハロハロ女神』だ。

『聞こえてる? ハロー、ハロー。おは「その先は言わせねぇよ?! てか今寝たとこだから!」

食い気味にそう言えば『なら返事ぐらいしてよね!』と逆に怒られた。いや、だって急に連れてくるんだもん。

「あと、何回も言ってるけどハローの前に「お」を付けちゃダメです!」
『えー、可愛いのに』
「ダメです! それ言っちゃうと某ゲームのヒロインになっちゃうから!」
『ハグハ「だからダメだっつってんだろ!」

僕がこうやってツッコむのが楽しいのか、こうしてハロハロ女神が弄ってくる。でもほんとやめて。そのゲーム僕めっちゃ好きなの。世間では賛否両論だけど。

『久しぶりだねー。健也』
「あの…彼女みたいに言うのやめてもらっても?」

ひらひらと手を振っているハロハロ女神にそう言えば『あら、そう?』と言う。

『じゃあ、ライルって言った方がいい?』
「まぁ…健也はもう死んでるから」
『そういえばそうか。じゃ、ライル』
「何?」
『おやつだして』
「………………」

ハロハロ女神の突然の要求は今に始まったことではない。僕が死んでこの世界に転生してから数年、ハロハロ女神のお世話になっている時からなのでもう15年のお付き合いだ。
産まれた時からお世話になってるからね。なんか幼馴染みたいな感覚。

「何食べたいの?」
『えっとねー、とりあえずイチゴのロールケーキにチョコレートケーキ、シフォンケーキにザッハトルテかな?』
「お茶は?」
『ストレート』
「はいはい」

ハロハロ女神の言うケーキたちを僕はイメージしてから魔法を使う。ついでにテーブルと椅子、ティーポットとカップも。
するとそこには言ったものが突如現れ、綺麗にセットされている。早速席についてハロハロ女神がお皿にホールのケーキを少しずつ切り取り乗せていく。僕もフルーツタルトを魔法で出すと、それを一口フォークで切り取り口へと運ぶ。
んまい。
というか魔法で出す食べ物の味は何が基準何だろう?

『ちょっと! それも食べさせなさい!』
「うわっ?!」

言うよりも早くフォークがタルトの半分を切っている。そしてそのまま持って行かれた。

「僕のタルトー!」
『ひふんでらひなふぁいよ』
「食うかしゃべるかどっちかにしろ」

あ、これよく父ちゃんや兄ちゃんずに言われることだ。僕も気を付けよう。反省。反省。
半分取られてしまったタルトをちびちびと食べながらもぐもぐとものすごい勢いでケーキを消費していくハロハロ女神。

「ところで用事は?」
『あ、そうだ。忘れてた』
「いや、呼びつけといてそれは…」
『ライル、アンタの運命を握る人が来たから』
「んぶっ?!」

ケーキを食べながらなにさらっとすごいこと言ってんの?! この女神。

『その【ユニーク魔法】のスキル、なにがなんでも隠しなさいよ?』
「…分かってる」
『今以上にね。あの村の中でも気を付けなさい』
「え?」

びしっとフォークを僕に向けてそういうハロハロ女神。でも。

「クリームついてる」
『え?! 嘘?!』

慌ててナプキンで口を拭くハロハロ女神。そんな女神を放置して僕はカップを傾ける。

『運命の鍵』を握るもの。

それは2年ほど前から言われていた事だ。
『気を付けなさい。貴方はこの国の運命を左右するのだから』と。
ここ数か月前からは『あなたの運命の鍵を握る者が現れる』とも言われていた。
まぁ『運命の鍵』を握るのは間違いなくあのお兄さんだろうな。
ずず、と行儀悪く紅茶を飲めば、ハロハロ女神がじっと僕を見つめている。あ、お行儀悪いって言われそう。

にはもう伝えてあるけど、ライル』
「何?」
『気を付けなさい。あの村の中すでにネズミがいるから』
「え?」

すっと瞳を細くした女神はそれだけ言うと、再びケーキを食べ始める。
あの村の中ネズミがいる?
それって他の村にもネズミがいるってこと?
信用していた人たちが裏切ってどこかに通じている。しかもあの村は『訳あり村』。父ちゃんが了承しないと住めない村でもある。
それなのに。

『…ライル』
「――…ッ?! 何?」
『あなたが信じたものを信じなさい』
「…………」

そう真っ直ぐ瞳を見つめて言う女神の言葉は、僕に重く圧し掛かった。


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