車輪になった妹

奈波実璃

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私は満員電車の扉付近に立って外の景色を眺めていた。
赤い空。
すごく鮮やかだ。
赤い色は、こんなに鮮やかだったのかと、私は無性に悲しくなった。

妹は、この電車に轢かれて死んだ。
幼くして死んだ妹。
私の可愛い妹。

『パンダに会いたい』
『アメリカに行きたい』
『大きな船に乗りたい』
『お腹いっぱいホットケーキが食べたい』

やりたいことを沢山残して死んでしまった妹。
車輪にすり潰され裂かれて四散した妹。
あの車輪には、彼女の思念が宿っている。
この線路には、彼女の記憶がこびりついている。



カタン、カタン、タン。



電車が速度を下げて乗客の体が慣性の法則で緩く傾く。
車輪の音が、私の耳に語りかけてくる。
その音はどこか、懐かしいような気がした。
まるで誰かが、嬉しそうに笑う声にも似ていて……。
そう、まるで……。


その時になって、私は自分の視界が明るくなるような錯覚を覚えた。
それは天啓とも呼ぶべき光だった。





「……、……」
私のほんの小さな呟きに、前に立っていた壮年のサラリーマンが一瞬、不審げに私を振り返った。
私はそれでも上がる口角を抑えられないでいる。


確かに、未知子はここにいる。
車輪にこびりついた未知子は、私を、そして大勢の人間を運んでいる。
そしてその肉片を、血飛沫を私達の体に撒き散らしながら四方へと旅に出るのだ。
赤い空の下で。

パンダに会いに。
アメリカに行きに。
大きな船に乗りに。
お腹いっぱいホットケーキを食べに。

体を細かく刻んで、私達にその夢を託しているのだ。
私はこの電車に乗り続ける限り、彼女の断片に何度でも会えるのだ。

なんて素晴らしい世界なのだろう……!!
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