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秋の章 甘口男子は強くなりたい
5、ありがとね
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その告知も、すごく久しぶりだ。
調子を落とし始めてから、ノイ君はわたしにメッセージもくれなくなっていたから。どんな様子か気になって配信を見たりもしていたけれど、『にんじん』としてコメントするのは控えていたんだ。
配信画面にうつるノイ君は、ゲーミングチェアに深く座って、指をくみながら思考を深めている。ちょうど自分のターンで、今の試合はまだ始まったばかりだった。
にんじん『こんばんは』
たった5文字なのに、送信ボタンを押すのにやけに緊張する。でも本人が良いって言ってるんだし! と自分を鼓舞して、わたしはコメントを送った。
「今日は試合前だし、1時間くらい軽く練習しようかなーと思ってます」
ノイ君はそう言いながら、相手ターンになった時にコメントを確認してる。そしてわたしのを見つけたんだろう。
にこりとカメラに向かって微笑んだ。
コメント欄は『試合がんばれ!』『響にリベンジ!』など、あたたかい応援が続く。ノイ君はそれに「ありがとね。明日、せっかくだから響選手とやりたいよねぇ」とのんびり言った。
「あと勝率も5割に戻して終わりたいなぁ」
にんじん『練習の成果は、結果になってついてくると思います!』
多分、ここ数ヶ月間のノイ君はプロ選手になってから一番練習してたと思う。それこそ生活に支障が出てるくらい。それが報われてほしい。
「結果ね……ほんとね、出したいよね」
ノイ君はてきぱきとプレイを進めていく。その合間に飲んでるのは、わたしが送った野菜ジュースだ。
良かった。ちゃんと役に立ってる。
ほっとしていると、『野菜ジュース、健康的!』というコメントがついていた。
「そうそう、これね。結構美味しいよ」
ノイ君はパッケージをちょっとだけカメラに見せてから、また一口飲んだ。
「これさー、俺の知り合いが送ってくれたんだよね。俺が練習ばっかりして、ろくなもの食べてないからって。──ありがたいよね」
ノイ君はカメラを見ずに、淡々とプレイを進めている。
「後期リーグ、ほんと調子悪かったんだけど、こうして心配したり応援してくれる人がいると、まじで心の支えになるなって思ったよ。だから、やっぱり明日は勝って終わりたい。それで、みんなにありがとうって言いたい」
コメント欄がまた『応援してる!』『がんばって!』というメッセージで溢れた。配信にコメントを残す人って基本的にはノイ君のファンだから(たまにアンチも見かけるけれど)みんなあたたかい。
にんじん『ずっと応援してます』
いつもいつでも。どんな時でも。
わたしはノイ君を応援してる。
短い言葉に全てをこめることはできないけれど、ノイ君が「ありがとう」って何度も言うから、多分それが答えだったんだと思う。
◆
翌日。ステファンゲーミングは第3試合だった。
前の2試合の結果から、この試合に勝てば3位、負ければ4位で確定だ。なんとしても勝ちたい、というのが全員の気持ちだった。
さっきからわたしの心臓がばくばくとうるさい。
なぜなら、今わたしがいるのが選手用の控え室だからだ。リーグの基本ルールとして、この部屋には選手プラス1名までは入室が許されている。だから、コーチが同席しているチームもある。
うちだとそのポジションは佐伯さんだ。彼はここぞという時には入るけれど、基本はわたしと一緒に違う部屋で試合を観る。
だというのに。
「最終節だし、今日は豊福さんは選手用の控え室に入るといいよ」
試合会場に到着して、突然佐伯さんに言われたんだ。
4年目にして初めてのことだ。考えたこともなかった提案だった。だって、わたしが控え室に入ったって、全くの役立たずだもん。
だったら佐伯さんが入った方が──。
そう返したわたしに、佐伯さんは「俺も見てみたいんだ」と言った。
「豊福さんがそばにいた時に、彼らのモチベーションがどう変わるのか」
「ええっ……!?」
そんな実験みたいなことは、シーズンの中盤くらいにした方がいいのではっ!?
