甘口・中辛・辛口男子のマネージャーやってます

七篠りこ

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冬の章 そしてわたしは

1、クリスマス配信!

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「メリークリスマスっ!」

 パンっとそれぞれの持つクラッカーの破裂音が響いて、色とりどりの紙テープが飛び出す。それと同時にジングルベルがかなり大音量で流れて、スタジオ内の雰囲気が一気に華やかになった。

「おぉー、すごいねっ、クリスマス感が」

 ノイ君がクラッカーから出ている紙テープをつまんで、指に巻き付ける。頭にはサンタの帽子。もちろんコオリ君とおいちゃんも同じくだ。

 今日はクリスマスイブ。折しもチーム配信日と重なったので、番組もクリスマス仕様だ。
 いつものナチュラルな部屋には、大きなクリスマスツリーが飾られて、キラキラと電飾が光っている。テーブルの上にはサンタの帽子をかぶったすぱんだ君のぬいぐるみ。そしてもちろん、並んでいる3人の頭にも真っ赤な帽子はのっかっている。

「こんばんは! ステファンゲーミングです。今日はクリスマスイブということで、配信もクリスマススペシャルです」

 おいちゃんが元気よく挨拶をすると、ノイ君が「ケーキ食べますっ!」と、コオリ君が「見てくれてる方へのプレゼント企画もあります」とテンポよく続ける。

 視聴者数は普段より少なめだけれど、コメント欄は活発だ。『メリークリスマスっ』『ひとりの夜に染みる!』とみんなで盛り上がっている。

 うん、出だしはいい感じ。

 3人の雑談を聞きながら、備え付けの冷蔵庫からケーキを出した。近くのケーキ屋さんに予約していたブッシュドノエルを真っ白いお皿にのせる。
 丸太みたいなデコレーションの上にはサンタとトナカイの砂糖菓子がのっていて『MerryX'mas』とチョコペンで描いてある。すごくかわいい。見ているだけで癒される。

 SNS用にスマホで写真を撮ってから、ケーキをテーブルへ持っていく。同席している佐伯さんも手伝ってくれて、彼らの前にはケーキと取り皿、それにコーヒーが並べられた。

「すごい! このケーキなんだっけ有名なやつ!」

 おいちゃんの歓声に「ブッシュドノエルですよ」とコオリ君が言う。ノイ君は「切るのがもったいないね」と言いながら、ナイフを手にしていた。

「まあ今日はこんな感じでのんびりやるので、みなさんもお酒でも片手に楽しんでね」

 ノイ君はカメラ目線になって微笑むと、ためらいなくケーキを3等分しはじめる。

「クリスマスと言えばケーキだし、ツリーだし、プレゼントだよね」とノイ君が水を向ければ、おいちゃんが「そう、プレゼント! 今日は視聴者対戦の企画用と、抽選企画用にプレゼントたくさん用意してます」とつなげた。

「さっき俺も見たんですけど、なかなか自分でも欲しいものばっかりでした」

 コオリ君が、ちゃんと雑談の波に乗れている……!
 春と比べて確かな成長が見られて、感動にも似た気持ちになる。コオリ君は話に入ることがすごく自然にできるようになった。前はふられてからじゃないと、なかなかコメントしなかったもんね……。

「コオリのところにサンタはこないからね」というノイ君のからかいにも「ノイさんのところにもこないでしょう。確実なのは、おいさんだけです」と立派に返している。

「まあそれはそうかも。二人に幸あれ」
 
 おいちゃんが苦笑いしながら「配信の後も寂しく『フェンリル』の練習をするであろう二人に、ぜひみなさんから愛あふれるコメントを送ってやってください」とまとめた。この後も終始和やかなムードのまま、チーム配信は幕を閉じた。視聴者との対戦も勝ったり負けたりと、バランスの良い結果だったし、プレゼントへの応募も結構あった。

「豊福さん」
 
 配信終了後、いつものように片付けをしていると、佐伯さんに呼ばれた。荷物を置いてある場所まで手招きされて、そこで小さな紙袋を差し出される。

「これ、豊福さんに」

 なんだろう?
 紙袋と佐伯さんを交互に見る。佐伯さんはどことなく照れた様子で「選手たちにケーキがあって、豊福さんに何もないのもなって思ったから」と早口で言った。

「そんな……ありがとうございます」

 中身は、アイシングクッキーだった。クリスマスツリーやジンジャーマンのかわいい絵柄のクッキーが透明な箱に入って、ラッピングされている。

「わぁ、かわいいっ。……お気遣いありがとうございます」

 そんなこと全然気にしてなかったけれど、こうして気配りしてもらえると素直に嬉しい。

 ──佐伯さんは、すごいな。チームメンバーの中で優劣がつかないように、全体のバランスを見た対応ができる。視野が広いとでも言うのかな。
 そういう公平さは、わたしが持ちたいと思いつづけて、いまだに持てないもの。

「……佐伯さんっていつも、みんなに平等にしてくれますよね。だからみんな佐伯さんのことを信頼してるんですよね」

 もしもノイ君を好きにならなければ。
 わたしもこんなふうに、みんなに対して満遍なく力になれていたんだろうか。そんなことを考えたせいで、いつもより声が重くなってしまった。それは佐伯さんにも伝わったみたいで、怪訝そうに眉をひそめる。
 
「俺から見たら、豊福さんもメンバーからかなり頼りにされてると思うよ。……何かあった?」
「いえ……特には何も。ただ、佐伯さんみたいな公平さが、この立場には必要だなって改めて思って……」

 佐伯さんは「それはもちろんそうだと思うよ。でもそれは豊福さんが悩むことじゃない。君はきっちりマネージャーの仕事をこなしてるし」と言ってくれた。

 本当にそうかな。
 上の空でお礼を言いながら、これまでの自分自身を省みる。

 ノイ君に恋しているわたしは、マネージャー業をちゃんとこなしてるって言えるのかな。もしも、今以上に彼のことを好きになってしまったら──。彼と付き合ったら。そして……別れたら。

 あの日から2週間くらいたって、わたしはいまだにノイ君に答えを返せずにいた。
 ふたりきりになるチャンスがなかったんじゃない。
 わたしが迷いに迷っていただけ。

 好きな人に「好き」と言われたら、答えは「イエス」しかありえない。 
 なのに、どうしてあの時すぐにそう言えなかったんだろうって。

 それはきっと──。
 
「何があったかわからないけど、あまり気負わないように」

 佐伯さんはそう言ってわたしの肩を叩くと「お疲れ様」と先にスタジオを出て行った。

 気負ってるわけじゃない……と思う。
 ノイ君を好きな自分とステファンゲーミングのマネージャーとしての自分。今までなんとなくバランスをとっているつもりでいたけれど、一気にその天秤がぐらついている。
 
 ノイ君の想いに応えたい。
 みんなにとって良いマネージャーでありたい。
 ……もういいかげん、その針をどちらかに止めないといけない。

 ぶるりと突然体に寒気が走って、わたしは両手を見つめた。スタジオの中は暖房がききすぎて暑いくらいなのに、かすかに震えている。

「……やっぱり、佐伯さんの言う通りかも」

 わたしはため息とともに独りつぶやいた。
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