一般人になりたい成り行き聖女と一枚上手な腹黒王弟殿下の攻防につき

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1章

51,もう一つの物語〜静観〜※鈴乃視点


 初め、出会ったときからあの人は堂々としていた。

 誰も知り合いがいない、見覚えのない場所、多数の好奇の目に晒されている現状。

 鈴乃には全て恐ろしく思えて。しかし、彼女は一切に動じなかった。ましてや、怯える鈴乃を気遣い、安心させるように笑みを浮かべてみせた。

 その瞬間、彼女が鈴乃の憧れの人になった。




  ◆   ◆   ◆   ◆




「初めまして、聖女様。俺は、アリステッド王国第2王子、セルジュ・アルドゥール・アリステッドと申します。急に連れてきてしまい驚かせてしまいましたね」

 鈴乃を抱えていた青年は、部屋に入り、大きくふかふかしたソファに鈴乃を下ろすと、目線を合わせるように跪いてそう言った。

 目線を合わせることにどうしても気が引けてしまい、目を反らしてしまう。

「……お名前を、教えて頂けますか?」

 青年はしずかにそして優しくそう告げた。
 答えなければ。
 けれど、ここ数年家族以外の人と会話らしい会話をしていなかった分、口から言葉がうまく発せられない。

 優しそうな雰囲気の青年だった。さきほど鈴乃を気遣ってくれた女性とのやり取りにも誠意が見られた。  
 きっと親切な人だ。それなのに鈴乃のこの態度、きっと呆れてしまうだろう。 

「………あ、ありす、がわ……、す、……鈴乃です……」

 目をそらしたまま、なんとか発せられたのは弱弱しくか細い声だった。

「スズノ様、ですね。とてもきれいな名前だ」
「……っ」

 鈴乃の態度をみても、優しい口調のままのセルジュについ、目を合わせた。

 その目は暖かく優しい光が灯っていた。

 あぁ、彼はこんなにも優しい目をしていたのか。
 いつからだろう。人と目を合せようとしなくなったのは。
 仲の良かった人達から、大事な人達から向けられたあの冷たい目をみてからだろうか。家族でさえ、目を合わせることを無意識で避けていた。

 記憶の中の両親はいつも彼のような暖かく優しい目だったはずだ。
 それなのに、いつの間にかあの冷たい目を向けられるのに怯えて何も見えなくなってしまっていた。

 跪き、少し見上げる形のセルジュの表情がぼやけた。ぼやける中、彼の目が見開かれたのは見えた。

「す、スズノ様っ、どうされたのですか?!」

 どう、とは。なぜそんな慌てているのか。
 状況が分からず、呆然ときれいに透き通る瑠璃色の目を見つめていると、ポタっと膝の上に乗せていた手に何かが落ちた。
 それを目で追うと、小さな雫が落ちていた。それで気づいた。頬を伝っているものの存在に。

 そうか、自分は泣いているのだ。と。

 急になんの唐突もなく目の前の人間が涙を流したのだ。それは慌てるに決まっている。
 
 穏やかに笑っていたはずのセルジュがあたふたしている様子に何故か安心してしまい、気が抜けてふっと笑みを浮かべた。
 セルジュが息を呑むのが聞こえた。

 泣いていたくせに今度は笑うなんて、情緒不安定な鈴乃に引いてしまっただろうか。

「ご、ごめ、……なさい。なんでも、ない……です」
「ですが………」
「気が、抜けて…………」

 心配そうなセルジュを困らせたくなくてそういった。
 気が抜けたのは事実だ。あの広間にいたときは息が詰まりそうだった。でも、今はセルジュのお陰で落ち着けている。
 しかし、セルジュはさらに暗い顔を浮かべた。

「そう、ですね。急に理由もわからず知らない場所に連れてこられるなんて不安にならないはずがありませんよね……」

 申し訳無さそうに口をつぐむセルジュ。
 なぜそんな顔をするのか、鈴乃は疑問に思っていたことをゆっくりと口にする。

「……ここは、どこ、ですか。な、なんで………私は、ここに……?」
「ここはアリステッド王国、1300年以上の歴史ある国です。……あなたにとっては、と呼ばれる場所です」
「……い、……いせかい」

 聞き慣れないフレーズに思わず固まる。
 異世界。異なった世界。
 日本ではない海外のどこかにいるのでは、と思っていたが、それだと彼らと言葉が通じるのは不思議だった。世界すら違うという非現実的なことを受け入れれば、疑問は解消される。

「なぜ呼ばれたのかについてですが、我々はあなた方を聖女として呼んだのです。………聖女の起こす奇跡の恩恵を受けるため一方的に」
「……せい、じょ。……わ、私が……?」

 目を伏せ、少し言いにくそうにするセルジュ。
 引っかかったのは聖女という言葉だ。彼の言い方だと鈴乃やさっきの親切な女性、それからあの女子高生の子は聖女だと聞こえる。

 聖女と言うのが何を指すのかよくわからないが、とにかく凄い人であることには違いない。鈴乃はなんの才能もないし、何より引きこもりの社会不適合者だ。最も聖女という名に相応しくないだろう。

「はい。紛れもなくスズノ様は聖女様です」
「……で、ですけど……。………わ、わたし……には、なんの…………ち、力も」

 確信を持って鈴乃を見つめるセルジュを見つめ返すことなく弱々しく告げた。

「召喚された方はすぐに力が使えるというわけではありませんよ。スズノ様もいずれ能力が発現するかと」
「………」

 現実味のなさすぎることが立て続けに起こり、脳の処理能力が追いついていない。
 異世界に突然来て、聖女だと言われ、不思議な力があると言われ。今までずっと同じ毎日を続けてきた鈴乃には受け入れ難過ぎる。

「……ひ、一つ、………聞いて、も、良いですか……」
「……はい」
「……元の………、せ、世界には、戻れない……んですか?」

 恐る恐る尋ねた。なぜ、彼はずっと申し訳なさそうに話すのか、そのことが気になった。

 申し訳無さそうに眉尻を下げていたセルジュは、鈴乃の言葉に目を見張り、表情が陰る。

「……申し訳ありません。戻す方法はありません」
「……、そ、そう………です…、か」

 明らかに動揺してしまう自分をなんとか抑えながら出てきた言葉はそれだけだった。
 セルジュの態度からなんとなく、予想はついていた。それでも、いざその事実を突きつけられると、素直に受け止めることなんてできなかった。
 
 戻ることはできない。

 つまり、両親にはもう会うことすらできないということだ。さんざん迷惑をかけてきて、その恩に報いるどころか感謝することすらもはや叶わない。
 外に出るのが怖い鈴乃に、通信制の高校を紹介してくれた。できるだけ人に合わないような場所へピクニックに連れ出してくれたりした。いつもいつも気にかけてくれて、暖かいご飯を食べられて。ずっとそんな両親に甘えている自分を恥じ続けてきた。それでも足は、動かなかった。

「戻してあげることは叶いませんが、それ以外でできることなら何でもおっしゃってください……!」

 鈴乃が黙り込んだことで、セルジュが何かをこらえるように息を呑み、笑みを浮かべた。
 気を遣わせてしまった。こんな親切な人にまで迷惑をかけてしまった。

「……すい、ません……。……ひ、1人に、……させて……、ください………」

 気づいたときにはもうそう言っていた。
 惨めになりそうだった。
 親孝行すら出来ず、人と目を見て話すことへの恐怖心を克服出来ず、挙げ句親切にしてくれた人たちに迷惑をかける。本当に自分は情けない。これ以上情けない気持ちになりたくない。

 そう、差し出された手を振り払った。拒絶してしまった。そんな自分がまた嫌になった。

「分かりました………、お部屋に案内しますね」

 鈴乃に向けられたのは、悲しそうに笑うどこまでも優しいセルジュの顔だった。
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