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冬の章 そしてわたしは
2、天秤ぐらり
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帰り際にノイ君を呼び止めたら、彼は何かを察した顔でうなずいた。できるだけひっそりしようと心がけたけれど、多分おいちゃんとコオリ君は気づいてる。そっとわたしたちから離れていってくれた。
どこ行く? と聞かれて、少し迷ったけれど駅近くにあるコーヒーショップを提案した。時間が遅いこともあって、コーヒーショップの2階席はがらがらだ。カウンター席に並んで座ると、スピーカーが近いのかけっこうな音量でクリスマスソングがきこえる。よかった、これならきっと大事な話をしやすい。
……どう切り出そう。
頭の中でシミュレーションしながら、熱いコーヒーを両手で包みこむ。ノイ君は「ここからも東京タワーが見えるね」とのんびり言って、窓の向こうをのんびり眺めていた。その横顔は相変わらずかっこいい。わたしがまごついている間に、その横顔が動いてこちらを向いた。
「……さっき、佐伯さんから何かもらってなかった? プレゼント?」
ちょっとだけ視線にとげがある。──多分、ヤキモチだ。
ちくっとしたかすかな痛みと、ついはにかみたくなるような喜びと。両方味わってから、わたしはうなずいた。
「あ、うん。クッキーもらったの。みんながケーキ食べてるのに、わたしだけないのもあれだからって」
「ふーん……」
ノイ君からの返事はそっけない。でもそれを気にしても始まらない。佐伯さんの話題をそらすためにも、わたしは大きく息を吸って「あのね、ノイ君」と呼びかけた。
お腹に力をこめて、声が震えないように。目の焦点は外しておいて、涙がこみあげないように。
「こないだの返事、ずっと待たせてたけど……わたし、ノイ君とは付き合えない。みんなに平等なマネージャーでいたいから。──ごめんね」
ずっとあたためていた言葉を、機械的に言った。
彼から告白されて、すごく嬉しかった。なのに、すぐにわたしも同じ気持ちだって言えなかったのはなんでだろうって、ずっと考えてた。そうしてたどりついた答えがこれ。
彼と付き合っても、ちゃんと仕事ができるんだろうかって不安がどうしても消えなかった。
仲良くしてる時期じゃなくて……別れた後。
気まずいのが目に見えている中で、わたしはコオリ君やおいちゃんと同じように、ノイ君のケアをしていけるのかって。
悲観的すぎるって自分でも思うけど、どうしても別れる前提で恋愛を考えちゃうんだ。もうこれはどうしようもない。
意外にも、ノイ君は驚いた顔はしなかった。
「うーん……なるほどね」
耳の後ろをぽりぽりとかいて「ふくちゃんの気持ちはわかるけど」とゆったり言う。
「別に付き合ったからって特別扱いしろなんて言わないよ? 仕事とプライベートは、俺だってちゃんと分けたいし」
「わたし、そんなに器用なことができないの。もしノイ君とケンカしたり……別れたりしたら、多分、うまくできない」
「じゃあ、ケンカしたり別れたりしなきゃいいよね」
「簡単に言わないでっ!」
声が少しだけ大きくなってしまって、ハッと口元を抑える。ノイ君は怒ってるわけでもなく、悲しむわけでもなく、ただまっすぐにわたしのことを見つめて、次の言葉を待っている。
「そんなの無理に決まってる。だって人の気持ちは変わるんだから……」
「そりゃそうだけど。そんなこと言ってたら、何もできなくない?」
「わかってる! わかってるけど……」
どうしても、今までの自分の恋がちらつくの。最初だけ良くて、それを過ぎたら関係が曇り始めて。その流れをどうしても、予測してしまう。
それを詳しく言わなくても、ノイ君は持ち前の思考の深さで察してくれて「前に言ってた、相手も自分も信用できないって話?」とたずねてくる。
首肯すると、ノイ君がふうと軽く息を吐いた気配がした。
「俺はふくちゃんの元カレたちとは違うよ。……一応俺だって、こんなに近い距離にいる人に手を出すリスクは分かってるつもり」
でもさ、とノイ君は明るく続ける。
「芸能人でもいるじゃん? マネージャーと付き合って結婚した人。だから、なくはないんじゃない?」
「──佐伯さんは許さないと思う」
「じゃあ隠せばいいだけだね」
そんなに簡単な話じゃない。あっさり決められる話でもない。
成功例がいくつあっても、その裏には多くの失敗例が絶対ある。それに佐伯さんは──聞いたことはないけれど、公私混同は嫌うタイプだと思う。もし付き合ったことがばれたら、わたしはきっと……。
「ほんとごめん……」
か細く伝えて、コーヒーを飲む。同じようにノイ君もカップを手にした。
「……つまり、ふくちゃんは俺のこと好きだけど、諸々の心配事があるから付き合えないってことだよね」
「ちがっ……」
「違わない。だってさっきから俺と付き合えない理由って、好きだから不安ってことばっかりじゃん。気持ちはあるってことなんでしょ?」
ノイ君の分析に、わたしも自分の発言を見直す。
……うっ……まったくもってそのとおり。でも、だからと言ってそれを認めたら、絶対丸め込まれる……!
「ち、違うっ。ノイ君のことは、仕事仲間としてしかっ……」
「遅いよ。そんなふうに俺のこと思ってるなら、付き合って別れることを怖がったりしない。最初からごめんなさいって言えばいいでしょ。それこそ……あの時に」
ぐ、ぐうの音も出ない……。
ノイ君の言葉がいちいち的を射ていて、反論の余地がない。
──つまり、ノイ君は、あのカレーの日に既にわたしの気持ちを見抜いていたってことで……いやもう恥ずかしいにもほどがある!
「で、でもっ……!」
勢いで声は発したものの、ノイ君の表情を見て凍りつく。彼からもいつのまにか余裕が消えていて、強い視線が突き刺さっていた。
「ふくちゃん」
低い声で名前を呼ばれて、背筋に何かが走り抜けた。ノイ君は短く息を吐いてから「俺のこと、信じて」と続ける。
「別に軽い気持ちで言ってるわけじゃないよ。大変なことはあると思うけど、一緒なら大丈夫だって」
おそろしいほどに真剣な瞳を信じたい。好きな人にこんなに想ってもらえていて……なんでわたしは同じ言葉を返せないんだろう。何度も息を吸い込んで準備はするのに、声が出ない。ぱくぱくと口だけ動く様は、ノイ君から見たらすごくじれったいだろう。その状態でじりじりとお互い見つめあって──ついに、ノイ君がやれやれと言いたげにため息をついた。
「……この頑固者」
頑固っ!?
そういう問題!?
「だ、だって、わたしは本当に……」
「はいはい。わかったって」
ノイ君は完全に呆れ返った様子で、わたしをねめつけた。
「もういいよ。仕方ないから、ふくちゃんのお望み通りに? 『仕事仲間』になってあげる」
「あ、うん……ありがとう……」
拍子抜けするくらいにあっさりと、ノイ君が切り替えた。
『もういいよ』って言葉が胸に突き刺さる。
「じゃあもう帰ろ。『ただの仕事仲間』ならカフェで長居なんてしないもんね」
「うっ……」
急にノイ君が意地悪になった……。
拗ねた顔をしてるから、この皮肉も冗談なんだってわかるけど、なかなかのダメージだ。
今更ながら、自分の出した答えに不安になるけれど、ここで撤回するわけにはいかない。
わたしは半分以上残っているコーヒーを諦めて、立ち上がった。
──渡せなかったな。
いつもより足早なノイ君の背中を見ながら、バッグの中にひそませた小さな箱に触れる。この間の手袋のお礼にキーケースを買ったんだけど、完全に渡すタイミングを失ってしまった。
配信が始まる前にさっと渡せば良かった。そうすれば軽く「お礼だよ」って言葉も言えたのに。
もうきっと受け取ってもらえないんだろうな。
うつむくと涙が出そうになったから、わたしは未練をたちきるようにその箱から手を離した。
◆
12月でリーグ戦のシーズンは終わり、年が明けてからのビッグイベントは、オールスタートーナメントだ。これは完全な個人戦で、全18名のプロ選手が所属チーム関係なしに、頂点を目指して戦う大会になっている。
1月なかばの水曜日。わたしたちはステファンフーズ本社の近くにある神社にやって来ていた。この時期は、こうしてみんなでお参りに行くのが恒例だ。ここはこじんまりとした神社で、境内にはわたしたち以外の参拝客はいない。
ノイ君はチェックのマフラーを口元までぐるぐると巻いて「さぶぅ……」と肩を縮こませながら、拝殿に続く石畳を軽快に歩いている。その隣にはダウンジャケットを着込んだおいちゃんだ。ノイ君のダッフルコートより断然あったかいのか、寒そうなそぶりはない。(ちなみにコオリ君は分厚そうなマウンテンパーカーを着ていて、佐伯さんはチェスターコートだ。)
のんびりたっぷり時間をつかってお参りをした後には、これまた全員でおみくじを買った。佐伯さんとおいちゃんが小吉、ノイ君とコオリ君が吉。そしてなんとわたしが大吉だった。
「ふくちゃんすごい! 今年はきっといいことあるね」
