イールの書〜神々の⻩昏、⼈類の夜明け〜

なぎ

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第3部 4章：最終準備

第99話：企業の暗躍

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リンドバーグ教授の救出から数日後、彼が監禁中に入手した情報が、賢吾たちに新たな脅威の存在を明らかにした。それは、人類の中から生まれた、もう一つの危機だった。

会議室の雰囲気は重苦しかった。リンドバーグ教授は、まだ監禁の疲労が残る体で、しかし確固とした声で報告を始めた。

「民間軍事企業が、覚醒者を集めています」

リンドバーグ教授の言葉に、全員が注目した。彼の手には、命がけで入手した企業の内部資料が握られていた。

画面に、洗練された企業ロゴが表示された。北欧神話の戦乙女を模したデザイン。その下には、企業名が刻まれていた。

「ヴァルキューレ・コーポレーション」

リンドバーグ教授が説明を続けた。

「表向きは国際的なセキュリティ会社です。要人警護、企業防衛、リスク管理。しかし、実際は...」

次の画面には、衝撃的な映像が映し出された。訓練施設で、常人離れした動きを見せる兵士たち。弾丸を素手で掴み、一跳びで10メートルの壁を越え、素手でコンクリートを粉砕する。

「覚醒者の傭兵部隊を編成している」

リンドバーグ教授の声には、怒りが滲んでいた。

「彼らは、覚醒者を兵器として利用している」

さらに衝撃的な事実が明らかになった。

「CEOは」

リンドバーグ教授が写真を示す。金髪碧眼の美しい女性。しかし、その瞳には冷酷な光が宿っていた。

「フレイヤ・ヴァンディス。ヴァン神族の血を引く者です」

エイリークの表情が険しくなった。

「ヴァンディス家...」

エイリークは、その名を知っていた。

「北欧の古い家系です。しかし、まさか...」

リンドバーグ教授が続けた。

「しかし、彼女は歪んだ選民思想に取り憑かれている」

企業の内部文書が表示された。そこには、恐ろしい思想が記されていた。

「覚醒者は新人類である。我々は、進化の次段階に到達した選ばれし者。旧人類を導き、必要であれば支配する権利と義務がある」

「旧人類は、我々に奉仕することで、その存在価値を見出すべきである」

「弱者は淘汰され、強者が生き残る。それが自然の摂理」

美咲が嫌悪感を露わにした。

「これは...某国の優生思想と同じじゃないですか」

エイリークが諜報網から得た情報を共有した。

「すでに各国の紛争地帯で、ヴァルキューレの傭兵が目撃されています」

エイリークは、世界地図に赤い点をプロットしていった。

「アフリカ、東南アジア。通常兵器では対抗不能な戦闘力で、戦況を一変させている」

映像証拠も存在した。アフリカのある紛争地帯で撮影された戦闘映像。ヴァルキューレの傭兵たちは、まるで神話の戦士のように戦っていた。銃弾を避け、素手で戦車を破壊し、一人で小隊を壊滅させる。

「彼らは、戦争をビジネスにしている」

エイリークの声には、深い憤りが込められていた。

「覚醒者の力を、破壊と殺戮に使っている」

美咲が、さらに恐ろしい事実を明らかにした。

「医療データを入手しました」

美咲は、複雑な医学データを表示した。

「彼らは覚醒者に特殊な薬物を投与しています。能力を一時的に増幅させる代わりに...」

データが示す結果は衝撃的だった。

「寿命を著しく縮めています」

美咲の声は震えていた。

「通常なら100年以上生きられる覚醒者が、この薬物の使用で10年も持たない。彼らは、文字通り命を燃やして戦っている」

さらに詳しい分析結果が表示された。

「薬物の成分を解析しました」

斎藤博士が説明を引き継いだ。

「地球外生命体の技術を応用した、極めて高度な生体改造薬です。しかし、人体への負担は...」

グラフは、薬物使用者の生体データの劇的な変化を示していた。筋力は5倍、反射速度は10倍、しかし細胞の老化速度は50倍。

「使い捨ての兵士」

斎藤博士の声には、医師としての怒りが込められていた。

「これは、人道に対する罪です」

マグナスが拳を震わせながら立ち上がった。

「本末転倒だ！」

マグナスの怒声が会議室に響いた。

「力は守るためのもの。金儲けの道具じゃない！」

香川教授が、企業の技術力について分析した。

「彼らは、どこでこの技術を...」

香川教授の疑問に、リンドバーグ教授が答えた。

「ヴァルハラ・プロトコルからの離反者です」

リンドバーグ教授は、さらなる資料を示した。

「政府組織から技術と情報を持ち出した科学者たちが、ヴァルキューレに協力している」

山田が、企業のサーバーから盗み出したデータを解析した。

「顧客リストを入手しました」

山田の顔が青ざめた。

「独裁政権、テロ組織、マフィア...金さえ払えば、誰にでも覚醒者の戦士を提供している」

さらに恐ろしいのは、企業の将来計画だった。

「フェーズ3計画」という文書が表示された。

「世界の覚醒者の50%を支配下に置く」

「各国政府への浸透を進め、影の支配者となる」

「最終的には、覚醒者による新世界秩序の確立」

賢吾が重い口を開いた。

「これは、イールが最も恐れていた事態です」

賢吾は、イールの書の一節を思い出していた。

「力を持つ者が、その力に溺れ、支配者となる。それは、地球外生命体と同じ過ちを繰り返すこと」

ヘルガ博士が心理学的な分析を加えた。

「フレイヤ・ヴァンディスは、典型的なメサイアコンプレックスです」

ヘルガ博士の分析は鋭かった。

「自分を救世主と思い込み、その妄想を実現するために他者を犠牲にする」

しかし、最も深刻な問題は別にあった。

「彼らは、多くの若い覚醒者を勧誘しています」

エイリークが懸念を示した。

「力に目覚めたばかりで、その意味を理解していない若者たち。彼らは、ヴァルキューレの甘い言葉に簡単に騙される」

実際、ヴァルキューレのプロパガンダ動画が存在した。

「君は選ばれし者だ」

「その力を無駄にするな」

「我々と共に、新しい世界を作ろう」

洗練された映像と、巧妙な心理操作。多くの若い覚醒者が、この罠に落ちていた。

新たな敵の出現。それは、外からの脅威ではなく、人類の中から生まれた脅威だった。

エイリークが決意を新たにした。

「我々は、二つの戦線で戦わなければならない」

エイリークの金色の瞳が、決意に燃えていた。

「火星からの脅威と、そして人類の中の脅威と」

賢吾も同意した。

「ヴァルキューレは、覚醒者の本当の使命を歪めている」

賢吾の声は、静かだが力強かった。

「我々は、正しい道を示さなければならない。力は支配のためではなく、守護のためにあることを」

マグナスが提案した。

「若い覚醒者たちを、我々が保護し、教育する必要がある」

マグナスの巨体から、保護者としての威厳が放たれた。

「ヴァルキューレの毒牙から、彼らを守らなければ」

人類の中から生まれた脅威。それは、ある意味で地球外生命体よりも厄介な敵かもしれなかった。なぜなら、彼らは人類の弱さと欲望を知り尽くしているから。

しかし、賢吾たちは諦めなかった。イールが信じた人類の可能性を、彼らもまた信じていたから。

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