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春の章 辛口男子は愛想が欲しい
4、辛口カレーと彼の悩み
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東京駅を出て、銀座方面に歩いて5分くらい。ビルの合間を抜けた、少し細い道に面してそのインドカレーのお店はあった。
夜8時半ということで店内はかなり賑わっている。少し待ってすぐに運良く壁際の席があいて、わたしとコオリ君は無事インドカレーとナンの黄金の組み合わせにありついていた。
「コオリ君ってほんと激辛しか食べないね」
コオリ君もわたしもチキンカレーにしたんだけれど、彼は5段階ある辛さの中でも1番の辛口カレーを注文したから、色が真っ赤だ。わたしの中辛と比べると、ものすごい色の差がある。
「前に配信でも言いましたけど、辛くないと物足りないんですよね」
コオリ君は涼しい顔でちぎったナンにたっぷりとその激辛カレーをのせている。もうそれだけでこっちまで口の中に辛味が広がりそうだ。
ただ、大好きなものを前にしている割に、表情が暗い。
明らかに疲れているし──多分ストレスもたまってる。
「ね、せっかくだし、一口もらっていい?」
なんとなく空気を変えたくて言ってみると、コオリ君は目を見開いた。
「え、食べたいんですか? 辛いですよ?」
「それは見た感じでわかるんだけどさ……せっかくだし」
コオリ君は「じゃあ少しだけのせますね」とナンに遠慮がちにカレーをのせて、わたしの取り皿に置いてくれた。かなり心配そうな顔で、かえって彼の表情を曇らせちゃったみたい。
ていうか、そこまで心配するって、どれだけ辛いの!?
早くも後悔しかけたけれど、ここでやめたら一体なんなのって話だ。
おそるおそる、ナンを一口かじってみる。もちろんカレーも一緒に。
「!!!」
後悔した! 即座に後悔したっ!!
「かっらーーーーーーー!」
辛い! っていうか痛い!
もうあんまり噛まないままでもいいからと、とにかく飲み込んで、わたしは水をぐいっと飲み干した。喉元もピリピリしてるし、水で中和されたはずの口の中もまだ熱い。
「コオリ君の口の中どうなってんの……よくこれ食べきれるね……」
今までの認識をくつがえすくらいの辛さだった……。まじで異次元。コオリ君すごい。
コオリ君は「慣れれば美味しいんですけどね」としれっと言って、自分もナンを口に運ぶ。
ひいい、カレーをあんなにのせるなんて! すごすぎる!!
感動というか尊敬というか……。
そんな目で見つめていると、コオリ君は神妙な顔になった。
「──今日はありがとうございました。途中から豊福さんが加勢してくれたおかげで、なんとかこなせました」
「いえいえ。役に立ててよかったよ」
「俺、子供ってどう接していいのかわからなくて……」
「わかるよ。わたしもそう。子供ってすごい勢いあるしね」
子供の思考回路は、わたしたち大人とは全然違う。彼らのスピード感と直感力は、普段じっくりと考えて言葉を発するタイプのコオリ君とは相性が悪いんだろうなぁ……とは思うけど。
「そんなに気にしなくていいよ。コオリ君が焦ってる顔見るの、貴重で面白かったし」
試合中でもほとんど表情を変えないコオリ君が、子供たちに詰め寄られてタジタジになってるのは、見ていて結構楽しかった。でも、思い出し笑いをこぼすわたしに対して、コオリ君はしかめっ面だ。
「でもこのままじゃダメです。イベント出演の仕事はこれからもあるだろうし、今日みたいに人を集められないようじゃプロ失格ですから」
「プ、プロ失格!?」
子供の相手につまづいたことだけで、そんなに飛躍しちゃうの!?
コオリ君が凹んでるのは気づいていたけれど、そこまで話が飛んでるとは思わなかった。
わたしはあわてて「大げさだって! 大丈夫だよ、コオリ君!」と声を張った。
「今日のイベントはユーザー相手のものじゃないし、ほんっと気にすること──」
「いえ、今日だけの話じゃないんです。そもそも俺は人前で話すのが苦手で、チーム配信でも面白いこと言えないし、個人配信も苦手だし……」
切なそうにコオリ君が顔を伏せて、意外に長いまつげがやけに目に入ってくる。
「ずっと、勝負に勝てばそれで良いんだって思ってたけど──それはアマチュアまでの話で。プロになったからには、プレイで魅せて勝つのはもちろん、『フェンリルの彷徨』の知名度を上げて盛り上げることにも貢献しないと……」
わたしはあんぐり口を開けたまま、コオリ君を見つめた。
去年の春、大学3年生のコオリ君がチームに入ってきた時から、大人びているとは思ってた。いつも冷静で落ち着いていて、いわゆるクール男子なのもわかってた。
でもここまでしっかりしてるなんて!!
