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秋の章 甘口男子は強くなりたい
3、嘆きの東京タワー
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「ノイさんってひとり暮らしじゃないですか。多分栄養偏ってると思うんですよね。だから豊福さんが料理を作ってあげるのはどうですか?」
「……料理を作る……?」
コオリ君は真面目な顔で『これが最善手』とでも言いたげだ。
うぐっ、そうきたか。手作り料理ね……。つい視線をそらして遠い目になってしまう。
「……わたし、差し入れできるほど料理がうまくないからなぁ」
マネージャーになるのと同時に一人暮らしを始めた身だけれど、料理はあんまりしない。自分しか食べないってなると手抜きになっちゃって、焼きそばとか野菜炒めとか、そんなのばっかりだ。とてもじゃないけれど、差し入れできるレベルじゃない。
「カレーならどう?」
おいちゃんが、また話に戻ってくる。
「カレーはさすがに人並みの出来……だと思うけど……」
「じゃあそれでいいじゃないですか。ノイさん、甘口派ですよ」
「それは知ってるけど──」
コオリ君の素早い援護射撃に、おいちゃんもうなずく。
それって、つまり──。
「タッパーにカレーつめてけばいいの?」
「違います!」
「ふくちゃんが、ノイズの家に作りに行けばいいんだよ!」
またしても双方向からのツッコミ……。
え、この2人ってこんなに息合ってたっけ?
最初はそっちの方にびっくりした。でもすぐに言われた言葉の意味をかみくだいて「──ないでしょ」と肩をすくめる。
「ただのマネージャーが家に押しかけてカレー作るって……」
そりゃあ、できるものならしてあげたい。ノイ君がどんな部屋で暮らしてるのか見てみたいし、カレーなら失敗しないだろうから食べてもらいたいし。
──でも、もしもノイ君の部屋に行ったら、わたしは自分の気持ちを隠せる自信がない。それが怖い。
「こないだ観たドラマでは、同僚の女性が主人公の家に行って、パエリア作ってましたよ」
「あ、俺も観てた。面白かったよねー、あれ」
こんなところでも妙に意気投合している2人に、わたしは「はいはい」と呆れた声を出した。
「ドラマはドラマ、こっちはこっちだから。──でも、食事面でのサポートっていうのは確かにいいかも」
ノイ君の練習の邪魔にならずにサポートできること。2人のおかげで閃いた。
「いやだからカレーを……」
「カレーはないかなぁ」
なおも食い下がってくる2人の話を流しながら、わたしは少しのびてきたラーメンを食べ続けた。
◆
「ふくちゃん、ちょっと」
翌週のチーム配信後。久しぶりにノイ君に呼び止められた。この感じ、すごく懐かしく感じる。じーんとしながらノイ君を見上げると、その後ろでコオリ君とおいちゃんがにこっと笑ったのが見えた。
「じゃあ俺たちは先に帰るね」
「お疲れ様でした」
脱兎のごとく、といった表現が一番。コオリ君とおいちゃんはさっとわたしたちの脇をすり抜けて、浜松町駅に向かって行った。わかりやすい気の遣い方をされちゃったけど、ありがたい。
ノイ君は紺色のマウンテンパーカーのファスナーを口元まで上げながら「東京タワー見に行かない?」とわたしに言った。
まだ日が変わるまでは時間がある。
ファミレスかコーヒーショップかって考えてたから、その選択は意外だったけれど、わたしはうなずいてノイ君と歩き始めた。
「小走りしないで、東京タワー向かうの久しぶりかも」
いつもよりも歩道に人が多くて、街自体がまだ起きてるって感じがする。
ノイ君は「なんか、家にふくちゃんからの荷物が届いたんだけど」とわたしの軽口には付き合わずに本題を切り出してきた。見ると、微妙な顔をしている。
あれ、困らせちゃったかな……?
あのラーメン屋で思いついたアイデア。それは、レトルト食品を大量にノイ君に送りつけることだった。ステファンフーズのものと、それ以外にも色々。スーパーに行って、おかずになりそうな缶詰やごはんのパックに野菜ジュースも。かなり買い込んで、段ボール箱にぎゅうぎゅうに詰め込んで、宅配便で出したんだよね。
「ほら、ノイ君が練習に夢中になって、料理するの面倒になったら使えるかなって思って。──多すぎた?」
「びっくりするくらい大量でびっくりしたよ。あれ、いくらだった? 経費で落ちるの?」
「そこ心配してるの!? だ、大丈夫だよ!」
「ってことはちゃんと領収書もらってる?」
「──もらってないけど」
はぁと大げさにノイ君がため息をついた。
「じゃあ俺出すから。いくらだったか教えて」
「ええっ!? やだよ! いらないよ! そんなつもりで送ったわけじゃないしっ!」
まさかこんな反応だとは思わなかった。びっくりして強めに否定するわたしに、ノイ君もちょっと顔が怖くなってる。
「ふくちゃん……俺のこと心配しすぎ。大丈夫なのに」
「だって……そりゃ成績も心配だけど、最近いつ見ても顔色真っ白だし。クマだってあるから……」
「だからって──」
「いいの! あれはわたしが買いたくて買ったものだし、送りたくて送ったの! お願い、受け取って! 賞味期限長いし、なんなら防災用品にまわしてくれてもいいから!」
早口で懇願している内に、歩調も少し速くなってたみたい。いつのまにかわたしたちは東京タワーの真下に着いていた。
何組かのカップルが先客でいて、それぞれと距離をとったところで並んで東京タワーを見上げた。明るいオレンジ色の光に、どこかあたたかみを感じる。普段ならそれに結構癒されるんだけれど、隣のノイ君が沈黙を貫くから、そわそわしてくる。
もしかして、ほんとに迷惑だった……?
段々と自分のしたことに自信が持てなくなってきた。レトルトなら日持ちするし、食べるのも楽だしと思っていたけれど……もしかしてノイ君ってあんまり好きじゃなかったのかな。本社からの差し入れは、普通にもらって帰ってた気がするけど、あれ気を遣ってたとか……?
「あの……迷惑だったならごめん……。着払いで送り返してもらってもいいから……」
「違うよ、そんなんじゃない」
そう言うと、ノイ君は、ふっと短く息を吐いた。
「……ふくちゃんに心配かけすぎな自分が情けないだけ」
「そんなこと……」
そこから続く言葉が出ないでいると、ノイ君は「ありがとね」と小さく微笑んだ。今日、二人きりになって初めて見た笑顔に、泣きそうなくらい心が満たされる。
ずっと、会いたかったんだ。
チームのメンバーとしてじゃないノイ君に。
ただ、こうして二人きりで。
無意識で願っていたことが浮き彫りになって、一瞬でわたしは恥ずかしくなった。
いつも、いつでも。どんなに否定しても、後ろ向きになっても。ノイ君に会うと、正直にならざるを得なくなる。
彼のことを好きだって──会うたびに、思い知らされるんだ。
でも次のノイ君の言葉で、わたしの恋心は凍りついて、現実に引き戻された。
「日下部さんも、こんな気持ちだったのかなぁ……」
ひゅっと肺に吸い込む空気が冷たくなった気がした。
「……料理を作る……?」
コオリ君は真面目な顔で『これが最善手』とでも言いたげだ。
うぐっ、そうきたか。手作り料理ね……。つい視線をそらして遠い目になってしまう。
「……わたし、差し入れできるほど料理がうまくないからなぁ」
マネージャーになるのと同時に一人暮らしを始めた身だけれど、料理はあんまりしない。自分しか食べないってなると手抜きになっちゃって、焼きそばとか野菜炒めとか、そんなのばっかりだ。とてもじゃないけれど、差し入れできるレベルじゃない。
「カレーならどう?」
おいちゃんが、また話に戻ってくる。
「カレーはさすがに人並みの出来……だと思うけど……」
「じゃあそれでいいじゃないですか。ノイさん、甘口派ですよ」
「それは知ってるけど──」
コオリ君の素早い援護射撃に、おいちゃんもうなずく。
それって、つまり──。
「タッパーにカレーつめてけばいいの?」
「違います!」
「ふくちゃんが、ノイズの家に作りに行けばいいんだよ!」
またしても双方向からのツッコミ……。
え、この2人ってこんなに息合ってたっけ?
最初はそっちの方にびっくりした。でもすぐに言われた言葉の意味をかみくだいて「──ないでしょ」と肩をすくめる。
「ただのマネージャーが家に押しかけてカレー作るって……」
そりゃあ、できるものならしてあげたい。ノイ君がどんな部屋で暮らしてるのか見てみたいし、カレーなら失敗しないだろうから食べてもらいたいし。
──でも、もしもノイ君の部屋に行ったら、わたしは自分の気持ちを隠せる自信がない。それが怖い。
「こないだ観たドラマでは、同僚の女性が主人公の家に行って、パエリア作ってましたよ」
「あ、俺も観てた。面白かったよねー、あれ」
こんなところでも妙に意気投合している2人に、わたしは「はいはい」と呆れた声を出した。
「ドラマはドラマ、こっちはこっちだから。──でも、食事面でのサポートっていうのは確かにいいかも」
ノイ君の練習の邪魔にならずにサポートできること。2人のおかげで閃いた。
「いやだからカレーを……」
「カレーはないかなぁ」
なおも食い下がってくる2人の話を流しながら、わたしは少しのびてきたラーメンを食べ続けた。
◆
「ふくちゃん、ちょっと」
翌週のチーム配信後。久しぶりにノイ君に呼び止められた。この感じ、すごく懐かしく感じる。じーんとしながらノイ君を見上げると、その後ろでコオリ君とおいちゃんがにこっと笑ったのが見えた。
「じゃあ俺たちは先に帰るね」
「お疲れ様でした」
脱兎のごとく、といった表現が一番。コオリ君とおいちゃんはさっとわたしたちの脇をすり抜けて、浜松町駅に向かって行った。わかりやすい気の遣い方をされちゃったけど、ありがたい。
ノイ君は紺色のマウンテンパーカーのファスナーを口元まで上げながら「東京タワー見に行かない?」とわたしに言った。
まだ日が変わるまでは時間がある。
ファミレスかコーヒーショップかって考えてたから、その選択は意外だったけれど、わたしはうなずいてノイ君と歩き始めた。
「小走りしないで、東京タワー向かうの久しぶりかも」
いつもよりも歩道に人が多くて、街自体がまだ起きてるって感じがする。
ノイ君は「なんか、家にふくちゃんからの荷物が届いたんだけど」とわたしの軽口には付き合わずに本題を切り出してきた。見ると、微妙な顔をしている。
あれ、困らせちゃったかな……?
あのラーメン屋で思いついたアイデア。それは、レトルト食品を大量にノイ君に送りつけることだった。ステファンフーズのものと、それ以外にも色々。スーパーに行って、おかずになりそうな缶詰やごはんのパックに野菜ジュースも。かなり買い込んで、段ボール箱にぎゅうぎゅうに詰め込んで、宅配便で出したんだよね。
「ほら、ノイ君が練習に夢中になって、料理するの面倒になったら使えるかなって思って。──多すぎた?」
「びっくりするくらい大量でびっくりしたよ。あれ、いくらだった? 経費で落ちるの?」
「そこ心配してるの!? だ、大丈夫だよ!」
「ってことはちゃんと領収書もらってる?」
「──もらってないけど」
はぁと大げさにノイ君がため息をついた。
「じゃあ俺出すから。いくらだったか教えて」
「ええっ!? やだよ! いらないよ! そんなつもりで送ったわけじゃないしっ!」
まさかこんな反応だとは思わなかった。びっくりして強めに否定するわたしに、ノイ君もちょっと顔が怖くなってる。
「ふくちゃん……俺のこと心配しすぎ。大丈夫なのに」
「だって……そりゃ成績も心配だけど、最近いつ見ても顔色真っ白だし。クマだってあるから……」
「だからって──」
「いいの! あれはわたしが買いたくて買ったものだし、送りたくて送ったの! お願い、受け取って! 賞味期限長いし、なんなら防災用品にまわしてくれてもいいから!」
早口で懇願している内に、歩調も少し速くなってたみたい。いつのまにかわたしたちは東京タワーの真下に着いていた。
何組かのカップルが先客でいて、それぞれと距離をとったところで並んで東京タワーを見上げた。明るいオレンジ色の光に、どこかあたたかみを感じる。普段ならそれに結構癒されるんだけれど、隣のノイ君が沈黙を貫くから、そわそわしてくる。
もしかして、ほんとに迷惑だった……?
段々と自分のしたことに自信が持てなくなってきた。レトルトなら日持ちするし、食べるのも楽だしと思っていたけれど……もしかしてノイ君ってあんまり好きじゃなかったのかな。本社からの差し入れは、普通にもらって帰ってた気がするけど、あれ気を遣ってたとか……?
「あの……迷惑だったならごめん……。着払いで送り返してもらってもいいから……」
「違うよ、そんなんじゃない」
そう言うと、ノイ君は、ふっと短く息を吐いた。
「……ふくちゃんに心配かけすぎな自分が情けないだけ」
「そんなこと……」
そこから続く言葉が出ないでいると、ノイ君は「ありがとね」と小さく微笑んだ。今日、二人きりになって初めて見た笑顔に、泣きそうなくらい心が満たされる。
ずっと、会いたかったんだ。
チームのメンバーとしてじゃないノイ君に。
ただ、こうして二人きりで。
無意識で願っていたことが浮き彫りになって、一瞬でわたしは恥ずかしくなった。
いつも、いつでも。どんなに否定しても、後ろ向きになっても。ノイ君に会うと、正直にならざるを得なくなる。
彼のことを好きだって──会うたびに、思い知らされるんだ。
でも次のノイ君の言葉で、わたしの恋心は凍りついて、現実に引き戻された。
「日下部さんも、こんな気持ちだったのかなぁ……」
ひゅっと肺に吸い込む空気が冷たくなった気がした。
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