The bloody rase

奈波実璃

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 セーレはいつ彼に恋心を抱いたのか、それは自分でも思い出せないほどに遠い昔の頃だった。
 幼い頃から共に過ごしてきた彼は、自分のことを妹のように可愛がってくれていた。
 だからこそ、それが辛かったのだ。
 自分は……そして相手もいつか親の決めた相手と生涯を共にしなければいけない。
 それ故、自分の気持ちがいつか破裂してしまうのが、恐ろしかったのだ。
 だから彼女は、彼が領主の座に就いた頃合いを見て、そっと彼の前から身を引いた。

 ……もしアウグスト様のように、自分の気持ちに素直になっていたら……あるいは。
 セーレはそんなことを考えながら、薔薇の合間を歩きアウグストに微笑んでいた。
 それ故、目の前にリーベが立っていることに気がついた時、彼女の顔から色が失われたのだ。


「やぁ、リーベ。ちょっとお邪魔してるよ。……今年も薔薇が美しく咲いたようだね」
 アウグストは屈託なく笑いながら、リーベの前に進み出た。
「お陰様で。ところで、ゲオルグが君のことで何か話があるそうですよ。ついでですから、訪ねてみたらどうでしょう?」
「ゲオルグが? もしかして、昨日の書類に何か不備があったのかな。分かった、直ぐに行く。二人は待っていてくれ……また、あとでね」
 最後の言葉は、セーレに向けられたものだった。
 そしてアウグストは二人から離れ、屋敷に向かっていった。


 残された二人の間には、奇妙な沈黙が流れた。
「……どうして言ってくれなかったんだい? アウグストとのことを」
 アウグストの背を見送っていたリーベは、振り向かずにセーレに訪ねた。
 セーレはそれに幾許か安心感を覚えていた。
 もし彼が振り返っていれば、動揺する自分の姿を見られてしまっていたからだ。
 何より、しばらくぶりの彼に、どのように接していいか分からなかったのだ。
「その……忙しそうでしたので……お手間を取らせる訳にはいかないと思いまして……」
 セーレは一生懸命に言い訳を紡いだ。
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