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第3章 旅で得るもの、失うもの
エピローグ
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この世に生息するすべての植物を薬にするという薬草学の祖と言われた人物は、愛妻家として有名であった。
年若くしてパン職人だった妻を娶ると、自身の研究所の隣にパン工房を建て、彼女がそこで店をできるようにした。
妻の店は大繁盛。
博士も休憩時間になると工房へ行き、昼食や午睡を楽しんでいたという。
二人はいつまでも仲睦まじく、子供が生まれてからも、家族仲良く暮らしていた。そうして何年もの月日が流れ、世代も移り変わっていき……その研究所とパン工房がいつしか都市部へと移転し、その場所を訪れる者はいなくなった頃。
「やだー! もう蔦がこんなに!!」
百花は自身のパン工房に着くなり悲鳴をあげて、れんがの壁に這う緑の葉を思い切り引っ張った。蔦は一本だけ引っ張られてその葉ごと持ち上げられたが、それでも壁に這う力の方が強くて抜くことはできない。
「そりゃ何年も来てなかったんだから、蔦も生えるでしょ」
背後から呆れたような声が響き、黒髪の青年が近づいて来た。ひょろりとした体格で百花よりも大分背の高い人物は、百花に並び立つともう一本の蔦を一応付き合いでとばかりに引っ張ってみせた。
「これはもうこのまま残すしかないね。でもよく成長しているから、葉も根も良い薬になるよ」
興味深そうに眺めた後で短剣を取り出すと、その青年は慣れた手つきで蔦の一部分を切り落とす。その後でパン工房の隣に立つ研究所に視線を移して、違う種類の蔦が這っているの確認するとそちらの方へと足を向けた。
「もしこの場所を整えたいなら、それこそもっと気合を入れてから来た方がいいね。道具も色々いりそうだし」
まあこのまま蔦は残しておいて良いんじゃないの、と研究所の蔦のサンプルも切り落としながら、青年が百花を振り向いた。
「えー、じゃあまた来る……その時は、カイリも手伝ってくれる?」
「嫌だよ、僕は研究があるから。あと、名前」
「あー、うん。えーと……ビュウ?」
「そう。間違えないでね」
「もう色々とこんがらがってきてるから難しいよー」
「本当にね。こないだシオンって呼ばれた時はびっくりしたよ。何世前の話をしてるのさ」
「だってカタカナの名前、覚えにくいんだもん! みんな『カイリ』って名前つけてくれればいいのにー!」
「そんなのできるわけないでしょ」
青年……ビュウは、ふんと息をはいてきびすを返した。もうここに用はないとばかりに歩き出す。
それを待ってよーとのんきに追いかけながら、百花はビュウの背中に飛びついた。
◆
百花が眷属となり、カイリは人間として生きることとなって。
確かに『死』は何度も二人を引き離したけれど、同じだけ二人は出会うことができた。
それはウェインとアリスが、過去の悲しみの再現とならないよう、カイリの魂に細工をしたことによる。
ある時は恋人として、ある時は親友として。
輪廻の輪が巡るたびに百花は『カイリ』に会いに行き、共に生きていく。そこには希望こそあれ苦痛はなく、百花はその健やかな心身を損なうことなく生きている。
「やっぱりなんとかなったでしょ!」
百花はビュウの腕に自分の腕をからませると、満足そうに笑う。それを受けて、ビュウもその青い目を細めて口の端をあげた。
年若くしてパン職人だった妻を娶ると、自身の研究所の隣にパン工房を建て、彼女がそこで店をできるようにした。
妻の店は大繁盛。
博士も休憩時間になると工房へ行き、昼食や午睡を楽しんでいたという。
二人はいつまでも仲睦まじく、子供が生まれてからも、家族仲良く暮らしていた。そうして何年もの月日が流れ、世代も移り変わっていき……その研究所とパン工房がいつしか都市部へと移転し、その場所を訪れる者はいなくなった頃。
「やだー! もう蔦がこんなに!!」
百花は自身のパン工房に着くなり悲鳴をあげて、れんがの壁に這う緑の葉を思い切り引っ張った。蔦は一本だけ引っ張られてその葉ごと持ち上げられたが、それでも壁に這う力の方が強くて抜くことはできない。
「そりゃ何年も来てなかったんだから、蔦も生えるでしょ」
背後から呆れたような声が響き、黒髪の青年が近づいて来た。ひょろりとした体格で百花よりも大分背の高い人物は、百花に並び立つともう一本の蔦を一応付き合いでとばかりに引っ張ってみせた。
「これはもうこのまま残すしかないね。でもよく成長しているから、葉も根も良い薬になるよ」
興味深そうに眺めた後で短剣を取り出すと、その青年は慣れた手つきで蔦の一部分を切り落とす。その後でパン工房の隣に立つ研究所に視線を移して、違う種類の蔦が這っているの確認するとそちらの方へと足を向けた。
「もしこの場所を整えたいなら、それこそもっと気合を入れてから来た方がいいね。道具も色々いりそうだし」
まあこのまま蔦は残しておいて良いんじゃないの、と研究所の蔦のサンプルも切り落としながら、青年が百花を振り向いた。
「えー、じゃあまた来る……その時は、カイリも手伝ってくれる?」
「嫌だよ、僕は研究があるから。あと、名前」
「あー、うん。えーと……ビュウ?」
「そう。間違えないでね」
「もう色々とこんがらがってきてるから難しいよー」
「本当にね。こないだシオンって呼ばれた時はびっくりしたよ。何世前の話をしてるのさ」
「だってカタカナの名前、覚えにくいんだもん! みんな『カイリ』って名前つけてくれればいいのにー!」
「そんなのできるわけないでしょ」
青年……ビュウは、ふんと息をはいてきびすを返した。もうここに用はないとばかりに歩き出す。
それを待ってよーとのんきに追いかけながら、百花はビュウの背中に飛びついた。
◆
百花が眷属となり、カイリは人間として生きることとなって。
確かに『死』は何度も二人を引き離したけれど、同じだけ二人は出会うことができた。
それはウェインとアリスが、過去の悲しみの再現とならないよう、カイリの魂に細工をしたことによる。
ある時は恋人として、ある時は親友として。
輪廻の輪が巡るたびに百花は『カイリ』に会いに行き、共に生きていく。そこには希望こそあれ苦痛はなく、百花はその健やかな心身を損なうことなく生きている。
「やっぱりなんとかなったでしょ!」
百花はビュウの腕に自分の腕をからませると、満足そうに笑う。それを受けて、ビュウもその青い目を細めて口の端をあげた。
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