これは、あれかな。元々コオリ君が持っている性格なのか、佐伯さんの研修の成果なのか──。
どっちにしろ、コオリ君は今日のイベントでそんなところまで考えるくらいに、プロ意識が高いってことだ。
さっきから驚いてばかりだけれど、こうしてコオリ君は胸の内を見せてくれたのだから、できることがある。わたしは水を一口飲んで唇を湿らせてから「コオリ君」と名前を呼んだ。
多分、わたしの声のトーンで『仕事モード』だって気づいたんだろう。
コオリ君は顔をあげた後、少しだけ居住まいを正した。
「コオリ君は今戦績も良いし、ファンも結構ついてるんだよ。その部分はしっかり誇っていいし、そのことだけで十分にプロリーグを盛り上げてる。──でも、もっとプロとして成長したいって思うなら協力するから」
プロになるのは、覚悟が必要。
きっとこれはどんな世界でも同じことで、彼らのようなeスポーツプレイヤーも同じ。
プロとして表舞台に立つからには、勝負にはこだわらなければならない。人気を得て、ゲームの知名度を上げて、プレイヤー人口を増やすことも命題だ。
そのことをしっかりと自分自身で理解して向上心を持っているコオリ君に、わたしの方も今まで以上に強い思いがわきあがってきた。
彼が頑張りたいと思うならば、その手伝いをしたい。
「ぱっと思いつくことは、3つあるよ。1つ目は笑顔。リーグ戦でインタビューとかあるでしょ? そこで話した後にちょっと笑ってみるとか、とにかく笑うの。それだけで全然違うと思う」
笑顔……とつぶやいて、コオリ君がにっと口角を上げた。涼しい目線がそのままだから、かなりの違和感……。
誰だって作り笑顔は不自然になるものだけど、コオリ君はなかなかの手強さだ。
「えーと……もうちょっと目元もゆるめた方がいいね」
「……ゆるめる?」
こんな感じですか? とコオリ君が試したのは、目をちょっと細める仕草。それだとただ眠い人になるだけだっ!
「な、なんか思い出し笑いするようなこと考えてみて! ほら、好きな芸人さんのギャグとかないの? こうプッと笑っちゃうみたいな……」
コオリ君は明らかに困った表情になって、考え込んでしまった。お笑いに興味なさそうだもんな、コオリ君。わたしの例えもまずかった。
うーむ……コオリ君が笑うのってどんな時だっけ……。試合に勝ったときですら、あんまり笑わないもんな。(本人曰く「ほっとする気持ちの方が大きすぎて、笑うどころじゃない」そうだ)
コオリ君がどうやら迷宮入りしてしまったようなので、ここはもう奥の手を出すしかない。わたしは意を決して、メガネを外してテーブルに置いた。
「コオリ君!」
わたしはちょっと声を張った後に、両手をつかって自分の頬をぶわーっと広げた。そして直後に頬がつぶれるくらいに、両手で挟みこむ。
「ぶはっ! なっ、なんですか急に!」
さすがのコオリ君もわたしの変顔には度肝を抜かれたらしく、前のめりにふきだした。
「困った時はこの変顔を思い出して! ほら、笑えない?」
「なっ……」
コオリ君は目をぱちくりさせた後に、ふっと笑みをこぼした。
そうそれ!
