The bloody rase

奈波実璃

文字の大きさ
6 / 13

しおりを挟む
 その予感の的中を伝えたのは、他ならぬアウグストであった。
「リーベ、話があるんだ」
 リーベは従兄のいつになく真剣な様子に、怪訝そうに顔を上げた。
「俺、今度結婚するんだ」
 アウグストの表情は、次に続いた彼自身の言葉で明るく晴れていった。
「それは本当ですか? これは盛大に祝いの席を設けなければいけませんね。それで、相手は……」
 はにかむアウグストに、リーベは期待に満ちた眼差しを向けた。
「セーレだよ……君の幼馴染の」
 アウグストに告げられた名前に、リーベは雷に撃たれたように硬直させられたのだ。
 そんなリーベの様子に気がつかないまま、アウグストはさらに続けた。
「ほら、数か月前……だったかな。中庭で初めて近くで彼女を見た時、すっかり心を奪われてしまったんだ。そりゃ、最初は家の人たちに反対されたし、セーレも中々靡いてくれなかったし……けど、頑張って両親を説得して、彼女を口説いて……やっと昨日、正式に婚約が決まったんだ」
 アウグストの言葉は、上の空のリーベには届かなかった。

「それじゃ式の詳細が決まったら、改めて招待状を書くよ。また」
 アウグストはそう言って、執務室を後にした。


 残されたリーベは、ただ茫然と立っていることしかできないでいた。
 次第に、天地がかき混ぜられるような強いめまいが彼を襲い、つんざくような耳鳴りが響きだした。
 リーベはその衝撃に、体を支えるように思わず机に手をついた。
 けれど彼の体は、机の上のインクや書類を床に散乱させながら倒れてしまった。
(セーレが……アウグストと……)
 カーペットに広がるインクの染みを見つめるリーベの脳内には、ただその言葉だけが駆け巡る。
 ただ、その事実だけがリーベを苛むのだ。

「失礼します。リーベ様」
 リーベはノックの音に我に返った。その声の主は、彼の執事であるということにはすぐに思い立った。
「……インクの瓶を落としてしまった。片づけるものを持ってきてくれ」
 リーベはそれでも、あくまでも気丈に振る舞った。
 扉の向こうから、執事の了解した旨を告げる声が聞こえ、足早にかける足音が遠ざかっていく。

 リーベは痛む頭を押さえながら、無理やり体を起こす。
 彼は机に寄り掛かり、大きな窓の外を眺めた。
 冬の気配の近づく中庭は木枯らしが吹きすさび、生命の気配は消え失せていた。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

一番でなくとも

Rj
恋愛
婚約者が恋に落ちたのは親友だった。一番大切な存在になれない私。それでも私は幸せになる。 全九話。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

行かないで、と言ったでしょう?

松本雀
恋愛
誰よりも愛した婚約者アルノーは、華やかな令嬢エリザベートばかりを大切にした。 病に臥せったアリシアの「行かないで」――必死に願ったその声すら、届かなかった。 壊れた心を抱え、療養の為訪れた辺境の地。そこで待っていたのは、氷のように冷たい辺境伯エーヴェルト。 人を信じることをやめた令嬢アリシアと愛を知らず、誰にも心を許さなかったエーヴェルト。 スノードロップの咲く庭で、静かに寄り添い、ふたりは少しずつ、互いの孤独を溶かしあっていく。 これは、春を信じられなかったふたりが、 長い冬を越えた果てに見つけた、たったひとつの物語。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

処理中です...