イールの書〜神々の⻩昏、⼈類の夜明け〜

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第3部 3章：怪物たちの真実

第95話：ヨルムンガンド・システム

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山田とリンドバーグ教授の救出から10日目。

フェンリル計画の全貌を理解した翌日、賢吾たちは次なる謎、ヨルムンガンド・システムの解読に取り組んでいた。世界蛇と呼ばれる存在の真の姿は、想像を超えたものだった。

朝の研究会議。山田は徹夜で解析を続けており、その目は充血していたが、興奮で輝いていた。

「これを見てください」

山田が3Dホログラムを起動した。

「ヨルムンガンド・システムの全体像です。これは蛇ではなく、地球規模のニューラルネットワーク。海流に沿って情報を伝達する、生きた惑星防衛システムです」

ホログラムには、地球を包み込む巨大な網のような構造が表示されていた。それは海流の流れと完全に一致し、まるで地球の血管系のようだった。

「生体量子コンピューター」

香川教授が設計図を解析しながら驚嘆した。

「理論的には可能ですが、これほどの規模で実装するなんて...」

イールの書から、新たな記録が投影された。それは、イールとアングルボザの共同研究の様子だった。

「地球の海を一つの生命体として機能させる」

イールの説明が始まった。アングルボザは、生体工学の専門家として、重要な役割を果たしていた。

「外敵の侵入を感知し、自動的に防衛する。海は地球表面の70%を占める。これを味方につければ、惑星規模の防衛網が完成する」

設計図には、信じがたいほど精密な計算が記されていた。海水の塩分濃度、温度差、圧力変化、すべてを利用した情報伝達システム。

「しかし、問題が」

ドヴァリンが指摘する。

「自己進化プログラムが暴走。設計時の1万倍以上に巨大化した」

実際の観測データが表示された。ヨルムンガンドの成長曲線は、指数関数的に上昇していた。

「最初は100メートル程度だった」

記録には成長過程が詳細に記されていた。

「しかし、海中の資源を吸収し続け、わずか3年で地球を一周する長さに」

美咲が医学的な観点から分析した。

「細胞の自己複製に制限がなかった」

美咲は、顕微鏡レベルの映像を見ながら説明した。

「通常の生物にはテロメアという寿命制限があるが、ヨルムンガンドにはそれがない」

さらに興味深い発見があった。

「世界中の海洋生物がヨルムンガンドと何らかの共鳴をしています」

リンドバーグ教授が古い記録と現代のデータを照合した。

「鯨の異常行動、魚群の不自然な移動、深海生物の活性化。すべてヨルムンガンドの影響かもしれません」

山田が新たなデータを表示した。

「蒼から提供された情報によると」

山田は、ヴァルキューレの機密文書を開いた。

「彼らも海洋異常に気づいていて、『プロジェクト・リヴァイアサン』という名前で調査している」

「最も興味深いのは」

エイリークが重要な指摘をした。

「ヨルムンガンドが人類を敵と認識していないこと。むしろ、守ろうとしている節がある」

実際、過去100年間の海難事故のデータを分析すると、奇妙なパターンが見つかった。

「原因不明の生還例が多すぎる」

香川教授がグラフを示した。

「統計的にありえない確率で、遭難者が助かっている。まるで、何かが意図的に救助しているかのような...」

イールの書は、ヨルムンガンドの知性について詳しく記していた。

「彼は孤独だった」

イールの日記が表示された。それは、フェンリルの時と同じように、親としての視点で書かれていた。

「体は巨大でも、心は子供。海の中でたった一人。仲間もなく、理解者もいない。その孤独が、時に異常行動として現れる」

ホログラムは、幼いヨルムンガンドの映像を映し出した。手のひらサイズの美しい蛇が、イールの腕に巻き付いて甘えている。

「お父さん、離れたくない」

幼い声が記録されていた。

ドヴァリンが悲しげに語った。

「イールは、ヨルムンガンドを海に放つ時、泣いていた。必要だと分かっていても、我が子を孤独な運命に送り出す親の苦しみは...」

斎藤博士が重要な発見をした。

「ヨルムンガンドのDNA構造を見てください」

博士は、覚醒した能力で分子構造を視覚化した。

「これは...共生を前提とした設計です。他の生命体と融合できる」

「つまり」

賢吾が理解を深めた。

「ヨルムンガンドは、海洋生物すべてと一体化しようとしている？」

「その通りです」

香川教授が確認した。

「孤独を癒すため、そして防衛網を完成させるため。彼は海そのものになろうとしている」

ヘルガ博士が心理学的な分析を加えた。

「巨大な体に閉じ込められた子供の心」

博士の声は同情的だった。

「コミュニケーションを取りたくても、その巨大さゆえに恐れられる。古典的な疎外の構造です」

エイリークが戦略的な提案をした。

「もしヨルムンガンドと意思疎通ができれば」

エイリークの金色の瞳が輝いた。

「地球最大の味方を得ることになる」

「問題は、どうやってコミュニケーションを取るか」

美咲が現実的な課題を指摘した。

その答えは、イールの書にあった。

「音波共鳴周波数」

山田が興奮気味に読み上げた。

「52ヘルツ。世界一孤独な鯨と同じ周波数だ」

「まさか」

リンドバーグ教授が気づいた。

「あの鯨は、ヨルムンガンドとコミュニケーションを取ろうとしていた？」

イールの最後の記録が表示された。

「ヨルムンガンドへ。お前は一人ではない。海のすべてがお前の家族だ。そして、いつか陸の者たちも、お前を理解する日が来る。その時まで、待っていてくれ」

賢吾は深い決意を込めて立ち上がった。

「次は海だ」

賢吾の声は静かだが、強い意志に満ちていた。

「ヨルムンガンドに会いに行く。そして、3000年の孤独を終わらせる」

巨大すぎる守護者。それが、制御不能になった理由だった。しかし、その本質は、愛されたいと願う孤独な子供。救出作戦で団結の力を知った今、次は世界最大の存在との対話に挑む時が来た。それは、地球の運命を左右する出会いになるはずだった。

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