15 / 33
15.誇れるもの
しおりを挟む⭐︎
中庭に一歩足を踏み出すと、まずは優しい花の香りがノアを出迎えた。
丁寧に手入れされた花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、花弁の周りをオオムラサキやモンキアゲハなど様々なチョウが舞っている。
更に中央には意匠を凝らした噴水があり、水の音が耳に心地良い。
「いかがですか、ノア様?」
花そのものや噴水、綺麗に刈り込まれた植木には興味を示さず、一目散に花の陰や葉っぱの裏の虫を探し始めたノアに、レティシアは笑顔で尋ねた。同行した護衛兵は、そんなノアを異質なものでも見るような目で見ている。
「カマキリが食事をしている」
「まぁ、どこですか?」
「そこ」
レティシアもノアの隣にしゃがみ、ノアの指差した草の間を覗き込む。
鋭い鎌でチョウを捕らえたカマキリが、チョウの羽を蝕んでいるところだった。
「おい、貴様! 王女様にそんなものを見せるんじゃない!」
「私は大丈夫ですよ。カマキリが他の虫を捕食する場面をこの目で見るのは初めてです。これは、貴重な体験ですわ」
非難の声を上げる護衛に笑顔を向けてから、レティシアは真剣な顔付きでカマキリの捕食を観察する。
「子供の頃、カマキリを繁殖させてみたくて、オスとメスを捕まえてカゴの中で飼ったことがある」
「成功しましたか?」
「次の日、カゴの中のカマキリはメスだけになっていた。メスがオスを食ったんだ。……あれはショックだった」
「まぁ! カマキリは共食いをするのですか? それも、メスがオスを? それでそのメスはどうなりましたか?」
レティシアは興味深そうに相槌を打ち、質問をする。だからノアは、中庭を回りながら目につく虫について、知っている知識を沢山話して聞かせた。
(なんなんだ、この男は……いくら王女様を救い出したとは言え、気持ちの悪い……)
レティシアと共にノアの蘊蓄を聞く羽目になった護衛は、げんなりとしている。虫に対して興味も無いし、そんな話は聞きたくも無かった。
「王女様。そろそろ部屋の中へお戻りになりませんか」
「もう少しだけ、お願いします」
さりげなくノアから引き離したかったのだが、レティシアの無垢な懇願によってそれはあっさりと失敗した。
「ノア様は虫に関する知識が豊富で、とても勉強になります」
「そうか」
ノアは謙遜はしない。鼻にかけたりもしない。
そんなノアが眩しいものであるかのように、レティシアは目を細めて穏やかに微笑んだ。
「私にも、何か得意なものがあれば良かったのですが……これから見つけられるでしょうか」
「変身魔法が使えるだろ」
「それは……バルドレインの女は全員使えます」
「俺は使えない」
ノアの視線は噴水の近くを飛ぶトンボに向いたまま、事もなげに言ってのける。
「ナナフシやコノハムシ、ハナカマキリは枝や葉っぱ、花などに擬態する。危険から逃れる為だったり、捕食する為だ。何かに変身する能力というのは生きる為であり、カッコイイ」
「カッコイイ……ですか?」
当たり前に習得させられた変身魔法。それに対してレティシアは、どんな感想も抱いたことは無い。
「でも私、ルチアやミエールお姉様のように、色々なものには変身出来ません。『他人が不快を感じる姿』にしかなれないのです」
「生きる為の能力だ。上手く活用すればいい」
花弁の上にいたテントウムシを指先に乗せるノア。その指をレティシアに向けた。
「お前、虫は好きか?」
「えっと……正直に申し上げますと、ノア様と出会う以前は気にしたことがありませんでした」
「それなら、お前には他人の話を聞く才能もある。俺は興味の無い話は聞きたくない。ルルやエヴァンも、虫の話は聞いてはくれない。けれどお前は、興味の無いはずの俺の話を楽しそうに聞く。それはもはや才能で、誇れるものだと思う」
レティシアは呆然とした顔でノアの横顔を見つめた。
ゆっくりと、胸の奥から形容しがたい気持ちが込み上げてきて、レティシアは魚のように口をパクパクとさせた。
「ノア様――」
「き……っ! 貴様はさっきから黙って聞いておれば、誰に向かって『お前』などと無礼な口を聞いている!? もう限界だ! 王女様、部屋へお戻りください!」
顔を紅潮させた護衛兵はノアの首根っこを掴み上げ、レティシアを促した。
「あ、あの、ノア様を……」
「レティシア様!」
「はい……」
大人しく中庭を後にするレティシアの後ろを、ノアを引き摺りながら歩く護衛兵。ノアは特に抵抗する様子は無い。それどころか満足そうな顔をしていた。
「楽しかったみたいで、良かったね」
応接室に戻るなり、ノアの表情を見たエヴァンは苦笑した。
「カマキリの捕食シーンが見られた。ミツバチやナナホシテントウもいて――」
「はいはい。今夜もクワガタ探しに行くんでしょ? そろそろ移動するわよ」
ノアのセリフを遮って、ソファから立ち上がるルル。
「王様が自然公園の近くの宿を取ってくださったの。準備もあるし、もう行かなくちゃ」
「滞在は5日間と聞いたので、また改めて礼をしよう。銅像や武勇伝の件も進めなければな」
「あ……はい……」
銅像と武勇伝の件は忘れて欲しいと、心底願うルル。
「城門までお見送りいたします。お宿までは馬車をお使いください」
「あ、私も……!」
静かに立ち上がるリュミエールに、慌てて手を挙げるレティシア。
王とは応接室で別れ、王女2人と数名の侍従と護衛兵を引き連れて、ノアたちは長い廊下を歩き始めた。
「……黒幕の件ですが、何か心当たりはありませんか?」
「それはこちらのセリフですよ。僕たち一般市民が、王宮の内情を知るわけがありません」
歩きながら尋ねたリュミエールに、エヴァンが答える。
「ただ、少なくとも僕たちを襲った暗殺者は、レティシア王女が変身魔法で姿を変えていることに気付いていないようでしたよ」
リュミエールはその場でぴたりと足を止める。
「変身魔法を、知らなかった?」
リュミエールは顎に手を当て、沈黙する。
「ミエールお姉様?」
「……ごめんなさい。参りましょう」
再び歩き出したリュミエールは、深く何かを考えているようだった。
21
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
婚約者が多すぎる
あんど もあ
ファンタジー
器量も知力も魔力も平凡な第三王女アネット。もうじき16歳になるというのに、政略結婚の話も無い。私ってモテないから、と本人は思っているけど、彼女は無自覚しごでき王女だった。
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる