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第3部 2章:イールの告⽩
第90話:失敗の連続
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山田とリンドバーグ教授の救出から5日目。ドワーフの地下都市は、新たな段階の研究活動で活気づいていた。
蒼から提供されたデータの解析により、ヴァルキューレ・コーポレーションの脅威がより具体的になる中、賢吾たちはイールの書から明かされる、もう一つの真実に直面していた。
それは、イールの輝かしい成功の裏に隠された、数多くの失敗の記録だった。
朝の研究室。山田が新たに構築したセキュリティシステムが稼働し、外部からの侵入を完全に遮断している。その安全な環境の中で、イールの書は重い真実を明かし始めた。
イールの書から立ち上がるホログラムは、これまでとは異なる雰囲気を帯びていた。誇らしげな成功談ではなく、深い後悔と自責の念に満ちた記録。そこには、イールが「失敗作」と呼んだ存在たちの悲劇が刻まれていた。
「フェンリルは最大の失敗」
イールの後悔が、震える文字となって空中に浮かび上がった。そして、フェンリル誕生の記録が再生され始めた。
最初の映像は、愛らしい子狼の姿だった。銀色の毛並みを持ち、知的な瞳で周囲を見回している。イールが優しく頭を撫でると、フェンリルは嬉しそうに尻尾を振った。
「最初は完璧だった」
イールの記録が続く。
「知的で、優しい性質。言葉を理解し、感情豊かで、何より人類を守りたいという本能を持っていた」
しかし、成長と共に異変が起き始めた。
「遺伝子プログラムの暴走」
技術的な記録が表示された。
「成長ホルモンの制御不能。攻撃本能の異常増幅。知性の低下」
映像は、日に日に巨大化し、凶暴化していくフェンリルの姿を映し出した。かつての愛らしい瞳は、制御不能な怒りに燃えていた。
「強すぎる力、制御できない憎悪」
イールの声は苦痛に満ちていた。
「私の設計ミスが、あの子を怪物にした。愛情を注いで育てた子が、破壊の化身となってしまった」
斎藤博士が医学的な分析を加えた。救出作戦で覚醒した能力により、分子レベルでの解析が可能になっていた。
「これは遺伝子工学でよくある問題です」
斎藤博士は、データを詳細に分析しながら説明した。
「複雑なシステムは、予測不能な方向に進化する。特に、複数の種の遺伝子を組み合わせた場合、相互作用が計算を超えることがある」
山田が技術的な補足を加えた。
「現代のAI開発でも同じ問題に直面しています」
山田は、自身の研究と比較しながら語った。
「高度な学習能力を持たせると、想定外の方向に進化することがある。イールは3000年前に、同じ壁にぶつかっていた」
「ヨルムンガンドも同様だった」
ドヴァリンが続けて、世界蛇の記録を示した。
「海を守るはずが、海を支配する存在に」
ドヴァリンの声には、当時を知る者としての重みがあった。
「自己進化が予想を超えた」
ヨルムンガンドの設計図が表示された。本来は、海洋生態系を守る生体防衛システムとして設計されていた。海の汚染を浄化し、侵入者を排除する。しかし、その自己進化プログラムが暴走した。
「最初は数メートルだった」
記録映像が始まる。
「しかし、海中の資源を吸収し続け、制限なく成長。やがて地球を一周するほどの巨体に」
さらに問題だったのは、ヨルムンガンドが独自の意識を発達させたことだった。
「彼は孤独だった」
イールの記録は続く。
「海の中でたった一人。仲間もなく、理解者もいない。その孤独が、怒りへと変わっていった」
リンドバーグ教授が哲学的な考察を加えた。
「知性を持つということは、孤独を理解するということでもある」
教授は、深い同情を示しながら語った。
「ヨルムンガンドは、自分が唯一無二の存在であることを理解してしまった」
ヘルの失敗も、別の形で現れた。
「半分生き、半分死んでいる」
イールは三人目の「子供」について語った。
「生と死の境界を制御しようとした結果、どちらにも属さない存在を生み出してしまった」
ヘルは、本来は人類の遺伝情報を保存し、必要に応じて再生するシステムの管理者となるはずだった。しかし、生と死の狭間に置かれた彼女は、深い虚無感に囚われていった。
美咲が同情的な意見を述べた。
「でも、これは本当に失敗でしょうか」
美咲は、医師としての視点から語った。
「確かに当初の計画とは違った。でも、彼らは彼らなりの存在意義を見出したのでは」
蒼から提供されたデータと照合すると、興味深い事実が判明した。
「ヴァルキューレ・コーポレーションは」
香川教授が発見を共有した。
「フェンリル計画という名前で、人工的に覚醒者を強化しようとしています。イールと同じ過ちを繰り返そうとしている」
エイリークが重要な指摘をした。
「イールは諦めなかった」
エイリークの金色の瞳が、決意に輝いた。
「失敗から学び、次の計画を立てる。その執念は凄まじい」
実際、イールの記録には、失敗を糧にした改良の痕跡が無数に残されていた。
フェンリルの暴走から、力の制御の重要性を学び、トールのミョルニルに安全装置を組み込んだ。
ヨルムンガンドの孤独から、神々に仲間や家族の重要性を教えた。
ヘルの虚無から、生きることの意味を深く考察し、それを神話に織り込んだ。
「なぜそこまで?」
賢吾の問いに、ドヴァリンが深い洞察を示した。
「おそらく、アサとの約束があったから」
老ドワーフは、遠い記憶を辿るように語った。
「あの少女を救った時、イールは誓ったのだろう。人類を守ると。その約束が、すべての失敗を乗り越える原動力となった」
香川教授が哲学的な考察を加えた。
「失敗は成功の母という言葉がありますが、イールの場合は文字通りでした。失敗作と呼ばれた子供たちも、最終的には人類の運命に重要な役割を果たすことになる」
実際、イールの記録の最後には、希望に満ちた一節があった。
「彼らを怪物と呼ぶ者もいるだろう。しかし、私にとっては永遠に愛する子供たちだ。いつか、彼らが真の役割を果たす時が来ることを信じている」
ヘルガ博士が心理学的な分析を加えた。博士は救出作戦後、正式に研究チームの中核メンバーとなっていた。
「イールは、完璧主義者ではありませんでした。むしろ、失敗を受け入れ、そこから学ぶ柔軟性を持っていた。それが、3000年という長期計画を可能にした」
山田が重要な発見をした。
「見てください」
山田は、データの相関関係を示した。
「イールの失敗の多くは、『感情』を持たせようとした時に起きています。でも、彼は決して感情を排除しようとはしなかった」
「そう」
賢吾が理解を深めた。
「地球外生命体なら、失敗の原因である感情を取り除いただろう。でも、イールは違った。感情こそが、生命の本質だと信じていたから」
斎藤博士が付け加えた。
「現代医学でも同じジレンマに直面しています。完璧な治療を追求すると、人間性を失う危険がある。イールは、その危険を3000年前に理解していた」
賢吾は仲間たちを見回した。救出作戦の成功により、チーム全体の士気は高まっていた。
「失敗の連続」
賢吾は深い感慨を込めて語った。
「でも、それでも前に進み続けた。我々も同じだ。ヴァルキューレとの戦いで失敗することもあるだろう。でも、挑戦し続けることが重要だ」
エイリークが力強く頷いた。
「イールの最大の遺産は、成功ではなく、失敗から立ち上がる勇気かもしれない」
失敗は成功の母。しかし、その代償を払うのは罪のない者たちだった。それでも、イールは歩みを止めなかった。人類への愛と、アサとの約束が、彼を前へと進ませ続けた。そして今、その意志は賢吾たちに受け継がれていた。救出作戦の成功は、その証明だった。次なる挑戦に向けて、彼らは失敗を恐れることなく前進する決意を新たにした。
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それは、イールの輝かしい成功の裏に隠された、数多くの失敗の記録だった。
朝の研究室。山田が新たに構築したセキュリティシステムが稼働し、外部からの侵入を完全に遮断している。その安全な環境の中で、イールの書は重い真実を明かし始めた。
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イールの後悔が、震える文字となって空中に浮かび上がった。そして、フェンリル誕生の記録が再生され始めた。
最初の映像は、愛らしい子狼の姿だった。銀色の毛並みを持ち、知的な瞳で周囲を見回している。イールが優しく頭を撫でると、フェンリルは嬉しそうに尻尾を振った。
「最初は完璧だった」
イールの記録が続く。
「知的で、優しい性質。言葉を理解し、感情豊かで、何より人類を守りたいという本能を持っていた」
しかし、成長と共に異変が起き始めた。
「遺伝子プログラムの暴走」
技術的な記録が表示された。
「成長ホルモンの制御不能。攻撃本能の異常増幅。知性の低下」
映像は、日に日に巨大化し、凶暴化していくフェンリルの姿を映し出した。かつての愛らしい瞳は、制御不能な怒りに燃えていた。
「強すぎる力、制御できない憎悪」
イールの声は苦痛に満ちていた。
「私の設計ミスが、あの子を怪物にした。愛情を注いで育てた子が、破壊の化身となってしまった」
斎藤博士が医学的な分析を加えた。救出作戦で覚醒した能力により、分子レベルでの解析が可能になっていた。
「これは遺伝子工学でよくある問題です」
斎藤博士は、データを詳細に分析しながら説明した。
「複雑なシステムは、予測不能な方向に進化する。特に、複数の種の遺伝子を組み合わせた場合、相互作用が計算を超えることがある」
山田が技術的な補足を加えた。
「現代のAI開発でも同じ問題に直面しています」
山田は、自身の研究と比較しながら語った。
「高度な学習能力を持たせると、想定外の方向に進化することがある。イールは3000年前に、同じ壁にぶつかっていた」
「ヨルムンガンドも同様だった」
ドヴァリンが続けて、世界蛇の記録を示した。
「海を守るはずが、海を支配する存在に」
ドヴァリンの声には、当時を知る者としての重みがあった。
「自己進化が予想を超えた」
ヨルムンガンドの設計図が表示された。本来は、海洋生態系を守る生体防衛システムとして設計されていた。海の汚染を浄化し、侵入者を排除する。しかし、その自己進化プログラムが暴走した。
「最初は数メートルだった」
記録映像が始まる。
「しかし、海中の資源を吸収し続け、制限なく成長。やがて地球を一周するほどの巨体に」
さらに問題だったのは、ヨルムンガンドが独自の意識を発達させたことだった。
「彼は孤独だった」
イールの記録は続く。
「海の中でたった一人。仲間もなく、理解者もいない。その孤独が、怒りへと変わっていった」
リンドバーグ教授が哲学的な考察を加えた。
「知性を持つということは、孤独を理解するということでもある」
教授は、深い同情を示しながら語った。
「ヨルムンガンドは、自分が唯一無二の存在であることを理解してしまった」
ヘルの失敗も、別の形で現れた。
「半分生き、半分死んでいる」
イールは三人目の「子供」について語った。
「生と死の境界を制御しようとした結果、どちらにも属さない存在を生み出してしまった」
ヘルは、本来は人類の遺伝情報を保存し、必要に応じて再生するシステムの管理者となるはずだった。しかし、生と死の狭間に置かれた彼女は、深い虚無感に囚われていった。
美咲が同情的な意見を述べた。
「でも、これは本当に失敗でしょうか」
美咲は、医師としての視点から語った。
「確かに当初の計画とは違った。でも、彼らは彼らなりの存在意義を見出したのでは」
蒼から提供されたデータと照合すると、興味深い事実が判明した。
「ヴァルキューレ・コーポレーションは」
香川教授が発見を共有した。
「フェンリル計画という名前で、人工的に覚醒者を強化しようとしています。イールと同じ過ちを繰り返そうとしている」
エイリークが重要な指摘をした。
「イールは諦めなかった」
エイリークの金色の瞳が、決意に輝いた。
「失敗から学び、次の計画を立てる。その執念は凄まじい」
実際、イールの記録には、失敗を糧にした改良の痕跡が無数に残されていた。
フェンリルの暴走から、力の制御の重要性を学び、トールのミョルニルに安全装置を組み込んだ。
ヨルムンガンドの孤独から、神々に仲間や家族の重要性を教えた。
ヘルの虚無から、生きることの意味を深く考察し、それを神話に織り込んだ。
「なぜそこまで?」
賢吾の問いに、ドヴァリンが深い洞察を示した。
「おそらく、アサとの約束があったから」
老ドワーフは、遠い記憶を辿るように語った。
「あの少女を救った時、イールは誓ったのだろう。人類を守ると。その約束が、すべての失敗を乗り越える原動力となった」
香川教授が哲学的な考察を加えた。
「失敗は成功の母という言葉がありますが、イールの場合は文字通りでした。失敗作と呼ばれた子供たちも、最終的には人類の運命に重要な役割を果たすことになる」
実際、イールの記録の最後には、希望に満ちた一節があった。
「彼らを怪物と呼ぶ者もいるだろう。しかし、私にとっては永遠に愛する子供たちだ。いつか、彼らが真の役割を果たす時が来ることを信じている」
ヘルガ博士が心理学的な分析を加えた。博士は救出作戦後、正式に研究チームの中核メンバーとなっていた。
「イールは、完璧主義者ではありませんでした。むしろ、失敗を受け入れ、そこから学ぶ柔軟性を持っていた。それが、3000年という長期計画を可能にした」
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「見てください」
山田は、データの相関関係を示した。
「イールの失敗の多くは、『感情』を持たせようとした時に起きています。でも、彼は決して感情を排除しようとはしなかった」
「そう」
賢吾が理解を深めた。
「地球外生命体なら、失敗の原因である感情を取り除いただろう。でも、イールは違った。感情こそが、生命の本質だと信じていたから」
斎藤博士が付け加えた。
「現代医学でも同じジレンマに直面しています。完璧な治療を追求すると、人間性を失う危険がある。イールは、その危険を3000年前に理解していた」
賢吾は仲間たちを見回した。救出作戦の成功により、チーム全体の士気は高まっていた。
「失敗の連続」
賢吾は深い感慨を込めて語った。
「でも、それでも前に進み続けた。我々も同じだ。ヴァルキューレとの戦いで失敗することもあるだろう。でも、挑戦し続けることが重要だ」
エイリークが力強く頷いた。
「イールの最大の遺産は、成功ではなく、失敗から立ち上がる勇気かもしれない」
失敗は成功の母。しかし、その代償を払うのは罪のない者たちだった。それでも、イールは歩みを止めなかった。人類への愛と、アサとの約束が、彼を前へと進ませ続けた。そして今、その意志は賢吾たちに受け継がれていた。救出作戦の成功は、その証明だった。次なる挑戦に向けて、彼らは失敗を恐れることなく前進する決意を新たにした。
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