黒髪碧眼の美少年がやってきた【R18】

七篠りこ

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第2章 いざ異世界

14、これからどうしよう

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 翌日の朝、目覚めたらカイリはいなかった。
 自分ひとり裸で、寝ているのはカイリのベッドで、ただその主はいない。

(これって……どういう意味だろう……)

 まさか避けられているのだろうか。昨日のことを後悔していて、気まずさに耐えかねてとかだったら凹む。

 サイドテーブルには『あさごはんできてるから』と簡単なメモだけが残っていた。一体カイリはどれだけ早起きしたのだろう。百花が起きたのだって、朝の鐘が鳴ってすぐだというのに。

「……わっかんないなー……」

 百花は頭をがしがしとかいて、勢いよく立ち上がった。
 過ぎたことをあれこれ考えても仕方ない。カイリの気持ちを推し量ろうとしても、なんだか複雑なようだから無理だ。
 だったらもう頭を切り替えるしかない。
 
(そう、今考えるべきは、カイリの病気のことだ)

 本当にできることは何もないんだろうか。カイリはただ無理だと決め付けているだけで、探せばどこかに光があるのではないだろうか。でもどうやって探せばいいんだろう。

 カイリの作ってくれた朝食をがつがつ食べながら、そしてオウルの店でパン作りを始めても、そんなことばかり考えていた。

「何か嫌なことでもあったのかい?」

 あんまりにも鬼気迫る表情でパンをこねていたようで、オウルが気遣うような視線を向けて来た。嫌なことじゃない、ただ、ものすごく困難な問題がたちはだかってきたのだ。思わずカイリの病気のことを口にしそうになった。けれどカイリからは固く口止めされている。

 少しの逡巡の後で、百花は「……カイリのお母さんって、病気で亡くなったんだよね?」とたずねた。これならセーフラインだろう。

 百花の言葉は予想外だったらしい。オウルは虚をつかれたように黙ったが、すぐに「ああ、そうだよ」とうなずく。

「原因不明の病気でね、どんな魔法も薬も効かなかった」
「今もやっぱりそうなの? 治らない病気?」
「ああ。城の研究所では薬の開発をしているらしいけれど、一定以上の効果は得られてないみたいだよ」
「……そっか」

 うつむく百花に「カイリが心配かい?」とオウルが優しくたずねる。うなずくと「カイリは百花の世界で治してもらったんだろう? 大丈夫さ」と微笑んだ。

(でも、再発していたとしたらーー?)

 カイリが完治しているとオウルは信じている。それを覆してはならないことくらい、わかってる。けれど百花はさらに踏み込んだ質問をした。

「薬ってどんな成分なの? オウル知ってる?」
「詳しくは知らないけど……万病に効くリエルの葉と血を増強する火炎草は入ってるはずだよ」
「その薬って、どうすれば手に入れられるの?」

 その質問には「手に入れるのは、多分無理だと思います」とシアが横入りしてきた。

「病気にかかっている人ですら大金を払わないと薬は買えないんです。もしかしたらエンハンス殿下に言えば可能かもしれませんがーー」

 エンハンスの耳にはいれられない。いきなり薬が欲しいなんて言ったら怪しまれるに決まっている。そうなった時にエンハンスに対してカイリのことを隠しきれる自信は全くない。気を取り直して「じゃあ薬草は? どこかで育ててるの? 野生である?」と聞いてみたが、これにもシアは首を横に振った。

「火炎草は王家の温室で栽培されていますが、リエルは海の向こうにあるダイスにしか生息していない植物なんです。その葉を煎じて飲めば怪我や病気の全てに効果があるので、どの国もこぞって育てようとしましたが、結局うまくいかないんです。だからリエルの葉はものすごく高値で売買されるんですよ」
「ダイスて、あの曰くつきの国?」

