The bloody rase

奈波実璃

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 その予感の的中を伝えたのは、他ならぬアウグストであった。
「リーベ、話があるんだ」
 リーベは従兄のいつになく真剣な様子に、怪訝そうに顔を上げた。
「俺、今度結婚するんだ」
 アウグストの表情は、次に続いた彼自身の言葉で明るく晴れていった。
「それは本当ですか? これは盛大に祝いの席を設けなければいけませんね。それで、相手は……」
 はにかむアウグストに、リーベは期待に満ちた眼差しを向けた。
「セーレだよ……君の幼馴染の」
 アウグストに告げられた名前に、リーベは雷に撃たれたように硬直させられたのだ。
 そんなリーベの様子に気がつかないまま、アウグストはさらに続けた。
「ほら、数か月前……だったかな。中庭で初めて近くで彼女を見た時、すっかり心を奪われてしまったんだ。そりゃ、最初は家の人たちに反対されたし、セーレも中々靡いてくれなかったし……けど、頑張って両親を説得して、彼女を口説いて……やっと昨日、正式に婚約が決まったんだ」
 アウグストの言葉は、上の空のリーベには届かなかった。

「それじゃ式の詳細が決まったら、改めて招待状を書くよ。また」
 アウグストはそう言って、執務室を後にした。


 残されたリーベは、ただ茫然と立っていることしかできないでいた。
 次第に、天地がかき混ぜられるような強いめまいが彼を襲い、つんざくような耳鳴りが響きだした。
 リーベはその衝撃に、体を支えるように思わず机に手をついた。
 けれど彼の体は、机の上のインクや書類を床に散乱させながら倒れてしまった。
(セーレが……アウグストと……)
 カーペットに広がるインクの染みを見つめるリーベの脳内には、ただその言葉だけが駆け巡る。
 ただ、その事実だけがリーベを苛むのだ。

「失礼します。リーベ様」
 リーベはノックの音に我に返った。その声の主は、彼の執事であるということにはすぐに思い立った。
「……インクの瓶を落としてしまった。片づけるものを持ってきてくれ」
 リーベはそれでも、あくまでも気丈に振る舞った。
 扉の向こうから、執事の了解した旨を告げる声が聞こえ、足早にかける足音が遠ざかっていく。

 リーベは痛む頭を押さえながら、無理やり体を起こす。
 彼は机に寄り掛かり、大きな窓の外を眺めた。
 冬の気配の近づく中庭は木枯らしが吹きすさび、生命の気配は消え失せていた。 
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