一回スイッチがはいったコオリ君はくつくつと声をもらして笑い出す。
よしよしよし。
これでこそ捨て身で変顔を披露した甲斐もある。
わたしのこの変顔は「ひょっとこみたい」と友人に好評(?)なんだよね。わたしをメガネをかけ直してから「よし、これで笑顔はクリアだね。思い出し笑いでも笑顔は大事だから!」と念押しした。
「……あ、ありがとうございます」
笑いの波が引いたコオリ君は、ちょっと気圧された感じだ。無理もないかも。真面目な話をしてたのに、突然の変顔だもん……。
「で、次はワイプ! 試合の時とか、配信中とか、ワイプに向かって、何かしらファンサービスするの!」
試合の配信画面では、基本的に画面の端っこに選手も映っている。ここはかなり個性が出るところで、感情が出やすい選手はリアクションも激しい。お互いヘッドフォンをしていて相手の声は聞こえないのをいいことに、たまに大声出してる選手もいる。
ちなみにコオリ君はいつもまっすぐにゲーム画面を見つめているだけだ。その涼しい表情がかっこいいって、女の子のファンがついてたりはするんだけれど、もう一味欲しいところだと思ってたんだよね。
「ファンサービス?」
「とりあえずカメラ目線になって、こう……ぐっと親指たてたりとか、ピースしたりとか……」
「そんなの必要ですか?」
一気に冷静で客観的なコオリ君に戻ってしまった。
いや、それでいいんだけど。真面目な話だし。
「ノイ君とか試合の時、すごく上手でしょ? ちょっとしたことなんだけど、ああいうのって見てる人は結構喜ぶんだよ」
そういう点においては、ノイ君はずば抜けている。
ワイプにうつる彼は、いつもきちんとカメラ目線になって、手を振ったり何かポーズをしてみたりしている。それが画面の向こうで見ている人たちのことをちゃんと意識しているよっていう表明になる。
こういうの、結構大事だと思うんだよね。
──でも、コオリ君の反応は鈍い。まあ彼は彼で試合中は集中してるから、そんなことをする余裕がないっていうのもわかるんだけど。
わたしは焦って「いや、これは愛想の問題でもあるけど、画面の向こうにファンがいるのを自覚するっていうことだから!」と続けた。
「ファンはプレイ内容だけじゃなくて、コオリ君のキャラクターも見てるんだよ! ファンのことを意識してくれると、やっぱり見てる方は嬉しいんだって」
「──なるほど」
「あとは、コメントする時に一言で終わらせないことかな。はいとかいいえ以外に何かつけ足すの。そうすると話が広がるから」
「それは……得意、ではないですけど、意識はしてみます」
「うん。それだけでも変わるよ、きっと」
わたしの言葉にコオリ君は力強くうなずいた。
このモチベーションが維持するように、なんとかわたしの方からもアクションを起こしたい。
ちょっと帰りの電車で考えてみよう。
わたしは決意して、ナンを口にほうりこんだ。
夜8時半ということで店内はかなり賑わっている。少し待ってすぐに運良く壁際の席があいて、わたしとコオリ君は無事インドカレーとナンの黄金の組み合わせにありついていた。
「コオリ君ってほんと激辛しか食べないね」
コオリ君もわたしもチキンカレーにしたんだけれど、彼は5段階ある辛さの中でも1番の辛口カレーを注文したから、色が真っ赤だ。わたしの中辛と比べると、ものすごい色の差がある。
「前に配信でも言いましたけど、辛くないと物足りないんですよね」
コオリ君は涼しい顔でちぎったナンにたっぷりとその激辛カレーをのせている。もうそれだけでこっちまで口の中に辛味が広がりそうだ。
ただ、大好きなものを前にしている割に、表情が暗い。
明らかに疲れているし──多分ストレスもたまってる。
「ね、せっかくだし、一口もらっていい?」
なんとなく空気を変えたくて言ってみると、コオリ君は目を見開いた。
「え、食べたいんですか? 辛いですよ?」
「それは見た感じでわかるんだけどさ……せっかくだし」
コオリ君は「じゃあ少しだけのせますね」とナンに遠慮がちにカレーをのせて、わたしの取り皿に置いてくれた。かなり心配そうな顔で、かえって彼の表情を曇らせちゃったみたい。
ていうか、そこまで心配するって、どれだけ辛いの!?
早くも後悔しかけたけれど、ここでやめたら一体なんなのって話だ。
おそるおそる、ナンを一口かじってみる。もちろんカレーも一緒に。
「!!!」
後悔した! 即座に後悔したっ!!
「かっらーーーーーーー!」
辛い! っていうか痛い!
もうあんまり噛まないままでもいいからと、とにかく飲み込んで、わたしは水をぐいっと飲み干した。喉元もピリピリしてるし、水で中和されたはずの口の中もまだ熱い。
「コオリ君の口の中どうなってんの……よくこれ食べきれるね……」
今までの認識をくつがえすくらいの辛さだった……。まじで異次元。コオリ君すごい。
コオリ君は「慣れれば美味しいんですけどね」としれっと言って、自分もナンを口に運ぶ。
ひいい、カレーをあんなにのせるなんて! すごすぎる!!