わたしの大吉みくじを覗き込んで、おいちゃんが「すっごいいいことばっかり書いてある!」と驚いている。願い事は叶って、待ち人はすぐさまやってくるらしい。……当たる予感が全くしない。
「せっかくだから強運はわたしよりチームにいって欲しいなぁ」
例えば、オールスタートーナメントで表彰台を独占するとか。来シーズン優勝するとか。
そうこぼすと「ふくちゃんはチームが1番だもんね」と、背後のノイ君から声がかかる。
さらっとした言い方だし、ノイ君は微笑んでいる。なのに引っかかるのは……多分、わたしの心持ちのせいだ。
「本当にマネージャーの鑑だな」
佐伯さんは自分のおみくじを財布にしまいながら、感心した目を向けた。彼は毎年おみくじは結ばずに持ち帰る派だ。
「俺は先に会社に戻るけど、豊福さんはどうする?」
いつもならこの後お守りを買っているから、それを気にしてくれたんだろう。「じゃあ、お守りちょっと見てから戻ります」と答えた。
「わかった。みんなは今日はもう終わりだ。週末はいい勝負を期待しているよ」
佐伯さんが鳥居をくぐって、その背中が見えなくなった後、おいちゃんとコオリ君はおみくじを結びに行った。
わたしは記念に持ち帰ることにしたんだけれど、ノイ君もそうするからと言って、少し離れた社務所に一緒にお守りを見に行く。年かさの巫女さんがわたしたちを見て「こんにちは」と薄く微笑んだ。
交通安全、家内安全、大願成就……。
どのお守りにしよう。それとも干支の根付でもいいかも。
あれこれ迷っていると、それまで口数の少なかったノイ君が「……なんで最近コメントしないの?」と静かに言った。
どこ行く? と聞かれて、少し迷ったけれど駅近くにあるコーヒーショップを提案した。時間が遅いこともあって、コーヒーショップの2階席はがらがらだ。カウンター席に並んで座ると、スピーカーが近いのかけっこうな音量でクリスマスソングがきこえる。よかった、これならきっと大事な話をしやすい。
……どう切り出そう。
頭の中でシミュレーションしながら、熱いコーヒーを両手で包みこむ。ノイ君は「ここからも東京タワーが見えるね」とのんびり言って、窓の向こうをのんびり眺めていた。その横顔は相変わらずかっこいい。わたしがまごついている間に、その横顔が動いてこちらを向いた。
「……さっき、佐伯さんから何かもらってなかった? プレゼント?」
ちょっとだけ視線にとげがある。──多分、ヤキモチだ。
ちくっとしたかすかな痛みと、ついはにかみたくなるような喜びと。両方味わってから、わたしはうなずいた。
「あ、うん。クッキーもらったの。みんながケーキ食べてるのに、わたしだけないのもあれだからって」
「ふーん……」
ノイ君からの返事はそっけない。でもそれを気にしても始まらない。佐伯さんの話題をそらすためにも、わたしは大きく息を吸って「あのね、ノイ君」と呼びかけた。
お腹に力をこめて、声が震えないように。目の焦点は外しておいて、涙がこみあげないように。
「こないだの返事、ずっと待たせてたけど……わたし、ノイ君とは付き合えない。みんなに平等なマネージャーでいたいから。──ごめんね」
ずっとあたためていた言葉を、機械的に言った。
彼から告白されて、すごく嬉しかった。なのに、すぐにわたしも同じ気持ちだって言えなかったのはなんでだろうって、ずっと考えてた。そうしてたどりついた答えがこれ。
彼と付き合っても、ちゃんと仕事ができるんだろうかって不安がどうしても消えなかった。
仲良くしてる時期じゃなくて……別れた後。
気まずいのが目に見えている中で、わたしはコオリ君やおいちゃんと同じように、ノイ君のケアをしていけるのかって。
悲観的すぎるって自分でも思うけど、どうしても別れる前提で恋愛を考えちゃうんだ。もうこれはどうしようもない。
意外にも、ノイ君は驚いた顔はしなかった。
