4 / 123
第1部
第3話 「刺青」
しおりを挟む
審理室から連れ出されたマリカは手縄で手首を縛られ、逃げ出さないように腰ひもをつけられた状態で、職員に指示されるままに通路を歩く。 これからどういう手順を経て自分が流刑地に送られるのかマリカは知らない。
(もう2度とおうちに戻れないの? もう2度とお父様にもお母様にも会えないの? 私はこの格好のままで流刑地に送られるの? 着替えとかは?)
今さらながらに信じられない思いだった。 さっきまで自分の部屋で温かい布団の中にいたのに、今マリカはこうして手首をきつく縛られ、冷たい廊下を歩かされている。
鎮静剤の効果がいよいよ切れてきて、マリカは耐え難い不安と抑鬱に襲われた。 もうダメ。 もう無理。 マリカの歩みが止まった。 気力の喪失により足腰に力が入らないのだ。 へなへなとその場に崩れ落ちたマリカを、後ろを歩く職員が引きずり起こす。
「さあ立て。 歩くんだ」
◇❖◇❖◇❖◇
職員に抱えられるようにしてマリカが連れてこられたのは、木製の寝台が置かれた小部屋だった。 小部屋は医務室のようにも見えるが、医務室よりも雰囲気が暗い。 どことなく不気味ですらある。
「ここは?」
思わずそう尋ねたマリカ。 「無駄口を叩くな」と叱られるかとも思ったが、いささか意外なことに職員から返答があった。
「刺青を入れる部屋だ」
いれずみ...? 少し頭を巡らせてマリカは思い出した。 そういえば流罪人は額に刺青を彫られると聞いたことがある。 そう思い出して、マリカはいっそう悲痛な気持ちになった。 既に最悪の気分だと思っていたが、もっと最悪があった。 刺青で痛い思いをするのも、一生消えない刻印を体に刻み込まれるのも願い下げだ。
「もうイヤっ! どうして私がこんな目に遭わなきゃならないの? 」
とうとうヒステリーを起こしたマリカはすべての理性を放棄して、小部屋から逃げ出そうと職員に体ごとぶつかって行った。
しかしマリカより2回りも大柄な男性職員は難なくマリカの体を受け止め、いとも簡単に取り押さえる。
「大人しくするんだ。 もうすぐ彫り師が来るから」
なだめるような口調だったが、彫り師が来ると言われてマリカが鎮まるはずがない。 半狂乱に陥ったマリカは、職員の腕の中でもがきながら泣き叫ぶ。 もういやっ! おうちに返してっ! お父様を呼んでちょうだい!
「こんなんじゃ墨を入れられないぜ」
「鎮静剤を持ってきてくれ。 そこの棚にあるはずだ」
「用量がわからんよ」
「大体でいい」
職員たちはマリカの腕を押さえつけ、服の袖をまくって鎮静剤を注射した。 投与された鎮静剤の量が多かったらしく、マリカの意識は速やかに混濁し始める。 奈落の底に沈みゆく意識でマリカは思う。 いっそこのまま死んでしまえばいいのに。
◇❖◇❖◇❖◇
痛い! 釘でひっかかれるような痛みを額に感じて、マリカは意識を取り戻した。 頭を誰かに押さえつけられている感覚があり、目を開けると眼前で何者かの手が忙しげに動いている。 そしてその動きに連れて、マリカの額に痛みが走る。 マリカは驚愕した。
(わたし、刺青を彫られてる!)
傍らから男の声が聞こえる。 さっきも聞いた声、暴れるマリカを抱きすくめた職員の声だ。
「もったいねえなあ、せっかく綺麗な顔してるのに」
それを聞いてマリカは喪失感に襲われた。
(いま私は取り返しのつかないことをされてるのね。 一生消えない印を額に刻み込まれているの)
痛みと屈辱と悔しさで涙が出そうなのに、思うように涙が出てこない。 鎮静剤のせいだ。 涙が溢れ出れば少しはマシな気分になるのかな? 私の両目から涙が滂沱と流れ出れば、この人たちも少しは罪悪感を感じるかしら?
