イールの書〜神々の⻩昏、⼈類の夜明け〜

なぎ

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第2部 4章:バルドルの悲劇

第46話:光の神の誕生

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ドヴァリンは特別に厳重に保管された水晶板を取り出した。その表面には、他とは異なる虹色の輝きが宿っていた。老ドワーフの手が、わずかに震えているのが見えた。



「これから見るのは、地球外生命体の技術の頂点」



ドヴァリンは重々しく語った。



「そして、それがもたらした最大の悲劇の始まりだ」



水晶板が起動すると、まず膨大なデータが空中に投影された。遺伝子配列、設計図、計算式。それらが立体的に組み合わされ、一つの完璧な設計図を形成していく。



「バルドルの真実は、神話以上に計算されたものだった」



ドヴァリンが極秘資料を指し示した。



「最高傑作を作る計画。すべての良い特質を組み合わせた存在」



美咲が専門的な目でデータを解析し始めた。彼女の顔に、驚嘆と恐怖が入り混じった表情が浮かんだ。



「遺伝子設計図を見てください」



美咲が解析結果を示した。



「これは...芸術品です。美貌、知性、身体能力、性格。すべてが黄金比で設計されている」



画面には、複雑な遺伝子マップが表示されていた。アース神族の最高の知性、ヴァン神族の美と調和、そして両者の長所を完璧に融合させた設計。さらに、これまでの8世代の実験データがすべて反映されていた。

賢吾はイールの書を開き、バルドルの章を読み上げた。



「『第9世代実験体。これまでの全データを元に作られた。perfection(完璧)を目指した個体』」



リンドバーグ教授が息を呑んだ。



「文字通り、神を作ろうとしたのですね」



映像は、バルドルの誕生の瞬間に切り替わった。特別に準備された施設で、最高の技術と魔術が融合した環境の中、一人の赤子が生まれようとしていた。

エイリークが自身の一族に伝わる記録を紹介した。



「バルドルが生まれた時、光が部屋に満ちた。それは比喩ではなく、実際に生体発光していた」



映像がその瞬間を捉えていた。産声と共に、赤子の全身から柔らかな光が放たれた。それは、朝日のように温かく、月光のように優しい光だった。立ち会った者たちは、皆、涙を流していた。美しさに圧倒されて。



「なぜ光る?」



山田が科学的な説明を求めた。

斎藤博士が医学的な見解を述べた。



「細胞内のナノマシンが、常に最適化を行っているからです。細胞の新陳代謝、DNA修復、あらゆる生命活動が完璧に調整されている。その副産物として、可視光を放出する」



香川教授が物理学的な補足を加えた。



「生体内での量子コヒーレンスが、巨視的なスケールで実現している。理論的にはあり得ないはずですが...」



映像は、バルドルの成長記録に移った。赤子は驚異的な速度で成長し、しかしその成長は完璧に制御されていた。3歳で複雑な哲学を理解し、5歳で武術を習得し、10歳になる頃には、あらゆる分野で天才的な能力を示した。

しかし、最も注目すべきは、その性格だった。



「完璧な善性」



ドヴァリンが説明した。



「怒りも憎しみも持たない。すべての存在を愛し、すべての存在から愛される。まさに、光の化身だった」



田中が疑問を投げかけた。



「でも、それは本当に人間と言えるのでしょうか?負の感情がないなんて」

「その通りだ」



ドヴァリンの表情が曇った。



「しかし、完璧であることが、最大の弱点となった」



新たな映像が始まった。地球外生命体たちの緊急会議の様子だった。彼らは、バルドルのデータを見ながら、興奮気味に議論している。



『これは予想を超えている』

『完璧だ。理論上の限界を突破している』

『この個体は、永久保存すべきだ』



最後の発言から、議論の方向が変わった。



『永久保存...つまり、不死化か』

『可能だ。この完成度なら、永遠に生き続けられる』

『地球を恒久的な観察施設にすれば、永遠にデータを取れる』



地球外生命体たちは、バルドルに執着し始めていた。完璧な実験体を永遠に観察したいという、彼らの探究心が暴走し始めていた。

美咲が重要な指摘をした。



「バルドルは、意図せずして地球と人類の運命を変える存在になってしまった」



マグナスが複雑な表情で言った。



「完璧すぎることが、災いを招く。皮肉なものだ」



賢吾がイールの書の別の箇所を見つけた。



「ここに、イールの懸念が記されています。『バルドルの存在は、地球外生命体の関心を永続的に地球に固定する。それは、人類の自立を永遠に妨げることになる』」



リンドバーグ教授が神話との関連を指摘した。



「だから、バルドルは死ななければならなかった。人類の未来のために」



斎藤博士が倫理的な問題を提起した。



「しかし、罪のない存在を犠牲にすることが正当化されるのでしょうか」



エイリークが重い口を開いた。



「それこそが、イールの最大の苦悩だったのでしょう。最も美しく、最も純粋な存在を、自らの手で...」



映像は、若きバルドルの日常を映し出していた。彼は、誰に対しても優しく、動物たちも彼に懐き、植物さえも彼の周りでは良く育った。その存在自体が、周囲に幸福をもたらしていた。



しかし、その光が強すぎるがゆえに、影もまた濃くなっていった。

ドヴァリンが最後の映像を示した。



「これが、フリッグがバルドルの死を予知する直前の記録だ」



そこには、バルドルを見つめる母親の姿があった。その瞳には、限りない愛情と、そして深い恐怖が宿っていた。



「完璧な実験体」



ドヴァリンが締めくくった。



「それは人類にとって、祝福なのか呪いなのか。その答えは、次の記録で明らかになる」



一同は、複雑な気持ちで記録を見終えた。完璧を追求することの危険性、そして、その犠牲となる者の悲劇。それは、現代の遺伝子工学や人工知能開発にも通じる、普遍的な問題提起だった。



光の神の誕生は、最も暗い影を生み出すことになる。その皮肉な運命が、次第に明らかになろうとしていた。
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