「うーん……なるほどね」
耳の後ろをぽりぽりとかいて「ふくちゃんの気持ちはわかるけど」とゆったり言う。
「別に付き合ったからって特別扱いしろなんて言わないよ? 仕事とプライベートは、俺だってちゃんと分けたいし」
「わたし、そんなに器用なことができないの。もしノイ君とケンカしたり……別れたりしたら、多分、うまくできない」
「じゃあ、ケンカしたり別れたりしなきゃいいよね」
「簡単に言わないでっ!」
声が少しだけ大きくなってしまって、ハッと口元を抑える。ノイ君は怒ってるわけでもなく、悲しむわけでもなく、ただまっすぐにわたしのことを見つめて、次の言葉を待っている。
「そんなの無理に決まってる。だって人の気持ちは変わるんだから……」
「そりゃそうだけど。そんなこと言ってたら、何もできなくない?」
「わかってる! わかってるけど……」
どうしても、今までの自分の恋がちらつくの。最初だけ良くて、それを過ぎたら関係が曇り始めて。その流れをどうしても、予測してしまう。
それを詳しく言わなくても、ノイ君は持ち前の思考の深さで察してくれて「前に言ってた、相手も自分も信用できないって話?」とたずねてくる。
首肯すると、ノイ君がふうと軽く息を吐いた気配がした。
「俺はふくちゃんの元カレたちとは違うよ。……一応俺だって、こんなに近い距離にいる人に手を出すリスクは分かってるつもり」
でもさ、とノイ君は明るく続ける。
「芸能人でもいるじゃん? マネージャーと付き合って結婚した人。だから、なくはないんじゃない?」
「──佐伯さんは許さないと思う」
「じゃあ隠せばいいだけだね」
そんなに簡単な話じゃない。あっさり決められる話でもない。
成功例がいくつあっても、その裏には多くの失敗例が絶対ある。それに佐伯さんは──聞いたことはないけれど、公私混同は嫌うタイプだと思う。もし付き合ったことがばれたら、わたしはきっと……。
「ほんとごめん……」
か細く伝えて、コーヒーを飲む。同じようにノイ君もカップを手にした。
「……つまり、ふくちゃんは俺のこと好きだけど、諸々の心配事があるから付き合えないってことだよね」
「ちがっ……」
「違わない。だってさっきから俺と付き合えない理由って、好きだから不安ってことばっかりじゃん。気持ちはあるってことなんでしょ?」
ノイ君の分析に、わたしも自分の発言を見直す。
……うっ……まったくもってそのとおり。でも、だからと言ってそれを認めたら、絶対丸め込まれる……!
「ち、違うっ。ノイ君のことは、仕事仲間としてしかっ……」
「遅いよ。そんなふうに俺のこと思ってるなら、付き合って別れることを怖がったりしない。最初からごめんなさいって言えばいいでしょ。それこそ……あの時に」
ぐ、ぐうの音も出ない……。
ノイ君の言葉がいちいち的を射ていて、反論の余地がない。
──つまり、ノイ君は、あのカレーの日に既にわたしの気持ちを見抜いていたってことで……いやもう恥ずかしいにもほどがある!
「で、でもっ……!」
勢いで声は発したものの、ノイ君の表情を見て凍りつく。彼からもいつのまにか余裕が消えていて、強い視線が突き刺さっていた。
「ふくちゃん」
低い声で名前を呼ばれて、背筋に何かが走り抜けた。ノイ君は短く息を吐いてから「俺のこと、信じて」と続ける。
「別に軽い気持ちで言ってるわけじゃないよ。大変なことはあると思うけど、一緒なら大丈夫だって」
おそろしいほどに真剣な瞳を信じたい。好きな人にこんなに想ってもらえていて……なんでわたしは同じ言葉を返せないんだろう。何度も息を吸い込んで準備はするのに、声が出ない。ぱくぱくと口だけ動く様は、ノイ君から見たらすごくじれったいだろう。その状態でじりじりとお互い見つめあって──ついに、ノイ君がやれやれと言いたげにため息をついた。
「……この頑固者」
頑固っ!?
そういう問題!?
「だ、だって、わたしは本当に……」
「はいはい。わかったって」
ノイ君は完全に呆れ返った様子で、わたしをねめつけた。
「もういいよ。仕方ないから、ふくちゃんのお望み通りに? 『仕事仲間』になってあげる」
「あ、うん……ありがとう……」
拍子抜けするくらいにあっさりと、ノイ君が切り替えた。
『もういいよ』って言葉が胸に突き刺さる。
「じゃあもう帰ろ。『ただの仕事仲間』ならカフェで長居なんてしないもんね」
「うっ……」
急にノイ君が意地悪になった……。
拗ねた顔をしてるから、この皮肉も冗談なんだってわかるけど、なかなかのダメージだ。
今更ながら、自分の出した答えに不安になるけれど、ここで撤回するわけにはいかない。
わたしは半分以上残っているコーヒーを諦めて、立ち上がった。
──渡せなかったな。
いつもより足早なノイ君の背中を見ながら、バッグの中にひそませた小さな箱に触れる。この間の手袋のお礼にキーケースを買ったんだけど、完全に渡すタイミングを失ってしまった。
配信が始まる前にさっと渡せば良かった。そうすれば軽く「お礼だよ」って言葉も言えたのに。
もうきっと受け取ってもらえないんだろうな。
うつむくと涙が出そうになったから、わたしは未練をたちきるようにその箱から手を離した。
◆
12月でリーグ戦のシーズンは終わり、年が明けてからのビッグイベントは、オールスタートーナメントだ。これは完全な個人戦で、全18名のプロ選手が所属チーム関係なしに、頂点を目指して戦う大会になっている。
1月なかばの水曜日。わたしたちはステファンフーズ本社の近くにある神社にやって来ていた。この時期は、こうしてみんなでお参りに行くのが恒例だ。ここはこじんまりとした神社で、境内にはわたしたち以外の参拝客はいない。
ノイ君はチェックのマフラーを口元までぐるぐると巻いて「さぶぅ……」と肩を縮こませながら、拝殿に続く石畳を軽快に歩いている。その隣にはダウンジャケットを着込んだおいちゃんだ。ノイ君のダッフルコートより断然あったかいのか、寒そうなそぶりはない。(ちなみにコオリ君は分厚そうなマウンテンパーカーを着ていて、佐伯さんはチェスターコートだ。)
のんびりたっぷり時間をつかってお参りをした後には、これまた全員でおみくじを買った。佐伯さんとおいちゃんが小吉、ノイ君とコオリ君が吉。そしてなんとわたしが大吉だった。
「ふくちゃんすごい! 今年はきっといいことあるね」
わたしの大吉みくじを覗き込んで、おいちゃんが「すっごいいいことばっかり書いてある!」と驚いている。願い事は叶って、待ち人はすぐさまやってくるらしい。……当たる予感が全くしない。
「せっかくだから強運はわたしよりチームにいって欲しいなぁ」
例えば、オールスタートーナメントで表彰台を独占するとか。来シーズン優勝するとか。
そうこぼすと「ふくちゃんはチームが1番だもんね」と、背後のノイ君から声がかかる。
さらっとした言い方だし、ノイ君は微笑んでいる。なのに引っかかるのは……多分、わたしの心持ちのせいだ。
「本当にマネージャーの鑑だな」
佐伯さんは自分のおみくじを財布にしまいながら、感心した目を向けた。彼は毎年おみくじは結ばずに持ち帰る派だ。
「俺は先に会社に戻るけど、豊福さんはどうする?」
いつもならこの後お守りを買っているから、それを気にしてくれたんだろう。「じゃあ、お守りちょっと見てから戻ります」と答えた。
「わかった。みんなは今日はもう終わりだ。週末はいい勝負を期待しているよ」
佐伯さんが鳥居をくぐって、その背中が見えなくなった後、おいちゃんとコオリ君はおみくじを結びに行った。
わたしは記念に持ち帰ることにしたんだけれど、ノイ君もそうするからと言って、少し離れた社務所に一緒にお守りを見に行く。年かさの巫女さんがわたしたちを見て「こんにちは」と薄く微笑んだ。
交通安全、家内安全、大願成就……。
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