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8. 村人全員魔法少女

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「んはっ?!」

ハロハロ女神の所でお茶をして『あんたにはあたしがついてんだから、やりたいようにやりなさい』と背中を押されたのがついさっき。
戻ってきたことにほっとするけど、こう…いきなり現実に戻されると驚くよね。さっきまで食べてたフルーツタルトも、飲んでた紅茶の香り何一つないんだから。当然お腹も満たされてはない。ホント不思議。あの謎空間。
うつ伏せになって寝ていたようでちょっと息苦しい。真っ暗な部屋だからまだ夜中かな?
んーと背を伸ばし寝直そうかな、なんて思っていると隣の部屋から「カタン」と窓が開く音が聞こえた。
お兄さん、まだ起きてるのかな?なんて思いながらごろりと身体を反転させ仰向けになると、ベッドがギシリと鳴く。その音と同時にバサリ、と羽音が聞こえた。
隣の部屋から。
そしてしばらく静寂が続き、再びバサリと音がしてまたカタンという音がした。

『この村にもネズミがいるから』

女神さまの言葉はきっと正しい。でも『運命の鍵』を握る者ならば、その行動全に意味があるのだろう。
それは僕ではどうすることもできないし、ハロハロ女神だって同じだ。

大丈夫。

そう思いながら、僕は再び瞳を閉じた。


◆◆◆


朝起きてご飯を食べてから、お兄さんと一緒に村を回る為に外に出る。ちなみに今日の朝ご飯はフレンチトーストだった。

「さて、と。まずは白蛇様の…」

と言ったところで、バジル兄ちゃんが「森を元に戻してからだよ」という言葉でハッとした。そうだ。白蛇様が通ってきた道を消さなきゃ。

「忘れてたみたいだね。ライル」
「ううう…。ごめんなさい」
「そうなると踏んでユリウスが俺に言伝を頼んだんだ」
「ユリウス兄ちゃんが?」

なんで兄ちゃんが来ないんだろう?と思っていると、そう言えば朝ご飯の時に父ちゃんとユリウス兄ちゃんの姿が見えなかった。ねむねむの白蛇様がやっぱり僕の膝に乗って朝ご飯を「あーん」状態で待ってた。
そんな白蛇様に食べさせながら僕も食べてたから気付くのが遅くなったんだ。
あれだけ「朝は一緒に食うぞ!」と言っていた兄ちゃんが来なかったことがおかしかった。こんなことは殆どなかったから、きっと忙しいんだろう。うん。そう、思おう。

「…ライ」
「っ?!」

知らず俯いていた僕の頭に、ぽんと手を乗せられゆっくりと撫でてくれる。その手にほっとしながらもハロハロ女神の言葉が頭をぐるぐる回る。

「お前が気にする事じゃない。ちょっと忙しいだけだ」
「…ん」
「この時期はどうしても、ね」

バジル兄ちゃんが僕を安心させてくれるようにゆっくりと頭を撫でてくれる。それにちらりと上目遣いで兄ちゃんを見ればにっこりと変わらない笑顔で。

「役得だけどユリウスが見たら発狂するからそれはダメだよ」
「? どういう意味?」
「可愛いからやめなさい」
「????」

バジル兄ちゃんの言葉がやっぱりわからず首を傾げれば「ユリウスだったらその辺の木を2~3本抱き締めて折りそうだ」とぽつりと呟く。そんなに?!

