30 / 33
30.悪夢から目覚めたら
しおりを挟む
⭐︎
バルドレイン城の一室で、フェリクスは眠りから目覚めた。
癇癪状態のノアが撒き散らす『睡魔』に当てられると、人は悪夢を見る。
例に漏れず、フェリクスもとんでもない悪夢に魘されていた。全身は不快な汗で濡れ、ベッドのシーツが肌にまとわりついている。
「……なんなんだ、一体……」
自分の置かれた状況を理解するより早く、ベッドの脇に人の気配を感じて首を動かした。
そこにいたのは――ルチア。
「お目覚めですか?」
変身魔法を既に解いた彼女は、腰に手を当ててフェリクスを見下ろしている。
「……あれ? 可愛い……」
思わず漏らした自分自身の呟きに、フェリクスは安堵した。
あの醜いルチアは夢だったのだ、と。
ルチアの後ろにはリュミエールが見えた。更にルルとエヴァン。そしてソファには、深い眠りに落ちているノア。その頭を膝に乗せているのは、美しく可憐な金髪の女性だった。
絵画の中から抜け出してきたようなその美女は、フェリクスと目が合うと、ふわりと花が咲くように微笑んだ。
「フェリクス様、ご気分はいかがですか?」
「ええ……あの……? 貴女様は……?」
見覚えのない美しい女性に頬を赤らめるフェリクスに、彼女はくすりと笑った。
「レティシアですわ」
「レティ……レティシア王女!?」
ベッドから飛び起き、フェリクスは見目麗しい三姉妹を前に目を瞬かせる。
「どういう……」
「目覚めたばかりで申し訳ありませんが、先に確認させていただきたい事がございます」
リュミエールが一歩前に歩み出た。その声には微塵も謝意は含まれず、何の温度も感じない。
フェリクスの背筋に冷たいものが走る。
「ジュリアン=バレンタインをご存知ですね?」
「ジュリアン……?」
一瞬誰のことか分からなかった。だがすぐに、その名に似つかわしくない暗殺者の顔が脳裏に浮かぶ。
「……どなたでしょう?」
フェリクスはシラを切った。
「それはおかしいですね。ここには貴方のお名前と、ジュリアンのサインが記されているのですが」
そう言って、彼女は一枚の紙をフェリクスの目の前に突き出した。
「は……? な、何ですかそれは?」
冷静を装った声とは裏腹に、心臓が狂ったように鳴り始める。
(マズイ……マズイぞ……!? まさかその紙……いや、あり得ない! あれは逗留先に置いた僕の荷物の中に――)
「これは、フェリクス様のお荷物から拝借した『契約書』です」
「な……っ!?」
「この契約書には、レティシアの拉致監禁の任務が完了したことが記されていますね」
フェリクスは奥歯を噛み締め、必死に逃げ道を探す。だが出口のない迷宮を彷徨い、思考は空回りするばかりだった。
その胸中を見透かしたように、リュミエールは淡々と言葉を重ねる。
「これは貴方がルチアにおっしゃった『証拠』に成り得るのでは?」
静かな声が、断頭台へ導く宣告の如く響いた。
「ジュリアン=バレンタインは既に捕らえました。彼が勇者一行の証言により、レティシアの誘拐に加担していたことは明らかです」
ルルとエヴァンは大きく頷いてみせる。
「そしてジュリアン=バレンタインの筆跡と、この契約書の筆跡は一致しました」
「そんなもの……っ」
声が震える。
否定しなければ。何か言わなければ――
しかし言葉は喉の奥で詰まり、それ以上は出てこない。
「彼は自供しましたよ。全て貴方の指示で行ったのだ、と」
ノアとの戦いで暗殺者としての自尊心を完膚なきまでに叩き折られていたせいか、ジュリアンは情け無いほどに容易く全てを吐き出した。
証拠もある。
証言もある。
逃げ場を失ったフェリクスは、力無く首を垂れた。
「ガッカリです」
リュミエールは静かに瞼を閉じる。その声には怒りの色は無く、落胆だけが見えた。
「スピナ国は争いの無い、気候も穏やかで平和な国。第二王子である貴方も、優しい気性の方だと伺っていました。貴方との結婚ならば、レティシアは幸せになれると思っていたのですが……」
「待ってください! 僕の知るレティシア王女は、もっと醜い女でした! こちらが本当のレティシア王女なのでしたら、僕は生涯をかけて彼女を幸せにすると誓います!」
必死に言葉を紡ぎながらベッドから這い出てきたフェリクスは、レティシアの前に跪いた。
熱のこもった眼差しで、彼女を正面から見上げる。
「どうか……どうか、僕に貴女の御心を取り戻す機会を……!」
「こいつ……っ! 本当に女を見た目でしか判断していないのね!」
眉を吊り上げて詰め寄ろうとするルチアを、リュミエールは片手を挙げて制止した。
「確かに、変身魔法を使ったあの姿のレティシアが婚約者だったとしたら、戸惑う気持ちは分からなくもありません」
「でしょう!? だったら――」
一瞬だけ希望が見えたフェリクスは、縋り付くようにリュミエールを振り返る。
リュミエールは微笑んだ。これまでに見せたどの笑顔よりも冷たく、軽蔑を含んだ眼差しで。
たくし上げたドレスの裾から伸びた細いハイヒールが、フェリクスの背に触れた。
「レティシアもルチアも、私の可愛い妹なの」
まるで汚れた物を踏み付けるように、躊躇いなく踵を擦り付ける。
「やり過ぎたのよ――ゲス野郎」
バルドレイン城の一室で、フェリクスは眠りから目覚めた。
癇癪状態のノアが撒き散らす『睡魔』に当てられると、人は悪夢を見る。
例に漏れず、フェリクスもとんでもない悪夢に魘されていた。全身は不快な汗で濡れ、ベッドのシーツが肌にまとわりついている。
「……なんなんだ、一体……」
自分の置かれた状況を理解するより早く、ベッドの脇に人の気配を感じて首を動かした。
そこにいたのは――ルチア。
「お目覚めですか?」
変身魔法を既に解いた彼女は、腰に手を当ててフェリクスを見下ろしている。
「……あれ? 可愛い……」
思わず漏らした自分自身の呟きに、フェリクスは安堵した。
あの醜いルチアは夢だったのだ、と。
ルチアの後ろにはリュミエールが見えた。更にルルとエヴァン。そしてソファには、深い眠りに落ちているノア。その頭を膝に乗せているのは、美しく可憐な金髪の女性だった。
絵画の中から抜け出してきたようなその美女は、フェリクスと目が合うと、ふわりと花が咲くように微笑んだ。
「フェリクス様、ご気分はいかがですか?」
「ええ……あの……? 貴女様は……?」
見覚えのない美しい女性に頬を赤らめるフェリクスに、彼女はくすりと笑った。
「レティシアですわ」
「レティ……レティシア王女!?」
ベッドから飛び起き、フェリクスは見目麗しい三姉妹を前に目を瞬かせる。
「どういう……」
「目覚めたばかりで申し訳ありませんが、先に確認させていただきたい事がございます」
リュミエールが一歩前に歩み出た。その声には微塵も謝意は含まれず、何の温度も感じない。
フェリクスの背筋に冷たいものが走る。
「ジュリアン=バレンタインをご存知ですね?」
「ジュリアン……?」
一瞬誰のことか分からなかった。だがすぐに、その名に似つかわしくない暗殺者の顔が脳裏に浮かぶ。
「……どなたでしょう?」
フェリクスはシラを切った。
「それはおかしいですね。ここには貴方のお名前と、ジュリアンのサインが記されているのですが」
そう言って、彼女は一枚の紙をフェリクスの目の前に突き出した。
「は……? な、何ですかそれは?」
冷静を装った声とは裏腹に、心臓が狂ったように鳴り始める。
(マズイ……マズイぞ……!? まさかその紙……いや、あり得ない! あれは逗留先に置いた僕の荷物の中に――)
「これは、フェリクス様のお荷物から拝借した『契約書』です」
「な……っ!?」
「この契約書には、レティシアの拉致監禁の任務が完了したことが記されていますね」
フェリクスは奥歯を噛み締め、必死に逃げ道を探す。だが出口のない迷宮を彷徨い、思考は空回りするばかりだった。
その胸中を見透かしたように、リュミエールは淡々と言葉を重ねる。
「これは貴方がルチアにおっしゃった『証拠』に成り得るのでは?」
静かな声が、断頭台へ導く宣告の如く響いた。
「ジュリアン=バレンタインは既に捕らえました。彼が勇者一行の証言により、レティシアの誘拐に加担していたことは明らかです」
ルルとエヴァンは大きく頷いてみせる。
「そしてジュリアン=バレンタインの筆跡と、この契約書の筆跡は一致しました」
「そんなもの……っ」
声が震える。
否定しなければ。何か言わなければ――
しかし言葉は喉の奥で詰まり、それ以上は出てこない。
「彼は自供しましたよ。全て貴方の指示で行ったのだ、と」
ノアとの戦いで暗殺者としての自尊心を完膚なきまでに叩き折られていたせいか、ジュリアンは情け無いほどに容易く全てを吐き出した。
証拠もある。
証言もある。
逃げ場を失ったフェリクスは、力無く首を垂れた。
「ガッカリです」
リュミエールは静かに瞼を閉じる。その声には怒りの色は無く、落胆だけが見えた。
「スピナ国は争いの無い、気候も穏やかで平和な国。第二王子である貴方も、優しい気性の方だと伺っていました。貴方との結婚ならば、レティシアは幸せになれると思っていたのですが……」
「待ってください! 僕の知るレティシア王女は、もっと醜い女でした! こちらが本当のレティシア王女なのでしたら、僕は生涯をかけて彼女を幸せにすると誓います!」
必死に言葉を紡ぎながらベッドから這い出てきたフェリクスは、レティシアの前に跪いた。
熱のこもった眼差しで、彼女を正面から見上げる。
「どうか……どうか、僕に貴女の御心を取り戻す機会を……!」
「こいつ……っ! 本当に女を見た目でしか判断していないのね!」
眉を吊り上げて詰め寄ろうとするルチアを、リュミエールは片手を挙げて制止した。
「確かに、変身魔法を使ったあの姿のレティシアが婚約者だったとしたら、戸惑う気持ちは分からなくもありません」
「でしょう!? だったら――」
一瞬だけ希望が見えたフェリクスは、縋り付くようにリュミエールを振り返る。
リュミエールは微笑んだ。これまでに見せたどの笑顔よりも冷たく、軽蔑を含んだ眼差しで。
たくし上げたドレスの裾から伸びた細いハイヒールが、フェリクスの背に触れた。
「レティシアもルチアも、私の可愛い妹なの」
まるで汚れた物を踏み付けるように、躊躇いなく踵を擦り付ける。
「やり過ぎたのよ――ゲス野郎」
21
あなたにおすすめの小説
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる