お嬢様、流刑地に送られ婚約も破棄。でも最強になったら、ザマぁとかどうでも良くなってた

好きな言葉はタナボタ

文字の大きさ
119 / 123
第2部

第39話 「スピード・プリンセス×2」

しおりを挟む
オリエの哄笑こうしょうが続くなかで、ジュニアがマリカを抱く腕を離しマリカをそっと脇へどける。

どうしたの? マリカがそう疑問に思う間もあらばこそ、ジュニアはその巨体でもって猛然とオリエに向かってチャージ突撃した。 オリエを亡き者にして一挙に問題をかたずようというのだ。

オリエは拳銃を手にしていたが、銃に不慣れなこともあり突然のチャージに対応できない。 まごつくオリエに猛然と迫るジュニア。 

雄牛のごときジュニアの巨体に激突されればオリエの圧死は必至ひっし。 オリエが「ひっ」と声を上げ身をすくませたそのとき! オリエとジュニアの間に激しく光る小さな人影が割り込み、何がどうなったかジュニアが転倒した。

だがオリエの危機はまだ終わらない。 転倒したジュニアがオリエのほうへと勢いよく倒れ込む。 オリエがジュニアの巨体に押しつぶされる!

と思われた瞬間、オリエの周囲ですべてが停止し世界が低いざわめきで満たされた。 加速したミツキがオリエに触れて、彼女をスピード・プリンセスにせしめたのである。

「なんなのこれ?」

初めてのスピード・プリンセスにとまどうオリエ。

ミツキは素っ気ない口調でオリエに指示を出す。

「こっちへおいで。 ジュニアの体につぶされちゃうよ」

ミツキに手を引かれて、オリエはジュニアが倒れ込む予定の地点から遠ざかった。 ミツキがオリエの手を離すと、オリエの世界に音と動きが戻り、ジュニアの巨体が予定地に倒れ込んで部屋を揺らす。 ずずーん。

「今のは何だったの?」

だがミツキはオリエの問いかけに答えず、突き放すように言う。

「早くなんとかしなよ」

ジュニアはミツキに膝の裏を何度も何度も蹴られて転んだだけだ。 起き上がればまた襲って来る。

うながされてオリエは、床に転ぶジュニアに銃を突き付ける。

「早くこの部屋から出て行きな。 下手な真似をしたら撃ち殺すよ」

どうった恫喝どうかつぶりだ。

ジュニアに銃を突き付けながらオリエはミツキのほうを向いた。

「よくやったわ、トオルちゃん」

ジュニアにはなったのとは対照的な猫なで声である。

                  ◇❖◇

無言で床から起き上がったジュニアは、オリエのほうを一顧いっこだにせずマリカに歩み寄り肩を抱いた。

「帰ろう、マリカ」

そのジュニアの言動にオリエは激高げきこうした。

「その女は置いてけっつってんだろうが!」

ジュニアはオリエを無視して、マリカの肩を抱いたまま部屋の戸口から連れ出そうとする。

このまま帰れるかも。 マリカが胸をで下ろしつつあるとき、部屋の中からパンと発砲音。 ジュニアの動きが止まり、ジュニアが声を漏らす。

「ぐっ」

まさかジュニアが撃たれた!? マリカが信じられない思いでいると、パン、パン、パンと規則正しい間隔で3回の発砲音。 オリエは拳銃に残っていた4発の銃弾すべてをジュニア目がけて撃ち尽くしてしまった。

ジュニアの体がぐらりと前に傾く。

「マ、リカ...」

ジュニアは苦しそうにうめくと、マリカを抱いていた腕をほどいて前のめりに廊下に倒れ込んだ。 彼が腕をほどいたのは自分が倒れるのにマリカを巻き込まないためだ。

ズーンと大きな音を立てて倒れ込んだジュニアの首から背中にかけて、おびただしい量の血で真っ赤に染まっている。 どこをどう撃たれたのかはっきりしないが、致命傷なのはマリカにも分かった。

「ジュニアっ!」

拳銃で人を撃つなんて! マリカもさっきオリエ目がけて発砲したが、あれはあくまでも威嚇いかく射撃のつもりだった。 オリエは4発もの弾丸を冷徹にジュニアの体に撃ち込んだのだ。

マリカの目前でジュニアの体から大量の血が流れだし、彼の衣服をずぶ濡れにしてゆく。

呆然ぼうぜんとしている暇はない。 早く《治癒》の呪文を唱えなくては。 マリカはオリエの苛烈かれつさに動揺する心をしずめられないままに、詠唱を開始する。

「ワーラワン・レストース...」

だが呪文の途中で、マリカの背中をドンっと衝撃が襲う。

「きゃっ」 悲鳴を上げるマリカ。

オリエがマリカの背中を突き飛ばしたのだ。

「余計なことすんじゃないわよ。 共用女の分際で」

「ちが...」 私は共用女なんかじゃない。

「治したら意味ないじゃん!」 私が撃った銃弾が無駄になるじゃん。

マリカは弱々しく哀願する。

「ジュニアを治させて。 お願いよ」

オリエと問答しているうちにもジュニアは着実に死に近づいている。 《治癒》を使えば確実に助かるが、オリエがそれを許してくれない。 ジュニアを助けたところでマリカは共用女にされるのに、ジュニアを助けることさえできない。 あまりにも思うようにならない状況に、とうとうマリカは泣き出してしまった。 うえぇっ、ぐすっ。

涙ながらにマリカはオリエに訴える。

「どうしてひどいことばかりするのっ? もう許して」 ミツキはあなたのものになったし、頬の傷だって《治癒》で治したじゃない。

マリカのみじめな姿にオリエは胸がすく思いだった。 ミツキを悪用しておごたかぶっていた派閥ボスが今、泣きっ面でオリエに情けを乞うているのだ。

「うふふ、いい気味。 もっと泣きなさい」 それが辛酸しんさんの味というものよ。 たっぷり舐めなさい。

「うえっ、うぇーん」

泣きじゃくるマリカ。

そのマリカの肩に小さな手が置かれる感触があり、耳元で声がする。

「泣きやみなよ」

そしてマリカの世界が低いざわめきに満ちる。 彼女がかつて何度も体験した世界。 スピード・プリンセスの世界だ。

マリカは泣くのをやめて、声のした方を振り向いた。

「ミツキ...」 あなた私のことを忘れてるんじゃ?

「驚いたでしょ? これはスピード・プリンセス。 いま君の時間は100倍速で流れてるんだ」

「ええ、知っているわ」 スピード・プリンセスって名付けたのは私だもの。

「知ってたの?」 物知りだね。「まあいいや。 オリエの邪魔は入らないから、落ち着いて《治癒》を唱えるといいよ」

見ればオリエはマリカに顔を向けた状態で固まっている。 オリエの顔に張り付くのは「たっぷり舐めなさい」と言わんばかりのドス黒い笑顔。

オリエの笑顔にゾッとして、マリカはオリエから目をそむけミツキの可愛い顔へと視線を戻した。

「ありがとうミツキ」 私のことを忘れても、優しいところは変わってないのね。

瀕死のジュニアを治すため、マリカは《治癒》の呪文を詠唱する。

「ワーラワン・レストース・メリトース・ダビノス」

《治癒》の呪文はとどこおりなく完成し、ジュニアの体が淡く白い光に包まれた。

ジュニアの体組織の修復は遅々として進まないが、それはマリカとジュニアで時間の流れる早さが違うからだ。 スピード・プリンセスが解除されればすぐに、ジュニアは回復を完了するだろう。

「自分の傷も治しなよ。 ひどいことになってるよ?」

マリカの頬はオリエの強烈なビンタで腫れ上がり、オリエの右手についていた血とマリカ自身の血とで顔中が血だらけである。

「うん、そうする」

ミツキのすすめに従ってマリカは自分にも《治癒》をかけた。 淡い光がマリカ自身の体を包み、オリエに痛めつけられた体の痛みが消えてゆく。 《治癒》には疲労回復の効果もあるので頭もスッキリ。 マリカは熟睡から目覚めた直後のようにリフレッシュした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...