感動というか尊敬というか……。
そんな目で見つめていると、コオリ君は神妙な顔になった。
「──今日はありがとうございました。途中から豊福さんが加勢してくれたおかげで、なんとかこなせました」
「いえいえ。役に立ててよかったよ」
「俺、子供ってどう接していいのかわからなくて……」
「わかるよ。わたしもそう。子供ってすごい勢いあるしね」
子供の思考回路は、わたしたち大人とは全然違う。彼らのスピード感と直感力は、普段じっくりと考えて言葉を発するタイプのコオリ君とは相性が悪いんだろうなぁ……とは思うけど。
「そんなに気にしなくていいよ。コオリ君が焦ってる顔見るの、貴重で面白かったし」
試合中でもほとんど表情を変えないコオリ君が、子供たちに詰め寄られてタジタジになってるのは、見ていて結構楽しかった。でも、思い出し笑いをこぼすわたしに対して、コオリ君はしかめっ面だ。
「でもこのままじゃダメです。イベント出演の仕事はこれからもあるだろうし、今日みたいに人を集められないようじゃプロ失格ですから」
「プ、プロ失格!?」
子供の相手につまづいたことだけで、そんなに飛躍しちゃうの!?
コオリ君が凹んでるのは気づいていたけれど、そこまで話が飛んでるとは思わなかった。
わたしはあわてて「大げさだって! 大丈夫だよ、コオリ君!」と声を張った。
「今日のイベントはユーザー相手のものじゃないし、ほんっと気にすること──」
「いえ、今日だけの話じゃないんです。そもそも俺は人前で話すのが苦手で、チーム配信でも面白いこと言えないし、個人配信も苦手だし……」
切なそうにコオリ君が顔を伏せて、意外に長いまつげがやけに目に入ってくる。
「ずっと、勝負に勝てばそれで良いんだって思ってたけど──それはアマチュアまでの話で。プロになったからには、プレイで魅せて勝つのはもちろん、『フェンリルの彷徨』の知名度を上げて盛り上げることにも貢献しないと……」
わたしはあんぐり口を開けたまま、コオリ君を見つめた。
去年の春、大学3年生のコオリ君がチームに入ってきた時から、大人びているとは思ってた。いつも冷静で落ち着いていて、いわゆるクール男子なのもわかってた。
でもここまでしっかりしてるなんて!!
これは、あれかな。元々コオリ君が持っている性格なのか、佐伯さんの研修の成果なのか──。
どっちにしろ、コオリ君は今日のイベントでそんなところまで考えるくらいに、プロ意識が高いってことだ。
さっきから驚いてばかりだけれど、こうしてコオリ君は胸の内を見せてくれたのだから、できることがある。わたしは水を一口飲んで唇を湿らせてから「コオリ君」と名前を呼んだ。
多分、わたしの声のトーンで『仕事モード』だって気づいたんだろう。
コオリ君は顔をあげた後、少しだけ居住まいを正した。
「コオリ君は今戦績も良いし、ファンも結構ついてるんだよ。その部分はしっかり誇っていいし、そのことだけで十分にプロリーグを盛り上げてる。──でも、もっとプロとして成長したいって思うなら協力するから」
プロになるのは、覚悟が必要。
きっとこれはどんな世界でも同じことで、彼らのようなeスポーツプレイヤーも同じ。
プロとして表舞台に立つからには、勝負にはこだわらなければならない。人気を得て、ゲームの知名度を上げて、プレイヤー人口を増やすことも命題だ。
そのことをしっかりと自分自身で理解して向上心を持っているコオリ君に、わたしの方も今まで以上に強い思いがわきあがってきた。
彼が頑張りたいと思うならば、その手伝いをしたい。
「ぱっと思いつくことは、3つあるよ。1つ目は笑顔。リーグ戦でインタビューとかあるでしょ? そこで話した後にちょっと笑ってみるとか、とにかく笑うの。それだけで全然違うと思う」
笑顔……とつぶやいて、コオリ君がにっと口角を上げた。涼しい目線がそのままだから、かなりの違和感……。
誰だって作り笑顔は不自然になるものだけど、コオリ君はなかなかの手強さだ。
「えーと……もうちょっと目元もゆるめた方がいいね」
「……ゆるめる?」
こんな感じですか? とコオリ君が試したのは、目をちょっと細める仕草。それだとただ眠い人になるだけだっ!
