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ままはる

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第二章

オーガ

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ーーウィルはなるべく耳を澄ましながら歩き、周りに視線を向ける。
もともと魔物がほとんど出ない地域の為、渓谷には自然の動物が多く生息している。

鳥、うさぎ、リス……しかしそれらの気配が、先ほどからしなくなった。
ウィルたち侵入者に警戒しているというよりかは、元からここにはいなかったような静かさ。

「何かいるかも」

「何かって? オバケとか?」

ふざけて言ったラリィが、岩陰に横たわるものを見つけた。
ーー鹿の死骸。

「なんだこりゃ。食われてると言うより、潰されてる……?」

鹿の胴体が、何か強い力で圧迫されたかのように潰れ、内臓がぐちゃぐちゃに飛び出している。

「っ! ウィル!」

ラリィが叫ぶと同時に、ウィルは横に大きく飛んで地面に転がった。
一瞬遅れて、さっきまでウィルが立っていた場所に、何かが勢い良く落ちてきた。
低い地響きを鳴らし地面を打ちつけたのはーー棍棒。

「オーガ……」

ウィルの二倍はあろうかという巨体。血走った目と凶悪な牙、そして額には二本の角。異様に筋肉が隆起し発達した腕には、巨大な棍棒が握られている。

「なんだコイツ!? 鬼!?」

「オーガだよ! デカい割に動ける奴だから気をつけろよ!」

悲鳴に似た声を上げるラリィに、剣を鞘から抜きながら言い放つウィル。
ウィルもオーガに出会ったことは一度しかない。その時は一緒にいた父親が仕留めたのだが、簡単に倒せる相手では無かったと記憶している。

「でも、こいつも他の魔物みたいに弱ってる可能性も……」

オーガは今度はラリィに狙いを定め、棍棒を振り上げた。

「ぎゃあ! こっち来るな!」

攻撃をかわされた棍棒は勢いを殺す事なく、そのまま木にぶち当たる。
直径五十センチはある木が、いとも容易く真っ二つに折れた。

「なにが弱ってるって……? あんなもん直撃したら、脳みそ飛んでいくぞ!?」

「……やるしかねぇな」

ウィルはまだふらつく頭を軽く振って、剣を構え直す。

(取り敢えず、足!)

オーガの足元に飛び込み、左のふくらはぎの腱に剣の刃先を沈ませる。

「っ!?」

慌ててウィルはオーガから離れた。羽虫を払うように、大きな手でウィルに殴りかかってくる。

「どうしたんだよ、ウィル!?」

中途半端に攻撃を中断したウィルに非難の声を上げ、ラリィも剣を構えてオーガに斬りかかった。
オーガはウィルを捕まえようとしていて、背中がガラ空きである。
ラリィは剣を頭上に掲げ、勢い良く振り下ろした。

「なっ……! 硬っ!」

オーガの皮膚に、刃が通らないのである。

「ははっ……! こんなもん、どうやって斬るんだよ……」

もう一撃、今度は胴を横に薙ぐ。
だがやはり、刀身に肉が斬れる感覚は無い。
オーガは三度棍棒を振り上げ、ウィルの頭の上から振り下ろした。

「ぐっ……!」

二日酔いのまま寝ていないウィルの足は、思うように動かない。避けられないと判断したウィルは、棍棒を剣の刀身で受ける。
そしてーー

「折れたぁ!?」

剣の刀身がボキンと折れた。
受けた力を受け流したつもりだったが、判断を誤った。

「くそっ! 二度と酒なんか飲むか!」

折れた剣を投げ捨てて、身体を捩って攻撃を避ける。

「バカウィルー! どーすんだよ!?」

「どうするったって……」

残る手段はふたつ。
逃げるか、もしくはあまり気がすすまないがーー

「……なるようになれ!」

ウィルは左手の紋章に意識を向けた。
以前キリーを呼び出した時のように、今度は剣を手の中に現すようなイメージを浮かべる。
次の瞬間、ウィルの右手に現れたのは、ウィルの背丈よりも大きな巨大な剣だった。

「でかっ!?」

思わず声を上げるラリィ。

ーー一度だけ、誰もいないところでこの剣を出してみたことがあった。
そしてウィル自身も、ラリィと同じリアクションをしたのである。
この剣は大きい。ウィルの背丈なら尚のこと大きすぎる。

「デカすぎて使いにくいんだよ!」

だが、重さは全く感じない。
先ほどまで使っていた剣よりも軽く、持っている感覚を忘れるくらいに。
ウィルは大剣を構え、地面を蹴った。

「グアァァッッ!」

さっきは斬れなかった足が、今度は容易に斬れた。
オーガは歪な声を上げ、痛みを与えたものへの怒りを露わにする。
真っ赤な双眸にウィルだけを捉えた。

(この剣なら斬れるけど……場所が悪い)

狭い獣道の途中である。木々が乱立していて空間が狭く、大剣を振り回すスペースが無い。振り切って致命傷を与えなければ、ただ悪戯に怒らせるだけである。
オーガは邪魔になる木を次から次に薙ぎ倒し、ウィルに迫って来た。

(開けた場所まで戻る……? あいつに暴れさせてスペースを作らせるか……いや、倒れた木で足場が悪くなる……どうする……?)

「ウィル! こっち!」

ラリィの声。
両足を大きく開き、両手を組んで構えている。

「っ! なるほど!」

ウィルは小さく笑って、ラリィに向かって助走をつけて走り出した。
オーガはその後を追う。
ラリィまであと一歩。強く地面を蹴って踏み切る。前に出した足を、構えたラリィの組み手に乗せた。

「行っけー!!」

そのままウィルの身体を上に持ち上げるラリィ。更にウィルは大きく上に飛んだ。

「っっらぁぁ!」

天地に向かって大剣を振り下ろす。
気持ちが悪いほど切れ味の良い大剣は、オーガの身体を縦に真っ二つに斬り裂いた。
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