イールの書〜神々の⻩昏、⼈類の夜明け〜

なぎ

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第2部 5章:ロキの真実

第53話:宝物製作競争

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シフの髪事件の真相を知った後、ドヴァリンは一行を地下都市の最深部にある工房へと案内した。そこは、3000年前の宝物が作られた、まさにその場所だった。



工房の中央には、白髪の老ドワーフが待っていた。彼こそ、当時の製作に直接関わった職人の一人、グリムだった。



「ようやくこの時が来た」



グリムは深い声で語り始めた。



「伝説の宝物製作競争の真実を話す時が」



彼は古い作業台の引き出しから、黄ばんだ設計図の束を取り出した。



「あれは競争ではなく、共同作業だった」



グリムは設計図を広げながら真相を語った。



「イヴァルディの息子たちと、ブロック&エイトリ。表向きは競い合ったが、実はイールの指示で協力していた」



山田が設計図に見入りながら驚きの声を上げた。



「これは...信じられない。各チームの設計が、完璧に補完し合っています」



確かに、一見別々に作られたはずの宝物たちの設計図を並べると、共通の設計思想と、巧妙な役割分担が見て取れた。

賢吾はイールの書を開き、該当する計画を読み上げた。



「『各神に最適な武器を与える。しかし、一度にすべて渡せば怪しまれる。競争という形にすれば、自然に受け入れられる』」



リンドバーグ教授が感心した。



「心理的にも巧妙ですね。競争で勝ち取ったものだと思えば、より価値を感じる」



グリムは、最初の設計図を示した。



「まず、イヴァルディの息子たちが作った三つの宝」



映像が再生され、当時の製作風景が映し出された。ドワーフたちが協力して作業している様子が記録されている。



「グングニル」



山田が設計図を解析した。



「必中の槍。指向性エネルギー兵器と、自動追尾システムの融合。どれも超技術ですが、巧妙に制限がかけられています」

「制限?」



美咲が尋ねた。



「そうだ」



ドヴァリンが説明した。



「完全な力を発揮すれば、使用者も危険。神々を守るための安全装置」



グリムが具体的に説明した。



「グングニルの最大出力は、惑星破壊級。しかし、使用者の生体エネルギーと連動させることで、オーディンが耐えられる範囲に制限した」



次の設計図は、黄金の船だった。



「スキーズブラズニル」



グリムが誇らしげに言った。



「折り畳める船。空間圧縮技術の結晶」



香川教授が物理学的な驚きを示した。



「四次元ポケットのような...理論的には可能ですが、実現するなんて」

「そして、シフの新しい髪」



グリムは優しく微笑んだ。



「最も難しかった。生きた黄金の髪。有機物と無機物の完璧な融合」



映像には、ブロックとエイトリの作業風景も映し出された。



「彼らとの『競争』も、すべて演出だった」



グリムが明かした。



「イールは蜂に変身して作業を邪魔したが、それも計画の一部」



エイリークが疑問を口にした。



「なぜわざと邪魔を?」

「ミョルニルの柄を短くするためだ」



グリムは最も重要な設計図を取り出した。



「そして最高傑作ミョルニル。柄が短いのは失敗ではない。意図的な設計。完全な形では、トールでも制御できなかった」



設計図には、ミョルニルの詳細な構造が記されていた。重力制御、電磁パルス発生装置、プラズマ生成機構。すべてが一つの槌に凝縮されている。



「もし長い柄だったら」



山田が計算した。



「てこの原理で、破壊力は10倍以上に...」

「そう」



グリムは頷いた。



「トール自身も、その反動で破壊される。短い柄は、彼を守るための愛情だった」



マグナスが複雑な表情で自分の手を見つめた。



「俺たちトール系統でも、フルパワーのミョルニルは扱えないということか」



斎藤博士が医学的な観点から分析した。



「筋骨格系への負担を考えると、妥当な判断です。パワーと安全性のバランスが完璧に計算されている」



次に、ドラウプニルの設計図が示された。



「黄金を生む腕輪」



グリムが説明した。



「正確には、ナノマシンによる物質変換装置。9日ごとに8つの同じ腕輪を生成する」

「なぜ9日?」



田中が尋ねた。



「それ以上短いと」



グリムの表情が曇った。



「使用者が富に溺れる。イールは、人間の欲望の危険性も計算していた」



美咲が重要な指摘をした。



「つまり、すべての宝物には二面性がある。力を与えると同時に、教訓も与える」

「その通りだ」



ドヴァリンが確認した。



「単なる武器ではない。神々を真の指導者に育てるための教育装置でもあった」



映像は、製作競争の最終場面を映し出した。両チームが作った宝物を、神々の前に並べる瞬間だった。

しかし、カメラは同時に、影でその様子を見守るイールの姿も捉えていた。彼の表情には、深い満足感と、同時に一抹の不安が浮かんでいた。



賢吾がイールの書の一節を見つけた。



「『宝物は両刃の剣。正しく使えば人類を守る力となる。しかし、誤れば破滅をもたらす。神々がその違いを理解することを願う』」



リンドバーグ教授が哲学的な考察を加えた。



「プロメテウスの火のようですね。人類に力を与えることの危険性と必要性」



グリムは最後の記録を見せた。それは、競争の「勝者」を決める場面だった。



「表向きは、ブロックとエイトリが勝った」



グリムは微笑んだ。



「しかし、真の勝者はいなかった。すべての宝物が必要で、すべてが計画通りだった」



香川教授が技術的な総括をした。



「3000年前に、これほどの技術が...現代でも再現困難なものばかりです」

「それが地球外生命体の技術」



ドヴァリンが締めくくった。



「しかし、イールはそれを人類のために転用した。宝物は与えられた。神々は強くなった。そして、来るべき日への準備が、また一つ整った」



山田が重要な質問をした。



「でも、これらの宝物は今どこに?」



グリムとドヴァリンは意味深な視線を交わした。



「それは、時が来れば分かる」



グリムは静かに答えた。



「今はまだ、その時ではない」



一同は、伝説の宝物に込められた深い意図と、それを作り出したドワーフたちの技術、そしてすべてが調和したイールの壮大な計画に、改めて畏敬の念を抱いた。

単なる武器ではない。それは、人類の未来を守るための、希望の象徴だった。
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