こんな緊迫した最終節に試しちゃっていいんですか。ていうか、わたしのいるいないでは、そんな変わらないと思うけど……。
「とりあえず運営には申告しておいたから、行っておいで」
最終的にそれで押し通されて、控え室に入ったわけだけれど。わたしがみんなとおそろいの水色のブルゾンを着て、この場にいることに違和感しかない。
控え室には長机が一つ置かれていて、そこに3人は並んで座って、先ほど配られた相手チームのデッキリストを読み込んでいた。自分の相手がどんなカードを使うかを頭にいれて、手札の読み合いに活かすのだ。
みんなブツブツと言いながら、集中しているから、邪魔はしたくない。わたしは部屋のすみっこで、自分の腕時計と机の上に置かれたすぱんだ君のぬいぐるみを見つめることだけに集中した。
「時間です」
運営スタッフさんが呼びに来て、先鋒のおいちゃんが立ち上がる。そしてわたしを観ると、ふっと頬をゆるませた。
「なんかここにふくちゃんがいるのって新鮮だね」
新鮮っていうか場違いっていうか……。
わたしは少しだけ引きつった笑みを浮かべてから「おいちゃん、頑張ってね!」と声をかけた。
試合前にかける言葉なんて、他に思いつかないっ。
わたしの方がなぜか緊張してきて、手に汗がにじんでくる。見かねたのかノイ君も立ち上がると、わたしの背後にまわってきた。そして、両肩を突然もんでくる。
「ひえっ!」
くすぐったいと身をよじると、ノイ君はあっけらかんと笑った。
「ふくちゃんがガチガチになってどうするの。ほら、ハイタッチ」
ノイ君がかかげた手においちゃんがパンっと手を合わせる。コオリ君も立ち上がって、同じようにおいちゃんとハイタッチを交わした。
おずおずとわたしもそれにならって手をあげる。
おいちゃんは「勝って勢いづけないとね」と言いながら、わたしの手に大きな手を重ねた。
調子を落とし始めてから、ノイ君はわたしにメッセージもくれなくなっていたから。どんな様子か気になって配信を見たりもしていたけれど、『にんじん』としてコメントするのは控えていたんだ。
配信画面にうつるノイ君は、ゲーミングチェアに深く座って、指をくみながら思考を深めている。ちょうど自分のターンで、今の試合はまだ始まったばかりだった。
にんじん『こんばんは』
たった5文字なのに、送信ボタンを押すのにやけに緊張する。でも本人が良いって言ってるんだし! と自分を鼓舞して、わたしはコメントを送った。
「今日は試合前だし、1時間くらい軽く練習しようかなーと思ってます」
ノイ君はそう言いながら、相手ターンになった時にコメントを確認してる。そしてわたしのを見つけたんだろう。
にこりとカメラに向かって微笑んだ。
コメント欄は『試合がんばれ!』『響にリベンジ!』など、あたたかい応援が続く。ノイ君はそれに「ありがとね。明日、せっかくだから響選手とやりたいよねぇ」とのんびり言った。
「あと勝率も5割に戻して終わりたいなぁ」
にんじん『練習の成果は、結果になってついてくると思います!』
多分、ここ数ヶ月間のノイ君はプロ選手になってから一番練習してたと思う。それこそ生活に支障が出てるくらい。それが報われてほしい。
「結果ね……ほんとね、出したいよね」
ノイ君はてきぱきとプレイを進めていく。その合間に飲んでるのは、わたしが送った野菜ジュースだ。
良かった。ちゃんと役に立ってる。
ほっとしていると、『野菜ジュース、健康的!』というコメントがついていた。
「そうそう、これね。結構美味しいよ」
ノイ君はパッケージをちょっとだけカメラに見せてから、また一口飲んだ。
「これさー、俺の知り合いが送ってくれたんだよね。俺が練習ばっかりして、ろくなもの食べてないからって。──ありがたいよね」
ノイ君はカメラを見ずに、淡々とプレイを進めている。
「後期リーグ、ほんと調子悪かったんだけど、こうして心配したり応援してくれる人がいると、まじで心の支えになるなって思ったよ。だから、やっぱり明日は勝って終わりたい。それで、みんなにありがとうって言いたい」
コメント欄がまた『応援してる!』『がんばって!』というメッセージで溢れた。配信にコメントを残す人って基本的にはノイ君のファンだから(たまにアンチも見かけるけれど)みんなあたたかい。
にんじん『ずっと応援してます』
いつもいつでも。どんな時でも。
わたしはノイ君を応援してる。
短い言葉に全てをこめることはできないけれど、ノイ君が「ありがとう」って何度も言うから、多分それが答えだったんだと思う。
◆
翌日。ステファンゲーミングは第3試合だった。
前の2試合の結果から、この試合に勝てば3位、負ければ4位で確定だ。なんとしても勝ちたい、というのが全員の気持ちだった。
さっきからわたしの心臓がばくばくとうるさい。
なぜなら、今わたしがいるのが選手用の控え室だからだ。リーグの基本ルールとして、この部屋には選手プラス1名までは入室が許されている。だから、コーチが同席しているチームもある。
うちだとそのポジションは佐伯さんだ。彼はここぞという時には入るけれど、基本はわたしと一緒に違う部屋で試合を観る。
だというのに。
「最終節だし、今日は豊福さんは選手用の控え室に入るといいよ」
試合会場に到着して、突然佐伯さんに言われたんだ。
4年目にして初めてのことだ。考えたこともなかった提案だった。だって、わたしが控え室に入ったって、全くの役立たずだもん。
だったら佐伯さんが入った方が──。
そう返したわたしに、佐伯さんは「俺も見てみたいんだ」と言った。
「豊福さんがそばにいた時に、彼らのモチベーションがどう変わるのか」
「ええっ……!?」
そんな実験みたいなことは、シーズンの中盤くらいにした方がいいのではっ!?
こんな緊迫した最終節に試しちゃっていいんですか。ていうか、わたしのいるいないでは、そんな変わらないと思うけど……。
「とりあえず運営には申告しておいたから、行っておいで」
最終的にそれで押し通されて、控え室に入ったわけだけれど。わたしがみんなとおそろいの水色のブルゾンを着て、この場にいることに違和感しかない。
控え室には長机が一つ置かれていて、そこに3人は並んで座って、先ほど配られた相手チームのデッキリストを読み込んでいた。自分の相手がどんなカードを使うかを頭にいれて、手札の読み合いに活かすのだ。
みんなブツブツと言いながら、集中しているから、邪魔はしたくない。わたしは部屋のすみっこで、自分の腕時計と机の上に置かれたすぱんだ君のぬいぐるみを見つめることだけに集中した。
「時間です」
運営スタッフさんが呼びに来て、先鋒のおいちゃんが立ち上がる。そしてわたしを観ると、ふっと頬をゆるませた。
「なんかここにふくちゃんがいるのって新鮮だね」
新鮮っていうか場違いっていうか……。
わたしは少しだけ引きつった笑みを浮かべてから「おいちゃん、頑張ってね!」と声をかけた。
試合前にかける言葉なんて、他に思いつかないっ。
わたしの方がなぜか緊張してきて、手に汗がにじんでくる。見かねたのかノイ君も立ち上がると、わたしの背後にまわってきた。そして、両肩を突然もんでくる。
「ひえっ!」
くすぐったいと身をよじると、ノイ君はあっけらかんと笑った。
「ふくちゃんがガチガチになってどうするの。ほら、ハイタッチ」
ノイ君がかかげた手においちゃんがパンっと手を合わせる。コオリ君も立ち上がって、同じようにおいちゃんとハイタッチを交わした。
おずおずとわたしもそれにならって手をあげる。
おいちゃんは「勝って勢いづけないとね」と言いながら、わたしの手に大きな手を重ねた。
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