甘口・中辛・辛口男子のマネージャーやってます

七篠りこ

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秋の章 甘口男子は強くなりたい

9、12月といえばっていう話

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 配信部屋のちょうどポトスの真下くらいに、ノイ君は丸いローテーブルを用意してくれた。そこにカレーとサラダを並べて、飲み物を置いて、わたしたちは向かい合って座った。毛足の長いラグもしいてもらったから、足元があたたかい。ノイ君の部屋ってすごい。色々インテリアグッズが出てくる。

「かっこいいグラスないから、このままね」と、ノイ君はシードルのビンをわたしの前に置いた。クリスマス限定のラベルがついていてかわいらしい。
 普段『フェンリルの彷徨』をひたすらやっているだろうPCからは、クリスマスソングが流れている。
 もしこれでテーブルの上にあるのが、骨つきチキンとピザとかだったら、恥ずかしくてここを飛び出していたかもしれない。見慣れた自分の平凡カレーで本当に良かった。

「じゃあ乾杯しよ」

 ノイ君はニコニコと笑顔のまま、シードルを手に取った。わたしもそれにならって、こつんとビンをくっつける。

「えーと……じゃあ、後期リーグ戦おつかれさまって乾杯にしとく?」
「そうだね。それにしとこっか」
「3位、おめでとう! あと、勝率5割も!」

 正直、プロリーグの話題になった方がありがたい。
 最終節の後もたくさんお祝いしたけれど、こういうのは何度だって言いたい。気持ちの切り替えのためにも声を弾ませると、ノイ君の方は苦笑いだ。

「前期と比べると、ほんっとふがいないけどね」
「確かに途中は心配したけど……ちゃんと盛り返して終われたし、わたしも安心したよ」
「そうだよね、心配かけてごめんね」

 復調したからこそ今こうして笑って話せるんだってことを、お互いにきっと考えてる。ノイ君は「あのまま負け続けてたら、きっと来年は更新してもらえなかっただろうね」とPCの脇に置かれたすぱんだ君のぬいぐるみをぼんやり見つめた。

「そんなことないよ。ノイ君はこれまでの実績があるし、半期の成績だけじゃ佐伯さんは決断しないと思う」
「そうなの?」

 ノイ君はわたしに視線を戻して「あのセカンドキャリアのアンケートが現実味を帯びたかもなぁって、結構考えたりしたんだよね。でもあの成績じゃ、どのチームもとってくれないんだろうなぁとか」と言った。

 あのアンケートで、ノイ君は他チームへの移籍を希望してた。
 あの低迷していた時に、彼はそこまで考えていたんだと思うと、切なくなる。本当にひとりきりでずっと戦って、もがいていたんだなって……。
 そういう時に助けになれる存在になりたかったのに。

 もしもノイ君の気持ちを受け入れて、もっと彼の内側へいれてもらえたら、相談してもらえる日がくるのかな……。

「ノイ君ならオファーくると思うよ。──でももし本当に、いつか他のチームにいったら……」

 思わず口からついて出た言葉。
 わたしも驚いたけど、ノイ君も少しだけ目を見開いた。言い出した手前、続けないわけにもいかなくて「……寂しくなるね」と言った。

「いかないよ」
 
 ノイ君は、困ったような笑顔になる。

「安心してよ。俺は必要とされる限りは、ずっと今のチームにいたいと思ってるよ」
 
 それからノイ君はカレーをひょいっと口に運んだ。

「美味しい」

 にこっと微笑まれて「ありがと」と返す。いや本当に誰でも作れる味なんだけど、ノイ君が嬉しそうにしてくれるなら、もうなんでもいいや。
 わたしもようやくカレーをひとさじすくった。



 ノイ君が用意していてくれたケーキは、いちごのタルトとモンブランだった。散々迷っていちごのタルトを選んで、その隣にノイ君がいれてくれたコーヒーを置く。ここではたと気づいた。

 ……な、なんかものすごく……お部屋デートっぽいな……。
 
 しかもPCから流れてくる音楽も、しっとりした曲に切り替わってしまった。さっきのシャンシャンいってた曲に戻したい!

「──ふくちゃんが今考えてること、当ててあげようか」

 カレー皿を片付けて戻って来たノイ君は、いちごのタルトを凝視しているわたしを見て、含みをもたせた笑みを浮かべた。

「えっ? いや別にケーキが美味しそうだなって……」
「その割には眉間にしわが寄ってたよ」
「嘘っ!?」
「うん、嘘」

 ノイ君は楽しそうに笑うと、わたしの向かい側であぐらをかいた。

「あれでしょ? なんか外堀埋められた感みたいなのがあるんでしょ?」

 これとか、これとか。ノイ君がケーキとコーヒーとPCとを指で示した。それにわたしは素直にうなずく。
 ご明察! さすがだよ、ノイ君……。

 ノイ君は「ごめんね、そこに追い打ちかけるから」と言いながら、PCデスクから何か──紙袋を手にとって、テーブルの上に置いた。
 白銀色の紙袋に紺色で印字されたロゴには見覚えがある。ちょっと上品なものが置かれているセレクトショップだ。

「えーと……」
「クリスマスプレゼントのつもりで買ったけど、こないだのレトルトのお礼としてでもいいよ。好きな意味で受け取って」

 またそんな、困ること言って!
 このお店、たまに見に行くけど、ほんっと見るだけで終わっちゃうとこだ。ど、どうしよう。想定外のことばっかりで、頭が真っ白になる。
 
 それでもノイ君がそそがれる眼差しが『早くあけてみて』という意味なのはわかる。わたしはごくりとつばを飲み込んでから「ありがとう」と伝えて、紙袋を手元に引き寄せた。中を見ると、透明の袋にリボンがかかったラッピングで、濃い茶色の手袋が重なって入っているのが見えた。

 そっと取り出してみると、手首のところにワンポイントでリボンの飾りがついている。上品だけどかわいらしいデザインの手袋だった。

 しかも今の手袋よりあったかそうだ。ノイ君はにこにこと「つけてみてほしいなぁ」と更に期待のこもった目で、わたしを見つめる。わたしはラッピングから手袋を取り出して素直にはめてみた。柔らかい肌心地と、ふわりとしたあたたかさと。手袋をはめた手で頬にふれると、思った通り気持ちいい。

「かわいいし、あったかい……」

 ノイ君は「似合うよ」と嬉しそうだ。

「ありがとう。大事に使うね」
「どういたしまして」

 なんだか申し訳なくなるくらいにいいものをもらってしまった……。手袋を外して、改めて見るとドキドキしてくる。
 さっきの告白でもう決定的だったけど、本当にノイ君はわたしのことを異性として見てるんだな……。

 さっき味わった緊張感がまた舞い戻って来て、落ち着かなくなる。
 元どおりに手袋を戻して、紙袋を自分の脇に置いている間も、ノイ君からの視線を感じる。

 うう……これみよがしに見るの、やめてほしい。恥ずかしいから。

「あの、ノイ君──」
「うん」
「目力が強いよ……」
「ぶはっ、ごめんごめん。つい見たくなって」
「いつも見てるじゃんっ」

 仕事の時と、今と、何も変わりはない。むしろ仕事の時よりもメイクは薄めだから、あっさり顔で見応えはないと思う。
 でもノイ君の感覚はそうじゃないみたい。

「せっかく2人きりで誰にも邪魔されないんだもん。それこそ穴が開くくらい見たいよ」
「やだよっ、恥ずかしすぎる!」

 ノイ君は声をあげて笑った。明るい笑顔が眩しくて、直視できない。こんなに嬉しそうな顔、久しぶりに見たかもしれない。

「もう……ノイ君、なんでそんなに嬉しそうなの?」

 さっきからずっとノイ君は上機嫌だ。わたしは返事を保留してるのに、これだとまるで付き合ってるみたい。
 ……ま、まさか変なふうにとらえてないよね!? ノイ君に限って。

 わたしの問いかけに、ノイ君は「だって、もう隠さなくていいわけでしょ」とあっさり答えてくれた。

「一応さ、俺も人から見られる身って自覚はあるから、外では隠してたけど。ここなら他に誰もいないし、自由にできるもん」

 ニコニコと笑いながら「ふくちゃんが一言「うん」って言ってくれたら、もっとくっつけるのになぁ」と言ってくる。

 ひぃ! なんか笑顔の向こうから圧力を感じるっ!!

「好きだよ、ふくちゃん」
「ぎゃあっ!」

 し、知らなかった。
 ノイ君って全然臆せずにこういうこと言えるタイプなんだ! 思った以上にオープンというか……。
 これがイケメンの自信なの……?
 その日、こんなやりとりが何度も繰り返されて、家に帰った時には心の体力値がゼロに近くなっていた。
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