「な、なんか思い出し笑いするようなこと考えてみて! ほら、好きな芸人さんのギャグとかないの? こうプッと笑っちゃうみたいな……」
コオリ君は明らかに困った表情になって、考え込んでしまった。お笑いに興味なさそうだもんな、コオリ君。わたしの例えもまずかった。
うーむ……コオリ君が笑うのってどんな時だっけ……。試合に勝ったときですら、あんまり笑わないもんな。(本人曰く「ほっとする気持ちの方が大きすぎて、笑うどころじゃない」そうだ)
コオリ君がどうやら迷宮入りしてしまったようなので、ここはもう奥の手を出すしかない。わたしは意を決して、メガネを外してテーブルに置いた。
「コオリ君!」
わたしはちょっと声を張った後に、両手をつかって自分の頬をぶわーっと広げた。そして直後に頬がつぶれるくらいに、両手で挟みこむ。
「ぶはっ! なっ、なんですか急に!」
さすがのコオリ君もわたしの変顔には度肝を抜かれたらしく、前のめりにふきだした。
「困った時はこの変顔を思い出して! ほら、笑えない?」
「なっ……」
コオリ君は目をぱちくりさせた後に、ふっと笑みをこぼした。
そうそれ!
一回スイッチがはいったコオリ君はくつくつと声をもらして笑い出す。
よしよしよし。
これでこそ捨て身で変顔を披露した甲斐もある。
わたしのこの変顔は「ひょっとこみたい」と友人に好評(?)なんだよね。わたしをメガネをかけ直してから「よし、これで笑顔はクリアだね。思い出し笑いでも笑顔は大事だから!」と念押しした。
「……あ、ありがとうございます」
笑いの波が引いたコオリ君は、ちょっと気圧された感じだ。無理もないかも。真面目な話をしてたのに、突然の変顔だもん……。
「で、次はワイプ! 試合の時とか、配信中とか、ワイプに向かって、何かしらファンサービスするの!」
試合の配信画面では、基本的に画面の端っこに選手も映っている。ここはかなり個性が出るところで、感情が出やすい選手はリアクションも激しい。お互いヘッドフォンをしていて相手の声は聞こえないのをいいことに、たまに大声出してる選手もいる。
ちなみにコオリ君はいつもまっすぐにゲーム画面を見つめているだけだ。その涼しい表情がかっこいいって、女の子のファンがついてたりはするんだけれど、もう一味欲しいところだと思ってたんだよね。
「ファンサービス?」
「とりあえずカメラ目線になって、こう……ぐっと親指たてたりとか、ピースしたりとか……」
「そんなの必要ですか?」
一気に冷静で客観的なコオリ君に戻ってしまった。
いや、それでいいんだけど。真面目な話だし。
「ノイ君とか試合の時、すごく上手でしょ? ちょっとしたことなんだけど、ああいうのって見てる人は結構喜ぶんだよ」
そういう点においては、ノイ君はずば抜けている。
ワイプにうつる彼は、いつもきちんとカメラ目線になって、手を振ったり何かポーズをしてみたりしている。それが画面の向こうで見ている人たちのことをちゃんと意識しているよっていう表明になる。
こういうの、結構大事だと思うんだよね。
──でも、コオリ君の反応は鈍い。まあ彼は彼で試合中は集中してるから、そんなことをする余裕がないっていうのもわかるんだけど。
わたしは焦って「いや、これは愛想の問題でもあるけど、画面の向こうにファンがいるのを自覚するっていうことだから!」と続けた。
「ファンはプレイ内容だけじゃなくて、コオリ君のキャラクターも見てるんだよ! ファンのことを意識してくれると、やっぱり見てる方は嬉しいんだって」
「──なるほど」
「あとは、コメントする時に一言で終わらせないことかな。はいとかいいえ以外に何かつけ足すの。そうすると話が広がるから」
「それは……得意、ではないですけど、意識はしてみます」
「うん。それだけでも変わるよ、きっと」
わたしの言葉にコオリ君は力強くうなずいた。
このモチベーションが維持するように、なんとかわたしの方からもアクションを起こしたい。
ちょっと帰りの電車で考えてみよう。
わたしは決意して、ナンを口にほうりこんだ。
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