 百花が確認のためにオウルを見ると、彼女はうなずいた。

「そう。あのダイスだよ。リエルは見た目はなんてことない常緑樹なのに、どうしてもダイス以外だと育たないんだ。苗木を植えてもすぐ枯れるし、種は芽吹かない。ダイスでしか育たないから、別名ニアの慈悲なんて呼ばれることもあるんだよ」
「ニアの慈悲……」

(ダイスに行って、なんとかそのリエルの葉を手にいれられないかな……)

 カイリにそれを飲ませたら、今よりも状態は良くなるのではないだろうか。
 薬を手に入れるのが難しいなら、原材料を使ってどうにかならないか。素人考えだとは思うけれど、やれることはやりたかった。

 問題は、どうやってダイスに行くかということと、今百花自身がオミの国を離れても良いのかということだ。
 天然酵母は安定していて、オウルもシアもその扱いを覚えてきている。パンのレシピの方もほぼ完成と言えるところまできていた。今ならもうオウルとシアで試行錯誤しても良いかもしれない。
 
(ダイス……か)

 以前聞いた時よりもずっしりと重みのある言葉として、ダイスは百花の心に留まった。



 その夜、オウルの店に迎えに来たカイリは平素と変わりない様子だった。昨日のことなどなかったかのような態度に(ついでに朝のことにも何も触れなかった)ムッときたが、何も言えることはない。それよりもカイリに相談しないとならないことがある。

「あのさ、もう一回ダイスに仲介を頼むっていうのはどうなのかな?」

 家について、外套を脱いでいるカイリの背中に声をかける。彼は外套をかけ終わったあとにようやく百花を振り向いて「急にどうしたの」と眉を潜めた。

「いや、前にダイスに交渉の仲介役を頼んだけど断られたんでしょ? でも今は、和平交渉の材料が増えたわけだし。今度は良いって言うかもしれないよ?」

 それは百花が必死で考えた建前だった。
 ダイスに行きたい。けれどカイリの薬草のためなんて言っても、カイリはもちろんのこと、多分エンハンスも許してくれないだろう。

 でも、和平交渉のためだったらーー?
 一度断られていると言っても、その時と今と状況も少し違う。どういうふうに交渉したらいいのかはわからないけれど、もう一度試してみてもいいんじゃないかと思ったのだ。

 本当はエンハンスに直接聞こうと思ったのだが、珍しく彼は今日は姿を見せなかった。カイリの説明によると、エンハンスは今少し色々とたてこんでいるそうだ。明日も来れないかもしれないらしい。
 だからまずはカイリで反応を見ようと思ったのだが、彼は無表情だった。

 カイリは「とりあえず外套脱いだら?」と百花のそばにやってきた。百花が脱いだ外套をさらっと奪って、壁にかけてきてくれる。そのあとで「モモカって、食べ物のことしか考えてないんだと思ってた……」とつぶやくように、けれど百花に聞こえるように、カイリは言った。

「ちょっと! 何それ!」

 さらっと失礼なこと言うな! と憤慨する百花にかまうことなく、カイリはどさっとダイニングの椅子に座って腕を組んだ。ここでふんぞり返ったりすると偉そうな態度に見えるのだが、カイリは背筋をピンとはりつめての腕組みだったので、真剣に考えを巡らせているということがわかる。

「……実は、僕も同じことを考えていた」
「嘘! 本当!?」

 これは渡りに船! 嬉々として百花はカイリの向かいに座り、心もち身を乗り出した。

「そうだよね、もう一回ぐらいトライしてもいいよね!」
「まだ分は悪いと思うけどね」
「それ、わたしも行きたいんだけど、どう思う?」
「は?」

 カイリは思い切り顔をしかめて、百花を見返した。

「モモカにはパンの開発があるでしょ」
「それはそうなんだけど……でもレシピもほぼかたまってきたから、わたしがいなくてもあとはオウルとシアでも頑張れるよ。わたしもダイスに行きたい」
「なんで?」
「交渉の手伝いに……」

 役に立たないでしょ、と暗に言いたそうな視線が突き刺さる。身が切り刻まれるかのようだ。そこまで塩対応しなくても、と泣きそうになりながら、苦し紛れに「あ、あと他にも……ニアのことを調べに!」と言ってみる。

 とっさに出た言葉に、カイリは目を見開いた。

「ニアを? どうして?」
「だ、だって、ほら、もともとわたしってニアの気まぐれってやつでこっちの世界にきちゃったわけでしょ? その原理とか色々、調べられるのかなってーー」
「調べてどうするの」
「どうも……しない……けど」

(まずい、考えなしにしゃべってるのがバレる! いや、もうすでにバレてるかも!)

 いきあたりばったりな百花の答えに、カイリが呆れたような反応を見せる。しかしその後で、真面目な表情に切り替わると、カイリは考え込み始めてしまった。

「モモカはーー」
「う、うん」
「やっぱり自分の世界に帰りたいってこと?」
「はい?」

 どうしてそんな話に?
 今ってそんなこと一言もいってないよね?
 カイリのリアクションに疑問符が浮かぶ。けれど百花のそんな様子を見てはいないのか、カイリは「……まあ、そうだよね。こんな戦争でどうなるかわからないところよりも、自分の故郷に帰りたいよね」と一人で結論づけている。

「いや別にそんなこと考えて言ってるわけじゃないって! 帰りたいか帰りたくないかって言ったら、帰りたくない派だから!」

 カイリは無言で百花を見つめる。疑うような視線に百花は更に言い募った。

「本当だって! もし今帰ったとしたら、中途半端すぎるでしょ! そんなの嫌だもん。もし選べるとしても残りたいよ」
「モモカにとってこの国は関係ないのに?」
「カイリがいるじゃん。それにオウルとかハンスとか皆……そういう縁みたいなの大事にしたいんだよ、わたし。──そう、そうだよ、だからダイスでニアのこと調べて、わたしがここにい続けられる方法を探したい」

 カイリはまっすぐに百花を見つめた。
 その視線に負けないように、見返す。
 ごくりと唾を飲み込む音すら響いてしまうような静寂の後で、カイリは「わかった」と低く答えた。

「モモカが知りたいことは、僕が調べてくるよ」

 いや、そうじゃなくて……と百花がパンのことはオウルとシアに任せられると主張しても、カイリはついに首を縦に振ることはなかった。

(パンのことが気になるのはわかる、わかるけど、もうちょっと聞く耳持ってくれても良くないか!?)

 百花が自分で行かないと、リエルの葉を探すことが難しくなってしまう。カイリに言ったって「必要ない」と切り捨てられて終わりだ。

(もう、わからずや!)

 百花は心のうちで精一杯カイリに向かって叫んだ。声に出して言えたらスッキリするのにと、ため息をついて「もう寝る」と立ち上がる。

「モモカ」

 カイリが呼び止めるとともに、百花の手首をつかむ。

「ニアのことを急に調べたいっていうのは、昨日のことがあったから?」

 おそらくカイリとしても聞きづらい質問なのだろう。彼は百花と視線を合わせずに、自分が掴んでいる百花の手に視線を注いでいる。

「違うよ。全然関係ない」

 良かった、昨晩のことをなかったことにはされなかった。
 妙なところで安心して、百花の声音も少しだけ柔らかいものになった。

「昨日のことは昨日のことで物申したいことはたくさんあるけどさ、とりあえずお互いお酒に酔ってたからってことにしとこうよ」
「何それ」
「だってそう考えないと、なんかよくわかんないことになるでしょ?」
「モモカはそれでいいの?」
「あのねぇ!」

 百花はイラっとして、カイリをにらみつけた。昨日からずっと振り回されている身はこっちだ。なのに妙なところでこちらの気持ちを推し量ってくるなんて、一体なんなんだ! 少しずつたまっていたモヤモヤが一気に拡張して、爆発してしまう。
 
 気づけば「煮え切らないのはそっちでしょ! それに合わせてあげてるんだから、感謝して欲しいくらいだよ!」と大声で主張していた。
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