The bloody rase

奈波実璃

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 再びの沈黙。
 それを破ったのは、リーベの深いため息だった。
「君のためなら、幾らでも時間なんて取るのだけれど」
 リーベは振り返って、セーレを見つめた。
 セーレの伏せられた瞳が反射的に上がり、リーベのものとぶつかった。

 リーベの笑顔は夕日の中で、柔らかに浮かんでいた。
「セーレ、今の君は……とても綺麗だ」
 嘆息交じりのリーベの言葉に、セーレの胸の鼓動が高鳴った。
 かつてセーレが思い描いていた表情で、声で、言葉で、リーベは立っているのだ。
「さ、せっかくだからとっておきの場所へ行こう。……二人で」
 リーベはセーレの手を取ると、中庭を駆け抜けていった。
 セーレはそれに抗うことはできず、ベールを靡かせながらその後について行った。


(このまま二人で、どこまでも行けたら……)
 リーベに手を取られながら、そう夢想した。
 もはやセーレはアウグストとの婚約を破棄することはできない。
 そんなことをしてしまえば、両家の末代までの恥だ。
 けれど今リーベと過ごす内に再び芽生えてきたこの感情を抱えたまま、アウグストに嫁ぐことに、罪悪感を覚え始めてもいる。
 ならば、このままリーベに手を引かれ、地平の彼方へ行くことができたら……二人だけの世界へ行けたら……。


 その夢想は、リーベが立ち止まったことにより中断された。
 リーベは古ぼけた小さな聖堂の前で足を止めたのだ。
「ここは……」
 この聖堂は、セーレのよく知る場所であった。
 幼い頃、リーベと共に遊びながらも大人たちに『危ないから入るな』と強く言われた場所だ。

 けれど構うことなく扉を開けるリーベに、セーレはたじろいだ。
「リーベ……様……?」
 そんなセーレにリーベは優しく微笑みながら、彼女の体を抱え上げた。
「あ……あの……!?」
 突然のことに、セーレは動揺をその表情に現した。
 けれど愛しい人の逞しい腕に抱かれているうちに、その動揺は別のものへと変わっていった。

 聖堂内は、酷い臭気がした。 
 セーレはウェディングドレスにその臭いがついてしまうんじゃないかと、急に不安になっていった。
 いや、そもそも幾度となく立ち入りの禁止を伝えられた場所に入ることに、恐ろしさを覚えていた。
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