甘口・中辛・辛口男子のマネージャーやってます

七篠りこ

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冬の章 そしてわたしは

3、あっちもこっちもざわざわざわ

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「えっ……?」

 ノイ君は真顔だった。……いや違う。ちょっと眉毛が寄っているから、ちりちり怒ってる……かも。

「コオリのところには相変わらず顔出すくせに、なんで俺のとこには来ないの。見てないってこと?」

 個人配信の話だというのはすぐにわかった。
 クリスマス以来、ノイ君は変わらず精力的に個人配信をしている。タイミングが合う時には見ていたけれど、コメントは控えていた。
 理由は単純。気まずかったから。どのツラ下げてって……思うじゃん。平気なふりしてコメントしに行って、気にかけてもらえなかったら凹むのわかりきってもいたし。

「見てる時もあるけど……だって……」
「ふくちゃんはみんなに公平なマネージャーなんでしょ? だったら俺のところにも『にんじん』としてコメントしてよ」
「……ほしいの? コメント」

 その問いかけに、ノイ君は「わかんない」と曖昧な返事だった。

「ふくちゃんがこだわってる『公平』ってやつを貫いてほしいだけ」
「──そっか、そうだね。……わかった」

 ノイ君は小さく「よろしく」とつぶやくと、ぽりぽりと頭をかいて、お守りの方へと意識を向けた。
 ……もしかしたら、ノイ君もわたしと同じで、距離感がつかめないのかもしれない。恋をはじめなかった2人の、適切な仕事仲間としての距離を。

「──あの」
「ぅわっ!!」
 
 不意に背後からコオリ君の声がかかって、わたしもノイ君も肩をふるわせた。わたしなんてびっくりして、ちょっととんじゃったよ。振り向くと本当にすぐそばにコオリ君が立っていて、一体いつから……とドキドキ胸が鳴り始める。

 足音消しすぎでしょう!
 ──まさか、わたしが『にんじん』ってところ、聞こえてないよね……?

 そのあたりを探りたかったけれど、コオリ君のフラットな表情からは何の感情も見えない。「もう決めましたか?」と言いながら、わたしの脇へとまわりこみ、ずらりと並ぶお守りを眺め始める。

「やっぱり『大願成就』ですかね」 
「それもいいけど『健康第一』も捨てがたいよね。インフル怖いし」

 ノイ君とコオリ君がわたしを挟んでしている会話に、おかしなところは何もない。すぐにおいちゃんもやってきて、結局みんなで『大願成就』のお守りを買った。

 それはいつもと同じ平和な冬の1日。
 ──そう思ってたけれど。



 その週の土曜日。オールスタートーナメントの一回戦は、ノイ君とコオリ君は勝って二回戦進出。でもおいちゃんが負けてしまって、ステファンゲーミング全員が勝ち上がりというわけにはいかなかった。

「あー悔しい……」

 おいちゃんが目元赤くしながら、ビールを一気に飲み干す。
 ここは新宿にある海鮮居酒屋。トーナメントが終わってからみんなは「飲みに行こう」という話になっていて、わたしも連行された。最初は遠慮したんだけれど、珍しくコオリ君に「行きましょう」と背中を押されたんだ。

 通されたのは掘りごたつの個室だったから、隣に座るおいちゃんは人目を気にせず管を巻いている。由加子ちゃんが見たら、相当心配するか怒るかっていう姿だ。
 それを苦笑いとともに慰めつつ、わたしは向かいに座るコオリ君の表情を伺った。彼はいつも通り顔色を変えずに飲み続けている。

 どうしたんだろう。また、何か話したいことでもあるのかな。

 コオリ君がわたしを引き止めるのは、そういう理由があるからに違いない。彼はこの3人の中で一番効率的で合理的だから。目的がなければ、行動は起こさない。

 まさか『にんじん』のことかな……。

 でもあの時はそんなに大きな声で話してたわけじゃない。ちょっと近づいたくらいじゃ話の内容まではわからないと思う……んだけどなぁ。
 最初の一時間はそのあたりを心配しながら飲んでいたんだけれど、後半はわたしもお酒がまわってきて、まあいいかと思えてきていた。斜向かいのノイ君の視線もちょっと気になったし、早く酔っ払ってしまいたくて──ハイペースだったのかもしれない。

 お会計の頃には、頭がグラグラしていた。

「うわー……しくじった……」

 さっきのおいちゃんのようにテーブルに突っ伏していると「ふくちゃん、お茶きたよ」と湯のみが差し出された。おいちゃんは結構酔っ払っていたはずなのに、今は声もしっかりしている。
 あたたかいお茶を飲んで、少し落ち着いたけれど、多分このまますぐ電車には乗らない方がいい。

 わたしはお店を出てから「ちょっと休んでから帰るね」と言った。南口付近のお店だったから、サザンテラスが近い。そこの遊歩道沿いのコーヒーショップには、テラス席があったはずだ。暖房が効き過ぎた中にいると気持ち悪くなりそうだし、外で冷たい風を浴びた方が良さそう。

「じゃあ俺が残ります」

 コオリ君が誰よりもはやく、わたしの言葉に反応した。

「え?」
「なんで?」

 最初がわたし、次がノイ君の反応だ。コオリ君は「ちょっと豊福さんに話もあるので、ちょうどいいです」と言った。

 あ、これは、あれだ。やっぱり『にんじん』の話だ。絶対そうだ。

 ぴんときたのはわたしだけだったみたいで、ノイ君は驚いた顔を隠そうともしていない。おいちゃんはわたしを心配そうに見ているだけだ。

「コオリ、路線全然違うじゃん。俺、途中まで一緒だし……」

 そう言うノイ君に、コオリ君は珍しいくらいの強い声で「今日はゆずってください。ちゃんと送りますから」と答えた。

「えっ……いや、送らなくて平気だよ……?」
 
 コオリ君は中央線、わたしとノイ君とおいちゃんは山手線。
 ノイ君の言う通り、コオリ君がわたしを送るっていうのは現実的じゃない。ていうか一人で帰れるし。「少し休めば大丈夫だから……」と割って入ろうとしたところで、おいちゃんに腕を引かれた。

 広い歩道だし、まだ人通りも多い時間帯だから、数歩分離れただけで二人の声は聞こえなくなった。おいちゃんはそこで内緒話をするように「あの二人にまかせといた方がいいよ」とささやいた。

「えっ、何、なんで?」
「ふくちゃん、ノイズのことふったんでしょ?」

 言われて、ぴっきんと固まった。
 う、嘘……ばれてる……。
 驚いて何も言えないわたしに「ごめんね」とおいちゃんが言った。

「それでコオリは心配してるんだと思う」
「え? 心配? 何の?」

『にんじん』の話がしたいんじゃないの? そういうことじゃないの?

 おいちゃんの言葉の意味がよくわからないけれど、ここで更に聞き込むのもどうなんだろう。迷っている間に「わかったよ」とノイ君の苛立った声が聞こえた。話は終わったらしい。 

 ノイ君はわたしを見ると、口を尖らせながら「帰ればいいんでしょ、もう。おつかれさまっ」と投げやりに言って、背を向けた。

「待てって、俺も行くから」

 おいちゃんが「ごめんね」と一度手でポーズをしてから、早足で歩くノイ君を追いかけて行った。二人の姿が、夜の新宿の雑踏に溶けていく。残ったのは、コオリ君とわたしだ。
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