刺青を彫り終えた彫り師はマリカに注意事項を伝える。
「いま彫ったところにカサブタができるが剥がしちゃいかんぞ? 今後2週間は湯で顔を洗ってもならん」
(もう2度とおうちに戻れないの? もう2度とお父様にもお母様にも会えないの? 私はこの格好のままで流刑地に送られるの? 着替えとかは?)
今さらながらに信じられない思いだった。 さっきまで自分の部屋で温かい布団の中にいたのに、今マリカはこうして手首をきつく縛られ、冷たい廊下を歩かされている。
鎮静剤の効果がいよいよ切れてきて、マリカは耐え難い不安と抑鬱に襲われた。 もうダメ。 もう無理。 マリカの歩みが止まった。 気力の喪失により足腰に力が入らないのだ。 へなへなとその場に崩れ落ちたマリカを、後ろを歩く職員が引きずり起こす。
「さあ立て。 歩くんだ」
◇❖◇❖◇❖◇
職員に抱えられるようにしてマリカが連れてこられたのは、木製の寝台が置かれた小部屋だった。 小部屋は医務室のようにも見えるが、医務室よりも雰囲気が暗い。 どことなく不気味ですらある。
「ここは?」
思わずそう尋ねたマリカ。 「無駄口を叩くな」と叱られるかとも思ったが、いささか意外なことに職員から返答があった。
「刺青を入れる部屋だ」
いれずみ...? 少し頭を巡らせてマリカは思い出した。 そういえば流罪人は額に刺青を彫られると聞いたことがある。 そう思い出して、マリカはいっそう悲痛な気持ちになった。 既に最悪の気分だと思っていたが、もっと最悪があった。 刺青で痛い思いをするのも、一生消えない刻印を体に刻み込まれるのも願い下げだ。
「もうイヤっ! どうして私がこんな目に遭わなきゃならないの? 」
とうとうヒステリーを起こしたマリカはすべての理性を放棄して、小部屋から逃げ出そうと職員に体ごとぶつかって行った。
しかしマリカより2回りも大柄な男性職員は難なくマリカの体を受け止め、いとも簡単に取り押さえる。
「大人しくするんだ。 もうすぐ彫り師が来るから」
なだめるような口調だったが、彫り師が来ると言われてマリカが鎮まるはずがない。 半狂乱に陥ったマリカは、職員の腕の中でもがきながら泣き叫ぶ。 もういやっ! おうちに返してっ! お父様を呼んでちょうだい!
「こんなんじゃ墨を入れられないぜ」
「鎮静剤を持ってきてくれ。 そこの棚にあるはずだ」
「用量がわからんよ」
「大体でいい」
職員たちはマリカの腕を押さえつけ、服の袖をまくって鎮静剤を注射した。 投与された鎮静剤の量が多かったらしく、マリカの意識は速やかに混濁し始める。 奈落の底に沈みゆく意識でマリカは思う。 いっそこのまま死んでしまえばいいのに。
◇❖◇❖◇❖◇
痛い! 釘でひっかかれるような痛みを額に感じて、マリカは意識を取り戻した。 頭を誰かに押さえつけられている感覚があり、目を開けると眼前で何者かの手が忙しげに動いている。 そしてその動きに連れて、マリカの額に痛みが走る。 マリカは驚愕した。
(わたし、刺青を彫られてる!)
傍らから男の声が聞こえる。 さっきも聞いた声、暴れるマリカを抱きすくめた職員の声だ。
「もったいねえなあ、せっかく綺麗な顔してるのに」
それを聞いてマリカは喪失感に襲われた。
(いま私は取り返しのつかないことをされてるのね。 一生消えない印を額に刻み込まれているの)
痛みと屈辱と悔しさで涙が出そうなのに、思うように涙が出てこない。 鎮静剤のせいだ。 涙が溢れ出れば少しはマシな気分になるのかな? 私の両目から涙が滂沱と流れ出れば、この人たちも少しは罪悪感を感じるかしら?
刺青を彫り終えた彫り師はマリカに注意事項を伝える。
「いま彫ったところにカサブタができるが剥がしちゃいかんぞ? 今後2週間は湯で顔を洗ってもならん」
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる