ロリっ子Jkは平穏を愛す

赤オニ

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「目車君? ああ、転校したよ。急な引越しだったみたいでね、学校に連絡が来た頃にはもう、手続きが終わっていたんだ」


 信じられなかった。だって、昨日……ありがとうってーー笑っていたのに。だから、わたしも笑った。これからも友達だよって、わたしはそーちゃんのそばにいるよって、思って、いたのに。


 どうして? わたし、そーちゃんがわかんないよ。友達じゃないの? 怖くないよって言った時、泣きそうな顔で笑ってくれたのに。訳が分からなくて、そーちゃんが転校したと聞かされた日、わたしは早退した。


 次の日から、嫌がらせはピタリと止んだ。


 男子達は気まずそうにして話しかけてこないし、嫌がらせの主犯の男子は、また転校したらしい。


 どうでもよかった。酷い嫌がらせにあった日、わたしのことを見て見ぬふりをした子達が駆け寄ってきて、謝られた。


 泣きながら、怖くて助けられなかった、そう言われた。いじめはよくありません、皆仲良くしましょう。ーーーー教科書に載った言葉が、すり抜けていく。


 気にしてないよ、大丈夫。何の感情もこもっていない、ペラペラの薄っぺらい言葉が出た。


 謝ってきた子達は、嬉しそうに笑う。授業を受けた。そーちゃんがいない。休み時間。友達と喋った。そーちゃんがいない。帰り道。いつも並んで歩いた通学路。


 影はーーひとつしかない。そーちゃんは、わたしの前からいなくなった。


 誰もいない家に帰って、いつも通りお母さんがテーブルの上に置いていった、お金。
 夜遅くまで働いてるお母さんは、わたしの話を聞く時間もなくて、朝起きたら仕事に行ってて。


 ご飯はいつも、お母さんがお金を置いていくから近くのコンビニで買って、一人で食べている。
 誰もいない部屋は静かで、帰ってきてすぐにテレビをつける。画面から聞こえるトークショーの声だけが、いつも部屋の中に響いている。


 友達が、100人いたらきっと楽しいだろうなぁ。もっともっと賑やかで、話し声が絶えないんだろうなぁ。


 一人で食べるご飯も美味しく感じられて、ニコニコ笑いながら過ごせるんだろうなぁ。
 …………お母さんは、仕事で忙しい。寂しい。1人ぼっち。話しかける相手も、話を聞く相手も、いない。


 そーちゃんは、元気かな。転校先の学校で、友達出来たかな。
 

 わたし、寂しいよ。ねぇそーちゃん。わたしね、そーちゃんが初めての友達だったんだ。お母さんの仕事の関係で、引越してばかりだったから、友達もいなかったの。


 だからね、そーちゃんと友達になれて、すっごく嬉しかったんだよ。……そーちゃんは、どうだった?


 学校に行って、友達と喋って笑う。授業受けて給食食べて、学校が終わったら誰もいない家に帰って1人で過ごす。


 その繰り返し。沢山友達がいる。話しかけてくれるし、笑いかけてくれる。一緒に遊びに行くし、お揃いのキーホルダーを筆箱につける。


 心の中にぽっかりと大きな穴が空いて、何を詰めても埋まらない。空っぽな毎日を淡々と続けて、何の意味があるのかわからなかった。
 そんな生活が、ひと月ほど続いた。季節は、秋になりかけの頃。


「でもさぁ、六花ちゃん、本当に良かったよねぇ」


 休み時間、頬杖をつきながら友達が呟いた。隣に座っていた子達が、うんうんと同意するように大きく頷く。


 何のことかさっぱり分からなくて、首を傾げる。呟きをもらした子が、笑いながら喋る。周りの子も、笑っている。


「目車君のことだよ。転校して、本当に良かったよね! 六花ちゃん、優しいから。一人でいた目車君のこと、放っておけなかったんでしょう? でもさ、やっぱりヤクザって怖いし、転校してくれて本当に、良かった~。六花ちゃんも、そう思うでしょ?」


 無邪気に笑いながら話す、残酷な言葉が気持ち悪くて、胃の底から酸っぱい何かがせり上がってくる。


 思わず口を両手で抑えて、椅子を倒して教室を飛び出た。後ろから驚いたように名前を呼ぶ声が聞こえたけど、耳を塞ぎたかった。


 トイレへ駆け込み、便器の中へ胃液を撒き散らす。生理的に出た涙で、視界が滲む。胃がキリキリ痛くて、嘔吐く。


 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
 そーちゃんの悪口、言わないで。見て見ぬふりして、何事も無かったみたいに謝って、友達みたいな顔して。あの日の出来事なんて、まるでなかったように毎日過ごして。


 あの日感じた悲しさも、悔しさも、怒りも、何もかもーー踏み潰されてぐしゃぐしゃにされた気分になる。


 逃げるように、わたしは学校を出た。
 口の中が酸っぱくて、また吐きそうだった。


 お母さんは仕事でいないし、家に帰ろうかな。誰もいない、1人ぼっちの家だけど。ぼんやりしながら歩いていると、前の方に辺りをキョロキョロして歩く背中を見つけた。
 横顔を見て、すぐにそーちゃんだとわかる。


 嬉しくて、話しかけたくて、わたしは走り出す。


 たまたま視界に入った車の運転手が、携帯電話を片手に笑っている。電話をしているのか、話に夢中で、横断歩道を渡っているそーちゃんに気付いていない。車がぐんぐん迫る。


 何か考え込むように、俯いて歩くそーちゃんも、迫り来る車に気が付かない。叫んで、足に力を込める。


 わたしの姿を見たそーちゃんは、ようやく車に気付いて、運転手もそーちゃんに気付いて。両手を精いっぱい前に突き出して、体当りするみたいにそーちゃんの体を思い切り突き飛ばす。


 2人してアスファルトの地面に体を打ち付けて、そーちゃんがすぐに振り返る。激しいクラクションと耳をつんざくようなブレーキ音がすぐそばで聞こえて、強い衝撃に一瞬意識が飛ぶ。


 アスファルトの地面に、寝転がっていた。
 体がどんどん冷たくなっていく。周りに人が集まってきて、何か叫んでいる。そんな人達の隙間を縫って、へたり込んだまま、わたしを目に映すそーちゃんの口が動いて、微かに聞こえた震えた声。


「り……っか?」


 ああーーーー、良かった。
 そーちゃんは、生きてる。体が重くて、そばにいる人の声がけ途切れ途切れになる。わたしは死ぬんだろうけど、最期にそーちゃんの元気な姿が見られて、よかったなぁ。大丈夫だよ、ほら、そーちゃん。笑って?


 視界が真っ暗になる寸前、わたしは笑った。
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