イールの書〜神々の⻩昏、⼈類の夜明け〜

なぎ

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第2部 5章：ロキの真実

第54話：神々への贈り物と代償

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宝物製作の真実を知った後、ドヴァリンは新たな水晶板を取り出した。それは、神々が初めて伝説の宝物を手にした瞬間の記録だった。

「宝物の贈呈式の記録が発見された」

ドヴァリンが厳粛な表情で語り始めた。

「神々の反応が興味深い。彼らは、与えられた力に酔いしれていた」

映像が再生されると、アスガルドの大広間で行われた贈呈式の様子が映し出された。神々が集まり、ドワーフたちが恭しく宝物を差し出している。

最初に、オーディンがグングニルを受け取る場面が映された。

オーディンの手が槍に触れた瞬間、彼の全身に電撃のようなものが走った。そして、その目が一瞬、恐怖に染まった。

「何が起きたんですか？」

山田が心配そうに尋ねた。

エイリークが先祖の記録を基に説明した。

「槍が、直接脳に語りかけてきた」

後の記録にある。

「使い方だけでなく、責任も」

新たな映像が、オーディンの主観視点で再生された。彼がグングニルを握った瞬間、膨大な情報が脳内に流れ込んでくる様子が視覚化されていた。

『我は破壊の具にあらず』

槍の「声」が響いた。

『我を振るう者は、その結果のすべてに責任を負う。罪なき者の血で我を汚すな』

香川教授が驚きを隠せない様子で言った。

「人工知能...いや、それ以上の何かが組み込まれている」

斎藤博士も医学的な観点から分析した。

「脳との直接インターフェース。使用者の倫理観を常にモニタリングし、誤用を防ぐシステムですね」

映像は次の場面に移った。オーディンがドラウプニルを腕にはめる瞬間だった。

「ドラウプニルは？」

賢吾が尋ねた。

「富を生む指輪。しかし」

エイリークが説明した。

「同時に、富への執着も生む。オーディンはそれと戦い続けた」

確かに、ドラウプニルを身に着けたオーディンの表情に、一瞬、強欲な光が宿った。しかし、彼はすぐに首を振り、その誘惑と戦い始めた。

エイリークの一族に伝わる記録が表示された。

『ドラウプニルは囁く。もっと富を、もっと力を、もっと支配を。私は毎日、この誘惑と戦わねばならない。これは祝福か、それとも呪いか』

美咲が心理学的な分析を加えた。

「依存症のメカニズムと同じです。快楽と同時に、より強い欲求を生み出す」

賢吾はイールの書を開き、各宝物の真の目的を読み上げた。

「『力を与えると同時に、その力に責任を持たせる。神々を、真の指導者に育てるための試練』」

リンドバーグ教授が深い洞察を示した。

「つまり、宝物は単なる道具ではなく、人格形成のための教育装置だった」

映像は、フレイがスキーズブラズニルを受け取る場面に移った。

「フレイの船、スキーズブラズニルは」

ドヴァリンが説明を続けた。

「折りたためる船。逃げるためではなく、救うための道具。フレイはそれを理解していた」

フレイが船を手にした瞬間、彼の表情が変わった。戦士の顔から、守護者の顔へ。

『この船で、どれだけの命を救えるだろうか』

フレイの独白が記録されていた。

『戦うための道具ではなく、守るための道具。これこそ、私が求めていたものだ』

田中が歴史的な観点から評価した。

「実際、後の記録では、フレイは船を使って多くの難民を救っています」

次に、トールがミョルニルを受け取る場面が映された。

巨大な槌を手にしたトールは、最初、その軽さに驚いた。しかし、試しに振ってみると、凄まじい破壊力が発揮された。

「短い柄のおかげで」

グリムが工房から駆けつけて説明した。

「制御しやすい。もし長い柄だったら、最初の一振りで自分も吹き飛んでいただろう」

マグナスが自分の先祖の姿を見つめながら言った。

「力に溺れそうになりながらも、それを民を守るために使うことを選んだ。それがトールの偉大さだ」

しかし、最も印象的だったのは、次の場面だった。

「しかし、ロキ自身は」

リンドバーグ教授が指摘した。

「何も得なかった」

映像には、贈呈式で宝物を受け取らなかったイールの姿があった。他の神々が新しい力に歓喜する中、彼だけが静かに立っている。

「いや」

ドヴァリンが首を振った。

「彼が得たのは、最も価値あるもの。神々の、わずかな信頼だった」

新たな映像が再生された。贈呈式の後、オーディンがイールに近づく場面だった。

『ロキ』

オーディンは静かに言った。

『お前のおかげで、我々は強くなった。礼を言う』

それは、長い間の敵対関係の中で、初めての感謝の言葉だった。

イールの表情に、一瞬、本物の感動が浮かんだ。しかし、すぐにいつもの皮肉な笑みに変わった。

『礼など要らない。これも退屈しのぎさ』

しかし、彼が背を向けた後の表情には、深い満足感があった。

ヘルガ博士が心理分析を加えた。

「イールにとって、物質的な報酬は意味がなかった。彼が求めていたのは、自分の努力が認められること。たとえわずかでも」

山田が技術的な総括をした。

「結局、すべての宝物には学習機能があった。使用者を監視し、導き、時には制限する」

香川教授も同意した。

「現代のAIの概念を、3000年前に実現していた。しかも、倫理的な判断まで組み込んで」

斎藤博士が医学的な懸念を示した。

「でも、常に監視され、判断される。それは精神的な負担にもなったはずです」

「その通りだ」

ドヴァリンは頷いた。

「宝物は祝福であり、同時に呪いでもあった。力には必ず代償が伴う」

最後の映像は、贈呈式の夜の様子だった。神々はそれぞれ自室に戻り、新しい宝物と向き合っている。

オーディンは、グングニルと無言の対話を続けていた。トールは、ミョルニルの重さを確かめるように、何度も持ち上げていた。フレイは、小さくなった船を手のひらで転がしながら、未来の使い道を考えていた。

そして、イールは一人、屋上で夜空を見上げていた。

『第一段階は完了した』

彼の独白が記録されていた。

『神々は力を得た。次は、その力を正しく使うことを学ばねばならない。そのための...新たな試練を』

賢吾が深い感慨を持って言った。

「宝物は、ただの始まりだったんですね」

「そうだ」

ドヴァリンが締めくくった。

「真の試練は、力を得た後に始まる。そして、イールはそのすべてを見守り、導き続けた」

一同は、神々への贈り物に込められた深い意図と、それがもたらした責任の重さを、改めて理解した。力は決して無償では与えられない。それは、人類が今も学び続けている教訓だった。

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