「さて、早めに森を直さないとオヤシロが建てられなくなるよ?」
「あっ、そうだった! ありがと!バジル兄ちゃん!」

ばっと顔を上げてバジル兄ちゃんを見てから、ぎゅうと抱き締める。兄ちゃんずにはこうやって「いってきます」と言うのが習慣になってる。

「いってらっしゃい」

ぽんぽんと頭を撫でられてから、離れる。そしてお兄さんに「ちょっと付き合って」と言えば「もちろん」と返ってきた。白蛇様は今日はお兄さんの腕に巻き付いてしゅるしゅると舌を動かしてる。
手を振って兄ちゃんと分れ、村の入り口まで来ると「さてと」と腰に手を当てる。見事に一直線に出来た道に苦笑いを浮かべると、風魔法を使う。もちろんお兄さんも一緒に。

「どうするんだ?」
「倒れた木は薪とかに使うからお兄さんは小さくしてくれると助かる」
「なるほど、それならライの役に立てるな」

役立たずにならずに済んだ、と笑うお兄さんに僕も「頼りにしてるよ」と告げるとお兄さんの手を取って滑り出した。
二日前、お兄さんと白蛇様と会った場所まで来ると風魔法を消してそこに降り立つ。

「そういえばあの時のお兄さんは…」

白蛇様に巻き付かれていたあのお兄さん。ぐったりとしてたから息が絶えてると思ったけど生きてた?ならいいんだけど。でもお兄さんは「友を二人失った」って言ってたからやっぱり。でも姿がないんだよね…。誰かが移動させたのかな?
むむ、と考えている僕の肩にぽん、とお兄さんの手が乗せられると反射的にお兄さんの方を向く。そこには影を落としたお兄さんが首を振った。
もしかして、魔物に食べられちゃった?
僕が何を言いたいのか分ったのかお兄さんが唇を噛んでたからそうなのだろう。それかあの時のベヒモスか。どちらにしろ酷い状態になってそう。身元が分かるようなものがあれば拾ってご家族にお渡ししたんだけどな。

「あいつの遺品は俺が回収してあるから」
「そ…っか。なら村に戻ったら郵送しよう」
「…そうだな」

お兄さんがそう小さく頷くと、僕は「じゃあやろっか!」と明るく声をかければ「ああ」と今度は大きく頷いた。

ドン、バキョ。ドン、メリメリ。

そんな音を聞きながら、お兄さんが倒木を薪に変えていった場所に僕は魔法をかけていく。ぐっと拳に力を込めて腋を締めてからそれを勢いよく上に向ければ、有名なアニメ映画のように、にょき!っと木が生えてくる。それは青々しくなぎ倒されたとは思えないものだ。

「すごいな…」

ふぅ、と額の汗を拭うお兄さんが青々と茂った樹冠を見上げながらそう言えば「そうでもないよ」と僕は笑う。

「十分すごい」

素直に褒められるのが嬉しくて、頬が熱くなる。父ちゃんや兄ちゃんずにも褒められるけど、顔が熱くなるのは初めてだ。恥ずかしいのか照れているだけなのかわからない。僕の身体なのに。

「ライル?」
「ふぁっ?!」

動かなくなった僕を不審に思ったのかお兄さんの顔が近くにあって、びっくりする。どきどきとする心臓に手を当てて、瞬きをしていると「ごめんごめん」と笑いながら謝ってくる。

「と、とりあえず倒木はもう少しだけ薪にしたら残りは少しずつ薪にすればいいから」
「分かった」

お兄さんにエリキシルを渡して魔力を回復して、それぞれの作業に没頭した。

「ふいー…」
「お疲れ様」
「お兄さんもお疲れ様」

一直線の半分ほどを森に戻し、薪も大量にできあがったところで作業は終わり。お昼ご飯は倒木を椅子にして二人並んでサンドイッチを頬張る。卵にハム、ポテトサラダとチーズなんかもはさんであってすごく美味しかった。白蛇様も大満足だった。
薪は僕が風魔法で運んでいくためにちょいちょいっと指を動かし、お兄さんが割って…割ってくれた薪をひとまとめにすると結構な量になった。

「これなら村の共同薪置き場に突っ込んでもいいかな?」
「薪置き場?」
「うん。あの村はちょっと特殊だから」

そう言って大量の薪を風魔法で運びながらのんびりと歩いていると、白蛇様がちょっとだけ大きくなってた。ちょっとだけ、とはいっても十分大きいんだけど。

「…白蛇様?」
「シュルルルル」
「乗っていけ、とでも言ってそうだな」

全長五メートルくらいの大きさになった白蛇様が、頭を上下に動かしている。

「いいんですか?」
「フシャー!」
「あ、はい。乗ります」

なんか乗らなきゃいけない気がして思わずそう言えば、お兄さんがくつくつと笑っている。押しに弱いのは分ってるよ。そう唇を尖らせると、ちゅっとお兄さんの唇が触れた。一瞬何が起きたのか分らず、ぱちりと瞬きをすると「ほら、行こう」とお兄さんが手を伸ばしてくれていて。その手を掴むと、ひょいっと白蛇様が頭に僕たちを乗せる。そして音もなく進み始めた。


◆◆◆


「ライ!」
「あ、ドリスさん。どうしたの?」

村に戻り、大量の薪を共同置場に風魔法を使って綺麗に並べ置いていくとあぶれる程だった。それに二人で苦笑いをすると、ばたばたと一人の女性が僕たちに向かって走ってきたのだ。
はぁはぁと肩で息を吐きながら僕の前にやってきたドリスさんが「ちょっと急いでて」と息を切らしながらそう告げる。

「何かあった?」
「土が、なんかおかしくて…」
「土が?」

ドリスさんの畑はそろそろ小麦が収穫できるはず。それなのに土がおかしい?

「分かった。一緒に行くよ」
「ありがとう。ライル。と…ギルバードさん、だったかしら?」
「お役に立てるか分りませんが」

そういってにこりと笑うお兄さんに、ドリスさんの頬が赤く染まる。うん、お兄さんカッコいいからね。そんな笑顔向けられたら惚れちゃうよね。

「風魔法のカードは持ってる?」
「ごめんなさい。今は持ってないの」
「あ、だから走ってきたのか。じゃあ、ここで少し作っちゃおう!」
「いいの?」
「大丈夫!」

僕たちのやり取りを黙って見ているお兄さんに「ちょっと待ってて」と断りを入れると、両手を組んで祈るポーズをする。その組んだ掌の間に力を込め、ゆっくりと離していけばまばゆい光と共にそこには緑色の何枚かのカードがふわふわと浮いている。

「ありがとう! ライル!」
「どういたしまして」

今作ったカードをドリスさんに渡すと彼女は一枚を手にして残りをケースに入れる。そしてすっと腰に差してあった短いステッキを取り出すと、そのカードの縁をトントンと叩けば風魔法が発動した。

「なっ?!」
「お兄さんは僕と一緒でいいよね?」

驚いてるお兄さんの返答を聞かずに僕はささっとさっきと同じように足に風魔法をかけると、ドリスさんが「お願いね」と言って先に滑っていく。その背中を追うように僕たちも滑り出すと「なんかすごいな」とお兄さんが呟いたのを聞いて、ちょっと笑ってしまった。

村の入り口から端っこまで普通に歩こうと思ったら結構な時間がかかる。だから風魔法が必須なんだよね。うちの村。
なんせ畑や田んぼが多いから。
風魔法で未舗装だけどちゃんと固められた道を滑っていると、農作業をしている人たちに声をかけられる。それに手を振って応えていく。
なんだか選挙活動みたいだな、なんて思いながらただ滑っていく。ドリスさんが風魔法を消すと、僕も風魔法を消す。そしてそこにいたドリスさんが「これなんだけど」といって畑を見せてくれた。
ドリスさんの畑は小さな小麦畑だ。だが今はその小麦がしょんぼりとしてしまっている。

「あぁー…せっかくおいしく育ててくれたのに…」
「今日、急に元気をなくして…」

柵を飛び越えて、僕はしょんぼりとしてしまっている小麦を手にする。病気ではない。これだけは絶対だ。なんせこれの初めの種は僕が魔法で作ったものだから。
だとしたら足りないのは…。
しゃがんで土を掴んで魔力を込めてみる。するとそれは直ぐに魔力を吸収してしまった。

「あ、これ土の魔力不足だ」
「え?! 本当?!」
「確か半年くらい毎月取れてたよね?」
「ええ」
「毎月…?」

お兄さんがそう低く呟くとドリスさんは「そういえば」とお兄さんに向く。

「そっか。ギルバードさんは来たばかりだものね。不思議に思っても仕方ないか」

ふふっと笑うドリスさんに、お兄さんは眉を寄せると「ごめんなさいね」と謝る。

「私もね、ここに来て不思議だったんだけど、毎月実をつけてくれるのよ。ここはお金じゃなくて物々交換だから」
「物々交換?」
「そ、ここはお金に嫌気がさす人も多いの」
「というか、魔力を含ませるとなぜかたくさん実ってくれるからね」

この村、前はちょっと貧しかったけどこうやって毎月実をつけてくれるようになってからは、だいぶ潤沢になった。
けどそれをやっかむ所が出るのが世の常で。
まぁ、色々あってここは訳あり村になったんだけど。

「ちょっとこの広さに魔力を注ぐのは骨が折れそう…」
「どうにかならないかしら。サヴィさんにお砂糖と交換を頼まれてるの」
「ううーん…」

お気に入りの作物を個人の間で物々交換は特に禁止されていない。禁止されているのはここから作物を持ちだすこと。これだけ。
こんなのが流通したら大変なことになっちゃうからね。すこーしの僕の魔力を含んだ作物だから。
そのすこーしずつ溜まった魔力を吐き出す為に、村人全員に魔法が使えるカードを渡してある。
このカード、TCGみたいなサイズで初級、中級、上級、最上級、という魔法を詰め込んだものだけど、その人の魔力に反応していずれかの魔法が使えるようになってる。
お兄さんにこのカードを渡すときっと最上級魔法を使いそう。
でもこのカード、もう一つ仕掛けがあるんだ。

「ここはしばらく使わないようにして…ドリスさん家の裏に小さい畑を作ろうか」
「え、でも」
「たぶん一週間くらいで実ると思うけど…。間に合いそう?」
「一週間か…うん、大丈夫」
「じゃあ、裏に案内してもらってもいい?」
「ええ」

ドリスさんが「こっちよ」と案内してくれるその背中を僕は追う。けれどもお兄さんはじっと元気のない小麦畑を見つめている。

「お兄さん?」
「ん? ああ、すまない。今行く」

そう言ったお兄さんはもう一度だけ小麦畑を見て、僕の方へと歩いてきた。


◆◆◆


「今日はお社が建てられなかった…。すみません、白蛇様」
「シュルルル?」

お兄さんの腕に巻き付いている白蛇様に「ごめんなさい」と謝れば「なんのことだ?」と首を傾げる。可愛い。

「今日も…というか昨日はどこにいたんですか?」
「白蛇なら昨日は俺と一緒にいたぞ」
「え? そうなの?」
「シュルルルル」

大きくなった白蛇様は村に着いたらしゅるしゅると小さくなって、また普通の蛇に戻った。というか白蛇様、僕の魔法簡単に破れるんですね。

帰りはのんびり村の中を見ていきたいっていうお兄さんの言葉で、風魔法を使わずぽてぽてと二人並んで歩いてる。
時折僕に挨拶をしていく人たちに挨拶を返すと「これ持っていってよ!」と取れたものを渡してくれる。
けど籠なんて持ってなかったから、その場でちょっと大きめの籠を作ったらそれを見ていた人たちがわっさと集まってきちゃって、次々に取れたものを籠に入れていった。山盛りになって、まだ溢れているそれらをもう一つ籠を作って中に入れれば「また魔法カードをお願いする時に持っていきますね」なんて言われながら手を振って別れる。
大盛りになっている籠をお兄さんが、小さい籠は僕が持って歩く。それでもすれ違った人に「たくさんあるけどまだ乗りそう?」なんて聞かれながら順調に籠の中身を増やしていく僕たち。お兄さんの腕に巻き付いてる白蛇様を見て「可愛い村人だ」と笑ってくれる人もいて、ほくほくと家に向かう足取りは軽い。腕は重いけど。

家につく前についに僕の視界を塞ぐほどの物を貰って、白蛇様が「持つ」と言わんばかりにぱかりと口を開けたのが嬉しくてつい白蛇様用の小さな籠を作りそこに桃を一つ入れて持ってもらった。「任せろ」とどや顔で籠を咥えてる白蛇様可愛い。
籠をもう一つ作って合計三つの籠+小さな籠一つの籠で家にたどり着いたころには既に日が落ち、暗くなっていた。
僕たちを見たユリウス兄ちゃんが慌てて僕が持ってた籠を持ってくれて、お兄さんの籠も一つ奪っていった。
昨日の夜も思ったけど、ユリウス兄ちゃんお兄さんに対してちょっと態度が変わった?
何かあったのかな?なんて思いながらみんなで夕飯を食べてまったりと食後のお茶タイム。とはいっても僕とお兄さんだけだけど。お兄さんは紅茶を、僕は帰る時に貰った牛乳を飲みながらクッキーを摘まんでいる。

「ライ、昼間のかーど、とやらはどうなってるんだ?」
「ん? あ、あれ?」

もぐもぐとクッキーを食べれば白蛇様も「くれ!」とフシャ―!と口を開けている。そこにクッキーを半分に割って口に中へと入れれば、おいしそうに丸飲みしていく。
それに僕は「ふふふ」と笑うとお兄さんを見る。すると綺麗な空色の瞳が真っ直ぐ僕を射抜いていた。
カップを握っている手に力がこもって今にもカップが割れそうだけど、気にしないことにする。
ごくん、とクッキーを飲み込むと牛乳を飲んで口の中の物を綺麗に流す。

「あれは村のみんなが持ってるものだよ」
「みんな?」
「そ、全員」

僕の言葉に、お兄さんの目が大きく見開いた。

「あれは…何なんだ?」

若干お兄さんの声が震えているのは気のせいだろうか。
僕が怖い、のかな?
人は未知の物を見ると恐怖する。それは本能だから仕方ないんだけど。

「あれは『魔法のカード』。そのままだけどね。あのカードの中に魔法が入ってる」
「あの中に?」
「そ。でも発動する魔法は使う人の魔力に反応するから子供がいきなり最上級魔法は使えない。それに『杖』がないと発動もしない、ただのカードになってる」

そう、そんな危ないものをほいほい使えないようにするための物が『杖』である。
カッコイイ某魔法使いの物から90年代の魔法少女のピンク色の可愛らしい魔法のステッキだったりする。ステッキは姉貴が昔見ていた魔法少女のものが大半だ。
これは女の子用だから、今度男の子用の変身ベルト的な何かを作ろう。そこにセットすると魔法が発動するやつ。
ちなみに本当に小さい子供にはペンダントのなかにステッキが入っているから誤って使うことはない。そもそもある程度の年齢までは大人と一緒なら使ってもいい、というルールがあるのだ。

「あの小麦畑に刺していたものは?」
「あれは直接土のカードの魔力を与えてるんだ。土魔法と土は当然ながら相性がいいからね」

こくり、と牛乳を飲んではふ、と息を吐けばお兄さんが何やら考え込んでしまった。

「それは…魔法が使えない者も使えるようになるのか?」
「魔力は多かれ少なかれみんな持ってるものだからね。だからみんな使えるはず」

まぁこの村の物を食べると魔力上限値がちょびっと上がるらしいから魔法適正がない人もこのカードと杖があれば使えちゃうというすぐれもの。だからこそ父ちゃんがこれを厳しく管理している。

「俺にも…貰えるのだろうか」
「お兄さんも欲しいの?」

こくりと首を傾げれば、お兄さんは少し恥ずかしそうに頷いた。

「俺は…その、魔法の適性がないらしいから」
「そうなの? あんなに魔力があるのに?」
「ああ。魔力はあっても使い道は殆ど剣技にしか使わない…いや、使えない」
「そうなんだ」

もったいない。あれだけ魔力があるなら剣に魔法をのっけて火炎剣みたいなのできそうなのに。

「カードと杖は父ちゃんに聞かないと分らない、かな」
「そうか…俺も魔法が使えると思ったんだが…」

しょんぼりと肩を落としてしまったお兄さんに「大丈夫! きっと使えるようになるよ!」と必死に慰めていると、その肩が小さく上下に揺れ出した。

「あ! 笑ってる!」
「いや、うん…っふふ」

口元を押さえて笑うお兄さんに、僕は「もー!」と両手を上げて怒れば「ごめんごめん」と笑いながら謝られた。もう! それ謝ってないよね?!
なんて頬を膨らませていたら「ごめんね」と耳元で囁かれそれにびくりと身体を跳ねさせれば、お兄さんの顔がすぐ近くにあって。

「許してくれる?」
「…しょうがないから許してあげる」

怒ってもないんだから許すも何もないんだけどね。それに「ありがとう」と言われ、唇がゆっくりと僕の唇に重なった。


◆◆◆


気配はない。だがユリウスとバジル、この二人は気配に敏い。少しでも動けば恐らくは感知される。
それを承知でベッドから抜け出し窓を開ける。しかし入ってくる風は心地よい。
ここは不思議な村だ。
訳ありの者達をかくまうこの村は徹底している。金銭的なものがないのは金の流れでこの村が知られるのを避けるためだろう。それに魔法。これが一番驚いた。
まさかただの村人が魔法を使うとは思わないだろう。ここに敵が攻め込んできてもあっという間に殲滅は可能だ。それほどの戦力がここにはある。
恐らくライルは『自衛用』のものとして与えているだけなのだろう。今日の小麦もどこがダメなのかが分からなかった。王都ではああいった小麦しか見たことがないのだから。
それに、野菜や果物。どれもこれもが瑞々しく王都で見るものとは全く違った。
王宮の食堂でも見たことのない野菜や果物は食べるには勇気がいったが、ライルの「おいしいよ」の一言で口にしてしまう。
それはライルの言う通りで。
二日だけ滞在したが、こんなにおいしい物を食べてしまったらもう食堂の食事では満足できないだろう。

それに…。

黄金色の小麦と稲、とよばれるここだけでしか栽培されていないものがさわさわと風で揺れている。美しい、という言葉がぴったりだ。
それをぼんやり見ていると、音もなく窓に近付いてくる一羽のフクロウ。腕を伸ばし、フクロウをそこに止まらせるときょろきょろと首を動かす。
「お疲れ様」と頭をぽんぽんと撫でると足に巻きつけられているそれを受け取る。それを読む間はフクロウを窓に移動させる。
しゅるしゅると巻かれているそれを伸ばし文字を追う。

「な…っ?!」

思わず声が出て慌ててぱしりと口を手で覆う。
その文字を何度も何度も瞳で追っても変わることはなく。

「兄上は何をお考えになっているのだ?」

しかしぽつりと漏れた心の声はしっかりと口から出ていて。
それに返事を書かなければ、と思ってはいてもすぐに動くことはできなかった。

“ライルを我が妃とする”

その一文に対する返事は“承知いたしました”。
だがその文字が震えてしまっている事に俺は思った以上に動揺しているようだ。
それでもなんとかフクロウの足にそれを巻き付けると、フクロウが飛び立っていく。そのままふらつく足で机へと移動し、拳を握りただその一文が書かれたそれを睨みつけていた。

その背中を紅い瞳がじっと見つめている事にも気付かずに。


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