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第1部
第10話 「この女はオレがいただく」
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傲慢男の死体を床に放置したまま囚人護送車は進み続け、やがて流刑地の入り口までやって来た。 門の前には大勢の流罪人が待ち構えている。 子供も何人か混じっていて、母親に手を引かれた小さな子供もいる。
(あんな小さな子供までいるのね)
檻越しに子供たちを見ていてマリカは気付いた。 子供の額に流罪人の証である刺青が入っていない。 流刑地で生まれた子供なのだ。
大人は作業着のようなカーキ色の服を着ている者が多い。 アガマサラ市が支給する衣服なのだろう。 子供が着ているのは手製の服らしく、デザインが様々に異なっている。
囚人護送車が停止すると流刑地の住人の一部が駆け寄り、物資を積み込んだ馬車の前へ集まった。 アガマサラ市が支給する物資が彼らの命綱である。
流刑地の住人が物資を馬車から降ろし始める傍らで、番人の1人が囚人護送車へやって来て檻の扉を解錠した。
「着いたぞ。 出ろ」
マリカと50代女性が言われるままに檻から出ると、流罪人の群れの間にどよめきが広がる。
「若い女だ!」
「なんて上玉だ! ちくしょう、あり得ねえ」
聞こえてくるのは男の声ばかりだ。 品性のかけらもない下卑た声。
マリカは緊張に頬を強張らせ、油断なく周囲を見回す。 もはや彼女は無力な少女ではない。 《水生成》という武器がある。 襲い掛かって来る者がいれば容赦なく溺死させるつもりだ。
(でも、複数の男に同時に襲い掛かられたら...)
《水生成》は呪文の詠唱に時間がかかるし、同時に複数を倒せない。 おまけに魔法は気力を消費するから無制限には使えない。 そしてマリカは今日ここまでに《水生成》を何度も使わされ、すでに少なからず疲れている。 《水生成》という戦う手段を得たものの、身の安全を確保できたとは言い難い。
「手縄を切るから手を前に出せ」
マリカが両手を体の前に出すと、番人は短刀で手縄を切り始めた。 切れ味の良い短刀らしくマリカの手縄は速やかに切断され、マリカの両手が自由になった。 手縄が地面にバサリと落ち、強張っていたマリカの頬が少し緩む。 丸1日ものあいだ彼女は手縄に苦しめられていたのだ。
別の番人が囚人護送車の中から傲慢男の死体を引きずり出してきて、流刑地の住人の誰にともなく言う。
「こいつを埋葬しといてくれ」
「そいつはどうして死んでるんだ?」
尋ねたのは小山のように大きな中年男である。
(トロールの血でも混じってるんじゃないかしら?)
マリカがそう思ったのも無理はない。 その中年男は並外れて体が大きいだけでなく、とても不細工だった。 出っ張った頬と対照的に貧弱な口元はへの字に曲がっているし、猜疑心の強そうな眼はサイズも形も左右で大きく違っている。
見れば中年男は、あろうことかライフル銃を手にしている。 銃が高価なのはマリカも知っている。 マリカの父はライフル銃を所有しているが、軍でも末端の兵士にまでは行き渡っていない。 そんな貴重な銃をどうして流罪人が手にしているのか? しかも、番人はライフル銃のことを気にしていない様子。 流罪人が銃を持っているのを危険視しないばかりか疑問にすら思わないようなのだ。
番人たちはライフル銃の男の質問に答える代わりにマリカのほうを見た。 彼らは傲慢男を殺したのがマリカだと確信している。 殺人の手段が《水生成》だったと推察してもいるだろう。
番人の視線に釣られて、銃の男もマリカに目を向ける。 彼は既にマリカの存在に気づいていて、さっきから好色な視線をしきりに投げかけて来ていたが、今その視線には警戒の成分が含まれている。 番人がマリカを見た理由に気づいたのだ。
銃の男が他の流罪人たちを無造作に押しのけてマリカのすぐ前までやって来る。 目前にそびえる巨躯の上に乗る顔を見るのに、マリカは大きく顔を上げねばならなかった。
「お前がその男を殺したのか?」
問われたマリカは思考を巡らす。
(イエスと答えるべき? それともノー? イエスと答えれば自分の殺人を認めることになるけど、流刑地の住人に私が危険な女だとアピールできる。 殺人を認めたところで、私の立場はこれ以上悪くならないんじゃ?)
逡巡の後マリカは答えた。
「そうよ」
マリカの声に、番人たちが一斉にマリカのほうを振り向く。 ヒヤリとするマリカだったが、番人たちは「やっぱりか」などと言い合いながら作業に戻るだけだった。 マリカが思ったとおり、流罪人が別の流罪人を殺しても何の問題にもならないのだ。
銃の男がマリカに尋ねる。
「どうやって殺した?」
か弱いマリカが武器も使わず大の男を葬り去れたのが、彼は不思議でならない。
「《水生成》よ」
マリカはあっさりと自分の能力を明かしてしまった。 流刑地で生き延びるには危険な女をアピールしつつ能力は秘密にしておくのがベストだったが、お嬢さま育ちのマリカはそこまで知恵が回らなかった。
マリカの返答を聞いて、銃の男は嬉しそうに目を輝かせる。
「魔法で殺したのか! 毛色のいい女だと思っていたが、お前は貴族の血筋なんだな?」
マリカが頷くのを見て、男はとても満足そうな表情を浮かべる。
「お前みたいな上玉が流刑地に送られて来るとはな。 貴族の女か。 お前のような女はオレにこそふさわしい」
「まっ...」
絶句するマリカをよそに、銃の男はその場にいる全員に大声で宣言をする。
「この女はオレがいただく。 文句がある奴はかかって来い。 相手をしてやる」
銃の男は猛々しく笑い、手に持つライフル銃をこれ見よがしに持ち直した。
誰も声を発さず物資を馬車から降ろす音だけが聞こえる中で、マリカだけが異議を唱える。
「あっ、あなたのものになるなんてお断りよ!」
マリカは銃の男が腹を立てるのを半ば予期していたが、意外にも彼はマリカを諭すように話し始めた。
(あんな小さな子供までいるのね)
檻越しに子供たちを見ていてマリカは気付いた。 子供の額に流罪人の証である刺青が入っていない。 流刑地で生まれた子供なのだ。
大人は作業着のようなカーキ色の服を着ている者が多い。 アガマサラ市が支給する衣服なのだろう。 子供が着ているのは手製の服らしく、デザインが様々に異なっている。
囚人護送車が停止すると流刑地の住人の一部が駆け寄り、物資を積み込んだ馬車の前へ集まった。 アガマサラ市が支給する物資が彼らの命綱である。
流刑地の住人が物資を馬車から降ろし始める傍らで、番人の1人が囚人護送車へやって来て檻の扉を解錠した。
「着いたぞ。 出ろ」
マリカと50代女性が言われるままに檻から出ると、流罪人の群れの間にどよめきが広がる。
「若い女だ!」
「なんて上玉だ! ちくしょう、あり得ねえ」
聞こえてくるのは男の声ばかりだ。 品性のかけらもない下卑た声。
マリカは緊張に頬を強張らせ、油断なく周囲を見回す。 もはや彼女は無力な少女ではない。 《水生成》という武器がある。 襲い掛かって来る者がいれば容赦なく溺死させるつもりだ。
(でも、複数の男に同時に襲い掛かられたら...)
《水生成》は呪文の詠唱に時間がかかるし、同時に複数を倒せない。 おまけに魔法は気力を消費するから無制限には使えない。 そしてマリカは今日ここまでに《水生成》を何度も使わされ、すでに少なからず疲れている。 《水生成》という戦う手段を得たものの、身の安全を確保できたとは言い難い。
「手縄を切るから手を前に出せ」
マリカが両手を体の前に出すと、番人は短刀で手縄を切り始めた。 切れ味の良い短刀らしくマリカの手縄は速やかに切断され、マリカの両手が自由になった。 手縄が地面にバサリと落ち、強張っていたマリカの頬が少し緩む。 丸1日ものあいだ彼女は手縄に苦しめられていたのだ。
別の番人が囚人護送車の中から傲慢男の死体を引きずり出してきて、流刑地の住人の誰にともなく言う。
「こいつを埋葬しといてくれ」
「そいつはどうして死んでるんだ?」
尋ねたのは小山のように大きな中年男である。
(トロールの血でも混じってるんじゃないかしら?)
マリカがそう思ったのも無理はない。 その中年男は並外れて体が大きいだけでなく、とても不細工だった。 出っ張った頬と対照的に貧弱な口元はへの字に曲がっているし、猜疑心の強そうな眼はサイズも形も左右で大きく違っている。
見れば中年男は、あろうことかライフル銃を手にしている。 銃が高価なのはマリカも知っている。 マリカの父はライフル銃を所有しているが、軍でも末端の兵士にまでは行き渡っていない。 そんな貴重な銃をどうして流罪人が手にしているのか? しかも、番人はライフル銃のことを気にしていない様子。 流罪人が銃を持っているのを危険視しないばかりか疑問にすら思わないようなのだ。
番人たちはライフル銃の男の質問に答える代わりにマリカのほうを見た。 彼らは傲慢男を殺したのがマリカだと確信している。 殺人の手段が《水生成》だったと推察してもいるだろう。
番人の視線に釣られて、銃の男もマリカに目を向ける。 彼は既にマリカの存在に気づいていて、さっきから好色な視線をしきりに投げかけて来ていたが、今その視線には警戒の成分が含まれている。 番人がマリカを見た理由に気づいたのだ。
銃の男が他の流罪人たちを無造作に押しのけてマリカのすぐ前までやって来る。 目前にそびえる巨躯の上に乗る顔を見るのに、マリカは大きく顔を上げねばならなかった。
「お前がその男を殺したのか?」
問われたマリカは思考を巡らす。
(イエスと答えるべき? それともノー? イエスと答えれば自分の殺人を認めることになるけど、流刑地の住人に私が危険な女だとアピールできる。 殺人を認めたところで、私の立場はこれ以上悪くならないんじゃ?)
逡巡の後マリカは答えた。
「そうよ」
マリカの声に、番人たちが一斉にマリカのほうを振り向く。 ヒヤリとするマリカだったが、番人たちは「やっぱりか」などと言い合いながら作業に戻るだけだった。 マリカが思ったとおり、流罪人が別の流罪人を殺しても何の問題にもならないのだ。
銃の男がマリカに尋ねる。
「どうやって殺した?」
か弱いマリカが武器も使わず大の男を葬り去れたのが、彼は不思議でならない。
「《水生成》よ」
マリカはあっさりと自分の能力を明かしてしまった。 流刑地で生き延びるには危険な女をアピールしつつ能力は秘密にしておくのがベストだったが、お嬢さま育ちのマリカはそこまで知恵が回らなかった。
マリカの返答を聞いて、銃の男は嬉しそうに目を輝かせる。
「魔法で殺したのか! 毛色のいい女だと思っていたが、お前は貴族の血筋なんだな?」
マリカが頷くのを見て、男はとても満足そうな表情を浮かべる。
「お前みたいな上玉が流刑地に送られて来るとはな。 貴族の女か。 お前のような女はオレにこそふさわしい」
「まっ...」
絶句するマリカをよそに、銃の男はその場にいる全員に大声で宣言をする。
「この女はオレがいただく。 文句がある奴はかかって来い。 相手をしてやる」
銃の男は猛々しく笑い、手に持つライフル銃をこれ見よがしに持ち直した。
誰も声を発さず物資を馬車から降ろす音だけが聞こえる中で、マリカだけが異議を唱える。
「あっ、あなたのものになるなんてお断りよ!」
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