19 / 74
第二章
二日酔い
しおりを挟む
⭐︎
「……で?」
冷ややかなリズの声が、ラリィの心臓を静かに鷲掴む。
ーー場所は昨日も来た渓谷。そこでラリィは地面に正座し、冷たいリズの視線を一身に受けていた。
少し離れた所では、ウィルが茂みに向かってゲロを吐いている。
「朝までお酒を飲んで二日酔いで潰れてるこの状況をどうしろと?」
「た、誕生日だったって言うから……お祝いしなきゃなーって……」
「百歩譲って、これが仕事中じゃなければ私だってうるさく言わないわ。遊びに来てるわけじゃないのよ」
「……はい。ごめんなさい……」
素直に謝るラリィ。
リズは大きなため息をついて、ウィルを振り返る。
「ウィル、動けそう?」
「だい……じょーぶ……」
川の中に顔を突っ込むウィル。
水は冷たくて気持ちがいいが、かつて経験したことのないこの不快感は、これくらいでは払拭されない。
頭は痛いし、目の前の世界がぐるぐると回っていて、胃の中がむかついて仕方がない。
「ラリィは動けるわね。ウィルと一緒に行動して。もしも無理そうだったら、街に戻ってもいいわ」
「いや、でも……」
「私はもう少し、調べられるだけ調べてくる」
リズは少しだけ心配そうにウィルを一瞥し、川沿いの遊歩道を離れて山道へと入って行った。
(ーーあの人の思う壺ね)
と、リズは感心にも似た感情で刀の露を振るって払う。
足元には鬼火と、それを追いかけ回していたゴブリンの死骸。
(ゼンもセイルもいない。あの馬鹿がまともに後輩の面倒が見れるわけもない。そもそも、こんなに広い渓谷の調査がたった三人だけだなんて無茶なのよ)
任務を伝えてきた部隊長の様子からして、彼の本意ではないことは明らかで、第一部隊長の嫌がらせなのだろうとすぐにわかった。
ブラッドフォードはリズを目の敵にしている。
女が守護剣士に選ばれたことを快く思わない人間はそれなりにいる。特に女剣士の中では、色香を使ったのではないかと根も葉もない噂が流れ、リズはあからさまに嫌がらせを受けた。
(まぁ、それはどうでもいいんだけど)
嫌がらせに対しては全く傷付いたりはしなかったものの、業務に支障が出るのが困った。
男女混合の班を組んでみたりしたが、遠征先でリズへの夜這いを企む男が後を絶たず、それを目の当たりにした別の女剣士が更に嫉妬と嫌悪をたぎらせて、人間関係がとにかくうまくいかない。
それをどこから聞きつけたのか、ブラッドフォードがリズを個室に呼び出し、提案をしたのである。
部隊長補佐として第一部隊に置いてやる、と。
可哀想な人だ、とリズは思った。
男剣士が自分に向ける下卑た目線と、ブラッドフォードのそれは同じで。つまりこの男は、権力を使ってリズを愛人にしようとしたのである。
なるべく穏便に断ったつもりだったし、このことは他言していないものの、ブラッドフォードのリズに対する風当たりは強くなった。プライドが傷ついたのであろう。
「男って本当に勝手な生き物……」
この任務は、子どもながらに守護剣士になったウィルの腕試しを兼ねた、リズへの嫌がらせなのである。
リズは長い髪を紐で縛り、また歩き出した。
⭐︎
「ウィルー。そろそろ行けそうか? それとも街に戻る?」
何度目かの嘔吐。もう胃の中は空っぽで、何も出てこない。
「……水……」
ラリィが手渡した水筒の水を飲み干し、剣を杖代わりに立ち上がるウィル。
「くっそ気持ち悪ぃ……」
「あと何回かやらかしたら、自分の適量がわかるようになるって」
もう飲むなと言われるかと思っていたのだが、ラリィは諌めるようなことは言ってこない。昨夜の事はあまり覚えていないが、煙草も勧められたような気がする。
(変な奴……)
何度も抱く、ラリィに対する印象。
変な奴だが、面白い。
「リズ先輩はどっちに行った?」
「あっちだけど……」
「じゃあ俺たちは反対に行ってみるか」
「大丈夫か?」
「リズ先輩ひとりにやらせるわけにはいかねぇだろ。……幻滅されたくねぇし」
ラリィや部隊長にならいくら叱られても堪えないが、リズにあの冷たい目を向けられるかと思うと、とても耐えられない。
「……で?」
冷ややかなリズの声が、ラリィの心臓を静かに鷲掴む。
ーー場所は昨日も来た渓谷。そこでラリィは地面に正座し、冷たいリズの視線を一身に受けていた。
少し離れた所では、ウィルが茂みに向かってゲロを吐いている。
「朝までお酒を飲んで二日酔いで潰れてるこの状況をどうしろと?」
「た、誕生日だったって言うから……お祝いしなきゃなーって……」
「百歩譲って、これが仕事中じゃなければ私だってうるさく言わないわ。遊びに来てるわけじゃないのよ」
「……はい。ごめんなさい……」
素直に謝るラリィ。
リズは大きなため息をついて、ウィルを振り返る。
「ウィル、動けそう?」
「だい……じょーぶ……」
川の中に顔を突っ込むウィル。
水は冷たくて気持ちがいいが、かつて経験したことのないこの不快感は、これくらいでは払拭されない。
頭は痛いし、目の前の世界がぐるぐると回っていて、胃の中がむかついて仕方がない。
「ラリィは動けるわね。ウィルと一緒に行動して。もしも無理そうだったら、街に戻ってもいいわ」
「いや、でも……」
「私はもう少し、調べられるだけ調べてくる」
リズは少しだけ心配そうにウィルを一瞥し、川沿いの遊歩道を離れて山道へと入って行った。
(ーーあの人の思う壺ね)
と、リズは感心にも似た感情で刀の露を振るって払う。
足元には鬼火と、それを追いかけ回していたゴブリンの死骸。
(ゼンもセイルもいない。あの馬鹿がまともに後輩の面倒が見れるわけもない。そもそも、こんなに広い渓谷の調査がたった三人だけだなんて無茶なのよ)
任務を伝えてきた部隊長の様子からして、彼の本意ではないことは明らかで、第一部隊長の嫌がらせなのだろうとすぐにわかった。
ブラッドフォードはリズを目の敵にしている。
女が守護剣士に選ばれたことを快く思わない人間はそれなりにいる。特に女剣士の中では、色香を使ったのではないかと根も葉もない噂が流れ、リズはあからさまに嫌がらせを受けた。
(まぁ、それはどうでもいいんだけど)
嫌がらせに対しては全く傷付いたりはしなかったものの、業務に支障が出るのが困った。
男女混合の班を組んでみたりしたが、遠征先でリズへの夜這いを企む男が後を絶たず、それを目の当たりにした別の女剣士が更に嫉妬と嫌悪をたぎらせて、人間関係がとにかくうまくいかない。
それをどこから聞きつけたのか、ブラッドフォードがリズを個室に呼び出し、提案をしたのである。
部隊長補佐として第一部隊に置いてやる、と。
可哀想な人だ、とリズは思った。
男剣士が自分に向ける下卑た目線と、ブラッドフォードのそれは同じで。つまりこの男は、権力を使ってリズを愛人にしようとしたのである。
なるべく穏便に断ったつもりだったし、このことは他言していないものの、ブラッドフォードのリズに対する風当たりは強くなった。プライドが傷ついたのであろう。
「男って本当に勝手な生き物……」
この任務は、子どもながらに守護剣士になったウィルの腕試しを兼ねた、リズへの嫌がらせなのである。
リズは長い髪を紐で縛り、また歩き出した。
⭐︎
「ウィルー。そろそろ行けそうか? それとも街に戻る?」
何度目かの嘔吐。もう胃の中は空っぽで、何も出てこない。
「……水……」
ラリィが手渡した水筒の水を飲み干し、剣を杖代わりに立ち上がるウィル。
「くっそ気持ち悪ぃ……」
「あと何回かやらかしたら、自分の適量がわかるようになるって」
もう飲むなと言われるかと思っていたのだが、ラリィは諌めるようなことは言ってこない。昨夜の事はあまり覚えていないが、煙草も勧められたような気がする。
(変な奴……)
何度も抱く、ラリィに対する印象。
変な奴だが、面白い。
「リズ先輩はどっちに行った?」
「あっちだけど……」
「じゃあ俺たちは反対に行ってみるか」
「大丈夫か?」
「リズ先輩ひとりにやらせるわけにはいかねぇだろ。……幻滅されたくねぇし」
ラリィや部隊長にならいくら叱られても堪えないが、リズにあの冷たい目を向けられるかと思うと、とても耐えられない。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい
あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。
誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。
それが私の最後の記憶。
※わかっている、これはご都合主義!
※設定はゆるんゆるん
※実在しない
※全五話
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
えっ私人間だったんです?
ハートリオ
恋愛
生まれた時から王女アルデアの【魔力】として生き、16年。
魔力持ちとして帝国から呼ばれたアルデアと共に帝国を訪れ、気が進まないまま歓迎パーティーへ付いて行く【魔力】。
頭からスッポリと灰色ベールを被っている【魔力】は皇太子ファルコに疑惑の目を向けられて…
消息不明になった姉の財産を管理しろと言われたけど意味がわかりません
紫楼
ファンタジー
母に先立たれ、木造アパートで一人暮らして大学生の俺。
なぁんにも良い事ないなってくらいの地味な暮らしをしている。
さて、大学に向かうかって玄関開けたら、秘書って感じのスーツ姿のお姉さんが立っていた。
そこから俺の不思議な日々が始まる。
姉ちゃん・・・、あんた一体何者なんだ。
なんちゃってファンタジー、現実世界の法や常識は無視しちゃってます。
十年くらい前から頭にあったおバカ設定なので昇華させてください。
この罰は永遠に
豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」
「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」
「……ふうん」
その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。
なろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる