イールの書〜神々の⻩昏、⼈類の夜明け〜

なぎ

文字の大きさ

大中小

93 / 152

第3部 3章：怪物たちの真実

第93話：対抗戦力の必要性

しおりを挟む

山田とリンドバーグ教授の救出から8日目。二人が持ち帰った政府施設のデータと、蒼から提供されたヴァルキューレ・コーポレーションの計画書を照合すると、恐ろしい事実が判明した。

両組織とも、イールの研究を歪んだ形で再現しようとしていた。その中で、賢吾たちはイールの書から、なぜ「怪物」と呼ばれる子供たちが作られたのか、その真の理由を知ることになった。

朝の戦略会議。救出作戦の成功により士気は高まっていたが、敵の計画の全貌が明らかになるにつれ、その表情には緊張が走っていた。

「これを見てください」

山田が、解析したデータをメインスクリーンに表示した。

「政府とヴァルキューレ、両方が同じ結論に達しています。通常の覚醒者では、火星からの脅威に対抗できない」

画面には、シミュレーション結果が表示されていた。スルトと呼ばれる火星の脅威に対し、現在の人類の技術と覚醒者の能力では、勝率は0.3%以下。絶望的な数字だった。

「だから彼らは」

リンドバーグ教授が苦い表情で続けた。

「イールの『子供たち』を再現しようとしている。フェンリル計画、ヨルムンガンド計画、そしてヘル計画」

賢吾はイールの書を開き、該当する部分を探した。すると、これまで読めなかった新たなページが姿を現した。救出作戦での経験が、さらなる覚醒を促したようだった。

イールの書から立ち上がるホログラムは、3000年前の戦略会議室を映し出した。そこでは、イールが地球外生命体の上級管理者たちと激論を交わしていた。

「ラグナロクは必然」

イールの声が響いた。その表情は、これまで見たどの記録よりも深刻だった。

「母星からの最終査定が近い。地球の実験が『失敗』と判定されれば、すべてが消去される。その前に、対抗手段を用意しなければならない」

上級管理者の一人が反論した。

「なぜそこまでする？我々は次の星系へ移動すればいい」

「私は移動しない」

イールの声は断固としていた。

「この星と、この星の生命を守る」

別の管理者が嘲笑した。

「感情に囚われたか。やはり欠陥個体だ」

しかし、イールは動じなかった。代わりに、詳細な戦略分析を提示した。

「地球外生命体の技術に、人類の技術では対抗できない」

ホログラムが立体的な戦術図を表示した。

「エネルギー兵器、重力制御、時空操作。すべてにおいて、桁違いの差がある」

「だから？」

「別のアプローチが必要だ」

イールは三つの設計図を示した。

「生物学的優位性で対抗する」

フェンリル計画の設計図が拡大された。

「対巨人決戦生物兵器」という名称が記されていた。地球外生命体の装甲を貫ける牙と爪。その再生能力を上回る破壊力。

「物理的な力では、これが限界です」

斎藤博士が現代の知識で分析した。

「しかし、確かに地球外生命体の防御を突破できる設計です」

「ヨルムンガンドは」

山田が次の設計図を解析した。

「海洋防衛システム。地球を取り巻く生体バリア。なるほど、海という地球最大の領域を味方につける発想か」

設計図には、信じがたい規模のシステムが描かれていた。海流を利用した情報ネットワーク、海洋生物との共生システム、そして惑星規模の防御機構。

「これは単なる巨大生物じゃない」

香川教授が驚嘆した。

「生きた惑星防衛システムだ」

「ヘルは」

斎藤博士が三つ目の設計図に息を呑んだ。

「人類の遺伝子バンク。死者の情報を保存し、必要なら再生する。つまり、人類が滅んでも復活できる保険」

美咲が倫理的な問題を指摘した。

「でも、これは死者の尊厳を...」

「分かっている」

イールの記録が続いた。

「だから、ヘルには『選択』を与えた。保存するかどうかは、彼女の判断に委ねる」

ドヴァリンが重要な事実を付け加えた。

「つまり、三体とも人類を守るための存在だった」

老ドワーフの表情は複雑だった。

「しかし、イールは制御方法を確立できなかった」

ホログラムは、イールの苦悩を映し出した。

「完璧な設計などない」

イールの独白が響いた。

「特に、生命を扱う時は。予測不能な進化、制御不能な成長。それでも、やるしかない」

エイリークが現代との関連を指摘した。

「でも、彼らは今も生きている」

エイリークの金色の瞳が輝いた。

「フェンリルは北欧の地下深くに封印され、ヨルムンガンドは深海で眠り、ヘルは南極近くの施設にいるという伝承がある」

「もしかしたら」

賢吾が可能性を示唆した。

「ラグナロクで真の役割を果たすかもしれない」

山田が新たな発見を共有した。

「蒼のデータによると、ヴァルキューレ・コーポレーションは既にこれらの存在の捜索を始めています。もし彼らが先に見つけたら...」

「支配の道具にされる」

リンドバーグ教授が警告した。

「イールの意図とは正反対の使われ方をする」

香川教授が戦略的な提案をした。

「我々が先に見つけるべきです。そして、本来の目的を伝える。彼らは怪物ではなく、人類の守護者なのだと」

斎藤博士が医学的な懸念を示した。

「しかし、3000年の封印や孤独が、彼らの精神にどんな影響を与えたか...」

「それでも試すべきだ」

賢吾が決意を示した。

「イールが信じた可能性を、我々も信じる」

ヘルガ博士が心理学的な準備を提案した。

「もし接触するなら、慎重に。彼らにとって、人類は自分たちを恐れ、封印した存在。その記憶を癒すことから始めなければ」

美咲が希望を込めて言った。

「でも、彼らがイールの真意を知れば...」

「協力してくれるかもしれない」

エイリークが同意した。

「問題は、どうやって真意を証明するか」

その答えは、イールの書が示していた。新たなページが開き、三体それぞれとの「認証コード」が表示された。それは、親子の間でしか知りえない、個人的な思い出に基づいていた。

「これなら」

ドヴァリンが頷いた。

「彼らも、イールの意志を継ぐ者だと認めるだろう」

怪物は守護者だった。しかし、それを理解する者はいなかった。3000年の時を経て、ようやくその真実が明らかになった。そして今、彼らを見つけ出し、本来の使命を果たしてもらう時が来た。救出作戦の成功が証明したように、諦めなければ道は開ける。次なる挑戦が、賢吾たちを待っていた。

しおりを挟む